第8話 賞金首といっしょ

 高原の旧街道をゆくティベリスたちは、遠くにリプリッケの村を見た。村は盆地に広がっており、その向こう側には遥かなる大森林が広がっていた。



「着いたね、あそこがリプリッケだよ」


「お話の通り新しい村なのですね。昔は家屋などなく、ただひたすらディープロスト大森林があるだけでした」


「深く迷う森だって聞くね。でも最近は、森の中に街道が1本通ったんだ。そのお陰で村ができたのかもね」


「それで、村には立ち寄るのですか?」


「そのつもりだけど……ダメかな?」


「手配書が出回っていないとも限りません。無意味なリスクだと思います」


「でも、森の街道は村が管理してるんだ。ディープロストを抜けるなら、避けては通れないよ」


「そういう事情なら仕方ありませんね。もし仮に大森林を迂回するとしたら、西ルートは海と断崖絶壁に阻まれ、東は何ヶ月も余計に歩かねばなりません」


「ちなみにさ、村で捕まりそうになったら、すぐ逃げるつもり。だからちょっと様子を見てこようよ」


「はい。それでよろしいかと」



 街道をおりて、村の入口へとたどりついた。まず気がかりになったのは、村人の顔色だ。若者の姿が多く目につくのだが、誰も彼もが肩を落としており、足取りもおもたい。農具をかつぐ青年も、ロバをひく女性も、店先をホウキではく少年ですら生気がなかった。まるで老人のような立ち振るまいだった。



「なんだろう。ひどく元気がないよね」


「村人はおおよそ若者で、木造家屋は新築、店にも十分な食品が売り出されている。それなのに、絶望に満ちた感情で支配されています。豊かなように見えて、何か問題があるのでしょうか」


「たしかに普通じゃないね」



 ティベリスたちは村の様子をうかがった。まだ新しい石畳や井戸に、コケのひとつも無く、整備も行き届いていた。すれ違う村人はみな、血色そのものは良い。食うに困ってやせたような人は、1人も見かけなかった。


 ただ、ひたすらに暗い。子供から大人にいたるまで、皆がみな暗い面持ちだった。中には石段に座り込んで、打ちひしがれる者までいた。


 

「あのう……」



 ティベリスは、打ちひしがれる男に話しかけた。彼は沈んだ瞳でティべリスを見返した。



「なんだよアンタ。よそ者だな」


「この村で何かあったの?」


「見たところ剣士か。あんまり強そうには見えないな」


「あはは。まぁ、自分の身を守れるくらいかな」


「だったら悪いことは言わない、ここから出ていけ。この村は間もなく死んじまうんだ」


「どういうこと……?」


「もう構うな、いいからほっといてくれ! 話が聞きたきゃ村長んとこでも行けよ!」


「ティベリス様。これ以上は難しいかと」


「う、うん。分かったよ」



 村の現状は、ティベリスが懸念した事態にはならなかった。自警団に囲まれるだとか、手配書片手に追いまわされずに済んだ。


 それどころか、誰もがティベリスたちに気を配らない。無視されていると言っていい。たいていの村人は自身の足元を見るばかりで、他人に注意を払おうとしなかった。



「追われる心配はなさそう。でも別の意味で問題がありそうだね」


「少し調査した方が良いでしょう。街道が封鎖でもされていたら厄介です」


「話なら村長さん、だと言ってたよね」



 ティベリス達は村の中央にある、ひときわ大きな屋敷へとやってきた。しっくい壁で仕切られた敷地は広く、家屋だけでなく倉庫も数件ほど並んでいる。さすがに村の責任者なだけはあると、ティベリスは足を止めては屋敷を眺めた。


 入口から屋敷の玄関に向かい、ドアノックをゴツゴツと叩いた。すると扉が静かに開き、年老いた女が顔を見せた。背筋はまっすぐ伸びているものの、口元のシワは深い。



「どちらさまだい? 来客の予定なんて聞いてないけどね」


「あの、村長さんは?」


「あいにく出てるよ。森街道のあたりにいるんじゃないの」



 その時ティベリスの背後から、村人たちの声がした。彼らの手元には、布で包んだ大荷物があり、「どこに置けばいい?」と、運びながらたずねた。すると老婆は「大倉庫にいれときな」と、刺々しく答えた。



