第4話 下校申請
『水見霞、五月五日生まれ。現在十七歳の高校二年生。六歳で『嘘つき家族の中で』の娘役、
霞に告白されてから数日後。
休日明けだというのに疲れ切っていた凪は、机に突っ伏しながら霞についてのことを調べていた。
理由は簡単だ。数日前に感じた唇の感触と告白の言葉は、今でも消化されることはなく凪の頭に残っている。
告げられた告白に、凪はまだ答えを出すことができていなかった。
画面をスクロールすると、霞のこれまでの出演作がスマホの画面いっぱいに映った。それはつまり、それだけ多くの作品に出演してきたという証に違いなかった。
「めちゃくちゃ、有名人じゃん……」
「凪、どうしたの? 朝からそんな疲れた顔しちゃってさ。何かあった?」
「ゆ、柚。……うーん、まああったというかなんと言うか……」
うんうんと唸って疲弊しきった凪を見かねたであろう柚が、声を掛けてきた。柚の眉は少しだけ垂れていて、「唸っているのはうるさいけど心配でもある」と言わんばかりの表情をしている。
「柚ってさ……」
「ん?」
「水見霞って二年の先輩、知ってる?」
「水見霞? まあ、有名人だし一応知ってるけど……」
「どんな人?」
普段テレビを見ない凪から有名人の名前が出てきたことに驚いて、柚は少し目を丸くした。
だが数秒後にはさっきの凪のようにうんうんと唸りだして、必死に頭を悩ませている。
「どんな人、か。すごく美人ってことは知ってるけど……あ、成績は学年一位らしいよ。この前先輩が噂してた。あとはすごく売れてる役者? 実際に会ったことないから他は分からないな」
「やっぱり、完璧って感じの人だよね。欠点の付け所が無いっていうかさ」
「だねー。……あ、調べたら出てきた。今度演劇の主役やるらしいよ。ほらこれ、今すごく宣伝してるらしい」
柚はそう言ってスマホを操作すると、少しして液晶を凪に向けた。そこには七月から放送される予定の、恋愛が主題になっている演劇のホームページだった。
画面いっぱいに映し出されたのは霞と、彼女と同じくらいの年齢の俳優だ。
「スクールスイート?」
「この演劇のタイトル。漫画が原作のものだって」
どうやら学園ものの恋愛のようだが、凪にはこの前告白をして、あまつさえキスをしてきた人と同じ人物だとは思えなかった。
それは霞の演技が上手いからなのか、凪の霞への認識が歪みつつあるからなのかは分からないが。
(先輩、ちゃんと役者だったんだ……)
別に疑っていたわけではないが、こうしてちゃんと見ると、自分はとんでもない人に告白されてしまったということを実感する。
「水見、霞……」
自分のスマホに映っている彼女の名前を、そっとなぞる。放置して暗くなっていた画面はそれと同時に光を取り戻して、凪の顔を照らした。
(……眩しいな)
この画面も、先輩も。私には眩しすぎる。私と先輩は、一緒にいていいのかな。……いや、よくないか。
(……断ろう、告白。私は選ばれるような人間じゃないんですって、本心を伝えよう)
凪は手に持っていたスマホを手放そうとした、その時だった。
「……あ」
ぴこん、とメッセージが届く音がする。凪と連絡先を交換している人はそこまで多くない。というか少ないと言った方が正しい。連絡先の一覧に載っているのは家族と隣の席の友人と──あとは数日前に新しく追加されたもう一人だけだ。
(……もしかして)
急いで画面を見ると、そこに映っていたのはたった今指でなぞった文字と一文字も変わらない名前だった。
(やっぱり先輩だ。そういえば連絡先、交換してたんだったっけ。まだやり取りしたことなかったけど)
メッセージアプリを震える指で軽く一回押して開く。そこにはたった一文──
『今日、一緒に帰らない?』
そんな誘いの奥に、霞の顔が浮かんだ気がした。まだ気持ちの整理がついていない凪は少し迷って──『分かりました。放課後、昇降口で』と打つ。
送信ボタンを押すまでには数秒の時間が必要だった。
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