第10話 チンクエ・テゾーラ

 サーラはこのまま逃げてしまえという。ティベリスを瞳を射抜く眼差しは、真剣味にあふれている。



「冗談、ではないんだよね?」


「はい。森に入ったときから、嫌な予感はしていました。こうしてテリトリーに足を踏み入れたら、確信に変わりました。敵は魔族の中でも指折りの強者です」


「すごそうだけど、よく分からない。今までの魔族とどう違うの?」


「うまく説明できるか分かりませんが……」


 

 サーラは木の棒を拾い上げると、その先端で地面をかいた。トカゲと、女性の姿が描かれてゆく。



「例えるなら、鉱山のトカゲは一階級(グラードウノ)でした。ひとまずそれを小さなアリとします。エビルダンサーは二階級(グラードドゥーエ)なので、それを大きなアリとしましょう」


「うん、うん」


「三階級(グラードトレ)は別次元です。たとえるなら、天(あま)かける飛龍といったところでしょうか」


「アリと飛龍って……。比較するものが飛躍しすぎて全然わからない」


「飛龍は飛ぶものです」


「そうじゃなくて。たとえ話なんだから、君のさじ加減じゃないか」


「おそろしく強いです。とてもではありませんが、我々2人だけで勝てる相手ではないのです。そのため逃げるべきと考えます」


「もう結論にいっちゃうの? 地面に描いた絵も意味なかったし」



 サーラは女の絵の隣に、たけだけしく火をはく龍を描いた。それをしたところで、今さらだった。



「忠告は助かるよ、ありがとう。でも、戦いもしない内に逃げる訳にはいかないよ」


「そうまでして村に義理だてる必要がありますか?」


「じゃあ聞くけど、僕たちが逃げたとして、リプリッケの村はどうなる?」


「おそらくは、リュカがイケニエになるかと。十数名と一人の命とでは、やはり前者を救おうとするでしょう」


「僕が今ここで逃げたとしたら、この先ずっと罪の意識に悩まされる。僕のせいでリュカが犠牲になって、癒やしようのない悲劇を招いたと考えるだけで、堪えられないよ」


「勝てぬ相手を避けるのは、生き延びるために必要なことです」


「あとで悔やんでもやり直しはきかないんだ。すこやかに生きるには、まず挑戦すべきだよ」


「決心は揺らがないようですね」


「もちろん、危なくなったら逃げるよ。でも、何も健闘しないで逃げるのは違う。僕は相手の姿すら見ていないんだから」


「見てからでは遅いのです。どうか今のうちに――」


「敵は、それを許してくれるのかな?」



 ティベリスは聖剣を強くにぎりしめた。すると、次の瞬間、茂みの向こうで何かがきらめいた。狂気の赤い瞳。それは唸り声とともに、こちらへゆったりと近づいてくる。



「おでましか。敵の数は、1、2……3匹くらいかな」


「敵意が膨らみました。来ます」



 サーラが短く告げると、茂みが大きく揺れた。そうして四足の獣がティベリスたちの前におどりでた。灰色の体毛をしたオオカミが3体、牙をむきながら唸る。



「でっかい犬のバケモノか。話に聞いてたとおりだな」


「ティベリス様。これらフォレストウルフは一階級(グラードウノ)で、単なる手下です」


「じゃあボスが別にいるってことか」



 ティベリスは殺気を肌で感じて、右へ跳んだ。次の瞬間、敵が爪をたてながら跳んでいく。その横腹を斬りつける。すると、オオカミの身体は、バシャリという音を立てて消えた。あたりにはバケツの水をまいたかのようにして、草木が濡れた。



「なんだろう。コイツら、手応えがうすいぞ」



 残りのフォレストウルフたちに怯みはない。ティベリスの周囲を駆け回っては、しきりに吠えたてた。そして背後の魔獣が跳んだ。転がってかわす。同時に正面から飛びかかった魔獣には、聖剣を突き出し、切り裂いた。最後の1匹。低い姿勢で足元に食らいついてきた。大きく後ろに間合いをとり、斬りおろした。


