第15話 一番弟子は逃げない
コリゴリーと名乗った男は賞金首だ。盗み、だまし、暴れては逃げることを繰り返した。その結果が地下深くの墓所暮らし。今はこうして、逃亡先がバレてしまった形だが、彼は少しだけ嬉しそうに言った。
「クックック。よくぞ見つけ出したもんだ。しかしな、オレもただでは首をやらん。賞金5000ディナが欲しけりゃ、力づくで倒してみるんだな!」
「なんつう格好してんスかコイツ。マスクにほぼ裸って、そうはならんでしょ」
「ティベリス様。アナタより明らかにドスケベな男です。格下が見つかって安心ですね」
「待って。あのレベルまでいかないと格下認定してくれないの?」
「お前らぁ! 人の前口上を邪魔するんじゃない! こちとらまともな会話なんて5年ぶりで、ちょっと緊張してるんだぞ!」
「なんかカワイイこと言ってるっス。あんな見た目なのに」
「それよりセフィラ、手早く素材をとれないかな。面倒になりそうだ」
「了解っス、超高速でやっとくんで!」
「無視すんじゃねぇよオイーーッ!」
コリゴリーは、怒声を響かせるとともに高く跳んだ。その手に両手剣をかかげ、セフィラの方へ。
「クソッ、やるしかないか!」
ティベリスはセフィラの前に立ち、迎え撃った。両者の刃がぶつかる。飛び散った火花が、辺りの水晶を妖しく照らした。
つばぜりあい。お互いに押し込もうとして、刃が目の前でギチリと音を立てる。
「ンふぅ、いい剣だな。お前を殺して、そいつをいただくとしよう」
「いまだサーラ、魔法を!」
「参ります、風裂魔法(エアブレード)」
「おっと、危ないねっと」
コリゴリーは素早く後ろへ跳び、ニタリと笑った。風の刃はかすりもしなかった。
「おいおいどうした? そんな動きじゃオレをとらえられないぜ!」
そう豪語する間も、コリゴリーは俊敏さを見せつけた。黄金の屋根に素早く登ったかと思えば、壁を伝って走り回った。
地の利は相手にある。駆け回っては隠れるという戦法に、ティベリスたちは翻弄されてしまう。
「遊ばれてるな。まぁ、こっちとしては、セフィラが素材を回収してくれたらお終いだけど」
「すんませんティベリスさん。意外と手間取ってるっス。見た目以上に頑固なもんで、もう、フグググッ!」
「そうか。だったら、しばらくはアイツを引き付けないと」
「ヒャーーッハッハ! どうしたどうした、死にたくなきゃ本気を出せっ! クスりとも笑えない真剣勝負の始まりだぜぇ!」
ティベリスは剣を構えて、相手の動きをさぐろうとする。しかしそこへ、サーラの冷静な言葉が割り込んだ。
「ティベリス様、不適切な言葉を確認しました。感化が始まります」
「なんだってこんな時に!」
「クス、クスクスクスァーーッ!」
閃光とともにコリゴリーは魔族化した。それは両手に鎌を握りしめた、四足の獣だった。
その身体はさらに俊敏さを増しており、四方の壁を延々と駆け回り続けた。
「ヒャーーッハッハッハ! こうなったら無敵だ無敵! まず一匹ぃ!!」
コリゴリーは、目にも止まらぬ速度で跳んだ。狙うはティベリス。のと首目掛けて鎌を振り切ろうとした。
しかしティベリスは、絶妙なタイミングで聖剣で斬りつけ、コリゴリーを両断した。まるで未来を見通したかのような、カンペキな迎撃だった。
「ギャアア! なんで、どうして、トロくさいお前がァァ!!」
「あぁごめん。僕は敵の狙いというか、殺意みたいなものが見えるんだ。今の攻撃は分かりやすかったよ」
「ふざ、ふざけんな! 女にモテてもシレッとスルーして発展性のカケラも無いクソボケかますような面してるクセにッ!!」
「えっ? 僕ってそんな顔してんの!?」
「ティベリス様。敵ながら、今のはカンペキな正論だと思います」
「そんな事を言われてもなぁ……」
「クソがーーっ! こんな奴に、負けてたまるかよ!」
コリゴリーは、最後の力をふりしぼって、黄金の屋形まで這い寄った。そして、黄金の建材ひとつをかすめ取ると、その場に倒れた。最後に彼は、
