14.You Make My Schooldays!
さて、本人含め様々な人間の思惑の結果、皇国立リセンヌ魔導女学院下等科に入学──もとい、「引き続き一回生として学ぶ」ことになった
──ピピッ、ピ…!
午前6時半。予めセットしておいた時間に、ヘッドデバイスからの
「ふぅ、朝か(それにしても、ベッドとかの寝具が地球とあまり変わらないのは不思議だけど助かったなぁ)」
後半部は心の中で呟くに留めて、アンナはベッドから降りた。
実は、それに相当する機械自体は存在しているのだが、もっぱら医療用ないし一部施設でのみ運用されているらしい。
「睡眠欲は食欲、性欲と並ぶ生物の三大欲求ですよ? 効率だけを追い求めてソレを蔑ろにするのは、人としての幸福の何分の一かを放棄するようなものでしょう」
学院長に理由を尋ねたところ、そんな風に返されてアンナも「た、確かに!」と納得したものだ。
「さて、と」
“この”アンナは、“以前”と異なり、「学院の推奨規則通り、魔導制服(マギアユニフォーム)を着たまま寝ている」ため、起床時にシャワーを浴びたりする必要性は薄いので、朝食まで多少時間がある。
その隙間時間を活かして、魔導制服のままストレッチと軽い体操を行うのが毎朝の習慣だった。
なにせ、“魔導女学院”だけあってか、この学校、日本の中学校と比べても身体を動かす機会が非常に少ない。
月に3度の休日以外、授業時間は午前が2限4時間、午後が3限6時間と毎日計10時間あるのに、そのうち“体育”のような身体鍛錬の授業は、上旬中旬下旬にそれぞれ1回のみなのだ。
──ちなみに、“アンナ”が愚痴っていた一日12時間の授業というのは、彼女が罰と成績不振のため補修を2時間受けていたから(つまり自業自得)だったりする。
そんな状況なので、毎日自主的にキチンと運動しないと、
「このスーツ着続けてるせいか、以前より身体の柔軟性が増したような気がするなぁ」
床に寝転がりつつ、バレエの第四アラベスクのような体勢をとりながら一人ごちるアンナ。
実際、それは「気のせい」ではなく事実だった。
マギアスーツは、着用者の魔力と
そのため、着ているだけで結果的に軽い運動したような効果が着用者にもたらされるが、それに加えて自主的に適切な運動をすれば、効果は数倍にもなる。
元から決して
10分ほど身体を動かしたのち、アンナは呼吸を整えつつ、あえて視界に入れないようにしていた部屋の半分──ルームメイトであるセイラが眠っているベッドに視線を向ける。
「けっこうドタバタしてたつもりだけど……やっぱ、まだ起きてないんだ。しょうがないか」
時刻はそろそろ7時10分前。
軽い嘆息とともにアンナは其方のベッドに歩み寄ると、幾分ためらいつつも布団越しに熟睡しているセイラの肩を揺さぶりながら、声をかけた。
「そろそろ7時だよ。起きて、セイラさん!」
「ぅ、う~ん……何ですの……もぉ、朝?」
「そう、朝だから、起きて!」
再度、より語調を強めて呼びかけると、アンナのルームメイトは、渋々といった風情で目を開いた。
「ふわ~……あら、アンナさん?」
「ん。起きたみたいだね、それじゃ」
まだ少し低調気味ながら、それでもセイラが目を覚ましたことを確認すると、アンナはその枕許を離れて、自分のクローゼットの方へ向かう。
高さ2メートル弱、幅は1メートル足らずの合成木板製とおぼしきタンスの扉を開けると、その中には……ほんの数点しか衣服は掛かっていなかった。
その数少ない衣類の中から、目当てのもの──女学院の“通常時制服”を取り出す。
そう、いつも着用しているマギアユニフォームは、言うならば下着兼体操服のようなもの。いくらSF的な未来世界だからといって、普段から皆あんな格好で暮らしているワケではないのだ。
そのことを、受け継いだ“アンナ”の知識から知った時、
ちなみに、リセンヌ女学院下等科の通常時制服は、赤褐色のタータンチェックのプリーツスカートとクリームイエローのベスト、白いブレザーの3つで構成されている。
アンナは、魔導制服を着たままその上から、それらの通常時制服を身に着けていく。
「(元男として)スカートを履くことについて、躊躇いはないのか」?
もとの“アンナ”から受け継いだ“記憶”もあって、最初から“履き方”自体はわかっていたし、さすがに初日は少し戸惑ったものの、1週間目ともなれば、裾さばきもそれなりに慣れる。
クローゼットの扉裏についてる鏡で、自分の制服姿を確認し、扉を閉めようとしたところで、セイラから
「ちょっとアンナさん、リボンタイを忘れていてよ!」
「あ、そうか」
この学院は、下等科3年、上等科2年、研究科2年の計7学年で構成されているが、1学年ごとに“学年色”というものが設定されている。下等科・上等科ともに制服時は
色は赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の7つで、一番上の学年、研究科の2回生が卒業したら、次に入学した下等科1回生がその色を受け継ぐことになる。アンナたちの学年色は紫色だ。
「え~と……」
地球にいた頃は今時やや珍しい学ランが制服だったので、リボンタイどころかネクタイさえ締めたことがなかったアンナは、タイを結ぶのが少々苦手だ。
しかも、あまり素行のよろしくなかった“アンナ”も普段はリボンタイを殆どしていなかったらしく、そちらの記憶や手の動きにも期待できない。
「もぅ、ヘンなところで不器用ですのね、アンナさんは」
自分の着替えを先に終えたセイラが近寄ってきて、リボンタイを結び直してくれる。
自分の胸元に手を伸ばしているセイラから、ふわっとラベンダーのような香りが漂ってくるのを感じ取り、アンナは少し落ち着かない気分になる。
(女子校って女の子だらけの環境には一応慣れたつもりだけど……さすがにちょっとね)
これが地球にいた頃なら、こんな美少女に匂いが分かるほど近くに接近されて、思春期の男のコとして下半身が“反応”してしまったかもしれないが……。
哀しいことに今の
(「助かった」と安堵するべきか、「男の尊厳が」と嘆くべきか──複雑な気分だなぁ)
頭の片隅でそう思いつつも、「さ、できましたわ」とセイラが綺麗に整えてくれたのを見て「いつもありがとう」とお礼を言う。
「お気になさらず。ルームメイトとは即ち同居人、つまり家族みたいなものですもの♪」
そう言いながらもセイラの表情が柔らかいのは、素直に礼を言われるのはやはり嬉しいようだ。
──チョロイン? まぁ、この場合、“以前のアンナ”が塩対応過ぎた反動だと考えるべきだろう。
そんな(ある意味失礼な)ことを考えながら、セイラと並んで部屋を出て、朝食のために食堂に向かうアンナ。
早くも慣れつつある平和な朝の風景──そのはずだったが……。
「そう言えば、アンナさん。もうすぐ試演会ですけれど、そちらの対策はお済みですの?」
「……え?」
聞きおぼえのない──いや、微かに“アンナ”の記憶の片隅にあるようなないようなあやふやなその単語が、アンナを大いなるトラブルの渦へと巻き込んでいくのだった。
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