10.Wild need Mild girl to keep Rule

 少しだけ時間を巻き戻そう。


 丸一日の絶望的な懲罰時間を過ぎ、ようやく“地獄”の責め苦から解放された九玲の素直な感慨は、「何でもいいからとりあえず寝かせてほしい」だった──意外にズ太い子だ。


 気の弱い人間ならこんなメに遭ったら、一生残るトラウマを刻まれたり、下手すれば幼児退行したり、解離性同一性障害を発症したりしてもおかしくないのだが……。

 確かに心身共に疲労困憊はしているものの、それなりにまともな思考回路を保っている時点で、(少なくとも逃げた「本物」よりは)魔女向きの素質があると言ってよいのかもしれない。


 もっとも、そんな評価は、懲罰室のカプセルから出たはよいが、いまにも床にへたり込みそうな今の九玲には有難くもない話だったろうが……。


 『あっ、大丈夫ですか!?』


 フラついた“彼女”に駆け寄り、支えてくれたのは、カプセルから出してくれた二人組のうちのひとり、黒に近い深緑色の髪を長めのボブヘアにした少女だった。


 『いくら“権限がある”からといって、まさか下等科一回生に24時間のエキスパンダーを命じるとは……彼女たちには、あとで少し“”する必要があるね』


 もうひとり、金髪を襟の長さで切り揃えたボーイッシュな少女は、腕組みしながら口をヘの字にしている。


 『あの、あなた方は……』


 “現地”の言葉で恐る恐る尋ねる“少女”に向かって、安心させるように微笑むふたり。


 『ああ、すまない。自己紹介が遅れたね。自分は上等科二回生のリザリア・イスタルシ』

 『わたくしは、同じく上等科二回生のナキア・ラルトックです』


 金髪と緑髪の上級生が代わる代わる名乗ってくれるが、九玲自身はもちろん(半強制的に)受け継がされたアンナの記憶・知識にも、その名に心当たりはない。


 『自分達は、二回生の監督生なんだ』

 『この学院の監督生は、上等科の2学年から各2名の計4人選ばれるのが慣例ですのよ』


 となると、九玲をアンナと誤認して捕らえたあのふたりは、一回生の監督生ということなのだろう。


 『このリセンヌ魔導女学院において監督生に選ばれるというのは、単に学年首席となることよりも価値があり、内外からの信頼も篤くなる』

 『と同時に、それは担う責任も重くなることを意味します。ですのに……』


 どうやら後輩監督生たちが施した(一番重いらしい)“処置”は彼女たちのお気に召さなかったらしく、義憤を覚えているようだ。


 いかにも「優しいお姉さん」といった雰囲気のナキアは、まだ具合の悪そうな“少女”を痛まし気に見つめ、何事か呟きながら右手をその背中に添える。


 「!」


 彼女の掌から何か温かいものが体内に流れ込み、ほんの少しだけ九玲の体調が回復した。


 『──ごめんなさいね、いまはこの程度のことしかしてあげられなくて』

 『あ、いえ、だいぶ楽になりました。今のは、その、回復魔法ですか?』


 魔導女学院というからには、そういうモノもあるのだろう、と見当をつけて九玲が聞く。


 『ほんの初歩の初歩の「養気波ヘアル」ですけれど』

 『本来、ナキアは上等科有数の回復系魔法の使い手だから、もっと強い術法だって使えるんだが、強い回復魔法を受けた者は体が睡眠を欲するからね──消耗しているところ気の毒だが、学院長がキミを呼んでいる』