「へ、へへっ。ザマぁみろ。テメェらも道連れにしてやる……!」
そう言い残して、倒れた。その身体は光に包まれて、人の姿に戻ろうとする。
だが、彼の行く末を見守る暇はない。なぜなら、壁の至るところからガスが吹き出し、瞬く間に部屋に充満していったからだ。
「なんだこれ、毒ガスか!?」
「魔術的要素のつよい、神経ガスです……。あぁ、身体が……」
「サーラ!? 大丈夫か――ゴホッゴホ!」
サーラの身体は消失し、聖剣の中へと吸い込まれていった。そうする間にもガスは濃くなっていく。
「セフィラ、はやく逃げよう。このままじゃ」
「うぬぬぬ。抜けた! やっと抜けたっスよ!」
「良かった。あとは逃げるだけ……ウッ」
「ティベリスさん!? しっかりして!」
ここでティベリスも倒れた。床にはいつくばり、全身を痙攣させてしまう。もはや、まともに動けるのはセフィラだけだった。
「やばいやばい! 早くしないと!」
セフィラはどうにかして、ティベリスを部屋の外まで引きずろうとした。しかし重い。マントを引いても動かせず、ズボンを引っ張っても、半脱ぎになるだけで1ミリも動かせない。腰回りの血色良好な肌が見えただけだった。
「どうしよマジで! このままじゃ全滅っスけども……!」
焦りから理性をなくしかけるが、その時、背中の荷物がカランと鳴った。錬金釜の音だ。するとセフィラは、自分でも驚くほどに冷静になれた。
「そうだ。アタシにしかできない、錬金術師にしかできない事が、あるじゃないっスか!」
セフィラは手早く荷物を展開した。釜を置き、かたっぱしから薬瓶を開いて中の調合液を流し込む。釜は小さい。自宅用の半分もないサイズだが、間に合わせとしては十分だった。
「火はかけらんないっスね。可燃性のガスだったら爆発エンドなわけで」
続けて1枚の紙を手に取ると、それを頭上に掲げた。純白だった紙は、音もなく青色に染まっていった。
「よしよし。ガスの属性はわかったら、あとは中和薬を作れば――ゲッホゲホ!」
安堵から息を吸い込んでしまった。そのせいで、鼻の奥にツンとした刺激臭が走り、やがて強烈な頭痛をともなった。まるで針を直接刺されたような痛みで、その場で悶絶してしまう。
「クソッ、クソ痛ぇ! でも負けねっスよ、乙女のド根性なめんじゃねぇ!」
セフィラはローブの裾を破っては、仮のマスクで顔をおおった。それからは採集だ。木々や小川を模した水晶を、叩き割って集める。
迷いのないツルハシさばきは盗掘と変わらない。それでも良心はさほど痛まなかった。緊急避難というものだ。
「こんだけあれば属性値はガッツリ稼げる、あとは分解されるまで釜にほうりこむだけ!」
順調に用意できたのはここまで。準備のつたなさが、ここで足を引っ張った。
釜を火にかけられない事、そして、素材の分解を促進するアイテムが手元にない事。一応、今のままでも調合できるのだが、やたら時間がかかる。毒ガスの充満する中では、その猶予はない。
「クソが。はやく馴染め、馴染めってんだよオイ!」
セフィラは待ちきれず、調合液の中に両手を突っ込んだ。そして、素材の水晶をにぎりつぶす。ある程度分解は進んでいたので、やたらと脆(もろ)く、握力が問われることはない。
問題は気力の方だった。
「ゲッホゲホゲホ! やばい、そろそろ、限界かも……」
ガスの充満は目前だった。頭をどれだけ低く下げても、刺激臭と頭痛に見舞われた。咳き込むたびに、体内が焼けてしまいそうで、恐怖と怒りがつのっていく。
新鮮な空気が吸いたい。たとえ湿り気が強く、カビ臭い空気ですら愛おしい。そう思ったとたん、部屋の出口が輝いて見えた。
あそこまで出たら、この場から逃げだせたら、胸いっぱいに息を吸える。その欲求が、セフィラの足を支配しようとする。調合なんて放り投げて、安らかな方へ流れようとした。
だがその時、脳裏に悲痛な声が響き渡った。
――死んだ! みんな死んだ!