 それでお終いだ。3匹すべてが水に姿を変えて、あたりの地面を濡らした。



「なんだこいつら。てっきり、感化した人が戻ると思ったのに」


「これらは魔族の分身です。三階級(グラードトレ)にもなると、自身の体組織から魔族を生み出す事が可能なのです」


「そんなのズルいな。こっちがすごく不利じゃないか」


「はい。なので逃げましょうと」


「ごめん。今のは忘れて、敵のボスを倒しに行こうか」



 それからもティベリスたちは、たびたび襲撃された。たいていは複数で、3匹から5匹のグループが攻め寄せてくる。最初は順調に撃退できたのだが、しだいに疲労が蓄積され、息がきれるようになった。



「はぁ、はぁ、キリがないな。早いところ本体を叩かないと」


「ティベリス様。敵の気配がいよいよ近くに感じられます。強大な魔力が木々の間からあふれるようです」


「それはよかった。あとちょっと頑張ればボスなんだね」


「おびき寄せられたと考えるべきかもしれません。手下は、そう思わせるような配置でした」


「なんでも良いよ。相手を倒したらお終いなんだから」



 てつかずの原生林の中を慎重にすすむ。そして、獣道の1本を歩き終えたところで、ティベリスの足が止まる。遠目に見知らぬ男を見た瞬間、強烈な震えに襲われたのだ。



「あれが、ここのボスなのか……?」



 そこには小さな泉があり、裸の青年がただずんでいた。なめらかで金色の長髪、上半身は均整のとれた筋肉質なからだつきで、腰から下は水に浸かる。一見してただの美青年のようだが、頭に生えた2本の大角が、人ならざるものだと主張する。


 男は、ティベリスの来訪に対し、その場で深々と頭をさげた。



「ようこそ、聖剣遣い君。私はダーマスという名の魔人だよ。手下どもの歓迎は楽しんでもらえたかい?」


「歓迎だって? 何を言ってるんだ」


「どうやら不評らしい。私は実に楽しめたんだけどね。魔力視(まりょくし)ごしとはいえ、見応え十分の大立ち回りだったよ」


「お前がリプリッケの人たちを石にしたのか」


「それは確かに私の仕業だった。でも本意ではなかったよ」


「どういう事?」



 ティベリスは予期しない言葉に、思わず剣をさげた。しかし隣のサーラは真逆だった。両手に幻素の光を灯し、強力な魔法を放った。



「先手はいただきます、雷剛撃(ライトニング・スマッシュ)」



 すると、頭上を埋め尽くす木々の枝葉が、稲妻によって焼き切られた。雷は轟音をひびかせるとともに、泉の魔族に直撃した。


 熱風とともに吹き付ける蒸気。それが収まったころ、ダーマスのあざ笑う姿が見えた。彼の頭上には、水で出来た屋根のような物が広がっており、まもなく水面に落ちて消えた。



「魔法の盾で防がれましたか。千載一遇のチャンスを……」


「いいねいいね、そこの精霊。完全に殺すつもりだったでしょ? 話の途中だったのに、なんも躊躇(ちゅうちょ)なかった。戦慣れしてるようだね」


「サーラ、いったん落ち着いてよ。もしかすると、僕らと魔族の間に誤解があるかもしれない」


「話し合いなど無駄です。今この瞬間にも、敵は次なる手を打とうとしています」


「でもさっき、石化させたのは本意じゃなかったって。だったら冤罪の可能性だってあるじゃないか」


「確かに、あのニンゲンどもから魔力を吸い取り、石化させたのは本意じゃなかったよ。八つ裂きにして殺すでも、首をはねてさらすでも、何だってよかった。あんな連中の魔力を吸ったところで、たかが知れているからね」


「サーラごめん。僕が完全に間違ってた」


「しかし『撒き餌』としての価値は十分にあった。聖剣遣いよ、君ほどの大物が釣れたんだからね!」



 ダーマスは自分の髪をつかみ、毛先を切り離すと、地面にまいた。すると草むらの上でフォレストウルフが生み出された。数え切れないほどの瞳は、狂気に赤く染まりつつ、ティベリスの方をにらんだ。



