第6話 出しては挿れる間柄

 モモトフの町に到着したティベリス達は、冒険者ギルドを目指して歩き出した。道すがら、目にするのは程よいにぎわいだ。このモモトフは王都へ卸すための資材が集まる町だ。そのため、あちこちに倉庫が立ち並び、馬車の往来も激しい。


 もちろんそこに住まう人や、訪れる旅人も多いので、飲食店が充実。生鮮食品を扱う露店も、果実や野菜を高く高く積み上げている。


 その光景には、サーラも思わず足を止めてしまう。



「新鮮な食材がこんなにも。300年前に見なかった光景。きっと流通に革命的な何かが……」


「サーラ、早くいこう。お金なんて持ってないよ」



 サーラはすぐにティベリスの後についていった。既に実体化しているので、浮遊することもなく、人間と同じふるまいを続けている。


 だからといって、目立つものは目立つ。ローブのすそがギリギリ以上にギリギリの為、すれ違う人から視線を集めてしまう。その半数はマユをひそめるものだった。



「ねぇサーラ、かなり悪目立ちしてる。他に服はないの?」


「これは服のように見えて、別物です。魔力によって衣服を着たように見せているだけです。今は魔力の蓄えに余裕がありません」


「つまり、魔族を倒して力を吸収するまで、ずっと同じ格好なの?」


「はい。そういう仕様――」


「仕様なんだよね、うんうん。わかったよ」


「ちなみに、聖剣の魔力が貯まるほど、嬉しい特典もあります。おたのしみに」


「年末セールで聞いたようなセリフだなぁ」



 ティベリスたちは路地裏に一区画だけ入り、喧騒(けんそう)から離れた。表通りにくらべて少しだけ寂れた商店街の、その端にギルドはあった。


 扉をゆっくり開けてみる。他の冒険者達は出張らっており、静かだった。それでもカウンターに座る大男の存在感は凄まじく、荒くれ者10人分の気配を放っていた。スキンヘッドに筋骨隆々という見た目の彼は、ギルドマスターで、若かりし頃に勇敢な冒険者として知られた男だ。



