第13話 刻まれた呪い

 セフィラの首筋には、花を模したタトゥーがある。小さな愛らしい花の咲く、ジャスミンの絵柄だ。セフィラは、そこへそっと指先をそえた。



「魔女の呪いを消すために、どうか力を貸して欲しいんスよ」


「魔女って、そんな人が居るんだ……」


「そこにいるじゃないスか」


「えっ、どういうこと?」


「百人殺しの魔女イーリヤ。アタシを育ててくれたおばあちゃんです」


「ええっ! さっきのおばあさんが?」



 セフィラは静かにうなづいた。ウソや冗談とは思えない面持ちになり、それからは自分の半生について触れた。



「物心ついたころから、このボロ屋で暮らしてたッス。おばあちゃんと2人きり。親はいなくて、1度だって見たこと無いスよ。別に寂しいとかなくて、森の動物なんかを遊び相手にしてたと思うッス」



 セフィラは幼少期は、なにも不自由なく育った。家では積み上がった本をきまぐれに読み、森に出ては花を摘んだり、リスやモモンガとたわむれたりと、それなりに楽しく過ごしていた。


 彼女の転機は12歳のころ、唐突に訪れた。



「首にタトゥーをつけられたんスよ。これは呪いだと言って」


「呪いって……ずいぶんな言い方だね」


「実際ヤバいもんスよ。おばあちゃんが死んだ時に、道連れにされちゃうらしいッス。死にたくなければ学べ、錬金術で『ソフィアの軟膏』を作ってみせろと」


「あんまり聞かない名前だね。それは塗り薬かな?」


「皮膚病に使われたりする高級品ッスよ。難易度は黄金位(ゴールドランク)で、簡単に作れるものではなくて」


「なるほどね。作るのが難しいと」


「アタシも死にたくないんで、コッソリ森から抜け出して、テルコーデとかリプリッケに行こうとしたんスよ。だって、どうにかして軟膏を買っちまえば、それだけで話は終わりじゃないスか」


「確かにそうだけど、約束と違うんじゃない?」


「はい、そうなんス。町に行けても、いざ薬を買おうとすると、連れ戻されるんスよ。どこからともなくイーリアおばあちゃんが現れて、力付くで引き戻されるんス」


「えっ、どうして!?」


「このタトゥーがある限り、どこで何をしてるかが分かるそうで……。あとは転移薬とか、そういった薬を使って」



 魔女イーリアからは逃げられない。その事実を通関したセフィラは、腹をくくって錬金術を学びはしたが、それでも薬は作れていない。



「でも最近分かったんス。この近くに『旧支配者の墓所』というダンジョンがあって、そこにめっちゃ便利な素材があるらしいんスよ。それさえあれば、薬なんてサラサラのドンで作れるはずッス」


「なるほど。それを手伝ってほしいんだね?」


「そうなんス。お礼なら何でもするんで、どうか力を貸してくだせぇ!」


「構わないよ。僕たちは暇だし、お安いご用だよ。ねぇサーラ?」


「お礼は何でもする、という言葉が引っかかります。果たしてどれほど淫猥な事をするつもりなのか――モゴモゴ」


「お礼は傷薬の2、3個もあればいいよ。それでどうかな、セフィラ?」


「あぁ……もちろんッスよ! 薬なら真心こめて作るんで!」


「じゃあ決まりだね」



 話がまとまるなり、ダンジョンへ行こうと決めた。まずセフィラがそっと部屋を出た。それにティベリス達も続く。



「ねぇセフィラ。どうして忍び足なの?」


「おばあちゃんにバレるとうるさいんで。人の力をアテにするなとか言われそう」


「部屋の中での会話は、全部聞こえてたと思うけど」


「いや、寝てますね。おばあちゃんは、最近やたら寝てるんスよ。1日の半分か、それ以上眠りこけてるんス」



 だからこその忍び足。寝息を聞きつつ、静かに玄関へと向かう。そしていよいよ、扉を開こうとした時のことだ。



「アンタら、どこへ行くんだい」


「ヒッ! おばあちゃん起きてたんスか!?」


「セフィラ。お前が考える事なんてお見通しだよ。そこの剣士に助けてもらうつもりだろ? だらしない。人を頼ってないで錬金術で乗り切れって、いつも言ってるだろ」


「いや、別にいいじゃないスか……」


「腕も悪けりゃ度胸もない、良いところ1つも鳴いじゃないの。そんな甘っちょろい考えで、世知辛い世の中を生きていけるもんかね。素材集めなんて錬金術師の日常茶飯事だかんな?」


