13.強めの風が味方か否かは自分次第

 腰まである蜂蜜色の金髪をなびかせ、自分アンナと同じ13歳とは思えぬほど(特に胸の辺りの)体格プロポーションと美貌に恵まれた貴族の少女。

 実家で英才教育を受けてきたせいか、座学も魔法実技もソツなく優秀。

 それだけならまだしも、ことあるごとに貴族としての自分の家柄をひけらかし、此方を小馬鹿にしてくる「いけすかない女」。


 ──ソレが、“アンナ・クレー”の記憶にあったセイラに対する所感きもちだった。

 そう、あくまで(本物の)“アンナ”の感情かんそうだ。


 今のアンナ(九玲)は、その“立場”はともかく、精神的にも身体的にも(現時点では一応)男性おとこのこなのだ。

 さらに言えば、孤児出身のせいか富裕階層に妙に偏見というか敵意があった(元の)“アンナ”と異なり、アンナくれいは、身分意識ゆるゆるな令和日本の中間層出身で、それなりにサブカルオタクてき知識もある。


 その“彼女”の目から見て、セイラ・ニェスラントという女の子は……。


 「とは言え、さすがに“あの懲罰”はアンナさんも堪えたでしょう。今日はもう寝てしまった方がよいのではなくて?

 あぁ、その前に魔導制服マギアユニフォームを脱いでシャワーくらい浴びるべきですわね。いくらこのスーツなら老廃物も吸収分解されるとは言え、それはそれ、淑女レディとして丸一日着たきりというのは許されませんわ。

 そうそう、ウチの領地で今度売り出す予定の銘菓の試作品を持ってきましたから、のちほど、差し上げます。ぜひ庶民目線での忌憚ない意見をくださいな」


 縦ロールヘアと吊り目がちな(悪役令嬢めいた)顔立ち、それに上から目線の言葉遣いで誤解されやすいが、とても世話焼きで心配りのできる「イイ子」だった!


 先程の言葉も、ヒネくれ者の“アンナ”なら、「未熟者にエキスパンダーは耐えられないだろうって煽り? しかも、アンタ汗臭いからシャワーも浴びろ、色気より喰い気の平民にお菓子を恵んでやるってか!?」と、いちいち悪い方にとっただろうが……。


 偏見バイアスなしに素直に受け取れば、ルームメイトとしては十分気遣ってくれているし──というか、なんでそんな悪感情を抱いているのか、今のアンナにはまったく理解できなかった。


 「ふぅ~、そうですね。ではお言葉に甘えて、先にシャワーを浴びてからひと眠りさせていただきます。5時間ほど仮眠をとったら起きるつもりですので、よろしければその時に、お菓子はいただけますか?」


 従って、アンナとしては、ごく当たり前の返事をしたつもりなのだが……。


 「! えぇ、もちろんでしてよ。ワタクシ手ずから、お茶を淹れて差し上げますわ♪」


 セーラの表情は、これが漫画なら「パァァッ!」という擬音オノマトペがついてそうな勢いで明るくなっている。

 いったい、“アンナ”はどれほど塩対応だったのだろう?


 (ともあれ、難しいこと考えるのは後だ、あと。今はシャワー浴びてベッドに潜り込みたい……)


 若いから無茶が効くとは言え、逆に言えばまだローティーンの育ち盛りなので、睡眠も相応に必要なのだ。


 “アンナ”の記憶に従い、各部屋備え付けのシャワールーム(正確には隣接する脱衣場)へと入り、魔導制服を脱ぎ捨てる。

 今のアンナくれいには、この継ぎ目のないぴっちりスーツを脱ぐための方法もしっかり理解できていた。頭部のヘッドセットに向かって「スーツ除装!」と思念で指示するだけでよいのだ。


 瞬時にして、喉元からオヘソの上あたりまで切れ目が走る。

 それをやや乱雑に脱ぎ捨てて、保守点検洗浄機メンテナンサー(全自動洗濯機のようなものだ)に入れたのち、アンナはシャワー(幸いにして地球のものとほとんど変わりなかった)を浴び始めた。


 「──丸一日、あのスーツを着ていたせいかな。なんか、胸のあたりがちょっと膨らんでるような……」


 スーツの体型補整効果についても、この時、初めて気付く。


 「これ、毎日着てたら、1年も経てば完全にオッパイできちゃうんじゃあ……」


 男としては、(チッパイといえど)乳房ができるのはいささか問題デメリットがあるだろう。しかし、ここが女子校であるという環境を考えれば、「上半身裸になっても男に見えない」という要素は、余計なリスクを避けるという点でメリットでもある気がする。


 「ま、悩んでても仕方ないか。どの道、この学院で3年間暮らすわけだし、校則で、常時魔導制服を着用するのは下等科学院生の義務みたいだしね」


 若年時にマギアユニフォームをほぼ24時間着用していることで、常に多少の魔力負荷をかけて、魔力成長を促す──という理屈タテマエらしい。


 5分ほどかけて、一通り髪や身体を綺麗にしたのち、シャワールームを出て、脱衣場にある棚からバスタオルを取り出し、丁寧に水気を拭きとる。

 その後、大きめのバスタオルを身体に巻き付けて、アンナは部屋に戻った。


 「あら、相変わらず早いのね」


 セーラの反応を見る限り、烏の行水なのは元のアンナも同様だったらしい。


 「──じゃあ、ボク、仮眠とるから。おやすみなさい」

 「お、おやすみなさい……」


 またも驚いたようなセーラの表情からして、どうやらこんな当たり前の日常的挨拶すら、“アンナ”はルームメイトと交わしてなかったようだ。


 色々考えるべきことはありそうだが、眠気が限界に達していたアンナは、そのままベッドに潜り込んで、あっさり眠りに落ちたのだった。

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