第7話 夜に合体する理由

 モモトフの郊外で静かな夜を過ごし、やがて迎えた翌朝。ティベリスは大きなアクビとともに目覚めた。


 白い鳥が地面に舞い降りてはテチチと鳴き、青空をトンビがゆったりと泳いでいく。本日も快晴。大きく伸びをするとともに、胸いっぱいに新鮮な空気を取り込んだ。



「あぁ〜〜よく寝たな。サーラはどうかな……」



 身を起こしてみると異変に気付く。煙のくすぶる焚き火、まくら代わりにした道具袋、それらがあるだけだった。



「おおい、サーラ! どこ行ったの?」



 呼びかけても返事がない。旧街道では通行人の姿は見えず、白い鳥がさえずるばかり。静けさのなか、ティベリスの胸にジワリと冷たいものが差し込んだ。



「まさか、誘拐でもされたのか!? こうしちゃいられない!」



 手がかりを探すが、なにも見つからない。視線をおとしても草むらに足跡はなく、耳を澄ましても話し声は聞こえない。手当たり次第に探すしかなかった。



「道の前も後ろも、人は居ないと。そしたらやっぱり、森の方なのかな……」



 旧街道の両脇には、てつかずの森林が広がっている。日中だというのに、うっそうと茂る森は異界のような圧迫感を放っている。



「今にも盗賊とか魔獣がでてきそう……。だとしたら、一刻も早く見つけてあげなきゃ」



 ティベリスは聖剣を片手に、森の中へ足を踏み入れた。あるのは獣道くらいのもので、伸びさらしの雑草が邪魔に思う。しなやかな茎を蹴倒しながら、サーラの名を呼び続けた。



「どこにいるんだ! 聞こえてたら返事を、サーラ!」



 その時、視界の端で金色の何かが揺れるのを見た。大木の陰に隠れてチラチラと。そちらをよく見ると、人の毛髪だった。



「もしかして、そこに居るの?」



 大木の裏手に回ってみると、確かにサーラは居た。身体を「つ」の字に折り曲げながら、プカプカと宙に浮きつつ、あてども無く右へ左へ。瞳は閉じたままでも、口はだらしなくポッカリと開き、口の端から細い糸を引いていた。


 どうみても熟睡の真っ最中。ティベリスは安堵するとともに、しっかりと苦笑いを浮かべてしまう。



「サーラ、寝てるんだよね? いいかげん起きてよ」


「……大将、次はアブラサーモンを握ってくだしゃい、火の輪くぐりセットで」


「なんか変な夢見てる!?」



 ひとまず安全を確保しようとするも、サーラは精霊だ。実体化するまで、手で触れる事は不可能。結局は根気強く声をかける方法しかなく、それはとりあえず上手くいった。



「まったく、すごく心配したよ。無事で良かったけどさ」


「お恥ずかしい限りです」


「もしかして君は寝相が悪いの? 結構遠くまで流されてたよ」


「はい。自覚しています。しかし深く寝てしまうと、自制がきかないのです」


「そうだよなぁ。イビキとか歯ぎしりと一緒で、治すのは難しいだろうね」



 サーラと合流してからは、進路を北にとった。寂れた道をティベリスは自身の足で、サーラは隣でフワリと浮遊しながら、次なる村を目指して進む。



「リプリッケ村、ですか? 聞き慣れない名です」


「モモトフから北西にあって、新しい村らしいよ。まだできて数年経ったくらいかな」


「どうりで知らないはずです。300年も経つと、やはり世間は変わるのですね」


「ちなみにだけど、サーラって何歳?」


「ご想像にお任せします」


「想像すらできないから聞いたんだけどね」



 その日は日暮れまで歩くと、野宿の準備を進めた。食料の確保と火起こしが必要だ。昨日に収穫したリンゴは、昼までに食い尽くした。



「僕は食べ物を探してくるね。サーラの分は……」


「私の分は不要です。聖剣の魔力さえあれば十分なので」


「わかったよ。じゃあ僕の分だけで」


「火起こしは私にお任せください」



 ティベリスは森の中をさすらうと、すぐに食料を見つけた。大地の恵みは豊かだった。ひとかかえのイモと果実を抱えて戻った。



「いやいや、さすが人里離れてるだけはあるね。町の傍だったら取り尽くされて、こうはいかないだろうな」


「お疲れ様でした。焚き火は出来ています」


「ありがとう。さっそく料理に使わせてもらうよ」



 ここでギルドマスターから譲り受けたナイフが大活躍。細長いイモの皮を厚めにむいてから、ひと口大に切る。果実は指先ほどに小さいので、岩ですりつぶしてペースト状にした。



