第18話 潜入大作戦
あの四人組はどこへ消えた、探せ探せ。今や日は暮れ、夜更けだと言うのに、テルコーデの街は眠る気配をみせない。通りという通りで住民達が徒党を組んでかけまわり、ティベリス達を探し続けた。
廃屋の壁に顔を寄せたティベリスが、
「ヤバいな、すごく執拗だ。ぜんぜん警戒が緩まないよ」
と言った。壁の隙間からは街の様子が見え、ひっきりなしに松明の灯りが現れては消える。右に左にと、何人もの住民が通り過ぎていった。
「このままじゃ危険だ。オーレインとセフィラ、君たちはどこかへ逃げると良いよ」
「ハァ!? そりゃどういうこったよ!」
「連中の目的は僕なんだ。君たちなら、仮に捕まったとしても、たいした罪に問われないと思う」
「おいおいおい、見損なうなよ。オレっちは村の恩人であるアンタを見捨てるようなマネはしねぇよ!」
「恩義を感じてても、ここらが潮時だよ。今なら間に合うから逃げるんだ」
「お断りだ。確かにアンタとは、この街まで送ったらお別れ、という約束だった。だがな、尻尾巻いて逃げるのは嫌だぞ。ちゃんと笑顔でサヨナラするんだ。次は酒でも飲もうなんて言ってな!」
「オーレイン……。気持ちはうれしいけど」
「ティベリス様、良いではありませんか。その心意気を買いましょう。今は人手が多いほうが助かることですし」
「サーラ。君までそんな事を」
「捕まらなければ良いのです。敵を欺き、翻弄し、華麗な離脱を果たす。それで解決するではありませんか」
「簡単に言うけどさ……」
話は平行線のままだが、そこでセフィラが割り込んだ。
「まぁまぁみなさん。ここは情報収集といきましょうっス。こんなボロ屋でコソコソしゃべってても進展ないんで」
「そうかな。まぁ、そうかも」
「ティベリスさん。アタシが街に潜入してくるっス。ついでにギルドも寄ってきますよ。ほら、賞金の5千ディナがもらえるじゃないスか」
「大丈夫? あまり派手に動くと危ないよ」
「へーきへーき。アタシはツラが割れてないと思うし、最悪、催涙薬をブチまけて逃げるんで」
薬瓶を片手にしたセフィラが、大きな瞳でウィンクした。どうやら自信はあるようだ。
「それじゃあ、任せるよ。くれぐれも気をつけて」
「あいあい、任せろっスよ!」
セフィラは、気安い口調とは裏腹に、慎重な足取りで廃屋から出た。残されたティベリスたちに出来る事はない。ただひたすら、彼女の安全を待つだけだ。
「はぁ……ただいまっス」
「おかえりセフィラ、大丈夫だった?」
「まぁ、たいして危なくなかったんスけど」
セフィラは大きく息を吐いて、それから熱い怒りをぶちまけた。
「あいつらクッソ失礼でしたよ! 逃げ回ってる女は爆乳だった、こんなチチナシじゃないって、アタシのことを指さしながら! あぁぁムカつく!」
「フフッ。ごめんなさいね、セフィラさん。私は恵まれた身体に変形する事が可能なのです」
「それズルすぎ! アタシもばるんばるんになりたいっスよ!」
何か脇道にそれようとしているが、ティベリスが間に割って入った。
「それはともかく、無事だったんだね?」
「心は無事じゃないっス」
「不満はあると思うけど、とりあえず結果を話してもらえるかな?」
「ええと、住民の大半は捜索にあたってるらしいス。連中の目星は、おそらくティベリスさんとサーラさん。立派な剣とか、半裸の爆乳女を合言葉に探し回ってたっス」
「たしかにね。目印としては分かりやすいのかも」
「ちなみにお店は普通に空いてて。ギルドでも換金できたっスよ。はいどうぞ」
「ありがとう――って、賞金は5千ディナのはずだよね。金貨3枚に、銀貨が……4、5、6」
「えっと、実は素材屋にも寄ってきまして。すんごいお買い特なアイテムがあったから、そのう……」
「そういう事か。なら良いよ、お疲れ様」
ティベリスは使い込みに怒ることもなく、ねぎらいの言葉で締めくくった。
だが、オーレインは納得したようではない。
「おいおい。せっかく金があるのに、必要なものを買わないなんて、どうかしてるぜ」
