第4話 じつは義弟とは面識がありまして…

「着いたぞ。ここだ。」

「本当だ。『洋風ダイニング・カノン』って書いてある。」

 俺と少年は店の前で看板を見上げた。

 この店ができたのはちょうど二年くらい前で、俺もたまに親父と一緒に来る。

 じつは親父の士官学校の先輩の退役自衛官がやっている店で、店内に飾られている雰囲気のいい電飾や小物は、なにかの艦艇で使われた物を開店記念にと貰ったものなのだそうだ。

「じゃあ僕はここで人を待ちますから……。」

「そっか。じゃあ俺は先に入らせてもらうよ。──じゃあな。」

「あの」

「ん? なんだ?」

「疑ってごめんなさい……。」

 少年は素直に頭を下げた。俺はまた笑顔を作る。

「そこは連れてきてくれてありがとう、だろ?」

「あ……。ありがとう、ございました……。」

 照れ臭そうに言った顔がなんだか可愛らしくて、俺は気分良くドアベルを鳴らした。

 洒しゃ落れた店内を見渡すと、奥のテーブルでこちらに手を振っている親父が見えた。スクランブルからすぐに帰ってきたにも関わらず、しっかり私服に着替えていた。さては内火艇で着替えたな。

「一人で来させて悪かったな」

「いいって。それより、ちゃんと間に合ったんだな?」

「ああ。大事な日だし、もう突貫で終わらせてきた。」

「まさか桑原副長に丸投げしてないよな…。」

「まあそれは大丈夫。内火艇を出した時は丹陽タンヤン型二隻が残ってただけだから…。」

 まあ一応八割は領域外に蹴散らしたそうだ。それなら確かに桑原副長なら「タンヤンヤンニョムチキン、ヒャハッ!」とか言いながら侵入した丹陽型とチキンレースをしてそうだ。ところが親父は珍しく貧乏ゆすりをしている。

 どこか緊張している親父の雰囲気にあてられて俺まで緊張してくる。

 それもそうか。

 これから自分の義母になる人と義弟になる人に会う。写真すら見せてもらっていないので、どんな人たちなのか気になって仕方がない。

 親父の言葉を適当に聞き流しながら、俺は未来の弟について想像した。趣味や性格や容姿、どんなものが好きで、どんな人生を歩んできたのか、そんなことを。

 そうして富永親子を待っていると、しばらくしてそれらしい人影が入り口からこちらに向かってくるのが見えた。

 親父が立ち上がって軽く手を振る。俺も親父に倣って席から立った。

「お待たせ、太一さん。」

「いやいや俺たちも今きたところで。美由貴さん、道に迷わなかった?」

「ええ。──あ、あなたが涼太くんね? お父さんとお付き合いさせてもらっている美由貴です。よろしくね。」

 美由貴さんは軽くそう言うと、今度は深々と頭を下げた。

 第一印象は、若々しいだけではなく礼儀正しい。私服に関わらず、思わず敬礼し返したぐらいだ。

 再び顔を上げたところをよく見ると、三十歳くらいで時間が止まっているのではないかと思うほどの美女だった。化粧映えのする端整な顔立ちと、明るく染めた髪がそう見せているのかもしれない。

 そして柔和な笑顔は母性に溢れ、どこかおっとりとしていて、自分が子供なら周りに自慢したくなるような綺麗な母親、という印象だった。

 一方で、目のやり場に困った。

 子供を産んだというのにスタイルが崩れていない。しかもどこか蠱惑的で、淫逸な感じがして、男を堕落させるのに十分な魅力を兼ね備えている。

 要するに、とんでもなく魅力的な身体つきだった。

 これから母親になる人をそんな目で見てはいけない。わかっていても自然と目が吸い寄せられてしまうのが男の性というものだろう。

 こんな人と一つ屋根の下で暮らすなんて刺激的すぎやしないか?

 そんなことを考えていたら、美由貴さんの後ろからのっそりと付いてくる人影が見えた。

 その姿に見覚えがあった。

「あれ? 君はさっきの。」

「あ……。」

 俺が道案内をした、多少生意気で警戒心の強い、あの少年だった。

 まさか、彼が俺の弟になる人だったのか。

 ということは中学生相当ではなく俺の一つ下、十六才。その割には成長が遅いみたいだ。

「ん? 二人は知り合いか?」

「ああ、うん、まあ……。ちょっと表で会ってね。」

 俺は気後れしながらも笑顔を作り、

「改めて、俺は真嶋涼太。えっと、君は──」

 と、右の手を未来の弟に差し出した。しかし──


「あの、最初に言っておくけど馴なれ合いは勘弁してほしい。」


 ──差し出した右手は虚むなしく空を切った。

「え……?」

 思わず笑顔が引きつってしまう。

「あと、おじさんもそれでよろしくお願いします。」

 しかも飛び火した。

 親父の顔を見ると、「え、あ、うっ……」と言葉を詰まらせている。信じられるか、これでも宇宙駆逐艦の艦長をしている三等空佐だぜ。

 慌てた様子で美由貴さんが少年をたしなめた。

「晶あきらっ! もうすみません、うちの子ったらこんな言い方しかできなくて〜……。この子は私の子供で晶です。──ほら晶、あなたも!」

「どーも。」

 彼はぶっきらぼうにそう言うと、ポケットからスマホを取り出して弄り始めた。

「あははは……徐々に俺たち親子に馴れてくれたら嬉うれしいなぁ、なんて……。」

 親父はそう言ったが、彼は「ですね。」と流すように言った。

「と、とにかく座りましょ! ね?」

「「では改めまして、エンケラドゥスにようこそ。」」

 再婚を目の前にしてなんだか不穏な空気が流れる。

 反抗期なのか、反抗する意志をもったやつなのかはわからない。もしかしたらただの人見知りなのかもしれないし、緊張しているだけなのかも。

 きちんと謝ったり「ありがとう。」を言えるやつだったのは確か。打ち解けたら、あるいは……。

 ここは親父と美由貴さんの援護をしつつ、この晶くんとやらの様子を見よう。

 その前に、差し出したままのこの右手は引っ込めておこうか。

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