第23話 テルコーデの災禍

 テゴメスはもはや人の姿を残していない。獣の化身と成り果て、獰猛な性質までもあらわにした。手始めに、足元の下着をつかんでは、豪快にほうばる。それから高らかに叫んだ。



「ぐっはっは! うまい、たまらんぞぉーー!」



 テゴメスは全身に力をみなぎらせると、次第に身体がふくらんでいった。際限などなく、やがて頭が天井にまで届くようになる。



「サーラ、このままじゃ!」


「今にも崩れそうです。まずは脱出しましょう」



 急ぎ部屋を飛び出して、階段を駆け上がるティベリスたち。その間も頭上から砂ぼこりが落ちて、建物全体が歪むのを感じた。


 そうして地上に出た瞬間、教会は激しい物音とともに崩れ去った。ガレキの中からは、巨大なオオカミと化したテゴメスが顔を出し、夜空に向かって吠えた。



「グォぉぉーー! もっと、もっとだ!! 脱ぎたてを食わせろぉぉ!」


「なんて奴だ。アイツは本当に聖職者なのか!?」


「できれば美少女の! さらにさらに、13歳前後の処女だと、なおさら良しぃぃ!」


「しかも注文がうるさいな!」



 臆面もなく異常性を公言したテゴメスだが、その実力は侮れない。巨大化した分、体力筋力共に増大したので、ヒトのそれを遥かに凌駕した。



「脱ぎたておパンテュ! どこだーーッ!」



 高笑いを響かせるとともに、テゴメスは跳んだ。それだけで町の反対側までに至り、辺りを物色する。不運にも、道をゆく女性が見つかってしまう。彼女は腰を抜かして道端に倒れた。



「脱ぎたて、1枚目ぇーー!」



 テゴメスは器用にも、相手の衣服だけを引き裂いた。そして下着さえも絶妙な加減で奪い取り、その場で食した。



「うむ、うむ、マズイ。やはり20歳超えのババアでは口に合わんよ」



 史上最低のグルメ。やるだけやって暴言を吐く。厚顔無恥なテゴメスは、次なる標的を求めて歩き回った。それは破壊を伴う。町の通りを、家々を、街路樹を崩しながらの探索に、住民たちも逃げ惑うしかなかった。