「必要なものって?」
「飲み物食い物、それと寒くなってきたから、温まるものだよ」
「確かに、それもほしいね」
「じゃあ今度はオレっちの番だ。偵察がてら、良いもの買ってきてやるよ」
「本当に? 気をつけてね」
ティベリスは全財産を手渡して、仲間の出発を見送った。それからしばらく。赤ら顔のオーレインが戻ってきた。
「ただいま戻りましたよ。うぃっ」
「様子はどうだった……って酒くさっ!」
「やっぱり寒い時は火酒に限るよな。どうよ、これから皆で1杯やろうぜ」
「確かに飲み物だし、温まるものかもしれないけど……」
思ってたんと違う、そう伝えたくて仕方ない。だが今のオーレインに何を言っても無駄だ。彼は廃材の上に腰を下ろすと、ご機嫌にも身体を左右に揺さぶった。この世の天国であるかのように、気持ちよさげな仕草だ。
「幻の火酒『マモウ』だってさ。いい酒なのかもしれないけど、これで残りのお金は2千とちょっとか……。2人とも思い切りが良いなぁ」
「せっかくティベリス様が稼いだ大金を、湯水のように浪費するとは。許すまじ。2人には身体を張ってでも返してもらいましょうか」
「えっ、身体っスか? いやちょっと、そういうのは初めてなんで、やさしくしてもらえると助かるっスけど」
「しれっと既成事実を企まない。すり潰してやりましょうか」
「オレっちも、何だってやるぜい。こちとら無敵の、あ〜〜、無敵だからよ。ういっ」
「あなたは酔いつぶれてなさい。下手に動かれると迷惑です」
「まぁまぁ。そんな目くじらをたてないでよ、サーラ。こんだけあれば食料も買えるし、お金のことは忘れよう」
「ハァ……。2人とも、ティベリス様の寛大なお心に感謝なさい」
「あい! ありがとうっス!」
「どうもゴチ〜〜ういっ」
ここでティベリスは、おもむろに聖剣を肩から降ろした。そして、布切れを頭からかぶった。
「じゃあ、僕も行ってみるよ。街の様子をこの目で見たいし」
「お待ちください。なぜ、どうして、エビルスレイヤーを外したのです?」
「だって目立つもん」
「私の何が不満ですか? 至らぬ点は? 直します、全部直しますからどうかお供を!」
「いや違うってば! 聖剣担いでたら一発でバレちゃうでしょ!」
半分パニックのサーラには、ティベリスの説得も届かない。ひとまず、彼女の対応はセフィラに任せて、街の潜入を開始した。
「やっぱり人が多いな。目立たないように気をつけよう」
ティベリスは、伏し目がちになって歩いていった。ときどき、住民たちの騒がしい声が耳に届く。
「おい、見つかったか?」
「いやまだだ。とにかくドスケベな剣士と、ドスケベなねーちゃんを探せ!」
何人もの男たちがティベリスの脇を通過していく。たまに顔を覗き込まれるものの、
「コイツは違うな、ドスケベじゃない」
「そうだな。仮に女から迫られても、よく分からんという感じでスルーしそうなクソボケの顔をしてる」
僕はいったいどんな風に見えてるんだろう。伏せた顔に指で触れつつ、裏路地をへて食品店へ行く。
扉を開けてみると、営業中だ。生鮮食品に保存食、当日に焼いたパンなどを取り扱っている。
「いらっしゃい……」
店の奥で、白髪頭の店主がジロリと睨んだ。ティベリスは、視線に気付かないふりをしつつ、商品を物色する。パン、干し肉、チーズ。他にも果物や野菜など、持てるだけ手に取った。
それをカウンターまで運ぶと、店主に再び睨まれた。
「アンタ、見ない顔だな。冒険者か?」
「あぁ、うん。言われてみたら、初めて来るお店かも」
「しかも大量に買いやがる。お仲間の分も買いたいってとこか。ざっと見積もって4、5人分」
「いやいや、ええと、こう見えて僕は大食いなんだよね。これだけあっても、2日くらいで食べ終わっちゃう……なんて」
「ふぅん。まぁ、オレとしちゃ商品が売れるのは嬉しいがね」
店主は視線を落として、商品をひとつずつ手に取った。そしてメモに、金額を書き込んでいく。
「お代はしめて1200ディナだ。用意できるのか?」
