第19話 母をたずねて裸祭り

 三兄弟は、ボロ布に擦り切れたズボンという、みすぼらしい格好だ。しかし、心まで貧しくならないのは、兄の気丈な振る舞いのお陰だろう。伸びさらしの青い長髪の隙間に、鋭い眼光が宿る。あどけないものだが、力強い何かを感じさせた。



「そういや自己紹介がまだだったな。オイラはマックス。弟のライアンと、下の妹はアリア」



 下の兄弟も生き写しのようにそっくりだ。違いがあるとすれば、背丈と髪型くらいのものだった。



「ライアンです。よろしく……」



 伏し目がちなライアンとは異なり、妹は人懐っこく声をあげた。



「アリアはアリアだよ! いま7歳なの」


「おい違うぞ。お前はまだ5歳だ」


「5歳だよ!」



 この短いやり取りが、セフィラには痛烈に刺さった。ヨロヨロとアリアの方へ歩み寄っては、やさしく肩を抱いた。



「かんわぃぃ、この子、すっごくカワイイっスねぇ……」


「にいちゃ! アリアかわいいって!」


「あぁ、ほんとにもう。これでもかってくらい甘やかしたい、この笑顔……!」



 一部とは言え、三兄弟とティベリス達は馴染み始めた。しかし、まだ本題については解決していない。


 イチャイチャと遊びだしたセフィラを横目に、ティベリスは問いかけた。



「マックスと言ったね。君はどうして、その、ティベリスを捕まえたいのかな?」


「賞金が出るんだ。10万ディナも貰えるらしいぞ」


「10万ーーッ!?」



 いつぞや捕まえたコリゴリーとは比較にもならない。お尋ね者の中でも筆頭といって良い額面である。


 あまりの話に、ティベリス達はあっけに取られてしまう。



「すんごい大金だね。そりゃ街の人達も躍起になるわけだよ」


「すげぇな。そんだけの金がありゃ、毎日酒を飲み放題――」



 パァーーン!



「飲んだくれのオーレイン、油断も隙もない。物欲しそうな目を主に向けないでもらえますか」


「やりすぎだよサーラ! 今のビンタで、オーレインの首が一瞬ギクリと歪んだけども!?」


「ちょっとくらい歪んだほうが良いこともあります。人生も平坦ではつまらないと言いますし」


「その人生が終わりかけてない? 大丈夫?」


 