 だがテゴメスにしては好都合だ。家を壊して回る手間が省けたからだ。



「おぉ〜〜。見つけたぞ、歳の頃は12歳、早熟ボディ! そして鼻筋の通った美少女ぉぉ!」



 テゴメスの爪が少女に襲いかかる。松明によって陰が生まれ、華奢な身体を闇が覆い尽くそうとする。


 しかし、甲高い音が鳴る。それとともに爪は大きく弾かれた。ティベリスの斬撃がさまたげたのだ。



「クッ……。邪魔するな、聖剣の小僧め!」


「きみ、早く逃げるんだ。大人がいるほうへ!」


「あの、ごめんなさい。腰が抜けちゃって立てないの」


「サーラ、この子を安全な所へ! 僕はヤツを引き付ける!」



 避難を指示すると、今度は低く駆け出した。狙うはテゴメスの足。滑り込むようにしてスネを切った。体毛と外皮は厚いが、確かに手応えを感じた。



「よし、これで後は光って元通り……」



 気を抜いた瞬間、巨大な手で掴まれた。腹全体が握りつぶされそうなほど、強い力で締め付けられてしまう。



「クソッ、どうしてお前は平気なんだ!」


「グフフフ。他の魔族はいざ知らず、私には女神の加護がある。聖剣の浄化なんぞ通用せぬよ」


「チクショウ、離せ! このバケモノめ!」


「そうか、離してほしいか。では望み通りに」


「えっ……うわぁ!?」



 ティベリスは、勢いよく投げ捨てられた。全身を家屋にぶつけて、壁を突き破り、地面をすべるようにして転げていく。


 ようやく留まったところで、誰かに声をかけられた。



「ティンコ兄ちゃん!」


「その声は、マックス?」



 かすむ瞳が見慣れた少年を映し出す。他にもライアン兄妹、セフィラやオーレインの姿もある。



「マックス、それに皆、どうしてここに?」


「どうしても何も、あの廃屋なら潰れちまったよ。それにしても何なんだ、あのバケモノは!」


「テゴメス司教だ。女の子の下着を食べてたら、あんな姿に」


「えっ? もう1回言って?」


「女の子の下着を食べてたら、テゴメスがバケモノになったの!」


「いや、ありえないっしょ。下着を食うのも、犬っころのバケモノになるのも」


「僕だってそう思うよ。でも現実なんだ!」



 不毛な口論をする間も、テゴメスは破壊行為を止めない。やがて騒ぎを聞きつけた騎士団も集結するのだが。



「隊長! 町中に魔族が出ました! 変異種のようで、かつてないほどに巨体です!」


「むむ……。こんなもの相手できるか! 転進だ! 本隊と合流し、善後策をあおぐ事にする!」



 騎士団は一目散に逃げ出した。背後で、何人襲われても知らぬ顔。自警団もその後に続いて、我先にと逃走してしまう。


 こうなると住民たちはパニックだ。右に左にと逃げ回り、町は混沌の渦に飲み込まれてしまう。



「ガーーッハッハッハ! 逃げろ逃げろ、泣け、わめけ、ひざまづけ! 死にたくなければ股を開いて許しを乞うのだ!」



 我が物顔で振る舞う姿を、ティベリスはほぞをかんで眺めるしかなかった。



「クソッ。あいつを倒すには、どうしたら……!」


「ティベリス様、今戻りました。状況は?」


「サーラ。あいつには聖剣が効かないし、まともに戦うことは難しい。どうしたらいい?」


「口惜しいことに、女神ルシアーナの加護に守られています。聖属性の攻撃は無効でしょう。しかしながら、相手も無敵ではありません」


「というと?」


「加護は身体を覆うもので、体内には働きません。つまり、うまく内側を攻撃できたなら……キャア!」



 その時、建物が崩れてガレキが降ってきた。テゴメスが暴れ出したせいだ。



「どいつもこいつも、ブサイクばかりだ! 見れた顔でもババアばかり! フザけるなーー!」



 テゴメスが手前勝手にわめき散らすと、身体の向きを変えた。そして地響きとともに、どこか他所へと向かった。


 そして、女囚作業所で足を止めた。



「ティンコ兄ちゃん! あそこには母ちゃんが!」


「狙いは女囚なのか? 助けにいこう!」


「ティベリスさん、ヤツの注意はアタシがひきつけるんで、その間にどうにかしてくれっス!」


「頼めるの、セフィラ?」


「論より証拠っスよ」



 セフィラは薬を一飲みすると、またたくまに巨大化した。今や、テゴメスを見下ろすほどに大きい。



「さぁワンちゃん。大人しくしないとブチのめすっスよ」


「なんだ貴様は。邪魔立てするな!」