「いや、たまには良いじゃないッスか! 普段の採集なら1人でもやれるんだし!」


「口だけは達者だよ、まったく」



 イーリアの老いた瞳が、今度はティベリスに向いた。暗闇の中で、眼光だけが光っているように思えた。



「剣士の兄ちゃん。アンタはたしかティベリスと言ったね?」


「う、うん。そうだけど」


「アンタはこの先もセフィラを……。いや、うん」



 イーリアは言葉を飲み込むと、大きく咳払いした。そして大きな音を立てて、ベッドの上に寝転がった。



「何でもないよ。サッサと行っちまいな。晩飯までには帰ってくるんだよ」



 それからはイーリアに引き止められる事もなかった。ティベリス達は、馬を家に繋ぎ止めたままにして、目的地のダンジョンを目指した。


 ひたすら獣道を進むと、やがて石造りの建物にたどり着いた。コケのむした石扉が、半ば崩れ落ちた形でただずんでいた。



「ここがお目当てのダンジョン『旧支配者の墓地』ッスよ」


「へぇ、なんだか歴史を感じるなぁ。オーレインは来たことある?」


「んな訳あるかよ。こんなおっかねぇ場所、頼まれたって来ねぇわ」


「中はトラップだらけで危ないんスよ。だから仲間が居ると心強くって」



 観音開きの扉は、わざわざ開ける必要がなかった。崩れた扉には大きな隙間があり、そこから中に入る事ができた。


 たいまつを灯すと、そこは石造りの通路だった。一本道の下り階段を進む。ジメッとした空気が肌にまとわりつき、コケの匂いも強烈だった。いつぞやの坑道よりも、湿気がある分だけ不快に思う。



「ティベリス様。中は非常に暗く、魔族と感化しやすい環境となっております。女神の加護がある我らは良いとしても、裏切り者のオーレインと淫乱ピンクのセフィラは危険かと」


「2人は危ないってさ。僕とサーラだけで行こうか?」


「いやいや、アタシも行くっすよ。そんな事がイーリアばあちゃんにバレたら、ひたすらお説教ッスから。マジかんべん」


「オレっちも行くぜ。こう見えて体力には自信あるんだ。かよわい女の子は守ってやらないとな」


「分かったよ。ひとまず全員で行ってみようか」


「おうよ。あと裏切り者じゃねぇから」


「ウッス。アタシも淫乱じゃないッス」



 階段を下り終えると、またもや石造りの一本道。墓所内はやはり気味が悪い。備え付けの壁掛けランプも火はつかず、手元の松明だけが頼りだ。


 狭苦しい通路を抜けると、広々とした大部屋に墓が並び、また通路。気分は陰鬱になり、口数も少なくなる。口が滑らかなのは、ガイド役のセフィラくらいだ。



「この辺までは使用人の墓ッスね。こっから先は歴代の王や貴族が眠る場所になるんで、かなり広くなるッスよ」



 実際、言葉通りになった。天井は高く、松明の火は届かない。そして内装にも大きな変化があった。丘を模した山だったり、湧き水を利用した小川が流れるなどといった、遊び心が感じられるようになった。



