第3話 じつは良い言い訳を思いつきまして…
補足しておくと、リアルな兄弟関係は面倒臭いという認識はそれなりにある。
特に兄弟同士の年齢が近いと、弟は兄を同列に見て育つため、兄が持っているものはなんでも欲しがる傾向にあるそうだ。
さらに、弟は兄に負けられないというプレッシャーで勝負事や順番にこだわるらしい。これが兄弟喧げん嘩かの元となることもあるという。
士官学校での先輩や同期の兄弟に憧れつつも、彼らの内にもそういう事も起きると冷静に観察分析して得られた知見である。
歴史的に見ても、兄弟同士の骨肉の争いは国を巻き込んだ戦争になることもある。
源頼朝と義経しかり、唐の太宗とその兄もまた。暗い歴史は繰り返してはならないし、そうやって壊れた兄弟も見てきた。
兄、若しくは弟の成績を超えられずそのまま自分を追い詰めていって、無断で訓練機でドッグファイト喧嘩し絶縁した兄弟が同期にいたから尚更に。
目指すとするなら、三国志の関羽と張飛が理想的だな。
そんなことを考えながら、俺は顔合わせの店「洋風ダイニング・カノン」に向かっていた。
親父は地球上で日本のお隣にある某大国の宇宙船の領域侵犯でスクランブルが掛かったからというので何と対処が終わり次第宇宙から内火艇で直接向かうらしい。艦長権限を乱用しすぎではあるが、こんな大事な日だというのに自衛官の仕事も当直に事が起こればなかなかに大変のようだ。(運がいいのか悪いのか、涼太の勤務中に緊急事態が発生したことは一度も無い。)
仕方なく、俺は時間通りに指定されていた場所に向かっていた。ただ、足取りは重かった。
先に着いて向こうの家族と一緒になったらかなりバツが悪い。考えただけで緊張する。
「こういうときこそ親同伴で向かうべきだろ……。」
不満たらたらに歩いていると、道の先でスマホを片手にうろうろと行ったり来たりを繰り返している人影があった。
思わず目がいってしまったのは、その服装が特徴的だったから。
ダボっとしたパーカー姿で、割とタイトなジーンズを穿いた足の細い少年。
その背格好から中学生相当くらいだろうか。
差し詰め、親の転勤について行き、こないだの連絡船でやってきたばっかりなのだろう。
それとなく俺はそばを通り過ぎた。
しかし、ポツリと「どうしよう。」と困っているような声が聞こえてきた。
遅れる口実ができた。
「──君、どうしたの?」
人助けをしていたのなら顔合わせに遅れても大義名分が立つだろう。
そんな打算的な考えで声をかけた。
少年は「え?」と振り返る。
だが、次の瞬間、俺は息を吞んだ──
男子にしては長髪、セミショートといったところだろうか。
その鬱陶しそうな前髪の下から覗かせる美しく整った中性的な顔立ち。
長い睫毛にはっきりとした二重の目。
そして血色の良い柔らかそうな唇。
──彼は、同性でも思わず見とれてしまうほどの美少年だった。
声をかけた途端に気まずくなった。面食らうとはこのことだろう。
「あの、なんですか……?」
少年が訝しむような目で俺を見た。
「あ、ああ……いや、なんでもない。」
「そうですか。では失礼しま──」
「あ、ちょっと待った!」
「はい? 僕に、なにか用ですか?」
今度は警戒しているのか、俺から少し距離をとる。
慌てて俺は笑顔を作る。胡散臭いことこの上ないが、それでもまだマシだろう。だって心理防護課程を受けてないし。
「なにか困ってるんじゃないかと思ってね。」
「たしかに困ってはいますけど……。」
あなたには関係ないですよね? と言いたそうな顔をしている。ここまで無愛想だとエンケラドゥスでの生活に苦労しそうだな、と思った。
ふと少年の手元を見ると、握られたスマホの地図アプリがくるくると動いていた。
「もしかして、道に迷ったの?」
「ま、まあ……。」
「それで、これからどこに行くの?」
「僕がどこに行くか、あなたに関係あるんですか?」
「ないけど、もしかすると道案内できるんじゃないかって思って。」
「もしかして、ナンパですか?」
「……は?」
一瞬戸惑った。
たしかにジェンダーレスが叫ばれて久しい昨今、男が男に声をかけるパターンだってあるし、おかしくはないだろう。というかそういう雰囲気の奴が部隊にいたな。
しかし、俺が興味があるのは女の子であって、少年をナンパしたりはしない。というかナンパ自体しないし、俺にそんな度胸はないし、士官学校でも身に付かなかった。
この少年は容姿が良いだけに、男性から声をかけられた経験があるのかもしれない。
「悪いけど君には一ミリも興味はないから安心して。」
「その言い方はなんだか引っかかるものがありますね……。」
「あっそ。困ってないなら先に行くから──」
「あ、ちょっと待ってください!」
引き止められて振り返ると、少年は両腕を胸の前でがっちり組んで俺を睨んでいた。
「……なに?」
「ほ、本当に道案内だけですか?」
「それだけのつもりで最初から声をかけてるんだけど?」
「だったら声をかけられてあげます……。」
生意気なやつだな、とは思った。言い方も、言い回しも、面白いほど可愛くない。
ただまあ、顔立ちも身長もやはり中学生。声変わりすらしていないところを加味して、ここは年上としての度量の広さを見せておこう。そのほうが将来この子のためになる……かもしれない。
「で、どこに行きたいの?」
「えっと……この『洋風ダイニング・カノン』ってお店に……。」
俺は思わず目を見開いた。
「おっと、奇遇だな。」
「え?」
「俺も今、その店に向かってる途中だったんだよ」
行き先が重なるとはなんたる偶然。残念なことに相手は美女ではないし、遅れる口実を作りたかっただけなのだが、これはこれで仕方がないか。
「……やっぱりナンパですか?」
「違うって。本当に用事があるの。」
「そうですか……」
「じゃあ一緒に行こうか」
「とか言って、へ、変な場所に連れて行こうとしてませんか?」
「心配なら俺の後ろを離れて歩けばいいよ。といってもこのエンケラドゥスにそんな変な場所は無いし。俺は勝手に行くから。じゃあ──」
俺が歩き出してしばらくすると、後ろから靴音が駆け寄ってきた。
通路の天井に設置された衝突防止鏡に反射して、俺のすぐ後ろに少年がついてくるのが見える。
彼は緊張のためか店に向かうあいだ終始無言だった。
一方の俺はというと、彼の前を歩きながら思わずにやけてしまうのを我慢していた。
なんだ、可愛いところあるじゃないか。
そうして俺はその少年を背後に感じながら目的地まで向かった。
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