「手下がこんなに……。ざっとみて10匹はいるんじゃないか」


「さぁさぁ、聖剣遣いよ。開幕といこうじゃないか!」



 ダーマスも瞳を赤くきらめかせると、泉の水をすくって虚空にうちあげた。すると水滴は矢じりの形に変わり、ティベリスめがけて一斉に飛んできた。



「くそっ、これは魔法か!?」



 ティベリスは横飛びにかわした。すると、無数の矢は地面に突き刺さり、細かな穴を作った。



「ふっふっふ。これくらいは避けるよね。じゃあ今度はどうかな?」



 水の矢による攻撃は、手数が倍になった。直撃すればハチの巣だ。右に左にと大きくかわす。だが、単調な動きは早くも読まれてしまい、ピンチを招いた。着地の瞬間を狙われたのだ。



「そこだ、大きいのいくよ!」



 その言葉とともに放たれたのは、矢ではない。巨大な槍だった。凄まじい速度でティベリスにせまる。回避は間に合わない。剣で受けるべきか、とっさの判断を迫られたが、サーラが横からかばった。


 半透明の壁が宙に浮かんだ。魔法の盾だった。ドンという地面が震えるほどの轟音とともに、水槍は砕けて消えた。



「ありがとうサーラ、助かったよ」


「この距離(レンジ)は我々にとって不利です。魔法攻撃は私が防ぎますので、ティベリス様は、隙をついて切り込んでください」


「わかったよ。攻撃はまかせて」


「ふっふっふ。作戦会議は終わったかな? 君たちの連携はすでに見ているよ。手下の犬どもと戯れてるシーンをね」


「そうか。あの戦闘には、そういう意味があったのか」


「それでもね、分析までする必要はなかったよ。私の実力に遠く及ばない事が分かったからね」



 ダーマスの前に控えていたフォレストウルフたちが、突然、水球に変化した。それは瞬く間に巨大な槍に形をかえた。魔法攻撃で、ティベリスめがけて放たれた。


 サーラが真っ向から魔法をはじく。2本、3本と弾く内に、その顔は苦悶にゆがみ、呼吸まであらくした。



「くっ。一撃が重たいうえに、手数が多い……!」


「ほらほらどうした。何本まで堪えられるかな? ええ?」



 攻撃は休みなく続く。すると、しだいにサーラの衣服が端から弾けていった。足首までのびていた裾は、ふくらはぎの上まで後退し、袖もにの腕が見えるほどになっている。


 このままでは危ない。不利を察したティベリスは、水槍の飛ぶなかをかけ始めた。



「ダーマス、お前の相手はこっちだ!」


「ほう? てっきり精霊の尻に隠れるだけかと思ったら」



 標的がティベリスに変わった。ダーマスは、同じく水槍を投げつけてきた。



「避けるねぇ。その身体能力、いいよいいよ。活きが良いとコッチまで楽しくなる」


「はぁ、はぁ。残りはあと少しだ!」



 ティベリスは機をうかがっていた。手下を変形させた槍は、残り3本。それをしのげば、魔法を打つのに予備動作が生じる。ダーマスは次なる行動のために、水をはねさせるなり、何か1アクションを起こす必要があり、それは大きな隙だった。


 そこに勝機を見た。あと2本。その仕草は完全に無防備になる事を、ティベリスは看破していた。あと1本。



「最後の1本、しのいだ!」


「おいおい嘘だろ。まさか全部避けたっていうのか!?」


「いくぞダーマス! 聖剣の力を受けてみろ!」


「うわぁぁやめてくれーーッ!」



 ティベリスは全力疾走で駆けた。しかし次の瞬間、視界の端に見えた茂みの中で、赤い光がきらめくのを感じた。



「やめてくれ〜〜やめとくれぇ〜〜。アッハッハ」



 ダーマスの悲鳴は演技だった。茂みに潜んでいたフォレストウルフたちは、水球に変わり、水槍となった。計3本。走り出したティベリスの横から、一斉に放たれた。



「やばい、避けられない!」


「ティベリス様!」



 サーラが身を呈してかばった。魔法の盾が猛攻をふせぐ。水槍の1本、2本が轟音とともに砕け散る。しかし3本目が盾をつらぬき、サーラの体に直撃した。それは彼女の腹を突き抜けても止まらず、最後は地面に大穴をあけた。



