第24話 生き証人の末路
テゴメスは、セフィラとの戦闘で怒り心頭だ。そのセフィラはすでに敗走したあとだ。そうなれば、怒りの矛先はティベリス達に向けられてしまう。辺りの家屋を手当たり次第に蹴散らしては、高く強く怒号を響かせた。
「出てこい聖剣の小僧ども! それと女どももだ! さもなくば作業所ごと踏み潰すぞ! こんな風にな!」
声の響きは肌がひりつくほど。ティベリスは、1人飛び出したくなる気持ちを押さえつつ、建物の影に身を潜めた。
「みんな、上手くやってくれるかな……」
隣のサーラが静かに言う。
「あとは運任せでしょう。一発勝負となります」
ひとしきりテゴメスの怒号が響いたところで、女囚たちが現れた。カレンナたちは一丸となり、正門の手前まで歩を進めた。
ここでようやくテゴメスは満足したらしく、破壊する手足を止めた。
「よしよし。よくぞ来てくれた、私のコレクションたちよ。数が少ないようだが、まぁよい。これでも残ったほうか」
「待てよ、コレクションだぁ? そりゃなんのことだよ」
女囚の1人が叫んだ。するとテゴメスは口元をニタリと歪ませて答えた。
「貴様たちのことを言っている。私好みで、かつ反抗的な女を集めた。それが異端者の女囚なのだ」
「つうことは何かい。アンタに強制的にかこわれてたって事か?」
「無論だ。ここなら他の男も手を出せん。つまりは、その気になれば貴様ら全てを私の女にできる。そういう寸法よ」
「そんな、くだらない事のために、よくも……ッ!」
「さぁ、無駄話はもうたくさんだ! 早くおパンテュをよこせ! もちろん使用済みの――」
「ほしけりゃくれてやるよ、このド変態め!!」
女囚が合図をすると、屋根の上にオーレインが姿を現した。その手には布を満載したカゴがある。
「ごきげんうるわしゅう、テゴメス閣下。いや猊下? 陛下だっけ? ンンンまぁお偉いさん、どうもどうも〜〜」
「なんだ貴様は。男が横から口を挟むな、耳が穢れる」
「同じ男としてアンタを軽蔑するぜ。お姉さんの下着にそそられない……といえばウソになるがな。しかしアンタのはいけすかねぇよ。そういうのは、もっと慎ましくやるもんだぜ」
「ククク。仮にも司教たる私に説法か? よほど腹がすわってるらしいな」
「べつにアンタとやり合うつもりはないぜ。ほらよ、好きなだけ楽しめや!」
オーレインは、カゴを振り払って、中身を全てぶちまけた。それは女囚達の洗い物で、下着も多分に含まれる。
そこで終わりではない。サーラが狙いを定めて風魔法を放った。するとどうか。重力に任せて落ちるだけだった衣類が、翼でも生えたかのように夜空を舞った。
視界に映るはパンツパンツ、シャツとスカートにパンツ、そしてまたパンツ。テゴメスはその場でうっとりとして、口を半開きにした。
「ティベリス様、いまです。豚司教は口を開け広げて、欲望のおもむくままに食らいつくでしょう」
「その口に飛び込んで斬るんだね、まかせて!」
ティベリスは走った。ようやく終わる。この気が狂いそうな悪夢に終止符が打たれるのだ。そう思うと、剣を握る手に力がこもる。
しかし、ティベリスが飛び出そうとした瞬間、事態は予想だにしない方へ進展した。
「1枚たりとも逃してなるものか! 全部吸い尽くしてくれよう!」
テゴメスは大きく息を吸い込んだ。口先をすぼめて吸引力を引き上げた。するとサーラの魔法に勝り、あらゆる衣類がその口の中へ吸い込まれていった。
そしてテゴメスが、自分の腹を満足気に叩いた頃には、その全てが胃の中に収まったあとだった。
「クフッ。まずまずだ。いかに美しくとも、ババアではこんなものか。せめて鮮度が良ければなぁ」
「なんてやつだ……。どこまで道を踏み外せば気が済むんだよ」
ティベリスがほぞを噛む。その間にもテゴメスは食指を伸ばして迫りくる。彼のにごった瞳は、カレンナを見ていた。
「ここはやはり貴様だカレンナ! 見た目に関しては他の連中の追随を許さぬ美貌を誇る女! さぁさぁ、死にたくなければ脱ぎたてのおパンテュを差し出すのだ!」
「あの、司教様。下着を差し出せば、皆ともども、見逃してもらえるのでしょうか?」
「あぁそうだな。考えてやっても良いぞ?」
「わ、わかりました。それでは……」
カレンナは、自身の服の中をまさぐりだした。その手は震えている。恐ろしく、おぞましく、そして屈辱的だ。力で圧倒されているとはいえ、この仕打ちには耐え難いものがあった。
しかし命には変えられない。彼女は両手を震わせながら、脱ぎたての下着を握りしめた。
するとその時だ。彼女の背後に何者かが舞い降りた。そしてカレンナに何か耳打ちしては、夜闇の中へ消えた。
「グズグズするな! 私の気が変わっても良いのかっ!?」
「申し訳有りません司教様! こちらが、その、脱ぎたてになります」
「フン。ノロマめ。興が削がれるところだったぞ」