 リザリアとナキアに付き添われ、宇宙船の格納庫じみた部屋を出て、学院長室に向かうことになる。

 いよいよ、この学院の最上位者と対面する時が来たらしい。


 何とか上手く自分の事情を説明して、地球に帰してもらわないと──そう考えると、さすがに九玲も緊張を免れない。


 『大丈夫。“脱走”は確かに校則違反ですが、貴女はもう十分以上の罰は受けましたから、これ以上のペナルティはきっとありませんよ』

 『まぁ、言葉による叱責と「もうするな」との釘差しくらいはあるかもしれないがね』


 “少女”の緊張ぶりを見て誤解したのか、ふたりの監督生が励ましてくれる。

 その気遣いはやや見当違いなものではあったが、そのおかげで少しだけ九玲の肩からも力が抜け、周囲に気を配る余裕もできてくる。


 部屋を出てすぐの廊下は、松本某氏が描く計器だらけの宇宙船の内部……などではなく、どちらかというと近代的な病院の地下などを思わせる無機質な壁が連なっていた。

 それが進むにつれて、だんだん普通の建物──現代日本の中学や高校の校舎に近い内装へと変わり、学院長室に着いた頃には、すっかり「ちょっとハイソなお嬢様学校(?)の校長室の前」といった雰囲気になっている。


 (こういうトコロって、異世界でもあんまり変わらないモンなんだなぁ)


 自分の現状も忘れ、そんなのんきな感慨を抱く九玲。


──コンコンコン!


 『失礼します。学院長、アンナ・クレー下等科生を連れて参りました』


 部屋を訪ねたらドアをノックするという慣習も、地球と違いはないようだ。


 『来ましたか──「脱走者のアンナ・クレー」だけ入室しなさい。監督生のリザリア・イスタルシ並びにナキア・ラルトックは、ご苦労でした。もう戻ってよいわよ』


 つまり、ここから先は(“少女”に同情的な)ふたりの援護は見込めない、ということらしい。


 『──わかりました』


 ひと呼吸置いて、リザリアが承服の言葉を返す。


 『では、失礼します(頑張ってね、アンナちゃん)』

 『(まぁ、頑張るようなコトはもうないだろうけどね)』


 監督生たちの小声のエールを背に、九玲は黒檀製の(ように見える)重厚な学院長室のドアを押し開き、室内に足を踏み入れた。


 学院長室内部も、現代日本で「歴史ある有名大学の学長室」と言われて一般人がイメージしそうな部屋と、おおよそ似通った雰囲気と内装が備わっていた。


 扉の正面にマホガニー(と酷似した木?)製の大きめのデスクが置かれており、学院長室への来客は、入ってすぐにその主たる学院長と真正面から対峙することになる。

 壁には賞状や記念写真らしきものが飾られ、片側の壁際にしつらえられた棚にはトロフィーや記念盾の類いが陳列されている。

 デスクから少し離れた場所に応接セットのような家具一式が置かれているのも、この種の「偉い人の仕事部屋」の“お約束”に沿っていた。


 しかし、それらの事柄に九玲が気付いたのは、もっと後になってからの話だ。

 今の“彼女”──いや彼は、予想外の代物モノを目にして、まさに「目が点」状態に陥っていた。


 正面のデスク前に座った、30歳前後に見える黒髪黒瞳のシャープな印象の女性が、この魔導女学院の学院長なのだろう。

 国立の教育機関のトップとしてはやや若いように感じられるが、地球でいうレディススーツのようなデザインの、グレイ基調の服装をピシリと着こなした“女傑”といった印象で、いかにも有能そうだ。

 こちらはよい。苦々しい表情なのも「生徒を叱責する」ためなら当然だろう。


 しかし──応接セットの前のカーペット敷きの床に直接正座し、そのまま此方くれいの方に向かって土下座しているふたりの女の子は、いったい何なのだろうか?


 『この度、我々の手違いで』

 『たいへんなご迷惑をおかけしてしまい』

 『『誠に申し訳ありませんでしたーーッ!!』』


 タイミングを見計らっていたのか、九玲がそちらに視線を向けた瞬間、ふたりの少女──予想はつくだろうが、例の一回生の監督生たちが、声を揃えて謝罪してくる。


 「──いや、なんでさ!?」


 思わず九玲が日本語で、そう呟いてしまったのも無理もないだろう。

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