 セフィラは、テゴメスの放つ蹴りを辛うじてかわす。しかし、ここで問題に気づく。テゴメスに鋭い爪と牙がある一方で、セフィラは完全に丸腰だった。


 体格が同等でも劣勢だ。爪の攻撃を及び腰で逃げ回り、それでも避けきれず、胸元を切り裂かれてしまう。



「ヒィッ! 服を切り裂くなんてやっぱりド変態! クズ野郎っスね!」


「勘違いするな。貴様のようなゴミ貧乳の裸体など興味ない。たとえば二次性徴期で、リンゴサイズくらいの裸なら是非とも見たい――」


「誰が貧チチだオラァーーッ!!」



 乙女のハイキックが炸裂。今のは効いたようで、テゴメスの足元がフラついた。



「なめんな老害ロリコンジジイ! 年寄りならそれらしく枯れてろってんだボケがッ!」



 乙女コークスクリュー、乙女膝打ちに、乙女マウントポジションからの乙女タコ殴り。急所を正確に撃ち抜く技が、テゴメスの意識を奪い取る寸前まで追い詰めた。


 誰にでも、決して触れてはいけない部分がある。テゴメスは無遠慮に穢した。それだけの事だ。



「トドメだこの野郎! 往生せいやーー!」



 セフィラが吠えて、拳をかかげる。しかし、その身体はみるみるうちに縮んでいく。それは一時さえも留まること無く、もとの身体に戻ってしまった。



「やばっ。ここで薬の効果が切れるって、あんまりじゃないっスか?」


「こ、小娘……。よくも好き勝手にやりおったな……!」


「えっ、いや、なんつうか。アタシも心に傷を負ったんで、お互い様ってことに……」


「殺す! 貴様だけは噛み砕いてぶち殺す!」


「ひぇぇ! ティベリスさん、あとは頼んだっスよーー!」



 セフィラが路地裏を駆け回り、物陰に隠れたころ、ティベリス達も作業所に侵入していた。


 女囚や監視員の大半は逃げた後だった。しかし、マックスの母カレンナや、何名かの女囚は作業所に隠れていた。



「母ちゃん!」


「マックス! それにライアン、アリアまで……! 無事だったのね!」



 カレンナは腕を大きく広げて、実の子との再会を喜んだ。強く、強く抱きしめる。このまま時が止まれと祈るほど、この一瞬を強く心に刻み込んだ。


 ティベリス達も胸を撫で下ろした。今も非常時で、予断を許さない状況だが、親子の再会を達成できたのは喜ばしい。



「良かった。みんな無事みたいだね」


「なぁ旦那。ボヤボヤしてちゃダメだろ。さっさと逃げようぜ」


「オーレイン。そうは言うけどさ、テゴメスから逃げ切れるとは思えないよ。ひとっとびで町の反対まで行っちゃうんだよ?」


「うっ。確かに、どんな名馬よりも早いけどよ」


「だから戦うよ。僕に任せて、みんなは逃げて」



 ティベリスが言うと、女囚たちは反発した。



「おっと、それは困るね。豚司教に一撃を食らわす絶好の機会じゃないか。アタイは残るよ。なにか仕返ししなきゃ気が済まない」


「危険すぎるよ。テゴメスはもう普通じゃない。町を潰せるくらいのバケモノに変わり果てたんだ」


「だからと言って、こそこそ逃げ回るのはゴメンだよ。アタイはやる。矢面に立たなくても、なにか手伝わせてくれよ」



 気持ちはみんな一緒だった。女囚たち、カレンナ親子、そしてサーラ。全員がティベリスとともに戦うことを望んだ。


 ただ1人、オーレインだけはションボリしていたが。



「分かったよ。皆の力を貸してくれ!」


「そんじゃあ早速、作戦会議だ。どうやってあの豚をとっちめる?」


「では、私からひとつ妙案があります。お耳を拝借」



 サーラが要点を伝えると、一同は驚きの顔を浮かれた。しかし、反論するまでには至らない。



「どうでしょう。確証はありませんが、試す価値はあるかと」


「いけそうな気もする……。けど、狙い通りいくかな?」



 ティベリスは半信半疑だが、残された時間は少ない。この頃にはすでにセフィラも敗走しており、テゴメスを制する力が消えている。



「悩んでる時間はないか。みんな、頼むよ!」


「おっし、下着はアタイにまかせな。今日は洗濯当番だったから、あらかた用意できる!」



 役割分担を決めて、各人が走り出した。ティベリスとしては不安で仕方ない。


 だが、震えて怯えるだけの猶予も無かった。作業所の窓からは、テゴメスの赤い瞳がこちらを向くのが、はっきりと見えた。



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