「あとは、枯れ枝をちょうどいい長さに折って、皮を落としたらイモを差す……っと」


「ふむふむ。それからどうするのです?」


「あとは火を通して、水分が抜けたら完成だよ」



 焚き火のそばに、枝をさして並べていく。最初は白く固かったイモも、中からジュワリとした泡を弾けさせると、やがてとろける程に柔らかくなった。



「ころあいだね、かんせい〜〜。焼きモッチモにブラックベリーソースを添えて〜〜」


「ほう、ほう、そのとろりとしたイモの味はいかがです?」


「待ってね。まずは素材だけの味で。はふ、はふ……」


「どうですか。美味しいですか?」


「あふっ。やっぱりできたてはアツいね。ちょっと火傷したかも」


「いやいや、熱さはどうでも良いので。味を教えてください」


「ほんのり甘くて、もっちり食感。ちょっと筋(すじ)ばってるのが惜しい」


「なるほど、そうですか。アツアツだと特に美味しいのでしょうね」


「味に飽きたら、ブラックベリーのソースをからませる。この甘酸っぱさが合うんだよね」


「ほっほう。ほぉう。そんなにもですか? 味はどこまで変わりました?」


「……そんなに気になるなら、サーラも食べてみる?」


「いやいやいや、そんなそんな。私も精霊のはしくれ。口からエネルギー摂取だなんて、禁忌(タブー)にもほどがありますから」


「そうなの? まぁ無理に食えとは言わないけど」



 食事が終われば眠るだけだ。しかし、この日ばかりはスンナリ寝入るわけにはいかない。サーラの寝相問題が解決していないのだ。



「さて、どうしようか。たぶん、明日もどこかへ行っちゃうよね?」


「どうにかしてみせます。無意識下の私にご期待ください」


「そりゃ期待したいけどさ。何か工夫したりは?」


「根性です」


「うん、ダメそう」



 ここでふと、ティベリスは思う。サーラと過ごす夜は3日目だ。昨日はさておきら初日の夜はどうだったか。膝枕で過ごした、あの夜はどうだったのかを。



「ちなみにさ、鉱山から出たとき。あの晩はずっとそばにいてくれたよね?」


「はい。実体化して、ティベリス様をヒザにだいていましたので」


「そういえばそうだったね」


「仮に膝枕をしていなくても、実体であれば木にぶつかるなどして、その場に留まるでしょう」


「今はそれができないのかな? 魔力が足りないって言ってたよね」


「その通りです。夜通しで実体化してしまえば、消費量も大きく、魔力枯渇(まりょくこかつ)状態におちいると思います」


「たぶん良くない事なんだろうね。服が消えちゃったりする?」


「いえ、服だけでは済みません。上半身も消えてしまい、腹から下だけが残るでしょう」


「想像の百倍は悪かった」


「そんな姿でも、会話などの意思疎通はできますよ。目に映らなくなるだけですから」


「とりあえず、今晩は様子見にしておこう。君の寝相がマシになる事を祈るよ」



 あわい期待を胸に就寝、そして目覚め。本日は曇天で、湿った風が皮膚にまとわりつくようだった。



「やっぱりいない……。今度はどこ行った?」



 ティベリスはすぐに起き上がると、道具袋を背負い、すぐに探索を始めた。街道の前後を確かめ、付近の森を探ってみる。しかし今日はなかなか見つからない。


 探索の手を広げるうち、まわりの景色が変わった。高原地帯で、木々はまばら。おりなすような丘に、大きな岩が転がっている。


 そこでも探索を続け、やがて小川のせせらぎが聞こえた時、ようやくサーラの姿を見つけた。今回は、顔を水面に突っ込んだ姿勢になっている。



「ここに居たのか、サーラ起きて!」


「……ムニャン、むにゃ。名水が生んだコンニャクの味わいは最高ですぜ。おひとつ土産にどうですか」


「良いから起きてったら! 君が小川から生まれたみたいになってる!」