 いぶかしがるマックスに、ティベリスは慌てて話を戻した。



「ごめんごめん、お金がたくさん貰えるんだね。確かにそれだけあったら、良い暮らしができそうだ」


「そんなんじゃねぇ。母ちゃんを助けるためだ」


「お母さんを? 詳しく教えてくれるかな」



 マックスは、あどけなさを残す顔をくしゃっと歪めて、拳を強くにぎった。初めて見せた負の感情だった。ティベリスも、顔をひきしめては、彼の言葉を待った。



「うちはもともと貧乏でさ。父ちゃんはいないし、顔すら知らない。だから母ちゃん1人の稼ぎで、なんとか暮らしてた。オイラもたまに手伝ったりして、ギリギリだけど」


「アリアも手伝ったの。お皿をね、ライアンにいちゃと川であらったりしたんだよ!」


「あらあらそうなんスねぇ。おりこうさんなアリアちゃん」


「あのさ、オイラが話し終わるまで黙っててくんね?」



 貧しくも、仲睦まじく暮らしていたマックス達。しかし、今から半年前に、そのささやかな日々も終わりを告げる。



「突然、衛兵たちがやってきた。異端者がどうのとか、色々言われて、母ちゃんは連れてかれちまった」


「異端者ってことは、教会がらみかな?」


「そうだと思う。衛兵にくっついて、司祭もいた。そいつがうるさく喚いてた」


「そっか……。サーラ、どう思う?」


「女神ルシアーナを信仰しているハズですが、戒律は厳しくありません。たとえ異端者と認定されても、捕まることは稀でしょう。少なくとも、300年前はそうでした」


「ウソじゃねぇ! 母ちゃんは異端者だから連れて行かれたんだ!」


「あぁごめんね、君を疑ったわけじゃないよ」


「だから母ちゃんを取り戻すためにお金が必要なんだ。大人はお金が好きだろ? 司祭とか衛兵に渡せばきっと返してくれるはずなんだ!」



 マックスは賄賂を考えているようだ。金を配ることで解決しようとしている。しかし、ティベリス達の反応は今ひとつだ。



「保釈金じゃなくて、単純に金を握らせるのか……。うまくいくかな。むしろ、つけこまれるだけじゃないか。サーラはどう思う?」


「私も厳しいと思います。特に司祭など、敬虔な信者ほど不正を嫌うでしょうし」


「オーレイン……は寝てるか。セフィラはどうかな?」


「いやぁ、アタシは世間知らずなんで、なんとも。本当に金で解決するんだったら、面倒も少ないと思うっス」



 この中で世間を知るものは、気絶したオーレインを除けばティベリス1人だけだ。サーラの知識は三百年前で止まっており、セフィラは箱入り娘だ。


 そのティベリスが唸りながら考え込む。そして、ようやく結論を導き出した。



「本人に直接聞きたいね。どんな事情があったのか。マックス、お母さんは今どこに?」


「街の作業所だ。そこに閉じこめられてる」



 マックスは小石を並べることで、簡易な地図を地面に描いてみせた。



「廃屋がここ。作業所は街の反対側にあるんだ」


「もしかして女囚作業所かな……。それだと厳しいね。女の人しか入れないよ」


「たぶんそう。壁から覗き見た事があるけど、女だらけだった」


「そうなると、潜入するとしたら……」



 ティベリスがサーラを見た。



「お任せください。すり抜けは得意ですし、見つかっても、あらゆる者を焼き尽くしてみせます」



 それはマズイ。次にセフィラを見た。



「よくわがんないっすけど、任されればやるっスよ。バレても神経毒をブチまけて逃げるんで」


「2人とも危なっかしいよ! 騒ぎになる未来しかみえないってば!」


「じゃあ、リーダーが行くっスか?」



 ティベリスは、慣れないリーダー呼ばわりに反応が遅れた。少し経って、自分の事だと思い直す。



「僕が? だって男じゃ目立ちすぎるでしょ」


「ふっふ〜〜ん。アタシは天才美少女錬金術師っスよ。そこはもう簡単にクリアできるんで」



 セフィラは、アリアを膝からおろした後、錬金釜を置いた。そして雑多な素材を中に放り込み、混ぜ棒ちゃんで叩いて錬金術を発動させた。



「はい出来上がり。美少女変貌薬ゥ〜〜」


「なにその玉っころみたいなの」


「丸薬っスよ。さぁさぁ、つべこべ言わずにご賞味あれ〜〜」


「待って、説明くらいモガモガっ」



 ティベリスの口に無理やり薬が詰め込まれた。ネチッとした食感が不快だが、味は悪くない。はちみつ風味だ。甘くて不可解な薬を、口の中でネッチネッチとかみ続ける。


 すると、ティベリスの視線の高さがゆるやかに下がっていった。不思議と、肩も下に引っ張られるような気がする。



「わぁぁ、女の子リーダーもカワイイ! 美少女じゃないっスか?」


「セフィラ、何を言って――ほんとだ! 女の子になってる!?」



 ティベリスの容姿は大きく変わっていた。固い毛質の黒髪は、しっとりと柔らかで、絹のようにサラサラだ。筋肉質なのは変わりないが、胸元や腰回りに大きな凹凸があり、女性的なラインが目立つ。



「薬は成功っスね。そんじゃマックス君もどうぞ〜〜」


「えっ、オイラも飲むなんてモボモボっ」



 マックスもやはり少女の姿に変貌した。口の形はへの字だが、青く透き通る髪が美しい。アゴの形や骨格もどこか女性的で、男装した女の子、という印象を受けた。


 これで男子禁制の場所でも目立たずに済む。ティベリスはセフィラとマックスだけを連れて、廃屋から出た。


 サーラは聖剣から遠ざかる事が難しく、目立つ聖剣を潜入の場に持ち込む訳にはいかない。子供たちの世話を任せるしかなかった。離れ離れになる事は頑強に抵抗されたが、ティベリスが3度頼み込むと、渋々了承してくれた。



「よし。それじゃあ目立たないように行こうか」



 そう言った矢先、町の男に捕まってしまう。まさか正体がバレたのか。ティベリスは思わず拳を握るが、それは杞憂だった。



「お嬢ちゃん美人だね、カワイイね。テルコーデの人?」


「えっ? いや、違うけど……」


「今さ、とんでもねぇドスケベ野郎を探してんだ。賞金がタンマリ出るぞ。もしうまくいったら、一緒にうまい酒を飲もうぜ」


「あぁ、うん。うまくいったならね……あはは」



 ただのナンパだった。男たちは、怪しむ気配すら見せず、背中を向けて歩き去っていった。


 潜入作戦は続行だ。むしろ、年頃の男を難なく騙せたことには、自信がもてた。



「あそこが作業所か……。広い敷地は塀がぐるりと囲んでて、門兵もいるね」


「どうしよう、兄ちゃん。あっ……」


「どうかした?」


「名前をまだ聞いてねぇじゃん。なんて言うの、教えてくれよ」


「そうだったね、ごめんよ。僕はティ――」



 ティベリスだと名乗れるわけがない。どうにかしてごまかせないか。大仕事を前に、なぜか頭のフル回転を強いられてしまう。


 そうして飛び出したのは、苦い記憶を伴う別称だった。



「ぼ、ぼくはティン子と言うよ。よろしくね……」


「変な名前。でもわかったよ、ティンコ兄ちゃん」


「兄ちゃん呼びはやめとこうか」



 施設への潜入は難しくなかった。出入り口から離れた位置で、壁をよじ登れば良い。ただ、スマートにはできなかった。ティベリスは、マックスとセフィラを担いだ上で、2階分の壁をよじのぼるハメになった。



