11.世界には“こんなはずじゃなかった”ことばかりが溢れている
※3~10話は、日本語以外の会話文を『』で表現してきましたが、これ以後、そちら(アレフ・ジール公用語)の方が主体となるため、通常の「」で表現させていただきます。
──────────
「まずは、監督責任者である私からも謝罪させてください」
床に土下座状態のまま頭を上げないふたりの生徒と、目を白黒させている少女(実は少年)の様子を見て、このままではラチが開かないと判断した大人の女性が、口火を切った。
「あぁ、申し遅れました。私は、クロウリンデ・タイターン。このリセンヌ魔導女学院の学院長を務めています。
──此の度は、我が校の学生が、貴女に多大な迷惑をかけたことを深くお詫び致します。申し訳ありませんでした」
監督生ふたりのような土下座ではないものの、席から立って頭を伏せ、深く腰を折る姿勢が、この世界の典型的な謝罪のポーズであろうことは、九玲にも察せられた。
「あ、いや、もういいです──というか、そもそも僕、現状自体を上手く認識できてないので、そこから説明してもらっていいですか?」
「もちろんです。では此方へ。そこのふたりも、立ち上がって私の隣りに座りなさい」
室内にしつらえられた応接セットのソファに誘われ、そこに腰かけて九玲は詳細な説明を聞くことになった。
まず現在彼らがいる場所について。端的に言えば、学院と同名の次元航行艦「リセンヌ」であり、より正確には、その
(なんか女子高生が戦車で戦うアニメにも似たような設定があったけど……)
ふと、そんなサブカルネタを思い浮かべてしまった九玲だが、ベースが海を往く海洋船ではなく、次元世界を股にかける亜空間用航行艦だというのだから、豪気な話だ。
そして今回の
そもそも、この学校──国立リセンヌ魔導女学院の校則その他が厳しいのは確かだが、だからと言って「真面目に学生していれば」逃げ出したくなるような酷いメに遭うことはない。
アンナが「過酷な処罰を受けた」のは、授業サボりと悪質な校則破り(しかも、一般法律的にもアウトスレスレのライン)の常習犯だったからだ。
度重なる校則違反の結果、懲罰措置として九玲も受けた「
「確かにちょっと……どころでなく苦しかったですけど、アレって単なる拷問とか体罰とかじゃなくて、魔力を鍛えるための訓練装置なんですよね? それなのに逃げ出すなんて──あの子、意外とヘタレだったんですねー」
何気なくそう呟いた九玲の方を、監督生たち──ルリエリとビヤンカがギョッとしたような目で見つめる。
ふたりほどではないものの、学院長の瞳もキラリと光った。
(そう言えばこの子、アレに丸一日繋がれていた直後だというのに、正気を失っていない──どころか、多少眠そうなくらいでピンシャンしてるのだな)
心の中のメモ帳にあることを書き加えつつ、学院長は説明を続ける。
アンナの逃亡は、1時間もしないうちにバレて、その時待機当番であったルリエリたちが監督生としての責務に従って後を追った。
そしてその後、ふたりが地球で“偽アンナ”こと九玲を捕縛して学院に帰って来た──と、そこまでは九玲も理解していた。
「そう言えば、どうして僕が“アンナ・クレー”ではないと分かったんですか?」
「ソコが最大の問題……と言っても貴女ではなく、完全にこの2名の
九玲が今着ているアンナの
アンナがシャワーを浴びるために脱いでいた時はともかく、着ている間と、九玲がアンナにそそのかされて着用して以降は、その音声記録機能は普通に活きており、ふたりの会話や、(九玲は睡眠状態で知らなかったが)最後に喜々としてアンナが語った企みなどは、キッチリ収録されていたのだという。
「この子らが横着せずに魔導制服の
ジロリというよりギロリといった擬態語が似合いそうな、殺気のこもった視線を傍らに飛ばす学院長。それを受けたルリエリたちは俯いて小さくなっている。
ちなみに、学院長の場合は、エキスパンダーからフィードバックされてくるデータに微妙な違和感(0.01%の本人との齟齬)を感じ、念の為にと思って魔導制服の記録をチェックしたことで、今回の(アンナが仕込んだ)カラクリを見破ったらしい。
「まぁ、過ぎた
九玲としては、空気を読んで話を穏便に収束させる方向に持っていったつもりだったのだが……。
「……」「「……」」
この部屋にいる自分以外の3人が、気まずそうな表情を浮かべて無言になったのを見て、嫌な予感──否、確信に近い予想が脳裏に浮かんだ。
「えっと……まさかと思いますけど……僕、地球に帰れない……んですか?」
聞きたくはないが聞かないわけにもいかず、恐る恐る九玲は尋ねる。
「いえ、帰れることは帰れますよ──問題は、それなりに時間がかかることでしてね」
学院長いわく、そもそも他次元世界への跳躍移動というのは、いつでも可能なワケではない。
さまざまな次元世界は、(比喩的な表現だが)時間とともに近づいたり離れたりしており、あたかも大航海時代に船乗りたちが潮目や季節風を読んで適切な時期に航海していたのと同様、特定の次元世界に移動するには、巧くタイミングを見計らう必要があるらしい。
そして──九玲たちがこの「リセンヌ」に“帰還”してから24時間以上が経過しており、その間に地球との(魔法技術的な観点での)“距離”は、既に大きく離れてしまったのだという。
「そ、それじゃあ、僕が地球に戻るにはどれくらい待てばいいんですか?」
「そうですね──最短で3年、長いと5年くらいかかるかもしれません」
「え!? じょ、冗談……ですよね?」
思わず問い返した九玲だったが、学院長の沈痛な面持ちを見て、それが真実だと覚る。
「そんなぁ……」
虚脱し、ガクリと肩を落す九玲だったが、学院長からは、さらなる追い打ちがあった。
「さらに言えば、“近づいた”あとも、「どうやって貴女が故郷の世界を見つけて帰るのか」という問題もあります」
「えっと……魔導制服のロケーションデータなんかを辿ればいいんじゃないのですか?」
流石に責任を感じたのか、呆然としている九玲に代わって、ルリエリがおずおずと質問するが、学院長は首を横に振る。
「そのデータを基にしても、絞り込める範囲の次元世界が百近くあるのですよ。対象世界を特定するためには、ソウルツインである本物のアンナを正確に探知できる人──クレイさん自身が、その能力を身に着けるしかありません」
つまり、九玲自身が魔導士になるのが、巡り巡って帰還への一番の近道なのだ──ということらしい。
「あの、それって、「勇者として旅立つつもりの若者が、自分に合う武具が手に入らなかったから、まず鍛冶屋に弟子入りする」みたいな迂遠さを感じるのですが……」
ビヤンカの言葉は、まさに九玲の今の心情を的確に表現していた。
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