「うん。これでお願い」
「金貨1枚、銀貨2枚。ちょうどだな。まいどあり」
「お世話様でした。それじゃあ僕はこれで」
「それにしてもティベリスさん、災難だったな。こんな騒ぎに巻き込まれちまって」
「そうなんだよ。僕としてはね、急な話すぎて、もう何が何やら――」
「やっぱりそうか! みんな、お尋ね者だ! 例の小僧が現れたぞ!」
「うわっ、しまった!」
一瞬の隙をつかれて正体がバレた。ティベリスは商品の詰まった袋を抱きかかえて、店の外へ逃げた。
しかし、通りはすでに街の人で埋め尽くされていた。
「ここに居たぞ、捕まえろ!」
街の人々は、モップやクワで武装している。一方でティベリスは、革鎧にナイフ1本という装備。多勢と争って切り抜けるには、あまりにも貧相すぎた。
「悪いけど、捕まるつもりはないよ!」
ティベリスは、積み上がった木箱に飛び乗ると、器用に屋根の上に登った。そして屋根伝いに駆けていく。
「逃がすな、追えーーっ!」
屋根の上から見下ろすと、おびただしい数の松明が動き回っていた。それらが食品店の方へ集まる中、ティベリスは貧民街へ向かう。
貧民街は大通りのように、家屋が整備されていない。家々の敷地が入り組んでいるだけでなく、行き止まりや袋小路も多い。
そんな地の利を活かしつつ、ティベリスは逃げ回った。そうやって、追跡をまいた事を確かめると、ようやく屋根から飛び降りた。
「ふぅ、危なかったけど、捕まらずに済んだね」
後は廃屋に戻るだけだ。足早になって仲間のもとへ向かう。しかし、彼が抱きかかえる袋には穴が空いており、その中からポロポロと、食品がこぼれおちる事には気付けなかった。
そして、自分の失態に気付かぬまま、廃屋の中へと帰還してしまう。
「ただいま。ちょっとトラブルあったけど、何とかなったよ」
「おかえりなさ……い」
「何、そんなに驚いて。どうしたの」
「その子供たちは、どうなさいました?」
「子供?」
ティベリスが振り向くと、そこには3人の少年少女がただずんでいた。その手には、買ったばかりのパンやチーズがある。
それらは逃走中のティベリスが、うっかり落としてしまったものだ。
「これは、うん。予定外だね」
「では潜入の成果ではないと?」
「そうだよ。落とし物を拾ってくれただけみたい」
ティベリスは、そっとヒザを折って、子供たちと目線をあわせた。
「拾ってくれてありがとう。もし良かったら、君たちにあげるよ」
その言葉に、子供たちは目を輝かせた。そして、手にしたパンやチーズにかじりつこうとする。
しかし、それを1人の少年が怒鳴って止めた。他の子よりも頭一つ分だけ大きな子だった。
「ライアン、アリア、食うんじゃねぇ!」
そう言って、大きな少年は食料を奪った。せっかくの貰い物をとられた子たちは、見るからに肩を落としてしまう。
その成り行きは、ティベリスを困惑させた。何か誤解を与えただろうか。幼子たちが泣き出しそうで、胸が締め付けられた気分になる。
「ええと、それは君たちにあげるよ。だから、気にしないで、みんなで仲良く食べてほしいな」
「いらねぇ、返す。その代わり話を聞いてくれ」
「話って、なんだい?」
「つうか、アンタら冒険者だよな。どうして廃屋にたむろしてんだ?」
「いや、それは、宿代を使い果たしちゃって。ねぇセフィラ?」
「そっ、そうなんスよ! うちのオーレインが大酒飲みで。さっきもバカ高いもん買ってきて、お金に余裕がないんスよねぇ!」
「ふぅん、まぁ良いや。悪いヤツに見えねぇし、割と強そうだし。アンタらに頼むことにするよ」
「その頼みごとってなんだい?」
「落とし物を拾った対価に手伝ってくれ。ティベリスとかいう犯罪者を、一緒に捕まえて欲しいんだ!」
少年の瞳はまっすぐだった。その熱意にどう答えるべきかわからず、ティベリスは言葉を濁し続けるしかなかった。
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