「こんにちわ……」



 ティベリスはカウンターの前に立った。しかし相手は手元の書類とにらめっこしており、両者の視線は重ならなかった。



「あのぉ、マスター?」


「少しまってろ。もうすぐ読み終わる」


「依頼を報告にきたティベリスだけど……」


「アァ?」



 ギルドマスターは間の抜けた声をだすと、手元の書類から視線をはずした。そして目を丸くしてティベリスを見た。



「お、おい。マジかよ。王都で捕まったと聞いてたが……?」


「うん。でもこうして逃げてきたんだ。約束の代金を持ってきたよ」


「お前、もしかして、その為にわざわざギルドに?」


「まぁそんなところ。期日ギリギリでごめんね。ちょっとありえないトラブルがあって――」


「こんのバッカヤローーッ!!」



 ギルドマスターの叫びで建物がふるえた。テーブルも、椅子も、窓も、壁掛け掲示板も、向かい合うティベリスの肌さえも激しく揺るがされた。


 ティベリスも代金の小袋を落としそうになり、手元でお手玉してしまう。



「何で怒ってるの? ちゃんと契約通りやったよ。お金だって誤魔化してないし」


「そうじゃねぇよ。お前は逃亡中なんだろ、少しはそれらしくしやがれ。お人好しかよ」


「それらしくって何?」


「無期労役の脱走犯なんだから、依頼なんか気にしてる場合かよ。その金を逃走資金にして当然だし、少なくとも町までノコノコ現れるのはおかしいだろッ!」


「あっ、そうか。そんな考えもあるかもね。うんうん」


「ノンキかよ。ふつうは真っ先に思いつくだろ」


「でも、それだと困る人がいるでしょ? だからしっかり報告するのが正しいと思うよ」



 ティベリスは小袋を突き出した。袋の中で銀貨がジャラリと鳴る音が、妙に大きく響いた。


 ギルドマスターは目元を指先でほぐしながら、今度は静かな声で言った。



「はぁ……。数日前、王都から遣いが来てな。お前が卑猥罪で捕まったと聞いたよ。だから依頼主への支払いはギルドで立て替えた。犯罪者を紹介してスミマセンって意味でな」


「そうだったんだ。なんだか迷惑かけちゃったね。じゃあこのお金は、ギルドに払えば良いのかな?」


「はした金だ、要らねぇよ。お前にくれてやる」


「えっ、どうして?」


「良いからとっておけ。これから金は必要になるだろ。その代わり1つ頼みがある」


「頼みって、何?」


「ここまでの経緯を教えろ」



 ギルドマスターは一旦表に出ると、ドア札を『準備中』にひっくり返し、中へ戻った。



「これでもオレは人を見る目に自信があってな。お前が犯罪をやらかすヤツには見えなかったし、今も同じだ。無期労役だなんて聞かされても、半信半疑にすらなってない」


「まぁ、話すくらいならいいよ」


「あと、後ろの美人なねーちゃんとか、背中の不相応な剣についてもキッチリ教えろ」


「えっと、この子はサーラで、聖剣の鞘みたいな存在の精霊で――」


「おうそうか。順を追って説明しろ。訳わからん」



 ティベリスの隣でサーラも同意する。彼女もまた、ディベリスが労役送りになった理由に関心を抱いたからだ。


 それからは時系列順に語った。王都へ訪れた場面から始まり、鉱山でサーラと出会い、ここまで逃げてきた事。長話になったのだが、ギルドマスターは最後まで真剣な面持ちで聞いていた。



「つうことは何かい。バナナが、世紀の悪法プロパー・マナーズに触れちまったっつう話か?」


「そうだよ。意味が分からないよね」

 


 ギルドマスターの顔は、少し赤みがさしたように変色していた。


 それを横目に、サーラが話をつないだ。



「フルーツ店の前で捕まったと。バナナを食べようとしたところで」


「うん。ほんともう、突然だったよ」


「真面目くさった顔で言われたのですか? 『バナナを食うなど言語道断』というような?」


「まぁ、そんな意味の言葉だったかな」


「そうですか。なるほど、なるほど……」



 そう答えたサーラの口元も、歪んで震えだす。そして誰からでもなく笑いだし、辺りに爆笑の渦がまきおこった。



「ブワッハッハ! なんだそりゃ、王都じゃそんなもんで捕まるってのか! バカかよ、ありえねぇだろ!」


「うふふふ。そんな無茶な法律は聞いたこともないです。生まれてこのかた、1度だって……あーーっはっは」


「ちょっと2人とも? 笑ってる場合じゃ……ブフッ。笑ってる場合じゃないんだよぉ!」



 3人はそろって笑い続けた。ティベリスは壁によりかかりながら呼吸を整え、サーラは目元の涙をそっと拭い、ギルドマスターはカウンターに突っ伏して笑いの虫に堪えた。



「それで、何だったか。お前は聖剣を引き抜いて、精霊のサーラちゃんと出会ったんだな?」


「うん。そんな流れ」


「お前がうらやましいよ。こんな美人と旅が出来るなんてさ。きっと楽しいことが色々あるんだろうなぁ」


「いや、まだ1日しか経ってないし。何も起きてないよ。ねぇサーラ?」


「私たちは出会って間もないですが、濃い時間だったと思います。ティベリス様の気が向くままに抜き差しして。さきぼども馬車で、私の中に入ったりと」


「おいティベリスこの野郎! もうそこまで行ってんのかよ!? おとなしい顔して手が早いんだなクソが!」


「まってまって、何かものすごく誤解してる!」



 誤解はどうにか解いて。すると話題は聖剣へと移る。



「それが聖剣エビルスレイヤーか。ちょっと見せてみろ。実物を見るのは初めてだ」



 ティベリスは肩のベルトをはずし、鞘ごと聖剣を手渡した。


 ギルドマスターの手にわたった瞬間、彼の手は重力に対して全力で負けた。真下にかかる重量に対抗できず、勢い余ってカウンターを粉砕してしまう。



「ふんごっ!? これヤバいやつ――」



 両手持ちになり、額に青筋を立ててまで聖剣を返そうとするが、ほとんど上がらない。バケツを持つような態勢を維持するのが、やっとという有り様だ。



「クッソ重い! なんだこれ、中にオーガでもつまってんのか!?」


「伝説の魔人オーガの事? そんな訳ないじゃん。何言ってんの?」


「皮肉だバカ野郎! 返す、これ返すから早く!」



 ティベリスは聖剣を取り戻すと、何気ない仕草で背負った。ベルトも縛って、もとどおりだ。その動きに重量など感じさせなかった。



「おっかねぇな、エビルスレイヤー。そこらの牛や馬よりだんぜん重たかったぞ」


「そうかなぁ? 僕は全然だけど」


「聖剣に認められた証ってやつか。どうやら本物らしいな。それに魔族を一太刀で倒せるあたり、普通の剣じゃない」


「どういうこと?」


「オレも昔はダンジョンに乗り込んでさ、魔族と腐る程戦ったもんだが、だいたいは激戦だったぞ。魔術師に武器を魔力強化(エンチャント)してもらったり、怪しげな薬を飲んだりして、どうにか対抗できた」