「サーラ!」



 ティベリスは倒れかけるサーラの体に手を伸ばした。しかし、触れようとしたそばから、体は薄れ、消えていく。



「ティベリス様。どうか、逃げて……」



 ティベリスの手が届いた瞬間には、サーラの姿は完全に消失してしまった。彼の手のひらは、むなしく宙をにぎっただけだった。今となっては、温もりのひとつも感じ取れない。



「そんな、嘘だろ……サーラ!」



 あとには何も残らなかった。亡骸も衣服も、ささいな装飾品でさえも。まるでサーラという精霊など、はじめから存在していなかったかのようだ。



「お前、よくもサーラを、大切な仲間をッ!」



 ティベリスは、腹の底から声をあげると、一直線に突進した。一枚の絵になるほどの勇ましさだが、相手にすれば格好の的でしかない。



「あはは、これは狙うまでもないね。串刺しになってしまえよ!」



 水槍が一斉に放たれた。視界が埋まるほどの数の槍は、回避を許さない。実際、ティベリスは避けようとしなかった。聖剣を力の限りに真横に斬った。



「うわぁぁぁーーッ!」


「何ッ? 私の魔法が、たったの一撃で!?」



 聖剣の刃に触れただけで、水槍はただの水球となり、地面に落ちて弾けた。ダーマスは再度、魔法の準備に入るのだが、その隙は致命的だった。



「サーラのかたきだ、食らえーーッ!」


「こいつ、もうこんな所にまで!」



 泉の水際、ティベリスが力強く踏み込んだ。そして肩口から斬りつける。


 終わった。そんな確信を抱いたのだが、とつぜん現れた剣によって防がれてしまう。ダーマスは泉の水を使い、強力な両手剣を生み出していた。



「くそっ、仕留め損なった!」


「ふぅ、ふぅ。さすがの私も冷や汗をかかされたよ。聖剣エビルスレイヤーはデタラメな剣だね。こうして常に魔力を注ぎ込まないと、魔力を吸い取られて魔法を無効化されるんだから」



 つばぜりあいは互角だった。ならば体力勝負で、それが尽きたら気力を競わせる事になるだろう。ただしそれは、相手が同じく人間であったなら、なのだが。



「互角の押し合いだなんて泥臭い事、私は嫌いなのでね」



 ダーマスは、自分の背中に新しく腕を生やした。それを自在に操ると、同じく泉の水から剣を生み出しては、大きく振りかぶった。



「そんな、腕が生えてくるなんて……!」


「残念だったね。我ら魔族は幻素体なんだ。魔力次第では、体のつくりなんて、どうとでもなるんだ。君たちのような出来損ないとは違うんだよ」



 新たな腕が繰り出す攻撃は受け止める事などできない。避ける他なかった。しかし、ティベリスは相手の両手剣と押し合いの最中だ。隙を見せたとたん、そちらの剣に斬られてしまう。


 活路はすでに無い。このまま斬られるのを待つばかりだった。



「やばい。早く何とかしないと!」


「多少の番狂わせはあったけど、おおよそシナリオ通りだったね。さらば聖剣遣いよ。君の生き血は、私の大いなる糧となるだろう。そして今この瞬間から、私の覇道が始まるんだ!」



 勝利を確信したダーマスが高笑いをあげた、まさにその時。緊迫した状況にそぐわないほど、ひどくゆったりとした声が割り込んだ。



「はい、でまぁ〜〜す」


「何!? だれだーー」



 ダーマスは声の主を確かめる前に、異様なものを見てしまった。聖剣の柄から伸ばされた白い2本の腕。手のひらは真っ直ぐと、ダーマスの方へ向けられていた。



「その手はまさか、さっきの精霊!?」


「好事魔多し。あなたは強いけれど、脇のあまいタイプでしたね」


「ま、待て! 見逃せ! そしたら良いものをくれてやるーー」


「雷剛撃(ライトニング・スマッシュ)」



 強烈な稲妻があたりを駆け抜けた。電撃はダーマスを貫き、その身を激しく焦がした。勝敗を分けた瞬間だった。ダーマスは頭を左右にふらつかせ、両目からも焦点を失っていた。



