8.運命線飛び越えた先に待つ未来

 『まったく、手間をかけさせてくれたものね。毎年、新入生からひとりふたり脱走者は出るけど、別の次元世界に逃げ込んだ例は初めてじゃないかしら』


 『確かにそうだな。とはいえ、自力では使えない高度な魔術を無理やり発動した挙句、魔力切れで強制睡眠状態になった挙句、ヘッドセットの緊急発信機能で居場所をつきとめられたのだから──自爆というか自業自得というか』


 どこか近くで、ふたりの女性が耳慣れない言語で会話しているのが聞こえる。

 不思議なことに、明らかに日本語とは異なるのに、その会話内容はなぜかスムースに理解できた。


 (ここ……は?)


 目を覚ました“少女”は、自分が自宅ではない──どころか室内ですらない、どこか屋外のベンチか何かに放り出されていることに気付いた。

 一応目が覚めたとはいえ、まだ頭がボゥッとしており、自分の現状やことの次第がよくわからない。


 『あ、目を覚ましたみたいね。でもお気の毒様、貴女の“自由への逃走”は此処でおしまい』

 『他の世界にまで逃げれば追って来ないと思ったのかもしれないが、生憎、我が校のモットーは、「退学者ゼロで、全員立派な“魔女”として卒業させる」だからな』


 (逃走? 魔女? いったい何のこと?)


 起き上がって問いただそうとしたところで果たせず、自分が後ろ手に枷のようなモノで拘束され、さらに顔の下半分も何かゴムのようなものでぴったり覆われていることに“少女”は気付く。

 奇しくもソレは、ほんの数十分前、公園で、とある少女が少年に助けられた時と、同じ格好だった。


 「ンンッ……!」


 解放するよう抗議・懇願しようとしても、口から漏れるのは僅かな呻き声だけだ。


 『悪いけど、ユニフォームの拘束状態は“学院”に帰るまで解けないわ。外部ハックで生命維持以外の機能は一時停止してあるから、逃げられると思わないことね』


 『万一の詠唱を防ぐため、マスクドフォームと手枷も当分そのままだ』


 声が聞こえる方に何とか首を向けると、そこにはふたりの女性が立っていた。


 おそらく“少女”より2、3歳年かさの、高校生くらいの年代だろうか。

 片方は金髪碧眼の典型的な白人系、もう片方は黒髪緑目で浅黒く日に焼けたおそらくヒスパニック系の人種に見えるが、詳しくは不明だ。


 一見、どこかのお嬢様学校の制服にも見える白のブレザーと黒いボックスプリーツスカートを着用しているが、ブレザーの袖から白手袋、スカートの裾からは白いロングブーツが覗いている。ブレザーの下にも、ブラウスなどではなく見覚えのあるラバースーツのような代物を着込んでいるようだ。


 どちらも女性にしては長身で、なかなかの美人(美少女?)だが、同時に両方とも“少女”に向ける視線は冷たく、あまり友好的には見えなかった。


 『さ、無事脱走者の捕縛回収も済んだし、早速“帰還”しましょ』


 『ちぇっ、こーゆー“任務”でなけりゃあ、せっかくの異世界なんだし、観光のひとつもしていきたいんだけどな』


 『文句言わないの。こういうのも監督生の役目なんだから。それじゃあ──《帰還メオ・テルン》』


 金髪少女が何か呪文のようなモノを唱えた瞬間、周囲の景色が陽炎のようにぐにゃりと歪み……。

 一瞬後に“3人”は、先程の公園とは似ても似つかぬ場所──「SF映画に出てくる宇宙船の格納庫のような空間」に居た。


 「!?」


 「まるでワープかテレポートでもしたかのような場所移動」に混乱する“少女”だったが、残念ながら傍らのふたりは、いちいち説明してくれるほど彼女に優しくなかった。

 それどころか……。


 『正式な“処分”は期末休暇が明ける48時間後に、学院長から言い渡されるでしょうけど、それまでの“一時処置”は、捕縛した監督生プリフェクツに委ねられているの』


 『甘ちゃんな監督生なら自室謹慎くらいで済ませるんだろうが、生憎アタシらは、折角の休暇をアンタの捕縛任務で潰されて大変気分が悪い。なので、一番重い“処置”をさせてもらおうか』


 未だ事態が巧く飲み込めないままの“少女”──否、「少女アンナの魔導制服を着せられた少年くれい」は、発言と両手の自由を奪われた状態のまま、格納庫(?)に隣接する狭い部屋に連れて行かれた。


 部屋の中には強化硝子のようなモノで出来た等身大の透明な円筒が6つ並んでおり、そのひとつに押し込められる。

 後ろ手の手枷は外してもらえたものの、両手を肩まで上げた状態で、カプセル壁面にある革製のベルトに手首をガッチリ固定されてしまう。

 カプセル内から伸びた4本のケーブルのうち、ふたつが両脇、もうひとつが頭部の髪飾り、最後のひとつはお尻、より正確には肛門部にある接続端子に挿し込まれた。


 『既に知ってるとは思うけど、決まりだから一応説明しておくわね。その“魔力量増加訓練用負荷装置エキスパンダー”は、貴女の体内に蓄積された魔力を、最大値の1%だけ残して全部吸収していくわ』


 『最大魔力量は、魔力を消費すればするほど増えていくから、これも魔導士になるための基礎訓練のひとつ、というわけだ──まぁ、割と……かなり……涙が出るほどツラいが』


 『一人前の三級魔導士でも、コレに6時間繋がれた後は半日寝込むと言われてるくらいね──貴女には、その状態で24時間耐えてもらいます。知っての通り、大小便はスーツの環境適応機能で吸収分解されるから安心して』


 『これは、学則で許される範囲で一番厳しい懲罰処置だ。そうそう、喜べ。吸収された魔力は学院が買い取ってくれるから、あとで臨時収入が貰えるぞ』


 『では』『また24時間後』


 好き放題なことを抜かして二人組は、部屋から去って行った。

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