第11話 いまだ森は抜けられず
大森林ディープ・ロストは、すでに平穏さを取り戻していた。ティベリスたちは、小鳥が枝にとまり、タヌキが穴をほる仕草を横目に、リプリッケ村へ続く道を歩いていく。
「こうして見ると、とても豊かな森なんだね。村の人達もきっと喜んでくれるだろうな」
「はい。皆がみな狂喜乱舞して、聖剣遣いのティベリス様を崇拝するでしょう」
「いや、それよりも気になるのはさ……」
ティベリスは、そっとサーラの方へ目を向けた。一言で言えば、あられもない。歩く動きにあわせて胸元がブルンぶるんだ。
女性の身体を守るには、あまりにも頼りない布切れが、健気にもふくらみ部分にぶら下がっていた。
「そんな姿で歩かれたら大変だよ。騎士団に見つかったら君も捕まると思う。どうにかしてほしいな」
「それはつまり、サーラがあまりにセクシーすぎて大騒ぎ、という事でしょうか」
「もうそれでいいよ。何とかならないの?」
「ふむ……。では、先程の聖珠を貸してもらえますか? アップグレードして、衣服を改めようと思います」
「そんな事ができるの? 聖珠ってこれだよね。どうぞ」
「ありがとうございます。ではいただきます」
「うん……、ん? いただきます!?」
紺碧の石を、サーラはスナック感覚で口に含んだ。モゴモゴとアメ玉をなめる仕草をして、まもなく音をたてて飲み込んだ。
「うっふ、まずい。日なたに放置した水槽の水にも似た何か」
「そんなもの飲んだことないけど、キツイことは理解したよ」
「はぁ……。味わいはともかく、魔力が大きく向上しました。以前お話したように、うれしい特典をお披露目できます」
「あぁ、貯めると良いことあるって言ってたね」
「どうぞご覧ください。新しくなった私の姿を……」
サーラは全身をきらめかせると、光のまゆに包まれた。辺りにつむじ風が吹いて、光も散り散りになって消え去った。
「おぉッ! ……んんん、おぉ?」
「どうでしょうか。ニュースタイルの私は」
「どうって言われても――」
サーラは装いを一新させていた。青みが爽やかな色合い紐ビキニ姿で、下はヒザまで隠れるロングスカートを重ねて着ている。ただしスカートは水濡れしたかのように、薄っすらと透けていた。
「いやいや、肌面積があんまり変わってない!」
「さすがは発情期。まずはそこに着目されるのですね。新衣装『ひとなつのワイパキ・ビーチ』は、思春期の殿方も納得の一品です」
「ええと、前のローブ姿に戻してくれる? もちろん、ちゃんとした布地のパターンで」
「ダウングレードはちょっと……。魔力の浪費がもったいないです」
「そんな事情があるなら、一言おしえて欲しかった……」
「気を取り直してください。この涼し気な見た目は人々に、よい影響を少なからずもたらします」
「これから北国に行こうとしるんだよ。そんな格好だと凍死するって」
「ご心配なく。暑さ寒さを感じない身体です」
「見てるこっちが寒くなりそう」
「それよりも大切な事をひとつ。どうか胸の谷間をごらんください」
「今度はどうしたの」
「谷間の肉が『Y字』になっている場合、寄せて上げているので、巨乳とは呼べません。このように『I字』こそが本物の証なのです」
「何情報なんだよ、それは」
目のやり場に困らされたティベリスは、話をそこそこに切り上げた。平穏な帰路が、とたんに落ち着かないものとなった。
そうしてたどり着いたリプリッケ村は、村人がこぞって集まるという大騒ぎだった。特に、辛い境遇にたえたリュカは、泣きに泣いた。両親のあたたかな腕に抱かれながら。
「パパ、あいたかった! ごめんなさい!」
「リュカ! あぁリュカ、これは夢じゃなかろうか。またこうしてお前と……!」
「ママも、ごめんなさい。これからは、いいこにするから」
「私のことは良いのよ。それよりもアナタ、少しやせたかしら? これから美味しいものたくさん作ってあげますからね」
誰もが石化が解けたことを喜びつつ、なぜか裸でよみがえった事を恥じらいつつと、そこそこの混乱が起きていた。救いがあるとすれば、石像にかぶせていた布だ。それを身体に巻くことで、最低限の貞操を守ることができた。
「わぁいわぁい! 父ちゃんが戻ったぞーーでも裸ん坊だ、変なのーー!」
「あっはっは。やめてくれ、胸毛をむしろうとしないでくれ」
そのようにして、村長宅の周囲がにぎやかになる様子を、ティベリスは離れた場所から見ていた。込み上げてくる達成感が、瞳をジワリと湿らせるのを感じながら。
