第12話 大森林の錬金術師
茂みから現れたのは、黒ローブ姿の女だった。毛先にゆるいクセのある桃色頭から、枯れ葉を払い落としながら、つぶやいた。
「オッケーオッケー。上手いこと薬を片付けたから、課題は成功と。ちょっくらガチめの迷宮できちゃったけど、最近は人が来ないから平気ッスね」
「あの、ちょっといいかな?」
「ひゃい!? えっ、どちら様ァ!!?」
ティベリスが話しかけると、女は飛び跳ねてまで驚いた。それから身をこわばらせては、下手な愛想笑いをうかべた。
「あっ、えっと、皆さんはもしかして旅のお方……?」
「うん。そうだよ。これから森を抜けて、テルコーデの方へ行こうかなと」
「へぇぇ〜〜。それなら大街道を使えばいいのに。わざわざこんな薄暗くて寂れててジメッとした森街道を通るなんて、すんごい物好きなんスね」
「色々と事情があって」
「そうなんスねぇ。ところで、カワイイだけが取り柄の一般通過アタシに、何かご用でも?」
「不思議なことにね、なぜか同じところをグルグル回っちゃうんだよ。何か知らない?」
「マジかよやっべぇ、薬がガッツリ効いちゃってんよ」
「ん? 今なんて?」
「いえいえ独り言! ふぅん、それは災難でしたねぇ。まっ、そのうち良いことあるから、お兄さんには元気だしてもろて」
「ねぇ、もしかして君はなにか知ってるの?」
「あっ、アタシ? いやちょっと、知らない寄りの人間かなぁ、アハハ」
「どんなささいな事でも良いから、知ってる事を教えてよ」
「それは、その……あっ! アタシなんかとボンヤリ話し込むから、馬が逃げちゃってるじゃないスか!」
「えっ、ウソだろ!?」
ティベリスたちは慌てて馬車の方を見た。しかし、馬はなにも変わりなく、鼻先で舞うちょうちょを優しく見つめていた。オーレインもたづなをゆるく握ったままだ。
「どうしたの。馬は逃げてなんて――」
ティベリスが視線を戻すと、すでに女は居なかった。遠くの茂みを揺らしつつ、一目散に逃げ去る背中が見えた。
「ねぇ、逃げられたけど!?」
「何か知っている様子でした。追いかけましょう」
女が逃げた先は、街道から外れた獣道だ。馬車をひいてはいけず、馬を荷車から外して連れてゆく必要があった。
「おいおい、街道から離れちまって大丈夫かよ。一度迷ったら2度と出られない。それが大森林ディープ・ロストなんだぞ」
「だからって、あの場所にずっと居るわけにもいかないよ」
「そりゃそうだがよ。この森は特に危険なんだぞ」
「魔獣が出るってこと?」
「それもあるけど、犯罪者が隠れ住んでるんだよ。それも凶悪なやつ。たとえば百人殺しの魔女がひそんでて、夜な夜な子供を連れ去るとか、ガキの頃におどかされたもんだぜ」
「よくあるおとぎ話じゃない。夜ふかしすると魔族に食べられちゃう、なんての」
「そうかもしれねぇけど、ウソとも言い切れないだろ。こんだけ広い森だ。犯罪者の1人や2人くらい、潜んでてもおかしくはない」
「じゃあ、さっきの女性も凶悪犯だと思う?」
「それは分からねぇ。でもまともなヤツじゃねぇだろ。わざわざこんな森の中、若い女がたった1人でウロついてんだから」
追跡は思ったより簡単だった。踏み倒された雑草や、地面のぬかるみに痕跡がのこされているからだ。それらをたどっていくうち、ティベリスたちは開けた場所に出た。見上げてみると、空の青さが視界にとびこんできた。
「森を抜けた……わけじゃないか」
「湖が見えます。かなりの大きさですね、向こう岸があんなにも遠く」
「ねぇ、湖のほとりに家があるよ。あそこを確かめてみよう」
ティベリスはポツリとした家屋を指さして、仲間たちを先導した。そこにあるのは年季の入った木造家屋で、壁のところどころが傷んでいる。
軒下には、小さいながらも花壇があり、丁寧に整えられていた。濡れたジョウロからも生活感がただよっている。しかし建物から物音はせず、カーテンも締め切られており、中に人がいるようには思えなかった。
