12.ボクらはナニカをなくしてオトナになる

 「クレイさん、貴女には大きくふたつ、さらにそこから4つの選択肢があります」


 衝撃の事実をなんとか飲み込んで、九玲が平静を(少なくとも表面上は)取り戻したところで、学院長は改めて「これから」の話を切り出す。


 「まずは、貴女の故郷への帰還をあきらめるか、困難を知りつつも帰還を目指すか、です」

 「それは──!」


 到底受け入れられない選択肢──「帰還しないこと」を提示され、九玲は腰を浮かせて気色ばむが、「とりあえず最後まで聞いてください」と嗜められたため、いったん矛を収める。


 「帰還を目指さない場合の選択肢としては、私の保護下に入るか否かがあります。こう見えて、私、相応の資産と社会的地位を持っていますので、私の被保護者──養子なりなんなりになれば、少なくとも生活面で困窮することはないと思いますよ?」


 ただし、と学院長は言葉を続ける。


 「同時に、私の保護下みうちに入った以上は、一定の教育を修め、社会的にも恥ずかしくないような立場を得ていただきます。高望みはしませんが、少なくともニートになって引き籠り生活を謳歌できる……とは思わないでください」

 「いや、僕だって進んでニートになろうとは思いませんよ!?」


 別段秀才や優等生というワケではないが、これでも地球にいた頃は、頑張ってクラスで中の上くらいの成績は維持していたのだ。


 「はい、職業柄、子供ひとを見る目はあるつもりですから、その点は心配していません。

 もうひとつは、私ではなく皇国に保護を願い出るというものですが──正直、オススメしません。エル・セタドーン皇国は、星間国家大連盟の中でも比較的福祉について手厚い方ではありますが、貴女の扱いは“漂着者”──いわゆる難民という扱いになりますので……」


 確かに、難民に対する扱いが自国民に比べて一段(もしかしたら二、三段)落ちるだろうことは、九玲にも想像はできた。


 「──どちらもお気に召さなかったようですね。では、貴女の故郷への帰還を目指すケースについて」


 九玲の表情を読んで、学院長はもうひとつの選択肢について語り始めた。


 「まず、貴女の故郷の近似世界群への“渡航”が可能になる時期まで、私の元に保護され、時期が来たら観測関連魔法に長けた魔導士の力を借りて、貴女の故郷の座表を特定する、というものです」


 聞いた限りでは、九玲には特に問題なさそうに思えた。


 「──コレの問題点は、確実に貴女の故郷を捜し出せるとは限らないことでしょう。状況証拠からの割り出しになりますから、よく似た世界は検出できても、それが確実に貴女の故郷である保障はありません。実際に“跳んで”確認してみるにせよ、転移可能な時間は24時間程度でしょうから、試せるのはせいぜい4、5回。運良く、その中に“当たり”が混じっていればよいですが……」

 「そこで見つけられなければ、次の機会を待つ必要があり、それはさらに3~5年後になる、ってことですか」


 九玲の言葉に学院長は頷く。


 「はい。そして、あまり下世話なことを言いたくありませんが、そのためにかかる費用も、かなりの金額ものになります」


 それなりの資産家であると断言した学院長が言う「かなりの金額」が幾らか、九玲には想像もできないが、さすがにそれだけの金を何度も使わせるのは躊躇われた。


 「あのぅ、お金のことでしたら、私たちの実家に頼るという手も……」


 傍らで聞いていたルリエリが、おそるおそる切り出すが、学院長はアッサリ却下する。


 「その場合、あなたたちふたりが“前科持ち”になるのに加えて、当学院から放校せざるを得なくなるので、オススメできませんね」


 九玲としても監督生ふたりに恨みがないと言えば嘘になるが、さすがに退学のうえ犯罪歴までつくとなると「そこまでしなくても」という気になる。


 「──学院長、こういう話の持っていき方をするってことは“本命”の選択があるのでしょう?」


 ビヤンカの質問に学院長は頷いた。


 「はい、それが先程提案した、「クレイさんが、当学院で魔法その他について学び、一人前の魔導士となる」という方策みちです」


 その後も、九玲の身の処し方に関する相談は続き……。

 最終的には、以下のような内容で、双方(九玲と学院側)が合意することとなった。


1)九玲は、このまま「アンナ・クレー」として学院の下等科一回生となり、魔法の勉強に励む。


2)学院長は、「アンナ・クレー」が基礎的な学力や知識を身に着けられるよう、補講等をして助ける。一部金銭的な補助も行う。


3)ルリエリとビヤンカのふたりも、九玲を間違って捕縛したことへの償いとしして、「アンナ」が下等科を無事卒業できるよう、全力でサポートする。


4)1の事実については、この4人だけの秘密とし、他の人間には漏らさない。


 以上の内容を誓約魔法付きの契約書に記したうえで、今この学院長室にいる4人──学院長、九玲、ルリエリ、ビヤンカのあいだで密約を結ぶことになる。


 4はコレが外部にバレるとマズいからであり、2と3は九玲に対する助力として当然のものだろう。


 問題は1だが──国立の超一流教育機関に、いきなり異世界人を生徒として入学させるのは、学院長の権力をもってしても容易ではないし、そもそもこのアクシデント自体、外部に漏らしたくないのだ。