「そんな面倒な事をしてたの?」


「魔族ってのは、魔力の扱いに長けてる。幻素(げんそ)と呼ばれる魔力の源が、人間とは桁違いに持ってやがる。幻素も扱い方しだいじゃ、鋼のように固くなったり、逆に柔らかくなって身体を伸ばしたり出来る。よほどの遣い手でもないかぎり、普通の武器じゃ勝負にならない」


「考えたことも無かった。いつも聖剣でズバンと倒してたから」


「だいぶご活躍のようだが、油断するなよ。最近は魔族の目撃情報が増えてやがる。ダンジョンの中だけじゃなく、街道で襲われたなんて話も聞くようになった」


「そうなの? 僕が旅をしてたときは、魔族なんて見かけなかったよ」


「少しずつ増えてる印象だ。どんどん人里に近づいてきやがる。そのうち事件が起きるんじゃないかとヒヤヒヤしてるさ」



 ギルドマスターは腰をあげると、戸棚を漁り始めた。そして古ぼけた革袋と、1本の短剣をカウンターに置いた。



「くれてやる。持っていけ」


「えっ、良いの?」



 袋の中身は鍋や食器、ロープ、布の端切れなどが詰め込まれていた。使い込んだ形跡がある。



「オレが現役時代に使ってたやつだ。捨てちまう予定だったが、いい機会に思えてな」


「もらえたら助かるよ。今は手ぶらだもの」


「短剣の方も年代物だが手入れは万全にしてある。そこらのナマクラよりよっぽど切れるぞ」


「ほんとだ……。刃こぼれ1つ無いよ。本当にいいの?」


「かまわねぇ。今の若い奴らは、新品がお好きでな。オレのお古なんて欲しがらねぇ。武器屋に売り飛ばしても二束三文だ。だったら知ったヤツに使ってもらう方が良い」


「ありがとう。荷物を全部鉱山に置いてきちゃってたから、不安だったんだ」


「気にすんな」


「でも、どうして僕に良くしてくれるの? 迷惑をかけちゃったのに」



 ギルドマスターは、自分のそりあげた頭をペシリと叩き、それから円を描くようになでた。



「このオレも今や商売人、ギルドの運営者だ。腹立つ事、殴りそうになる事なんて百万回あった」


「大変だよね。色々な人が来るから」


「でもよ、たまにお前みたいな、バカ良いヤツと出会うんだ。すると不思議なもんでな、オレもバカをやりたくなる。利益なんか考えねぇで、心意気だけで動きたくなるんだよ」


「マスター……」


「バカ良い奴、ですか。破滅的なドスケベと比べて、インパクトの劣る称号ですね」


「サーラ、水を差さないで」


「ともかく気にすんな。用が済んだらとっとと帰れ。ここにも騎士団が捜査にやって来るだろうしな」


「うん、わかったよ。本当にありがとう!」



 ティベリスは繰り返し頭を下げてから、ギルドのドアを開けた。


 しかしその先には自警団が待ち構えていた。



「えっ、どうして……?」


「確かに通報どおりだ。黒髪の剣士と、金髪の娘。間違いない」



 思わず硬直するティベリス。だが、自警団の目的は彼ではない。遠くの群衆から『早くその女をつかまえて、プロパーマナーズ違反でしょ!』と、金切り声があがった。


 そんな『世論』を背景に、自警団の青年は語気を荒くした。



「そこの女。アンタの服装は法に触れている。今すぐ改めるか、捕縛かを選べ」


「まってよ! これはちょっと手違いがあって! すぐに何とかするから、ねぇサーラ?」


「いえ。これは仕様のため、どうにもなりません。あしからず」


「その言い方ァ! 僕より世渡り下手ァ!」


「従わないというのなら、やむをえん。詰め所まで来てもらおう」



 団員の手がサーラに伸ばされた、その時。すぐそばで怒号が鳴り響いた。看板が揺れ、花壇の花が顔を背けるほど、強烈な音量だった。



「サーラちゃんに手を出すんじゃねぇ、はっ倒すぞ!」



 ギルドマスターが鼻息を荒くしながら登場した。荒ぶる雄牛のような威圧感に、居合わせた人々は数歩あとずさった。



「うっ……、マスター。アンタにゃ関係ないだろ。仕事の邪魔をしないでくれ」

 