 サーラの寝相は厄介だ。また次の朝も、ティベリスは探し回る事になった。高い木の枝から、サーラの身体がダラリとブラ下がっている。


 思わず悲鳴をあげそうになるが、すぐに落ち着きを取り戻す。彼女の性質上、縄で首吊りなど出来ない事を思い出したのだ。



「やっと見つけたよサーラ! 今後は鳥の巣?」


「……むにゃむにゃ、ピーーチクピーー。お腹空いたピーー」


「そうか、実体化してないとすり抜けちゃうのか。頭だけ巣の中に入って、ヒナ鳥に混じってるよ」


「虫なんて食わないピーー。チーズ入りハンバーグが食べたいピーー」


「ワガママ言わないであげて! 親鳥がすんごい困ってる!」



 寝相は何日過ぎようとも改善されなかった。さすがの精霊も、無意識状態の自分を制御する事は難しいようだ。



「まいったなぁ。そのうち、本格的に離れ離れになっちゃいそう」


「申し訳ありません。私としても、気をつけようとは思うのですが」


「ちなみに、前の聖剣遣いの時はどうしたの?」


「前代、前々代の時のいずれも、魔術師がパーティにいました。そのため魔力探知が使えました。眠りながら滝つぼを出入りしたり、飛龍の園をさまよったり、活火山のマグマの上で滑空する私を、無事に見つけてもらえました」


「無事だったのが不思議なくらい幸運だね」


「話を戻しまして、魔術師が仲間にいない以上、別の方法で対策する他ありません」


「何か名案があるの?」


「魔族を狩りましょう。十分な魔力があれば、実体化を続ける事も可能です」


「なるほど。つまり、敵を倒しまくれば良いんだ。話がシンプルになってきたね」


「前にもお話しましたが、魔力が貯まるほどに嬉しい特典があります。ご期待ください」


「今の僕にとって、君とはぐれない事が何よりの特典だよ」



 それからティベリス達は、敵を求めて歩き出した。旧街道を延々と進み、洞窟のあたりをうろつき、足を使って探し続けた。


 しかし、何の成果も得られないまま、夜を迎えてしまった。



「なんで一匹もいないんだ……」


「付近に敵意を感じません。探し回っても、魔族とでくわす事は無いでしょう」



 焚き火を前にうなだれるティベリスに、何か触れるものがあった。エサを抱えたネズミだ。それはティベリスのヒザに乗ると、『家主』の許可も取らずに、どんぐりをかじり始めた。カリコリと、小気味良い音が鳴る。



「さてと、僕も食べ物を探してくるよ。君は焚き火の管理をお願いね」


「あの、ティベリス様。わたしも……」


「えっ? ごめん、聞こえなかった」


「あ、いえ、何でもありません。お気をつけて」



 高原は森に比べて食材は少ないものの、探せば見つかる。小川そばの雑木林に入り、キノコ、白い小石、大振りな球根を手に入れた。


 そして、サーラの待つ寝床へと戻っていった。



「ただいま。今晩も食べ物には困らないね」


「おかえりなさい。さすがは冒険者ですね。食材を探すのがお上手です」


「育ての親に鍛えられたからね。剣術とか、サバイバル術とか色々。おかげで食べることには困ってないよ」

 


 下ごしらえはシンプルだ。昨日のように枝を串がわりにして、キノコと輪切りにした球根を刺して、火を通す。白い小石は岩ですりつぶして、キノコの上に振りかけた。


 焦げ目がついて、香ばしい匂いがただよったら完成の合図だ。



「はい完成。コウゲンキノコと輪切り球根の岩塩焼き〜〜」


「おぉ、おおぉ、空腹に突き刺さるような香り、じわっと溶けた塩の結晶がこう、たまりませんね」


「さてと、お味はいかがかな」



 ティベリスがかじりつこうとした所、サーラの視線が突き刺さった。彼女もティベリスの動きに合わせ、口を広げつつ、白い歯をかすかに覗かせた。瞳に理性の光はなく、ただ恍惚(こうこつ)とした顔で、ひたすらに焼き串だけを見ていた。