 そのためには、本来いるべき生徒“アンナ・クレイ”の身代わりが不可欠で、此処にそのためにうってつけの人材がいて、しかもその者も魔導士となるべく勉強する必要があるとなれば……。


 「そりゃまぁ、僕がこのまま“アンナ”になりすますのが、一番無難で確実な選択ですよね~」


 身代わりとなる側も、ここまで条件が揃っていては、納得せざるを得ない。


 「わかりました、やります。僕、アンナ・クレーとして学院ココの生徒になって、魔法の勉強に励みます」


 大人しげに見えて、実は意外に割り切りの早い九玲は、見ている側が驚くほどあっさりと承諾した。


 「そうですか。ありがとう、その決断がよい結果をもたらすよう、我々も助力を惜しみません」


 部屋に入って以来、厳しい表情を崩さなかった学院長の顔が、少しだけ緩んだ。


 「では、そのために必要な最初の支援を行いましょうか──《エン・エタライ》!」


 “ある術式”を瞬時に組み上げ、九玲に向かって行使する学院長。


 「えっ? わっ! ……あれ?」


 学院長から飛んできた淡い“光”に驚き、身構えた九玲だったが、自分の体が一瞬、ボヤッと光っただけで、特に異状は感じられないので、首を傾げる。


 「学院長、古語魔術のようでしたが、どんな魔法を使われたのですか?」


 監督生に選ばれるだけあって相応に座学は優秀なルリエリは、学院長が“何”をしたのか、おおまかには分かったようだ。


 「現代語に訳せば“魔法固定化”とでも言いましょうか。今、クレイさんにかかっている《立場交換チャンゲクス》の魔法を、簡単に解けないようにしたのです」


 アンナが無理やり発動した《立場交換》の魔法は、実は丸1日以上経った今でも、かろうじてではあるが効力を発揮していた。

 これは、掛けられた相手が九玲というアンナのソウルツインであり、立場交換したことの“負担”が低かったからであろう。

 この状態のままであれば、多少胡乱な行動をとっても、九玲が本物のアンナでないと疑われる可能性は低くなる。

 事態の隠蔽を謀る側としては利用しない手はなかった。


 「もっとも、あくまで「疑われる可能性が低い」だけです。貴女の方も、なるべく“アンナ・クレー”として──いえ、このリセンヌ魔導女学院の生徒として、ふさわしい生活態度をとるよう心がけてください」

 「はぁ、それは構いませんけど……アンナって問題児だったんですよね。いきなり“いい子ちゃん”になったら、それこそ周囲に怪しまれません?」

 「そこは問題ありません」


 学院長いわく、例の“エキスパンダー”による懲罰を長時間受けた生徒の中には、精神的に漂白されて人格が激変する人間も稀にいるのだという。

 下等科一回生の身でソレを連続24時間も受けたのだから、ちょっとぐらい“更生”しても無理はない──と、周囲は納得するだろうとのこと。


 「僕、そんな危険な代物に繋がれてたんですか……」


 リザリアたちにも聞いてはいたが、他ならぬ学院長が太鼓判(?)を押す“劇薬”だったらしい。

 チラリとルリエリとビヤンカに視線を向けると、またペコペコと頭を下げていた。


 「もう過ぎたことですから、今更追及はしませんけど」

 「このふたりの謝罪の誠意は、これからの貴女へのサポートで示してもらうことにしましょう」


 ともあれ、誓約魔法付きの契約書に4人がサインして、正式に“密約”が結ばれ──かくしてくれいだった“彼女アンナ”は、リセンヌ魔導女学院にて学ぶ生徒となったのだ。


 ***


 「今日はまだ春節休暇期間ですから、ひとまず自室へやに帰って心身を休めてなさい。今後の詳しいスケジュールなどについては、明日の放課後、学院長室ここで改めて詰めましょう」


 そんな学院長の言葉に甘えて、女学院内──というか“艦内”にある学生寮のアンナの部屋に戻って来た“アンナくれい”だったが……。


 「あ~ら、学院逃亡の懲罰措置を受けていたと聞いてましたけど、意外と平気そうじゃありませんの。さすがは庶民、雑草の如くシブといですわね!」


 部屋に入るや否や、見事な縦ロール金髪をたなびかせた、いかにも高慢タカビーそうな少女にケンカ(?)を売られることになった。


 (いや、コイツ誰……って、同室の娘かぁ!?)


 本物アンナから受け継いだ(継がされた)記憶を辿って、内心で頭を抱える“アンナ”。


 目の前の少女の名前はセイラ・ニェスラント。寮のふたり部屋における、アンナのルームメイトであり──(アンナの記憶から推察する限り)鼻もちならない伯爵家のご令嬢だった。

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