「生意気抜かすなよ、泣き虫ジョナサンがよ。てめぇは今でこそ自警団のメンバーだが、以前は意気地なしの冒険者だった。オレが面倒見なきゃ、依頼のひとつもまともに出来ない、どうしようもねぇヤツだったよな」


「いや、アンタには心から感謝してるよ。でも今は――」


「うるせぇよ。なにがプロパー・マナーズだ、ふざけんな!」



 ギルドマスターは自警団を押しのけて、裏通りの真ん中に出た。その場に居た全員が彼の動きに注目した。



「裾が短いから何だ。それの何が不適切だ。隠すべきモノが隠れてりゃ問題ねぇだろ!」


「そりゃ理屈ではそうかもしれんが、通報が入ったら取り調べるのがルールで――」


「裾が短くても安全だってこと、オレが証明してやる、みてろ!」



 ギルドマスターは、自分のローブをまさぐりだした。少しずつ裾をあげ、身体をあらわにしていく。黒ずんだヒザ、毛むくじゃらのフトモモ、それらがゆっくりと披露された。


 だが、そろそろ危ない。じきに彼の『3本目の足』が、プラリと見えてしまいそうだ。



「やめろ、やめてくれマスター! アンタのそんな姿、見たくねぇよ!」


「何言ってんだ、まだ小手調べだぞ。この姿で町をゆっくりとウロついてやる」


「正気かアンタは!?」


「証明するって言ったろ。オレの暴れん棒がポロリしなかったら、サーラちゃんだってお咎(とが)めなしだ。そうだろ?」


「もうマジでやめてくれ。万がいちポロンしたら、オレたちはアンタを捕まえなくちゃならない」


「おうやるか、ひよっこども。かつては『破砕鬼オイゲン』と呼ばれたこのオレを、テメェらだけで捕まえようってのか?」


「無理だから言ってんだよ、おやっさん! 頼むから言うことを聞いてくれぇ!」



 この頃になると、大勢の野次馬が集まりだした。用もないのに、大通りからわざわざ様子見に来る者も多かった。


 そうして騒ぎが大きくなるにつれて、自警団の数も増えていく。狭い路地は大混乱で、もはや罪がどうのと語る余裕はなかった。


 その様子を見計らって、ギルドマスターはティベリスに告げた。

 


「よし、お前らは今のうちに逃げろ。今なら門番も少ないはずだ。町を出ることも難しくない」


「もしかして、そこまで考えてくれたの?」


「乗りかかった舟だ。町を出る時も都合よく、行商人に乗せてもらえるとは限らんだろ」


「あはは。実をいうと、さっきもらったお金で乗せてもらおうと考えてたよ」


「それと忠告だ。大きな街はなるべく避けろ。騎士団がお前の事を探している。立ち寄るなら小さな田舎村にしておけ」


「本当にありがとう。気をつけるよ」


「サーラちゃん。もしコイツに何かあったら、真っ先にオレを頼ってくれ。必ず力になるぜ」


「不要です。私がティベリス様の傍を離れるなど、ありえないことです」


「サーラ……、今のは社交辞令だよ。もう少し愛想を良くしなよ」


「そうですか。お気遣い感謝します。それではごきげんよう」


「塩味がつよいなぁ……」



 今も混乱する群衆のなかを、ティベリス達はこっそり抜け出した。そして、町の出入り口である門も難なく通過。監視の目は少なく、荷馬車に隠れるようにするだけで、スムーズに脱出できたのだ。



「ふぅ、色々あったけど、無事に出られたね」


「ティベリス様。ここは助言通り、町から離れましょう。例の騎馬隊が通らないとも限りません」


「そうだね。まずは旧街道に行こうか」



 ティベリス達はモモトフの町を後にした。そして大街道から横道に入る。でこぼこ道で石だらけ、起伏も激しい。騎馬も馬車も避けて通る道だった。



「そろそろ野宿の準備をしようか。そこにリンゴがなってるから、晩ごはんも調達できるし」


「承知しました。私は火起こしを任されます」


「良いよ、休んでなって。魔力が残り少ないんでしょ?」


「火起こしくらい問題有りません。残されたローブがさらに縮まり、色々とはみでるだけですから」


「それが問題だって言ってんの」



 その日は大きな木の下で一泊。ほどほどに深く眠り、次の朝を迎えた。


 小鳥のさえずる豊かな目覚めだったが、ティベリスは異変に気づき、慌てふためいた。



「えっ、サーラ? どこに行ったの、サーラ!」



 サーラの姿がどこにもない。立ち去った痕跡もない。ティベリスは夜を越す間に、彼女と離れ離れになってしまった。


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