5.禁断の思考/嗜好
「2分ほどしたら脱衣場に入って来て。着替えも貸してもらえるとうれしいな♪」
──というアンナの要望に応えて、自室にとって返した九玲は、新品ではないものの、キチンと洗濯してある新しめのTシャツとショートパンツを選んで、浴室の前までやってきた。
「アンナさん、入ってもいいかな?」
「いいよー」
許可を得て、脱衣場に足を踏み入れる。
半透明の磨りガラス越しに、風呂場で(たぶん)全裸のアンナが、気持ちよさそうにシャワーを浴びているのを、なるべく視界に入れないようにしながら、脱衣籠に着替えを置いた。
「それで──ボクたちの顔と名前がよく似ている理由だっけ?」
「そう、それ!」
「うーん、ボクもあんまり専門的なことは知らないんだけど……」
前置きしてから話すアンナの説明は、確かに難解だったが、要約するとこうだ。
・数多の並行世界の中には、“
・“ソウルツイン”については、諸説あるが「並行世界の自分である」という説が有力。
・その証拠に、大半の場合、ソウルツイン同士の姿形は似通っており、才能なども近いケースが多い。
「完全にランダムで“次元跳躍”したらトンデモない場所に出る可能性もあるから、アイテムを使う時に「自分のソウルツイン」を目印にして、“跳んだ”んだよ」
ソウルツインが生きている場所なら、少なくともアンナ自身も生存できる環境である公算が高い──そう判断したのだという。
「それじゃあ、あの時、僕らが出会ったのは……」
「あ、ソッチは割と偶然。なにせ、細かい座標の指定まではできなかったから、せいぜい半径10キロ内に出現するのが関の山だったからね」
「なるほど……」
シャワー中のアンナとそんな会話を交わしつつも、実は今の九玲は半分上の空だった。
というのも、その視線の先、脱衣場の床にアンナのぴっちりスーツが無造作に脱ぎ捨てられており、すぐ手に取れる状況にあったからだ。
多少、汗などで汚れているとは言え──いや、むしろだからこそ、思春期の少年にとって、「同じ年ごろの少女が、先程まで素肌に直接身に着けていたフェティッシュな衣装」が気にならないはずがない。
幸いにしてと言うべきか、アンナは脱衣場に背を向けるようにしてシャワーを浴びている。
今なら、こっそり触っても……あるいは匂いぐらい嗅いでもバレないのではないか?
ここまでの段階で、既にだいぶ非日常感に侵されていた九玲は、そんな内心の誘惑に抗えず、床に膝をついて恐る恐るアンナのスーツに手を伸ばし──予想外の軽さと滑らかな手触りに驚嘆しつつ、拾い上げてしまったのだ。
衝動的にソレに顔を埋めると、スーツからは少女の体臭がムワッと立ち込め、九玲の鼻孔をくすぐる。
深呼吸してソレを吸い込みつつ、スーツ内側の彼女の肌に直接触れていたであろう場所に頬ずりした瞬間、突然浴室の扉が開き、アンナが姿を見せた。
「!」
膝立ちの姿勢のまま硬直する九玲。
「ふ~ん、九玲って、そういうシュミがあったんだ~」
「いや、その、それは、えーと」
意味ありげな視線で見つめるアンナの悪戯っぽい言葉に、九玲はアワアワして巧く答えられない。
ところが。
「──いーよ。キミは命の恩人だからネ。興味があるなら、そのスーツ、着せてあ・げ・る♪」
一転、優しげな表情になったアンナが、信じられないほど物わかりが良い(?)言葉を告げた。
「え……」
一瞬、何を言われたのか飲み込めない九玲の元へ、濡れた裸身を僅かにタオルで局所を隠しただけのアンナは歩み寄り、その耳元で囁いた。
「着てみたいんでしょう? ボクがさっきまで身に着けていた
すでに“禁断の果実”を手にした少年は、少女の悪魔の囁きに抗えず、ゴクリと唾を飲み込んだのち、躊躇いがちに頷いたのだった。
* * *
それからしばしの間は、九玲にとって夢でも見ているような感覚だった。
実際、アンナの指摘は当たっており、リビングで会話していた時から、九玲は少女の着ている、体の線にピッタリと貼り付いたSF風のスーツが気になってはいたのだ。
俗に“ぴっちりスーツフェチ”と呼ばれる性癖の萌芽が、少年に芽生えていた。
また、幼少時から、“安和(あんな)”という苗字と、小柄で線の細い童顔のせいで、周囲からよく「女の子みたいなアンナちゃん♪」とからかわれており、そのことに九玲は一見反発していたが……。
──実のところ、「もし自分が本当に女の子だったら」という空想をすることも、多かったのだ。
(そしたら今みたいに馬鹿にされないし、可愛いお洋服とかもいっぱい着れたのかな?)
小学生の頃の九玲は、そんな風に残念に思ったことも一度や二度ではない。軽度のオートガイネフィリア(自己女性化性愛症)だったと言って、過言ではないだろう。
中学生に上がる頃からは、そういう“憧れ”にフタをして、極力、少年っぽく振る舞うように努めてはいたが……。
今日、「自分と顔がそっくりで、なおかつ性別が♀な少女アンナ」と出会ったことで、心の奥底に封じ込めていたかつての“想い”がいつの間にか甦っていたのだ。
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