7.夢見心地のままに意識絶えるまで
「おぉ~、いい感じ。そういう格好してれば、まるっきり女の子だね」
しばし自分に見惚れていた九玲は、背後から誰か(と言っても勿論アンナだが)に抱きつかれることで、ようやく我に返った。
「ひゃっ! い、いきなり抱きついてこないで」
「まーまー、気にしない気にしない。それに、最後にひとつ忘れてるよ?」
これまでとは一転して馴れ馴れしい態度になったアンナは、九玲が持ってきた着替えのTシャツ&ショーパンではなく、なぜか先程まで彼が着用していたトレーナー&ジーンズを身に着けていた。
「ヘッドセット・サポートデバイス。ただの
そう言いながら、九玲の頭頂部付近に銀色のカチューシャのようなパーツ(彼女いわく“サポートデバイス”)を、装着させようとするアンナ。
カチリと小さな音がして、カチューシャが九玲の頭にセットされる──それを聞いた時、まるで何かの鍵を
「ほら、鏡を見て……」
魔導制服(アンナいわく「魔法実習などの際に着用する防護服のようなもの」)を着た九玲の背後から、肩越しに頭を載せるようにして密着した男装のアンナが悪戯っぽく囁く。
「鏡に映るボクたち、まるっきり立場が入れ替わってるみたいだよ♪ ボクが“男子中学生の安和九玲”、そしてキミが“魔導女学院生のアンナ・クレー”」
「ふわぁ……」
その悪魔の囁きは、少女の装いをした少年の心に忍び込み、着実に浸食していく。
「ね、言ってみて。「ボクはリセンヌ魔導女学院下等科一回生のアンナ・クレーです」って」
だから、そうそそのかされた時に、ドクンドクンと高まる鼓動とともに、九玲が従ってしまったのも無理はないのだろう。
「──ぼ、僕は……リセンヌ魔導女学院、下等科一回生の……アンナ・クレーです」
頬を赤らめ、僅かに上ずった声で、そう宣言する──してしまう。
『マギアユニフォーム着用者の自己認証宣言を確認。魂波長、魔力色ともに、登録されたものと99.99%で一致。よって、着用者が「パーソナルネーム:アンナ・クレー」本人であることが確定されました』
「!?」
突如頭の中に直接響いてくる“声”(いわゆる
「これって……?」
とっさに振り向いて、アンナに質問しようとするが──既に遅かった。
『警告! 着用者の大幅な魔力量の低下を確認。このままでは本スーツの機能維持にも支障が出るため、強制的に睡眠休養状態に移行させます』
そんなメッセージとともに、スーツの首の部分が突然ニュルンと伸びて、九玲の顔の下半分──口と鼻をマスクのように覆い隠す。
「んんッ……!」
驚いた九玲が両手でソレを引き剥がそうとする前に、マスク部分から甘い香りのする気体が噴射される。
予想外だったため、まともにガスを吸い込んでしまった少年は、瞬時にして腰砕けになって床にへたり込み──僅か数秒でそのまま意識を失ってしまった。
* * *
「ふふっ……ゴメンねぇ~。そうなるだろうとは思ってたんだぁ。でも、キミが自分からそのユニフォーム着てくれて助かったよ」
アンナは満面の笑みを浮かべながら、眠りに落ちた九玲の身体を脱衣場の床に仰向けに寝かせる。
「そいでもって、重ねてゴメン。九玲、この世界でのキミの立場、ボクにちょーだい♪ 代わりに、キミには“リセンヌ魔導女学院生のアンナ”としての立場をあげるから。
でも、キミ、女の子になりたかったんなら、ちょーどイイでしょ?」
勝手なことを言いながら、少女は、脱ぐ前のスーツにコッソリ隠し持っていた紙──逃亡前から用意してあった、魔獣皮紙に魔導術式と陣図が書いてあるモノを取り出す。
「この
もちろん、そんな大魔法、ボクみたいな未熟者じゃあ完全発動は無理。ある程度時間が経てば勝手に解けちゃうけど、それでも時間稼ぎはできるし、使った時に“安和九玲”として暮らすのに必要な“知識”や“記憶”は最低限手に入るからね~」
独り言を呟きながら、魔法陣が描かれた紙を眠っている少年の胸の上に置き、発動しようと魔力を込める。
「あ、性別のことならダイジョーブ! ボクって元々、“トリプレ”って希少種族の末裔でさぁ、不完全な両性体として生まれて、思春期以降に男女どちらか希望する性別に分化するんだ。
今までは女子校に通うために女の子に寄せてたけど、“安和九玲”として生きていくなら、今後は男子に寄せていかないとね♪」
少しずつ魔法陣に光が宿り、それに伴って込められた魔導式が励起し始める。
「万一キミの体が男の子だってバレても、トリプレだから「何かの拍子に未分化状態に戻ったんだな」と思われるだけさ──《チャンゲクセ》!」
その言葉とともに、まばゆい白光を発して魔法が発動した。
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