「この様子だと、みんな治ったみたいだね。本当によかった」
「彼らのもとへ行かないので?」
「だって僕はおたずね者だもん。それに、今の君を人前に出したくないよ」
「おぉ……それはつまり独占欲ですね? オレの女の肌を見せるわけにはいかない、という」
「プロパー・マナーズに引っかかりそうなの!」
ティベリスは村の様子をそっと見守るつもりだったが、少し騒ぎすぎた。その声はリュカに届き、他の村人までも知ることとなる。
「あっ、剣士のお兄ちゃんだ! 戻ってきた!」
「すげぇぞ兄ちゃん! まさか本当にやっちまうとはな!」
村人たちは一丸となってティベリスのもとへ駆け寄った。大人も子供も、布を巻いただけの男女も、ごちゃまぜだ。
「ありがとうございます、ありがとうございます。我々リプリッケの者たちは、アナタ様への感謝を決して忘れぬでしょう!」
「村長、酒にしようぜ酒。こんなめでたい話はないだろ、パァーーっとやろう」
「うむ、そうだな。いかがですか、ティベリス様。大したおもてなしは出来ませんが、心をこめて、今日という日を祝いたく存じます」
「その気持ちはうれしいけど……」
「お連れのかたも、それでよろしい――ッ!」
サーラの方へ視線を向けた村長は目を丸くした。そして、セリフの途中で固まってしまう。
この流れはまずい。ティベリスはサーラの前に立ち、どうにか弁明しようとした。
「この格好は違うんだ、ちょっと手違いというか、予期せぬ失態というか」
「は、ははっ。もしや泉にでも落ちなさったかな。あの森は水場が多いので、村のものでも落ちたりするのです。なぁお前たち、そうだろう?」
「おうよ。オレっちも何度か落ちてるぜ。足がつかないほど深い泉で死にそうになったりな」
「お前はそろそろ学習せんか。もう立派なオトナだろうが」
村長がおどけていうと、皆が一斉に笑いだした。ティベリスも笑顔を見せるべきか悩んだが、通報の不安が消えたことには安堵した。
「さぁさぁ、どうぞこちらへ。お連れの方には着替えをお貸ししましょう」
「でも、いいの? 僕はお尋ね者で……」
「お尋ね者? あぁ、卑猥のセンシティブとかいう輩ですかな。アナタ様は違う。光の戦士にして、かよわき我等を救ってくださった英雄でございます」
「村長さん……」
「さぁ、立ち話してても仕方有りません。宴の準備が整うまで、少々お待ちを」
ティベリスは心がむずがゆくも、あたたかくなるのを感じた。真心がしみる。相手から受け入れられる事が、こうも嬉しいとは驚きだった。
(何となく分かる気がする。父さんが、やたらと他人の世話を焼いていた気持ちが……)
村は活気を取り戻した。大人も子供も老人も、誰もが晴れやかな顔をしている。準備の役割分担など、オレに私にと、役目を奪い合うほどだった。
しかし、そんなムードは長く続かなかった。コモルノ司教が足早にやってきたからだ。顔をドス黒く染めているのが、遠目でも分かるようだ。
「村長殿、これはどういう事だ!」
「どういう事とは? おぞましき魔族が倒され、我らは救われたところでございます」
「あれほどの魔族を倒しただと? 騎士団でも精鋭でなければ戦えぬ相手を、一体誰が倒したというのだ」
「はてさて。何者でございましょうかね。よく存じません」
「分かったぞ、ティベリスだ。ここに聖剣の小僧がいるのだろう、どこにいる!」
「いや、どうでしたかな。最近は物忘れがひどくて、歳はとりたくないものです」
村長が応対する間、ティベリスの前は人垣で埋まった。自然と村人たちがかばうようにして、視界を遮ったのだ。
すると、誰かがそっと目配せする。ここから逃げろと言うように。二の足を踏むティベリスを、誰かが強く引いた。それは村の青年で、森街道の方へ引っ張っていく。
「悩んでないで、早く。アンタみたいな立派な奴を、あんな豚司教にくれてやるわけにはいかねぇよ」
村外れまでやって来ると、青年は馬屋に入った。そして1台の馬車を出して、にこやかに言った。
「さぁ乗ってくれ。オレっちが大森林をエスコートしてやるからさ」
「本当にいいの? あの司教は、かなりしつこいと思うけど」
「村の心配はしなくて良いよ。ああ見えて村長は口達者なんだ、うまくとりつくろうさ」
そうしてティベリスたちを乗せると、大森林に向けて馬車を走らせた。彼は「オーレイン」と名乗った。
「まさかなぁ、アンタが賞金首とは思わなかったよ。人相書きは全然似てないしよ」