「地下墓地の中に小川なんて……。どうやって作ったんだろ」


「立派な墓は権威の証ッスから。そりゃもう、当時の建築技術をモッサリ集めた感じッスね」


「なるほどねぇ。小川に丘、ところどころに人の模型もあるね。それと小さな家もあるよ」


「あれは、貴族様が眠ってる『安息の屋形(やがた)』ッスね。建物の中には、生前の愛用品なんかがしまってあるらしいスよ」


「へぇ、そいつは良いこと聞いたぜ。ちょいとばかし手土産もらおうぜ。死んじまったなら、どうせ使わないっしょ」


「ああっ! むやみに近づいたらダメッすーー!」



 セフィラの声は間に合わず、オーレインは屋形の敷地を土足で穢(けが)した。すると、踏み込んだ石畳がべコリと沈み込み、やがて足元に大穴があいた。



「うわっ、なんだこれぇ!?」


「オーレイン、僕につかまって!」


「お助けしますティベリス様」


「ちょっとアンタら何してんスかぁ!!」



 落とし穴のワナは的確に効いた。伸ばした手を掴まれる事で落下を回避したオーレインと、その手を強く握りつつ自分も落ちかけるティベリス。サーラはティベリスのマントを握ることで支えようとし、最後にセフィラがサーラの腰に抱きついた。