テゴメスの爪がカレンナに伸ばされると、器用にも爪先に下着を引っ掛けた。そして大きな口で大事そうに頬張り、おおげさに咀嚼する。さながら貴族の食事風景で、希少なる絶品料理を味わうようにも見えた。
「ふむ、ふむ、これがカレンナの脱ぎたて……。美味かな……。いや! 臭い!! なんだこの臭いは、これではまるで――」
「ワーーッハッハッハ! どうよオレッちのパンツの味は! しかも3日連続ではいてたヤツだぜ!」
「ギャアアアきたない! 男臭い! せめて毎日洗え不潔野郎めがぁぁーーッ!」
「うっせぇな、誰かさんのせいで逃げ回ってたんだよ! 洗濯する余裕なんてあるかよ!」
「おでぇ〜〜、おべぇ〜〜、気持ち悪い……男の下着を食うなんて変態のようではないか!」
「そうかい。アンタは十分終わってるけどな」
テゴメスは四つん這いになって嘔吐の姿勢になった。そして、オーレインの下着のみを吐き出そうとし、それは成功する。他のものとはデザインの異なる質素な布切れが、怪物の口からデロリと溢れた。
またとないチャンスに、オーレインが吠えた。
「いまだぞティベリスの旦那! やっちまってくれーー!」
「ありがとう、任せて!」
ティベリスは矢のように駆け出した。猛然と、開け広げの口を目指してひた走る。
そこでテゴメスも気づくのだが、もはや間に合わない。
「うっ! 聖剣の小僧――」
「これで終わりだ! くらえーーッ!」
ティベリスは口の中に飛び込んだ。鼻をつく臭いの立ち込める口内で、剣を突き立てる。すると聖剣がすかさず反応。真昼の太陽にも似たまぶしさで、辺りに閃光をきらめかせた。
「ギャアアア! やめっ、やめろぉーーッ!!」
全身を光でおおわれたテゴメスは、その場に倒れてのたうちまわった。身体はみるみるうちに縮んでしまい、ついには人間に近しいサイズにまで萎んでいった。
そのさまを、すでに脱出を終えていたティベリスが、間近で見ていた。
「終わりだよ、テゴメス司教。その身体ではまともに戦えないだろう」
「くっ、くくっ。この私に、これほどの事を仕出かしておいて、ただで済むと思わんことだ……」
テゴメスはいま、全裸である。一糸すらまとわぬ、完全体だった。そんな男が下着を食い漁っていたとは、皮肉な話だ。
続けてテゴメスは嘲笑う。それは敗北者には持ち得ない、勝利を確信したものだった。
「私に対するこの暴挙、明らかにブロパーマナーズ違反だ。法に触れる行為そのものだ。私は貴様の罪を証明できる、いわば生き証人となった訳だな」
「今更何を言い出すんだ! あれほど悪さをしておいて!」
「ふん。おパンテュを食い漁ったことなど、証明しようもあるまい。仮に目撃証言があろうとも、金と根回しでどうとでも潰せる。つまりは、私の勝ちということだよワーーッハッハッハ! ワーーッハッハ……」
勝ち誇って高笑いするテゴメスだが、にわかに顔色が変わる。続けて嗚咽すると共に、何かを吐き出した。しなやかな布地で、素肌に心地よい素材だ。それが何なのかは、考えるまでもなかった。
「そういう事か、司教。アンタの体内には、あの数え切れないほどの下着が……」
「うっぷ。た、たすけてくれ。吐き気がとまらん……おえっ!!」
「サーラ。君から見てどう思う?」
「報いとしか言いようがありません。恐らく、食べた分だけ吐き出せば、その痛苦も終わるかと。あるいは首でも吊るとか」
「いやだ。まだ死にたくない、だが死にたくなるほど苦しい。どうかたすけて……」
「司教。たしかにアンタは生き証人になったよ。自分の犯した罪のね。そんだけ証拠を吐いてたら、誰が悪人かは一目瞭然だろうよ」
「苦しい、助けて、あぁ神よ……!」
「そうだね。聖職者なら女神様にすがるのが筋だろう。助けてくれるとは思わないけどね」
こうして、長い長い悪夢の夜は終わりを告げた。町はゆるやかに平穏を取り戻していく。女囚たちも、そしてカレンナも解放された。彼女たちを縛る力は何も無いのだ。
ティベリス達は深い達成感とともに、一晩中語り明かした。作業所の備蓄を吐き出しての晩餐だ。残った女囚やカレンナ一家を交え、ティベリス達は大いに食べて飲んで、その労をねぎらった。
そんな中でオーレイン。彼の胸元がわずかに膨らんでいる事に、誰も気付かない。実は戦闘中、カレンナの下着を自身のものと交換したあと、それをチョロまかしていたのだ。
――非戦闘員のオレッちがここまで身体を張ったんだ。ちょっとくらいご褒美あって当然だよな。
美しき未亡人の脱ぎたておパンテュ。それはオーレインの胸に、妖艶で濃厚なぬくもりを与えてくれた。
そして、あとでバレてしこたま殴られた。
センシティブ聖剣が抜けまして精霊とかにガチ恋されてるけど僕はそういうの分からない おもちさん @Omotty
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