「あのう、すみません。黒いローブ姿の女性は、ここにいますか?」
ティベリスはドアノックとともに声をかけた。返事はない。ドアノブを回してみれば、あっさり開いた。家の中は、暗すぎてよく見えない。テーブルや本棚といった家具の輪郭は分かっても、細かい部分は闇に埋もれている。
「あの、誰かいませんか?」
一歩ずつ中に足を踏み入れていく。やはり返事はない。そして部屋の奥まで進み、壁際のベッドまでたどりつくと、ここが無人だと判断した。
「留守かも。さっきの女の人はここに居ないようだね」
「なんだいアンタら。人の家にズカズカと」
「うわっごめんなさい!」
暗闇のベッドで何かがうごめいた。それは黒ローブ姿の老婆だった。目が暗さに慣れていくと、老婆の白くちぢれた髪や、顔の深いシワが見て取れた。
「空き巣ならヨソを当たんな。ここに金目のものなんて有りゃしないよ」
「泥棒じゃない。僕たちは旅人で、ちょっと困った事が起きてて」
「あん? 盗人でもない。そんで困ってるだと?」
老婆はティベリスたちをジロリと睨んだ。そして、濡れ透け衣装のサーラに目をやって、おおげさにうなづいた。
「はいはい、発情期ね。悪いがここは空き家じゃない、れっきとした現住居だよ。スッキリさせたいなら、そこらの茂みにでも行ってきな」
「何か誤解されてるけども! ついさっき、森の中で会った女性を探してるんだ。おばあさんと同じようなローブを着た、ピンク髪の人で」
「あん? そりゃセフィラだね。あの子ならもう帰ってきてるよ」
「帰ってるって、ここに?」
「セフィラ! 居るんだろう、さっさと出ておいで!」
老婆が怒鳴ると、奥の扉から激しい物音がした。食器がなだれでも起こしたような音の後、さきほどの女が顔をのぞかせた。
「あ、いや、アハハ。先程はどうも」
「アンタの客だよ。相手しておやり」
「客というか、ちょっと立ち話をしただけと言うか、アタシと人生に関係無いまである……」
「君はセフィラって言うんだね、また会えて良かった。森からでられなくて困ってるんだけど、何か知ってるよね?」
「キャアア! それ言っちゃダメェーーッ!」
セフィラはティベリスに飛びつくと、両手で口をふさいだ。しかし、すでに手遅れだった。老婆は、ベッドで半身を起こしたままで、しかし強烈な圧を放った。
「おいセフィラ。まさかとは思うけど、迷宮薬をそのまま捨てちゃいないだろうね? 課題は、中和薬でキッチリ無害化させる事だったろう」
「あの、ええと、実は中和薬がうまく作れなくて、その……」
「ヌルヌル言ってねぇでハッキリお言いよ!」
「ごめんなさい! 最近は人が通らないから、そのまま森の中にエイヤッて捨てました!」
「こんのバカタレ! いつになったら1人前になるんだい、この出来損ない!」
「はい、ごめんなさいッス!」
「課題をごまかしたって何の成長にもならねぇだろうが! 反省しな!」
ひとしきり叱られたセフィラは、トボトボと、隣の部屋に戻っていった。その姿を見送った老婆は、大きな溜息をもらした。見た目の年齢以上に老けたように見える。
「まったく。いつまで経っても半人前で、ろくなモンじゃねぇわ」
「あのう、少し聞いていい?」
「迷宮化した森から抜ける方法を知りたいんだろ。別になんて事はない。2、3日も待てば、薬の効果が切れる。そしたら元の森に戻るよ」
「そうなんだ、ありがとう……」
ティベリスは、老婆から話を聞きつつも、ちらちらと扉の方を見た。セフィラが引きこもった部屋がある。
「なんだい。あの子が気になるのかい? 見た目に似合わず、手が早いタイプだね」
「あの子が、というか、あの部屋で何をしてるかなって」
「そっちかい。あれは錬金術師の、タマゴのタマゴだ。今ごろはせっせと、質の悪いガラクタを作ってるだろうよ」
「錬金術かぁ……。ちょっと見せてもらってもいいかな?」
「べつに。あたしゃ構わないよ」
「じゃあ遠慮なく」