「ティベリス様、今です」


「う、うん! ありがとうサーラ!」



 ティベリスは一歩飛び退き、改めて踏み込んだ。剣を一閃。裸の胸をまっぷたつに両断した。



「バカな、この私が、人間ごときに……ッ!!」



 ダーマスの散り際は激しかった。 血液のかわりに大量の真水をぶちまけてから、その体を消失させた。さながら台風の、横殴りの雨を思い出させるほどの、強烈な水しぶきだった。



「はぁ、はぁ、終わったのかな……。おや?」



 宙に浮かぶ青い宝石が目の前に浮いていた。それが何か、と考える前に、それは草むらに落ちて転がった。



「なんだろうこれ。宝石かな?」


「チンクエ・テゾーラのひとつです」


「ちん、何だって?」


「五連聖珠(チンクエ・テゾーラ)の一部です。このダーマスという魔人が、異様な魔力を生み出せていたのも、この聖珠による部分が大きいかと」


「そんなものがあったのか……。ところでサーラ無事だったのは何よりだけど」


「はい。ご心配をおかけしました」


「剣から顔だけ出すのはやめてくんない? こわいんだけど」



 今のサーラは聖剣のツバから、顔だけヌモンと突き出している。その異様さは禍々しくもあり、見ようによっては魔剣のようである。



「いえ、少々恥ずかしいので」


「何が恥ずかしいのさ。とりあえず出てきてよ。怪我をしてないか見たいから」


「はい。ご命令とあらば」



 そういってサーラはゆるりと剣から姿を現した。金色の長い髪、微笑みをたたえた顔、そこまではいつも通りだ。


 しかし衣服は激しく損耗していた。豊かな胸元を隠す布は小さく、動き方しだいでは確実に先端がこぼれおちる。下も下で大惨事。腰に巻かれた布はあまりにも短すぎて、大半がむきだしだ。フトモモの柔らかな曲線も、鼠蹊部(そけいぶ)のシワまでもが惜しみなく披露されていた。


 これならいっそ、裸になった方が清々しいまであった。



「ええっ! どうしてそんな格好になってんの!?」


「さきほどの戦闘で魔力収支は若干のマイナスです。そのため衣服にまで魔力を充てることができません」


「ごめんね。そんな事情があったとは知らなくてさ。剣に戻ってくれて構わないよ」


「はぁ、それは。はい」


「なんで煮えきらないの」


「出したり戻したりと、いつもの悪い癖が出たもんだなと」


「確かに振り回して悪かったよ。でも、さすがに服が破けてるなんて考えようがないでしょ」


「ではこうしましょう。さきほどのセリフをもう一度いってください。そうしたら、私も剣の中に戻ります」


「どうして交換条件って話になってんの」


「承諾していただけないなら、この格好でティベリス様の隣を練り歩きます」


「分かった、分かったよ。なんて言えばいいの?」


「さきほどの名台詞です。ほら、よくもサーラを、の部分で」


「こほん……。よ、よくもサーラをッ!!」


「違います。それとは別のセリフです」


「いらん恥かかせないで?」


「その次の言葉です。ではよろしくお願いします」


「いちいち覚えてないよ。無我夢中だったもん」


「ヒントは、大切なーーオホンオホン。これで思い出せたでしょう、はいどうぞ」


「大切なオホンオホン」


「あっ、そういう事言っちゃうんですか?」


「いや、もういいでしょ? とにかく聖剣のなかに戻ってよ、さすがにもう疲れたんだって」



  誰もいない、魔族の影すらない森の奥地で、2人は言い合いを続けた。「片付けたなら早く帰れ」とつっこむ声は、どこからも聞こえなかった。



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