たった一言がセフィラの足を止めた。そして、くじけかけた心に強烈な活力を与えてくれた。
「いや、逃げない。アタシは、おばあちゃんの一番弟子だからこそ、絶対に逃げちゃいけないんだ!」
セフィラは急いで釜に駆け戻った。
「敵討ちじゃボケ! 錬金術師をなめんなよ!」
釜の中で、まだ水晶は溶け残っている それを両手で探りながら砕き、また探す。そんな途方もない作業も、やがて終わりを迎えた。
「ゴホッゴホ。あとは魔力をこめた振動を……って
混ぜ棒ちゃん!?」
ここで仕上げの道具がない事に気づく。締めの作業として『釜にほどよい魔力と振動を与える』必要があるのだが、慣れた道具が手元にない。
代用としてツルハシ、ナイフで叩いてみるも、錬金術は発動しなかった。勝手の違いが問題だった。釜のフチをカンカンと叩き続ける。繰り返し、繰り返し、ただひたすらに。
「ゲッホゲホ! ここまで、きたのに、ちくしょう……エッホエホン!」
モノは99%できている。あとは振動だけだ。しかし、最後の関門がこえられない。その間もせまる毒ガス。鼻も頭も、しきりに痛む。呼吸も限界だ。
この危機的状況で、セフィラの中で何かがキレた。
「フザけんなボケがッ! どっせーーいッッ!」
細腕の乙女による正拳突きがくりだされた。その振動は、釜の腹から内部へと伝わっていく。
すると、何やら釜の液体が泡を吹き始めた。半分は成功したが、残りの半分は失敗だ。振動が強すぎたせいで、錬金術が暴走したのである。
「やべっ、久しぶりの大失敗――ウプッ!」
結果は、中和薬ごと調合液が撒き散らされる大惨事。釜の口から勢いよく吹き出した液体は、激しい水しぶきとなって室内を濡らした。
不格好ではあるものの、結果としては成功だ。飛び散った中和薬が毒ガスと結びついて、無害な水へと変化したのだ。
「あは、あっはっは! 空気がうまい! うんまいっスよぉーーッ!!」
「うえっ、ゲホッ。なにこれ、どうして雨が……?」
「ティベリスさん、気が付きました? 毒ガスならもう安心っスよ。アタシが解決したんで!」
「そうなんだ、ありがとう。セフィラが居なかったら、僕は殺されてたんだろうね」
「いやいやそんな。お互い様っスよ。ちなみにサーラさんは……」
「たぶん無事な気がするけど」
ティベリスは、そっと聖剣に耳を寄せてみた。すると待ち受けていたかのように、かぼそい声が聞こえてきた。
「うん、ちゃんと気配がする。剣の中に居るみたいだね」
「いや分かんねっス。中に居るってどういう事?」
「サーラってのは聖剣の精霊で、なんというか
そういう仕様なんだ」
「雑ゥ! 全然分かんねっスけど!」
理屈は分からなくとも、サーラは確かに生存していた。ただし、万全と言いがたい様子だった。
「サーラ、返事できる?」
「う、うぇ〜〜い」
「だいぶ辛そうだね。平気なの?」
「あんま平気とは、言い切れないっしゅ。頭がガンガンで、もう目を開けてらんない。つら」
「僕らよりひどそうだ。何かして欲しいことはある?」
「休んでいれば、戻りましゅ。なので、このまま、聖剣の中で寝かせてもらいたく。申し訳なす。」
「かまわないよ。回復するまで休んでて」
「すぐ、すぐ戻りましゅよ。だから淫乱ピンクの魔の手に、どうかお気をつけて……」
それきり声が聞こえなくなると、ティベリスは肩をすくめてみせた。そして、セフィラとともに苦笑いを浮かべた。命の恩人に対して淫乱呼ばわりしたのだが、そのぶしつけさが、危機の終わりを保証するようだった。
すぐに撤収に向けて動きだした。あらためて水晶を必要なだけ取り、セフィラのバッグに詰め込む。後は帰るだけなのだが、1つ問題がおきた。
セフィラの腰が抜けたのだ。
「やばっ。安心したら、急に力が……」
「大丈夫? もしかして毒ガスのせいかな」
「可能性は、なくもないっス。アタシは割と多めに吸っちゃったんで」