 ティベリスは小さく苦笑すると、もう1本の焼串を差し出した。



「はいどうぞ、サーラの分」


「えっ、いや、どうして?」


「食べたいんでしょ。ガマンのしすぎは身体に毒だよ」


「でも、ワタクシ精霊ですし? 魔力で生きていられますし? エネルギーを口から摂取するなんて、わずらわしい事も不要ですが?」


「何か隠してるでしょ。君は食事に強い関心があるのに、そうやって食べることを避けようとする」


「そんな事は……」


「君の寝言は、だいたいが食事の内容だったよ」


「うっ……」



 サーラはうなだれて、言葉を飲み込んだ。憂(う)いた瞳を、つややかな金髪で隠すと、彼女も少しずつ胸の内を明かしていった。



「実は私も、食事をしていた頃がありました。聖剣遣いと同じものを食べ、食卓を共にしていたのです。その時の記憶といったら、鮮やかで楽しくて、今でも大切な思い出です」


「そうだったんだ。じゃあなんで、食べることをやめたの?」


「先代の聖剣遣い、バートン様を機にかわりました。彼は言うのです。『えっ、精霊なのに飯を食うの? うわぁ……』と、困惑顔で」


「そんな事を言われたのかい?」


「あの時のバートン様と、そのお仲間の顔は、今でも忘れられません。失望にそまりきった瞳など、思い出すだけでも、胸を刺すというか……」


「辛い事があったんだね。話してくれてありがとう」



 ティベリスはそう言いつつも、串をさらに押し出した。焚き火のゆらぐ炎が、彼の曇りなき笑顔を照らし出す。



「僕は決して、おかしいと思わないよ。むしろ、一緒に食事をして欲しいくらいだもの」


「本当ですか……? 気味悪く思いませんか?」


「ないない。それよりホラ、熱いうちにどうぞ。冷めたら味が落ちちゃうよ」


「はい! では、ありがたく……!」



 サーラは震える手で串を受け取った。彼女の身体は鮮明で、すでに実体化を終えた後だった。


 震える口が、数百年ぶりの食事を受け入れた。みずみずしく弾力のあるキノコは、かむほどに旨味があふれ、濃い塩と交じる。単純な料理だがクセがない分、心に突き刺さるようだ。



「おいひい……。ティベリス様のキノコ、おいひいです……」


「僕のって訳でも無いけど……。あれ?」



 ティベリスは異変に気づき、サーラの傍に這い寄った。そして、彼女の足を指さしてさけぶ。



「服が戻ってる! ずっと短かったのに!」


「これは、もしかすると……。食事でも魔力が回復するのかもしれません」


「自分のことじゃないか。どうして確信がないの」


「この数百年、魔力が不足した経験がほとんどありません。足りなくなると、たいていは魔術師の方が補充してくださいました。そのため、食事の有無で魔力量がかわることを認識できませんでした」


「そうだったんだ。なるほどね」


「ちなみに補充の時はだいたい小言つきでした。面倒とか、燃費悪いとか色々と」


「君も苦労してるんだなぁ……」



 つらい思い出はさておき、問題は解決した。魔力の補充ができたので、実体化したままで夜を明かす事ができる。


 だがティベリスには、不安がない訳ではなかった。



「あれだけ寝相が激しいとな。転がってどこか行っちゃいそう」


「そこらの岩にぶつかって止まると思います」


「それはそれで不憫だよ」


「では、膝枕しながら眠るというのは?」


「君が眠れないでしょ。それはナシ」


「では、ハグしあって眠るというのは? ここは鞘らしく、身体をピタリと密着させる形で」


「寝かしつけみたいじゃないか。僕を子供扱いしないでくれる?」


「はい。子供扱いはしていません」


「そんな態勢じゃ僕が寝られないよ。どうしたもんかなぁ」


「ではティベリス様、こういう案はいかがでしょう?」



 それから2人は、焚き火の傍で並んで横になった。お互いの手を固く結びながら。



「手をつないで眠るのか。ここが落としどころかな」


「ティベリス様。本日は大変お世話になりました。よろしければ、またいつかお食事を」


「もちろん、毎食キチンと用意するから。ぜいたくに、とはいかないけどさ」


「ありがとうございます。私の心は今、この星空よりも澄みわたっています」


「喜んでくれて何よりだよ。おやすみサーラ」


「はい、おやすみなさいませ」



 夜が更け、焚き火も消えて闇が濃くなる。しかし、ティベリスの左手には、変わらず温もりか感じられた。そのおかげか、久しぶりに深く眠る事ができた。


 そして迎えた翌朝。ティベリスは大きなアクビとともに目覚めた。



「おはようサーラ。ちゃんとつないだままで眠れたんだね……ッ!?」



 ティベリスは手元を見て、悲鳴をあげてしまった。確かにサーラの手はある。しかし手首から先が、どこまでもどこまでも長く続いていた。


 魔力は使い方次第で、身体を変化させる事ができる。今はそれが悪い方向に働いてしまった。



「ちょっと、サーラどこ!?」



 伸び切った腕を頼りに行けば、彼女の姿はあった。岩場の隙間で、すやすやと眠りこけていた。



「起きてサーラ。今すごい事になってるから!」


「寄ってらっしゃい、みてらっしゃい。新鮮野菜がめじろおしの大セール。お買い特品をそろえて、首を長くしながら、皆様のご来店をお待ちして……」


「いやいや、長くしてるの腕! とにかく起きてよ!」



 寝相問題は一進一退だ。それの根本的解決をむかえないまま、やがてリプリッケの村へとたどりついた。




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