第2話 じつは親父に再婚の話を明かされまして…

「どうゆう事だよ、親父。」

 親父の衝撃の告白から三日後、涼太は「洋風ダイニング・カノン」にて親父から事の仔細について聞いていた。

「親父、ちゃんと説明しろ。再婚するってどういうことだ? 本気か?」

「真面目な話、父さんは再婚しようと思ってるんだが、涼太はどう思う?」

 親父はナポリタンを食べる手の動きを止める。

 なおも悪びれもせずけらけらと笑う親父を睨にらみつけた。

 俺はたまにこの親父がよくわからないときがある。

 今がまさにそれ。

 今日のはまだ序の口だが、この親父ときたら年に一度は必ずなにか大きなことをやらかす。

「へ〜……。──それって再婚願望?」

「いや、相手はもういるんだ。」

「……今日は俺の誕生日でもないのにどういうドッキリ?」

「いやいや、だからドッキリじゃないって。」

 いやそもそも重厚感あるコートの艦長服を着ながらこんな事を言われてもなぁ。

「あのさ、オオカミ少年の寓話って読んだことある? 噓つきまくったら最後に誰からも信用されなくなっちゃうんだぜ?」

 だからに──と喉元まで出かかった。

 離婚の原因は知っている。

 オオカミ少年はあの女のほうだった。

 親父とそのことについて話したことは一度もない。

 今までその話題に触れずに過ごしてきたのだが、よりによってまさか再婚話がここで持ち上がるとは思いもよらなかった。

「父さん、お前にドッキリは何度も仕掛けてきたが噓をついたことは一度もないぞ?」

「いやいや、やることなすこと職業の割に胡散臭いんだよ親父は……。──で、いちおう聞いてあげるけど、そんな胡散臭い親父に引っかかった残念なひとはどこの誰?」

 親父は徐にニヤリと笑いながら言ってのけた。

「相手は三菱商事との催事で知り合った向こうの人で富永美由貴さんって言うんだ。土星衛星の資源輸送を担当する部署の人でね。これがかなりイケてる人なんだ!」

 親父はよほど再婚相手の容姿を自慢したいらしい。にやつく顔がひたすらうざい。桑原副長もドン引きするレベルである。

 それよりもまず、よく懲りずに再婚なんてできるものだと呆れる。

「へ〜……。まあいいんじゃないか? で、その人とは付き合ってどれくらいなの?」

「もうかれこれ二年になるなー。」

「二年!? いや、再婚よりそっちのほうが驚きだ! 俺に隠れて二年もその人と付き合ってたのかよ!?」

「まあほら、お前、鈍感だし。」

「その言い方うぜぇ……。──それで、写真とか持ってないの?」

「それは顔合わせまでのお楽しみだな。あんまり綺麗だからって俺の嫁に手ぇ出すなよ?」

「出さねぇよ……。」

 親父はがはははと豪快に笑い、卓上のカレンダーを指差した。

「顔合わせは来週の土曜だ。あと緊張しすぎるのも良くないから今とは違って制服を脱いで私服で来いよ。」

「それはまた随分と急な話だな……。確かに次の連絡船は来週の木曜日にエンケラドゥスに到着するけど。ならば今週中に髪切りに行かないと。」

「それとお前にもう一つ朗報がある。ふっふっふー……」

「……なんだよ? もったいぶらずに教えろよ?」

 すると親父は少し溜めてから口を開いたのだが──


「なんとお前にができるんだ。」

「きょ……!?」


 ──おわかりいただけただろうか?

 俺と親父の認識はこのときもうすでにずれていた。

 筆談だったら起こり得ないような同音異義的に発生した認識のずれ。

 そう。

 俺はてっきりができるものだと勘違いしてしまったのだ。

 一人っ子で育った俺は、以前から兄弟というものにちょっとばかり憧れを抱いていた。士官学校の先輩や同期を見ててもいいなと思うことは多々にあった。

 そのせいもあって、『きょうだい』というワードに過剰反応。

 結果、すっかり舞い上がってしまい、そして──

「お前の一つ下で士官学校出たての十六だから、お前が兄貴になるな〜。」

「やった! ナイス再婚だぜ親父!」

「あそう? じゃあいいんだな? 本当に再婚しちゃうけど?」

「もちろんだ! かぁ〜……楽しみだなぁー!」

 ──このとき重大な見落としがあったことに気付かなかったのだ。

 もしここで親父が「妹だ」と言ってくれていたら……いや、恨み言はよそう。

 もしここで俺が弟か妹かを訊いていたら、心の準備だってできていたはずなのに……。

 まあ、『きょうだい』ができるかできないかは関係なく、親父の再婚には口を出さないつもりではいたのだが。

 それにしてもわざわざこの辺境のエンケラドゥスにまで来て結婚したいという継母となる人は実に旦那さん思いないい人だな、と素直に感心した。

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