「どうしよう。おぶってあげようか?」
「いやいや、そんな悪いっスよ。サーラさんブチキレ案件じゃ――うわっ」
「遠慮しなくていいよ。助け合いでしょ」
ティベリスは、セフィラを荷物ごと背負った。女性1人分に加え、錬金釜や素材の重みまでのしかかる。それでも歩けないほどではない。
「さてと、ゆっくりにはなるけど帰ろうか」
「待ってティベリスさん。あの賞金稼ぎも持って帰りましょうよ」
「あぁ……。やっぱそうなる?」
「そりゃもちろん。5000ディナなんて、そう簡単に稼げる額じゃ――って、どうしてこのオッサン全裸なんスか? さっきまで半裸だったのに、おケツがブリンと出てるじゃないっスか!!」
結果として、ティベリスの苦行が始まった。左肩にセフィラ、右肩に手足をしばったコリゴリー。そして背中には、釜入りの大荷物を背負う。
見た目以上に歩きにくく、何度も何度も足を止めた。だが彼は諦めなかった。歯を食いしばり、足の指先にしっかりと力をこめて歩いていく。安全としか言いようのない帰路を。
こうして彼らは、行きよりはるかに時間を費やした後、ようやく地上へ帰還するのだった。
「うぅ〜〜ん達成感! 大仕事をやり遂げると、胸がスカッとするっスねぇ!」
「ぜぇ、ぜぇ。僕としては、帰り道が、一番しんどかったよ」
「いやいやマジでお疲れっした。アタシはもう歩けるんで、賞金首だけお願いするっス」
「まぁね、1人抱えるだけなら」
家が近いと分かると、不思議な活力がわいてきた。足取りも自然と軽くなる。
道すがらサーラも復帰して、にぎやかさが増す。いつもと変わりない様子に、ティベリスも胸をなでおろした。
「先程は失礼しました。ティベリス様の鞘(さや)を自称しておいて、真っ先に無力化されてしまうとは」
「気にしないで。君が無事でなによりだよ」
「今後のため、何か対策を考えておきます。それがせめてもの罪ほろぼし」
「それはそうと、しがみつくのを止めてくれない? 歩きにくいよ」
サーラは、しきりにティベリスの左肩にまとわりついた。わざわざ実体化して、自身の頬や胸をこすりつける。飼い猫のしぐさと良く似ていた。
「いえ、その、メスガキの匂いがしますので。上書きさせていただきたく」
「セフィラのこと? 彼女を抱えたから匂いがうつったのかな」
「油断も隙もない。それは少々ゆきすぎかと。歩けないとゴネるようなら、その場で置き去りにすべきでした。今後はつつしんでいただけると嬉しく思います」
「ははっ、辛辣ぅ……。本人の目の前で言わないで欲しいっスよ」
帰路は明るい。和やかな会話に、たまにトゲを添えて、談笑を重ねていく。
そして、ようやく家の前までもどった。胸に安堵と疲れがドウッと押し寄せてくる。それでも目標達成したのだ。ここは元気よく帰宅して、成果の報告をしようとした。
だがその矢先の事。扉が勝手に開いた。続けて、家の中から誰かが飛び出してくる。留守番のオーレインだった。
「ウェーーイッ……って、みんな! 良かった、帰ってきてくれた!」
「どうしたの、そんなに血相を変えて――ッ!?」
オーレインのチュニックは血に染まっていた。身体の半分が濡れるほどに大量で、また乾いてはいなかった。
「一体どうしたの? まさか怪我を!?」
「これは違う、オレのじゃない!」
「オレのじゃないって。だったら、もしかして?」
「早く来てくれ、バアさんが急に!」
その言葉に、全員が家の中に飛び込んだ。静かだった。ベッドに横たわるイーリアは、身じろぎ1つせずに、血溜まりの真ん中にいた。
窓から差し込む夕日が、彼女の胸元をいっそう赤く染めあげる。生々しく光る血に反して、彼女の横顔には、まったく生気が感じられなかった。
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