「ぜぇ、ぜぇ。なんだか、僕が担ぐのが、定番になりつつある……」


「ティンコ兄ちゃん。早くこっちだよ、見回りに見つかっちまうだろ」


「う、うん。だから兄ちゃんはやめて……」



 それからは大きな建物に向かった。レンガ造りで、廃屋が2、30軒は入ってしまいそうなほど広い。その入口から入るわけにもいかず、窓から侵入した。ちょうど半開きの窓があったのは幸運だった。



「ここが作業所か……中を見るのは初めてだよ」



 長いベルトコンベアーの傍で、多くの女囚が作業を強いられていた。全自動の長いベルトに木箱のような物が乗せられ、それを布でふいたり、飾りを貼り付けるなどして、作業を分担していた。


 動力は水だ。女囚が動力部分に手桶の水を流し込むと、水車技術に似た活用で、ベルトを絶え間なく動かしていた。



「えっと、母ちゃんはどこかな」


「待って。うかつに飛び出したら監視に怪しまれる」



 監視役は、吹き抜けの2階通路から目を光らせていた。監視の数は少ないものの、階下の様子は筒抜けだった。



「マックス。君のお母さんはどこ?」


「母ちゃんは、ええと……あそこだ! ベルトコンベアーの真ん中らへん、木箱が積み上がってるところ!」



 そこには、作業に従事する青髪の女性が居た。深く咳き込んでいる姿が痛々しい。しかし、これはチャンスでもあった。



「どうしたの。咳なんかして、大丈夫かな?」



 ティベリスは母親の傍に駆け寄った。そして介抱するかのように、背中をやさしくさする。


 母親の咳はまだ止まらないが、両手でティベリスを押しのけようとする。



「だ、大丈夫です。だから持ち場に戻って――」


「おいお前たち! そこで何をしている!」



 監視の男が2階から怒鳴った。ティベリスは、一か八か、反論を試みた。



「この人を休ませてください! 咳してるし、病気かもしれません!」


「病気だぁ? あまえんな、それよりも部品を完成いそげ、この異端者どもがっ!」


「そんな! もし人命に関わる事だったら――」



 さらに噛みつこうとするティベリスだが、母親は、



「もう平気なので」



 と言って、作業に戻った。ティベリス達も、母親の傍に立ち、さも励んでいるかのように、作業するフリをした。木箱を積んで下ろすことを繰り返して、話し込めるチャンスをうかがった。


 しかしそこへ、またもや監視の声が再び響く。視線はマックスに向けられていた。



「そこの小娘! 子供は風呂の用意だと命じたろうが! サッサと行け!」


「えっ。もしかしてオイラに言ってる?」


「聞いてるのかウスノロめ、もうさっさと連れてけ!」



 するとマックスは、監視の1人に連れ去られた。行先は別棟で、その中に押し込められてしまう。どんな仕打ちを受けているのかは、ここからは見えない。



「セフィラ。どうにかして、マックスのフォローをお願い。彼1人では危なすぎる」


「了解っス。リーダーも気をつけて」



 セフィラが物陰を経由しつつ、別棟へと向かっていく。ティベリスは、それを横目に、ターゲットへの接近を試みた。


 監視役の男は、別の作業者を怒鳴り散らしている。今がチャンスに思えた。



「マックス君のお母さんだよね?」


「えっ……!」


「手を止めないで。僕はしがない冒険者で、お子さんからアナタが捕まってる話を聞いたよ」


「子供たちは、3人の幼い子達は無事なのですか?」


「うん、元気そうだよ。ライアン君とアリアちゃんは、僕の仲間が保護している」


「良かった……。それで、マックスは?」


「マックス君はね、驚かないでほしいけど――」



 時間が許されたのは、ここまでだった。ティベリスが言いかけた矢先、あたりにけたたましいベルの音が鳴り響いた。



「作業やめ! 次は風呂だぞ!」



 すると女囚たちは、速やかに立ち上がり、足早になって立ち去っていった。出遅れたティベリスの足元に、ムチが激しく叩かれる。



「ぼやぼやするな、貴様も行け!」



 下手に逆らう事は許されない。ティベリスは慌てて女囚たちの列に続いた。



 向かった先は別棟で、脱衣所だった。隣は風呂場になっている。女囚たちの多くはすでに裸だった。ティベリスは、それを知った瞬間に視線を足元に落とし、出入り口から逃げようとした。ここにはセフィラも侵入しているので、彼女に任せるべきだった。


 しかし、唯一の出入り口は塞がれていた。扉の向こう側で監視達の声が聞こえる。



「女囚を全員、風呂に向かわせました!」


「ご苦労。くれぐれも脱走を許すなよ」



 これでは逃げられない。扉のそばでオタオタとうろついていると、不意に手首を掴まれた。マックスの母親だった。もちろん、一糸まとわぬ姿だった。



「ねぇアナタ、息子の話を教えてもらえる? 何か知ってるんでしょう?」


「あわわわ、ごめんなさい! うまく説明できないけど、ほんとごめんなさい!」



 今のティベリスには必死に謝る事しかできなかった。だが窮地はここで終わらず、むしろ始まったばかりである。彼も服を脱ぎ、入浴することを強く勧められたのだ。


 これより、地獄の女風呂体験が幕を開けてしまった。

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