第5話 白線は目の前
放課後。
昇降口へ向かう途中、凪は廊下から外を眺める。数日前と違って天気は雲一つない晴天だというのに、凪の心は数日前よりも曇っていた。
階段を下って、少し進んだところの突き当たり。亜麻色のストレートヘアーを
彼女は多くの人の視線を奪いながらも、そんなことは知る由もないといった涼しげな表情で凪を待っていた。
「仲月さん、この前ぶりだね」
「……どうも」
凪が指定した通り、霞は昇降口の入り口に立っていた。そうしてその視界に凪を捉えると片手をあげてにっこりと微笑む。
それはまるで気の置けない友人にするような挨拶だったから、凪は思わず苦笑いを零した。どうやら霞は凪が思っていたよりも気安い性格らしい。
まるで数日前の出来事なんか無かったかのような態度だ。握りしめていた凪の手から力が抜けていく。
その手で自分の下駄箱に入っていた靴を投げるように地面に置いて、靴を綺麗に履くこともなく昇降口を出る。
後ろから霞が歩きながら追いかけてくるのが分かった。もし自分が男子生徒なら全ての生徒を敵に回しそうなシチュエーションだ。
「今日は一緒に帰れて嬉しいな」
「……そうですか」
「仲月さんは嬉しくない?」
「どうでしょうね」
やがて霞は凪の隣に並ぶと、とんと勢いよく肩に肩を寄せてくる。綺麗な亜麻色の髪から石鹸のような清潔感のある香りが漂ってくる。
目を輝かせる霞の隣で、凪は俯いた。
二人の感情はまるで反比例するように正反対になっていく。凪にとってはこれから告白を断ることになるのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが。
(先輩の隣にいると、どうしてこんなにも苦しいんだろう)
心なしか足取りも重くなっていくような、そんな感覚を感じながら今度は凪は霞に置いていかれないように歩いた。
だが、数日前と同じように歩く霞の隣が暗い顔をしているものだから、それまで話題を投げかけていた霞も徐々に口数を減らしていく。
「仲月さん」
「……え?」
「この前のこと、気にしてるよね。……あの時はごめん」
「……」
それは忘れろということなのか、無かったことにしてくれと言っているのか。
霞にそう告げられて、凪はどう答えることが正解なのか分からずに固まってしまう。
断ろうと思っているくせに忘れろなんて言われたらどうしようなんて、そんな矛盾した気持ちが凪を襲った。
立ち止まった凪は、少し前を歩く霞を見つけた。やがて霞はそんな凪を振り返る。二人の距離は少ししか開いていないはずなのに、言葉が通じないほど遠くにいるような、そんな感覚。
凪は「先輩と私が釣り合わないなんて、そんなこと分かってるよ」と心の中で悪態をついた。
「……この前のあれ、何だったんですか」
「正真正銘の告白だよ。私、仲月さんに一目惚れしたんだ。だから付き合いたいって思った」
「それは……ありがとうございます。でもごめんなさい。私、先輩と付き合うことはできません」
誰かから告白されるのは初めてで、きっと凪の言葉はぎこちなかっただろう。でもそんな凪の言葉を霞は真剣に聞いていた。
そうして最後の一音まで凪の言葉を聞くと、「理由を教えてもらってもいいかな」と呟く。
「……自分に自信が無いんです」
「自信?」
「先輩と釣り合える自信です。この前お話ししましたよね。私は先輩とは違って誰からも選ばれたことが無いんです。先輩は私にとって眩しすぎて、近づけない」
「……」
「だから、ごめんなさい。先輩にはもっと他に素敵な人が──」
「私は、仲月さんが羨ましいけどな」
「──え……」
「もっと素敵な人がいると思います」と告げようとした言葉は、霞の声で遮られた。今まで聞いたことのないような寂しげな声に肩が揺れる。
霞はどこか悲しそうに、そして悔しそうに手を握りしめて俯いていた。
「この前と今日だけでも分かるよ。仲月さんは人に優しくできる。自分に素直でいられる。それが私にとっては──」
霞が一つ一つ言葉を紡いでいくのと同時に、亜麻色の髪が大きく揺れる。それはまるで彼女の感情の高ぶりを表しているようだった。
「──み、水見先輩?」
なんて声を掛けていいのかも分からず、凪ができることは彼女の名前を呼ぶことだけだった。
だがその言葉が彼女に届いたのかもしれない。霞ははっと我に返り目を丸くすると、自分の状況に気がついたようで急いで表情を取り繕った。
「な、なんて。仲月さんの素敵なところを言ってみました。そんなに自分を卑下しないでよ、仲月さんには素敵なところが沢山あるんだから。こうして出会ったばかりの私にも分かるくらい、沢山ね」
「先輩……」
「だから釣り合わないなんて思わないでよ。……それに、もし気が引けるならお試しで付き合ってみるっていうのはどうかな。あんまりにも私と居るのが嫌になったらこの関係は解消するっとことで」
「お試し……ですか」
霞は先ほどまでの穏やかな表情を取り戻して頷いた。
(確かにお試しなら……)
恋人が欲しかったのは事実だし、凪にとっては霞の提案はあまりにも都合が良いものだった。だからだろうか。凪はその提案に軽く一回頷いた。
「ありがとう、嬉しいな。これで私と仲月さんは、今日から恋人だね」
「……恋人」
「うん!」
霞は凪の両手を取ると、嬉しそうに頷く。
(一目惚れってだけで、こんなに私にこだわるものなのかな……)
目の前の人があまりにも嬉しそうに笑うものだから、いつの間にかそんな疑問は霞の笑顔に隠れて見えなくなってしまった。
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