 どうにか均衡を保ってはいるものの、気を抜いたとたん、奈落の底へ真っ逆さま。この態勢で一番つらいのは、よりにもよって貧弱なセフィラだった。


 しかも彼女は、松明を口にくわえるという逆境まで強いられていた。



「早く、早く引き上げてくれぇ! 落っこちちまうよ!」


「ウググ……。僕は限界だ、サーラはどう?」


「私も厳しい態勢です。ここは淫乱さんに期待しましょう」


「フガガッ!? フガーー!」



 人間やれば出来るもの。セフィラは細腕ながらも、乙女の馬鹿力を発揮して、その場を解決した。全員が無事、地面の上に転がりつつ、生還の喜びをかみしめた。



「クァァァーーッ! 助かったぜサンキュー、今のは死んだと思ったぜ!」


「オーレイン。お礼はちゃんとした方が良いよ、特にセフィラには」


「ううっ……すまねぇ。今後は気をつけるから……」



 オーレインのニヤケ面が凍りつく程度には、セフィラの怒りは強烈だった。親の仇でも睨むような眼光に、思わず震えが止まらなくなる。



「さて、とにかく先を急ごうぜ! セフィラちゃんの素材を見つけてやんないとな!」



 オーレインは挽回しようとやる気だ。しかし、熱意がカラ回りする事は珍しくない。彼はひたすらにワナを踏むことになる。



「んぁ? なんか壁がポコッてあいたぞ。中に何かあんのかな?」


「危ないオーレイン! それは飛矢の罠だよ!」



 ティベリスがオーレインにおおいかぶさる事で、辛うじて回避。いよいよ神妙になって、申し訳ないと謝るが、彼のミスはまだまだ続く。


 それからも両壁が迫るとか、大岩が転がってくるとか、毒ガスが吹き出すなどのワナを、オーレインはことごとく踏み抜いた。


 ティベリスたちは被害こそ出していないが、攻略の半ばで激しく疲弊(ひへい)させられた。



「ティベリス様、オーレインは明らかに足手まといです。ここで置いていきましょう」


「待って、マジでごめんて! 気をつけるから置いてかないで!」


「さすがに置き去りはマズイよ、サーラ。可哀想だし」


「ではここで斬り殺し、聖剣の糧としましょう。魔力の補給もできて一石二鳥です」


「殺すのもやめて! ほら、オレっちだって、何かしら役立つ事もある――」



 オーレインがすがりつこうとすると、足元の石畳がへこんだ。すると、あたりは地響きに見舞われ、轟音まで聞こえるようになる。



「あれあれ? オレっち、またやっちゃったカナ……?」


「なんだろこの音。ドザァーーって。まるで水が流れるような……」



 ティベリスの言葉に、全員の顔が青くなる。気づけば、通路の奥から大量の水が流れる様子が見えた。



「逃げろ! 濁流だーー!」



 あわてて逃げようとする。しかし、水がせまる速度には到底およばない。足元をすくわれたティベリスたちは、流されるままに、いすこかへと連れ去られた。


 次に彼らがたどりついたのは、空洞だった。中は湖のようで、そこに放り込まれたティベリスたちは、立ち泳ぎを強いられてしまう。



「うへっ。なんだここ。地底湖にしちゃ狭いが」


「ねぇ、これはマズイよ。水がどんどん入り込んできてる。このままいったら」


「水攻めってことかよ!?」



 水位はみるみるうちに上がっていく。空洞が水没するのも時間の問題だった。



「クソッ! どうにかして通路に戻れないか!?」


「無理だよ、水量が多すぎて押し返される!」


「ティベリス様。私の傍から離れぬように。水中でも呼吸ができる魔法がありますので」


「おお、さすがサーラちゃん! オレっちも頼むぜ」


「残念ながら1人用です。あきらめて溺れ死んでください」


「ええ!? そりゃねぇよ!」



 いつしか天井は目前。完全に水没するのも時間の問題だった。いよいよ覚悟を、という段階で、不意に声が鳴り響いた。


 それはイーリアの声だった。



――アンタらいつまで遊んでんだい! 晩飯の時間だろうが!



 すると、ティベリスたちの視界がぼやけ、意識も曖昧になった。その目が焦点を取り戻した時、カーテンの締め切られた窓と、古びたベッドが見えた。彼らはイーリアの家の中に戻っていた。



「えっ? ダンジョンにいたはずなのに?」


「遅いんだよボケナスどもが。アタシは腹が減ったよ。さっさとメシの支度をしな!」


「え、あぁ、うん……」



 ティベリス達は驚くしかないが、セフィラだけは平静だった。彼女は大釜の前に行くなり、調合を開始。錬金術であたたかなシチューを作ってみせた。


 あとは料理を並べるだけ。その作業はオーレインが率先した。顔に『ごめんね』と言いたげな表情を浮かべながら。


 食事の用意は5人分ある。イーリアやセフィラだけでなく、ティベリス達の分も出してくれた。



「ハッ。今夜はこんなにも具だくさん、奮発したもんだね。昨日とは別物じゃないか」


「おばあちゃん、文句言うなら食べなくて良いよ。アタシはお腹減ってるから、いっぱい食べられそうだし」


「あぁそうかい。だったら好きなだけ食えばいい。こんなマズイ飯、ひとくちも食えば十分さ。ぺっぺっ」



 イーリアは悪態をつくと、自分のベッドに戻っていった。セフィラは気にした風でもなく、皿を抱え込んでまでシチューを食べ続けた。少し気まずい空気の中、短い晩餐は終わった。


 やがて就寝の頃合いになると、ティベリス達は部屋の隅を借りた。ベッドはないが、雨風をしのげるだけでも十分で、さらには布も人数分貸してくれた。


 疲れた身体を休めるのに十分な環境だった。だがティベリスは、深く寝入ることはなく、かすかな物音で目が覚めた。



(あれ? 誰か外へでたのかな?)



 ティベリスは静かにあとをつけた。丸い月が輝く下、虫たちがにぎやかに鳴いている。


 夜中にこっそりと出たのはイーリアで、家の裏手に向かって歩いていた。そして湖のほとりで静かにただずむ。その後姿ははかなく、月の光で溶けてしまいそうに思えた。



「なんだいボウズ。ババアの夜歩きが珍しいのかい」


「あっ、ごめん。何となく気になっちゃって。それにちょっと聞きたい事があるし」


「アタシに何を聞きたいってんだ。もしかして、百人殺しの事かい? あれは事実だよ。アタシの両手は、無実の人間の血でベットリと汚れてんのさ、ヒッヒッヒ」


「いや、その事じゃなくて」


「じゃあなんだい。セフィラの首につけた魔印(まいん)の事かい? あれを消す為にソフィアの軟膏が必要なのは、本当の事だよ。そして簡単には作れない。あのボンクラ弟子が四苦八苦する程度にはね。セフィラの絶望に染まった顔は、なかなか味わい深いもんだったよ、イッヒッヒ」


「いやいや、その事でもなくて」


「一体なんだってんだ。ハッキリお言いよ」


「じゃあ聞かせてもらうけど、どうしてウソをついてるの?」


「……何がだい」


「セフィラの事を、死なせるとか言って脅してるけど、それってウソだよね?」



 イーリアは答えない。やわらかな月明かりの下で、ただジッと立ち尽くしていた。


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