「アンタら邪魔だよ。用が済んだならとっとと出ていっておくれ」


「あの、村が死ぬって聞いたんだけど……」


「よそものには関係ないね。こっちはいそがしいんだ、行った行った」



 犬を追い払う仕草を見せられては、長居するわけにはいかなかった。ロクに話を聞けぬまま、ティベリスたちは屋敷を後にした。


 これから村長に会いに行くか、というところで、サーラが低くぼやいた。彼女の浮かべる微笑みからは、うすらと肌寒くなるような、冷たさが感じられた。



「無礼者ばかりですね。聖剣を敬わぬ者たちには、相応の痛みを与えねばなりません。ぶざまに地面を舐め、切り刻まれる痛みに狂いつつ、罪を自覚させてやりましょう」


「いや、おちついて。短気はよくないよ」


「冷静です。その証拠に魔力の計算も完璧です。ちなみに今は、村1つ焼き払うだけの魔法を放つことが可能です」


「冷静な口ぶりだけど、冷静じゃないよね」



 サーラの静かなる殺意をなだめつつ、大森林の方へ足を向けた。村の端まで来ると、巨大な森に続く道がある。それが森街道だ。


 だが、ティベリスたちは村を離れる必要はなかった。森の手前で村長の姿を見つけたからだ。



「コモルノ様、被害は日に日に大きくなっています。どうにか治療の方を、お慈悲を……」



 しきりに頭をさげる男は、中年で、質素な装いだ。着古しのチュニックとズボン、上に獣皮の羽織物を着ている。



「何度も言わせるな村長よ。治療費は提示したとおりだ。お前たちだけ特別待遇するわけにもいかん」



 いかめしく答えた男は、上等な装いだった。金ししゅう入りのローブに、真紅の帯を肩から垂らし、頭に角丸の三角帽をかぶる。それは聖職者の正装だ。



「よいか、私はお前たち下賤(げせん)な者とは違い、忙しい身だ。治療費が払えんのなら、この村を経つことにする」


「お待ちください。支払いに猶予(ゆうよ)をいただけませんか。あれほどの大金を、すぐに用意はできません」


「信心が足らんなぁ。女神ルシアーナに対して、誠心誠意つかえる心があれば、どうとでも金を作れるだろうに。聖典でいうところの『知恵と勇気を胸に』だ」


「そのように仰られましても、無いものは無いのです」


「ともかく、払えんのなら治療はできぬ。あと3日だけ待ってやろう。その間にじっくりと考えるのだな」



 コモルノは背を向けると、小高い丘の方へ立ち去っていった。後には、うなだれて頭を振る村長だけが残された。



「あぁ、どうしたら良いんだ……。女神は我らを見捨てるというのか」


「あの、すみません。あなたが村長さん?」


「そうだが。誰だね、アンタがたは」


「聖剣をあなどる者どもに神罰を。手始めにアナタからイケニエに――モガモガっ」


「僕たちは、その、冒険者なんだけど! 何があったのかなって!」


「まぁ、話ぐらいはできるが……戻りながらで構わんかね? 家に仕事を残しているんだ」



 そうして村長の屋敷に向かいつつ、村を取り巻く現状を聞くことができた。



「魔獣が大森林に?」


「うむ。いつのころだったか、半年前かな。ディープロストで、魔獣に襲われたという報告があった。さいわいにも荷馬車だった。荷を軽くして、馬を疾駆させて逃げ切ったという。しかし、日をおうごとに報告は増え、そして最初の犠牲者をだした」



 村長は口ひげをワナワナと震わせた。後悔の念が溢れてくるかのように見える。



「その被害者は林業の男だった。木材を伐採するときを襲われて、森の中で石化した。みんなで彼の身体を回収しようとしたのだが、それが良くなかった。何人も何人も襲われてしまい、いたずらに犠牲者を増やしてしまったよ……」