「あはは。ちなみにだけど、もし似てたら?」
「うっ……。悪いが、どうにかしてアンタを捕まえようとしたかも」
「治療費をかせぎたかったもんね。僕もオーレインの立場だったら同じことをするよ」
「でもよ、もう金は必要なくなったんだ。騎士団に突き出したりはしないから安心してくれよ、な?」
「大丈夫、信用してるって。ねぇサーラ?」
「はい。もし何か怪しい動きがありましたら、骨も残さず焼き殺してさしあげます。アップグレードした力を試すのに、よい機会です」
「こわっ! オレっちまだ死にたくねぇんだが!」
馬車は軽快に進んでいく。カッポカッポと聞こえる馬の足音が、耳に心地良い。いつしかティベリスの心もすっかりほぐれて、観光気分になる。
「あっ、見てよサーラ。面白い形の岩があるよ。不思議だね」
「はい。満腹のタヌキが寝転がるような形をしています」
「あそこにいるのはモモンガかな。スワッと飛んでいったよ」
「魔獣を退治したとたん、森の生物たちも活発になりましたね」
カッポカッポ。馬車は北を目指して進む。大森林ディープ・ロストを縦断する道は、次なる町へと続いている。
「あっ、見て。また面白い形の岩だ。さっきのとスゴく似てるね」
「はい。満腹タヌキですね」
「あそこには、またモモンガがいるよ。何か食べてるみたい」
「周囲に魔獣がいないためでしょう。のどかですね」
カッポカッポ。
「あっ、見て。またまた面白い形の岩だ。さっきのとスゴく似てるね。その前のやつにも」
「はい。満腹でご満悦タヌキですね」
「ねぇサーラ……。さっきからループしてない?」
「はい。そんな気がしていました」
「オーレイン、もしかして迷ってるの?」
「基本的に一本道だから、迷う事はないんだがなぁ。確かにさっきから、同じ場所をグルグル回ってるような……」
「なにか様子が変だね。警戒した方が良いかも」
「はい。では手始めに、オーレインを血祭りにあげましょう」
「急な同士討ち!?」
「この男、義理堅いふりをして騎士団に売ったのでしょう。魔力による干渉をかすかに感じます」
「待った待った! オレっちは何もしてねぇぞ!?」
「オーレインが裏切ったかは、いったん置いといて。つまりは、どこかに敵が潜んでるってこと?」
「可能性は高いでしょう」
サーラは馬車から手を差し伸べると、意識を集中させた。精霊探知(サーチエレメント)という魔法で、狙いを看破しようと試みた。
「ふむ。魔法というより、それに準じたもののようです。たとえば錬金術に関するもの」
「錬金術?」
「複数の素材をかけあわせ、様々な道具をうみだす技法のことです。なかには魔法の代用となる品もあるそうです」
「へぇ。僕は接する機会がなかったけど、便利そうだね」
「問題は、この足止め魔法を解除できないという事です。魔法であれば術者を倒せば解けます。しかし錬金術による道具の場合、解除する手段がありません。同レベルの対抗アイテムが必要になります」
「えっ、じゃあ森から出られないってこと?」
「はい。道具の効果が切れるまでは」
そこでサーラは、いつもに増してニッコリと微笑んだ。手のひらには、赤々と燃える火球が浮かんでいた。
「裏切り者のオーレイン、遺言があるならどうぞ。寛大な心で聞いてあげましょう」
「うわっ待ってくれ、マジでオレっちじゃねぇ!」
「あくまでもシラをきると。それも良いでしょう。全身を焼かれても同じことが言えるのか、試してみましょう」
「ひぃッ! 助けてティベリス! リプリッケ村のヒーロー様ァ!」
「サーラ、いったん魔法を引っ込めて。もしループが敵のワナだったなら、さらに別の攻撃も受けると思うんだ。それなのに矢の1本も飛んできてない」
「確かに、そうかもしれません」
「まずは状況を確認しよう。原因がなんなのか――」
その時、向こうで茂みが揺れた。がさ、がささと枝葉が鳴る。敵襲か。ティベリスはとっさに身構えたが、その必要はない。
現れたのは、魔族でも騎士団でもなく、敵意をカケラも感じさせない華奢な女だった。
「ふぃぃ。一時はどうなるかと思ったけど、これでオッケー。我ながらカンペキな処理方法よね。最近はめっきり人も通らないし、なんも問題ないでしょう」
意味深なセリフを、ティベリスはどう受け止めるべきか悩まされた。そして、相手がこちらの方へ歩み寄るのを、黙って眺め続けた。
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