ティベリスは、扉をノックした。やや遅れてセフィラの返事があった。
「お邪魔します。錬金術を見せて欲しいんだけど……って、すごい!」
部屋はさして広くないが、中央に巨大な釜(かま)があった。大人1人はゆうに入れるほどのサイズだ。セフィラは、その大釜に火をかけながら、中の様子をつぶさに眺めていた。
「さっきはごめんね。余計な事を言ったみたいで」
「いや、まぁ、良いんスよ。悪いのはアタシなんだから」
「これが噂の錬金術なんだね……大きな釜だなぁ」
「そうッス。見るのは初めて?」
「うん。今までまったく縁がなかったよ。ここで見ててもいい?」
「どうぞ。そんな面白いものでも無いんスけど」
セフィラは、答える間も大釜から目を離さない。ブツブツと独り言をつぶやき、機を見計らっては草の束を釜に放り込んだ。
「そうやって素材を入れていくんだね」
「うん。順番とか、分量とか、いろいろあるんスよ。覚えんのクソダルい」
「難しそうだね。きっと僕には無理だろうな」
「火で熱した調合液に、素材を入れて溶かす。そして調合液が少し光ったらコレの出番ッスよ」
セフィラは、木の棒を取り出した。形状は細長く、やはり大人の背丈と並ぶ長さだった。
「それは?」
「混ぜ棒ちゃん」
「混ぜ棒って……そのまんまだね」
「いい感じに光ってきたら、この混ぜ棒ちゃんを使ってと」
セフィラは、手にした棒で釜のフチを叩いた。カンカン、カンと3度。すると、大きな釜がかすかに震えだす。それから甲高い音がひとつ鳴ると、発光もゆるやかにおさまった。
「ふぅ完成ッス。どうにかいけたっぽい」
「いや、混ぜてないッ! 混ぜ棒ちゃんなのに1回もかき混ぜてないけど!」
「あぁ、昔は釜の中をグルグルかき混ぜたらしいッスよ。でも最近は道具も進歩してて、混ぜる必要がなくなったとか」
「だったら棒は要らないんじゃ?」
「細かい事はいいじゃないスか。はい、これどうぞ。迷惑かけたお詫び」
「ええと、これは?」
「ロールケーキ。見たことないッスか?」
「えっ!? その液体からケーキがでてきたってこと!?」
「不思議ッスよね、錬金術って」
「その一言で片付けないでよ」
聖剣は仕様、に続き、あらたな定型文の誕生だった。
それはさておき、ケーキの味は中々だった。特にサーラは、おもわず自分のフトモモを叩いてしまうほどの感激をみせた。
「さてと。いろいろ分かってきたけども。サーラ、これからどうしようか」
「確かに話は分かりました。手のうちようが無い事を再確認しただけでした」
「別に急ぐ理由はないけど、やる事もないんだよね」
ボヤくティベリスに、またもやセフィラが飛びついた。今度は両手を強く握りして、顔もゼロ距離にまで近づけている。
「あの、あなた剣士なんスよね? 強いんスよね?」
「いやぁ、自分の身を守れるくらいかな」
「それで十分! 暇だってんなら手伝ってほしいんスけど!」
「手伝うって何を――」
ティベリスが問いかけようとしたが、サーラが間に割り込んだ。そして、握りしめられた手を引きはがしてから、冷たく言い放った。
その顔に、圧の強い微笑みを貼り付けながら。
「話なら、そんなに近寄らずとも可能です。離れてください淫乱ピンク」
「淫乱……。いや、まぁごめんス。ちょっと気持ちが高ぶっちゃって」
「良いでしょう。さきほどのケーキに免じて許します。ですが次はありませんから」
「あはは。アジでごめんす。あなたは恋人かな、それとも奥さん?」
「私とティベリス様は、ひんぱんに出し入れする間柄――」
「ええとセフィラ! 僕に手伝ってほしい事って何ッ?」
「お願いッス、素材集めを手伝ってください! アタシを百人殺しの魔女から解放してほしいんすよ!」
セフィラは、自分の髪の毛を掴んで、うなじを見せつけた。そこには、幾何学模様のタトゥーが、大きく刻み込まれていた。
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