「そんな事があったんだ」


「森に入るのは危ない。しかし入らねば仕事にならず、食っていけんようになる。日差しの届く開けた場所なら、魔獣も寄り付かんと聞いた。それでも襲われる時は襲われるものだ」



 3人はすでに、村長の屋敷に着いた。そして倉庫の方へと、誘導されている。



「その結果がこれよ」



 村長は、人間大の荷物をおおう布を巻き取った。するとそこには、恐怖にゆがむ人間の像があった。傷口をおさえ、叫ぶ姿勢で硬直した様に、当時の状況を生々しく残している。



「未来ある若者が、男も女も、こんな変わり果てた姿に」


「こんなにも多くの人が犠牲に……」


「皆を一刻も早く治してやりたい。しかしだ、蓄えた金ではとても足りんそうだ」


「治すのにお金が要るの?」


「さっきの司教様が言うには、1人につき3万ディナかかると」


「さんまんーーッ!?」


「全員を治すのに、30万も必要になる。そんな大金、どうやって用意しろというのか。それで途方にくれておる」


「そんな事情があったんだ……」



 ここでそっとサーラが耳打ちした。



「ティベリス様。これはチャンスでは?」


「どういうこと?」


「魔獣を倒せば石化を解くことができます。それで村人たちはアナタと聖剣を敬うようになり、大金をせしめる事も難しくありません。うまく運べば現人神(あらひとがみ)として崇められる事も可能でしょう」


「笑顔でエグいこと言うのやめてくれる?」



 あらためてティベリスは村長に向き直った。そして、真っ直ぐで曇りない眼差しを向けながら、告げようとした。



「村長さん。僕たちが力になるよ。こう見えて実は――」



 その瞬間、倉庫の扉が開いた。現れたのは村の青年で、額の小汗をぬぐいながら言った。



「村長、良いニュースだ! これを見てくれ!」


「なんだ騒々しい。客人の前だぞ」


「懸賞金だよ懸賞金! こないだモモトフの辺りに出たらしいんだ。もしかしたら村の近くにいるかも!」



 青年は人相書きを片手に、熱っぽく語る。おたずね者は、丸々と太った、ワシ鼻の、黒髪の男が描かれている。



「性剣エロスプレイヤーを振り回して暴れてるらしい。名はひかり、ひかい、ひわい……卑猥のセンシティブとか言う名前だって! こいつを捕まえたら100万ディナだぜ、すげぇだろ!」


「みせてみろ。ええと、聖剣エビルスレイヤーを持つ青年剣士。光の戦士ティベリスと名乗る者……だそうだ。聞き間違いも大概にしろ」


「えへへ、すまねぇ。オレっちは字が読めねぇもんで。でも100万だぞ? みんなを治せるじゃん!」


「バカを言うな。これほどの賞金首だ。とてつもない剣豪に決まっている。オーガにたとえられる程の大男だったり、オークのように獰猛で、貪欲な男だろう」


「そいつはちっとばかし、おっかねぇかも……」


「ともかく、手だしすべきでない。素人の我々が挑もうものなら、さらに死人を増やすだけだ。これ以上、村のものを危険にさらすわけにはいかん」


「なんだよ。最高のネタだと思ったのによぉ……」


「ところで客人、話の途中で済まなかった。何か言いかけていたような?」



 とうとつに話を戻されて、ティベリスは弾けそうなほど驚いた。そして、普段よりもはるかに口下手な返答をしてしまう。



「あの、あれだよ、僕はこう見えて体力に自信あるんだ。だから色々と役に立てるかなと思って。あはは」



 聖剣があるので魔獣を倒せます、とは言えない。それは自白でしかなく、村に100万ディナを進呈する行為そのものだった。



「ふむ……。さっきも言ったが金策に追われてる最中だ。売り込まれても高くは買えんよ?」


「いやいや、お金なんてそんな。寝る場所に馬屋でも貸してくれたら嬉しいな、なんて」


「小屋を余らせている。古びているが、それでも構わんかね?」


「もちろん。すごく助かるよ!」


「では助かるついでに、ひと仕事頼もうか」



 ティベリス達は、村長からの依頼を受けて、大森林のなかへやってきた。さきほどの青年を護衛する仕事だった。



「ありがとうな、剣士の兄ちゃん。お前さんは小柄で、なんか頼りないけど、いるだけでも心強いよ」


「うん。何かあったら僕が守るから、安心してね」


「それにしてもなぁ。オレっちより子供だし、ずっと小さいのに、妙に説得力あるんだよなぁ」



 青年は苦笑しながらも、野草をカゴにつめこんだ。薬草や塗料の原材料で、そこそこ高く売れるという。モモトフや王都から商人が買い付けに来るのだが、それでも最近は厳しいと、彼はなげく。



「大森林の向こう側に、テルコーデっていう町があるんだ。前はそこと交易してて、良い稼ぎになってたんだ。それが今じゃ魔獣のせいでサッパリだよ」


「とても大変みたいだね。魔獣が出ただけで散々だ」


「大きな声じゃ言えねぇけど、自分の命があっただけマシかもな。石になった奴らには申し訳ねぇけど、やっぱりみんな、自分の身がかわいいのさ……。おや?」



 青年が何かに気づき、足を止めた。茂みの向こうに誰かがいる。



「あれは、もしかしてリュカじゃないか?」



 青年はすかさず走り出した。その後をティベリス達も追いかけた。


 間もなく、青年は人影に追いついた。その人物は、あどけない少女だった。伸びた茶髪を後ろしばりにして、白ブラウスと焦げ茶の吊りスカート姿。一見して、どこにでも居そうな子供だが、手にさびついたナイフを握りしめるのは、異様だった。



「おい、リュカ。どこ行く気だお前」


「離して。パパとママを助けてあげるの!」


「お前の親は、どっちも石になっちまったろ。村長の家で見たろうがよ」


「大人がいってた。森のバケモノを倒したら、パパもママも戻るかもって! だからリュカが倒してくるの!」


「バカ言うんじゃねぇよ、魔獣はとんでもなく強ぇんだ! お前まで石になってお終いだぞ!」



 青年が怒鳴ると、リュカは力なくうつむいた。ふせた瞳に涙がふくらんでいく。しかし彼女の眼力は衰えず、強い闘志を宿していた。



「剣士の兄ちゃん。収穫もできたし、そろそろ帰ろう。リュカを村まで連れ戻したいしな」 


「うん、分かったよ」



 リュカの幼い手は、青年によって引っ張られていく。少女は大人しく従うものの、やはり両目には強い意志がこめられていた。


 その後ろ姿を、ティベリスはやりきれない想いで見つめていた。



「剣士のあんちゃん。今日はもういいぞ。あとはオレっちがやっておくから」


「ありがとう……。リュカちゃんだっけ? あまり思い詰めないでね」



 ティベリスが声をかけても、少女はうつむいたままだ。そして青年に手を引かれながら、無言で立ち去っていった。


 それから村長宅に戻った頃、あたりは夕暮れ時だった。下働きの老婆に呼ばれたので、向かってみれば、食堂だった。



「飯にするよ。村長は遅くまで帰ってこないから、好きに座んな」


「ご飯もくれるんだ? ほんと助かるよ。ねぇサーラ?」


「しごく当然のことかと。聖剣に対する敬意があれば、この程度は――モガモガっ」


「さぁて今日の料理は何かなぁ! 楽しみだなぁ!」



 ティベリスの皿に盛り付けられたのは、麦雑炊だった。キノコと野菜がふんだんに使われており、何より温かい事が嬉しく思った。料理に手をかざして暖まりたくなるほど、最近は冷え込む夜も増えた。



「あとは勝手に食っちまえ。塩が欲しくなったら、そこの岩塩くだいて、自分で足しな」


「いや、十分おいしいよ。料理が上手なんだね」


「褒めたって何も出やしないよ」



 老婆の態度は刺々しいが、口数は多かった。たずねてもいない事を、次々に教えてくれた。



「それにしたって村長もお人好しだねぇ。いまさら冒険者を雇うだなんてさ。何度も何度もだまされたのに」


「だまされたって、どういう事?」


「みんな逃げちまったよ。魔獣を退治してもらうんだ、みんなで金を出し合って、強そうな奴らをやとったよ。魔術学校のエリートやら、大陸屈指の剣豪だとか。でもね、立派なのは肩書と見た目だけ。てんで役に立たねぇ」


「それほどに魔獣が強かった?」


「違うね。まともに戦わねぇで、尻尾巻いて逃げちまった。森にチョロっと入って終わり。それだけならまだしも、前金だけ持って逃げやがった。とんでもねぇ連中だよ」


「僕は違う。お金をもらってないから」


「タダメシにタダ宿だろ? それだけでもアタシは気に食わないね。とにかくサッサと食っちまえ。皿が片付かないんだよ」



 晩餐は駆け足気味に終わった。料理の味はよかったものの、急いで食べたせいで、口の中を火傷してしまった。


 そのあとは離れの小屋に通された。ドアも床も腐りかけており、ひどくきしむが、2人が寝泊まりするのに十分な広さだった。



「もともとは物置小屋だったらしいよ。好きに使えってさ」


「ティベリス様。ひとつよろしいですか?」


「なぁに。また敬意がどうのって話?」


「違います。すでに手配書が出回っているのに、これからも村に居座るおつもりですか」


「えっ。僕の顔って、あの人相書きに似てる?」


「いいえまったく」


「だよね、だよね。皆にはあんな風に見えてるかと不安だったよ」


「ですが、いくつかの要素は知れ渡っています。名前、髪の色、聖剣について。素性がバレればただでは済みません」


「分かってる。でも村の人たちはすごく困ってた。見捨ててはおけないよ」


「そこです。ティベリス様の世話焼きは、少々度がすぎています。逃亡中という、1歩誤れば捕まる立場であるのに、何かと首を突っ込んでいます」


「そうかな、そうかもしれない」


「なぜ、そうまでして世話を焼きたがるのか。その理由をお教えください」



 ティベリスは寂しげに微笑むと、そっと瞳を閉じた。思い出されるのは、父の勇姿だ。暴れ飛龍相手に死闘を演じた、その光景を脳裏に浮かべた。



「父さんに褒めてほしいから。自慢の息子だと言ってほしいから、かな」


「そうですか。理解しました」


「さっきの一言だけで良いの?」


「ティベリス様の想いに、混じり気がない事が分かりました。今はそれだけで十分です」


「そっか。じゃあそろそろ寝ようか」



 ティベリスたちは、壁を背にして寝転んだ。ベッドや寝具はない。隅に落ちていた布を腹にかけて眠る。


 しかし、ティベリスはなかなか寝付けなかった。生前の父が、いつまでも脳裏から消えずにいたからだ。


 大剣を振るっては飛龍と互角の勝負を繰り広げる父。それを、震えて見守る事しかできなかった無力な自分。


――このクソッタレが! オレの自慢の息子に指1本触れさせんぞ!


 父の散り際は壮絶だった。腹から下を食われながらも、最後の力を振り絞り、剣を飛龍の額に突き刺した。龍は父に牙を立てながらも、いずこかの空へ向かって飛んでいった。それ以来、行方は知れない。父の亡骸も、傷ついた飛龍も。



「父さん。僕は今も自慢の息子かな。がんばってると、褒めてくれるかな……」



 ティベリスの夜は長かった。足をたたんでは伸ばし、しきりに寝返りをうつ。しばらく堪えるうちに、ようやく眠ることができた。


 日が昇り、鳥のさえずりが朝を告げた。ティベリスは大きなアクビをもらすとともに、痛む背中を伸ばした。そのさなかに、遠くから誰かの叫ぶ声を耳にした。



「おぉいリュカ。どこに行ったんだ、リュカ?」



 それは、昨日の少女を探す声だった。


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