4.この美しくも猥雑なる世界
少女が話した“事情”は、公園で九玲が直感した通り、まさにアニメかラノベみたいなドラマチックな代物だった。
何と、少女はいわゆる“異世界人”──それも、剣と魔法のファンタジーというより、SF的な科学技術が高度に発達した並行世界から来たと言うのだ。
アニメやラノベ、マンガなどの日本のサブカルでもお馴染みの、「並行世界(パラレルワールド)」というSF用語だが、これは少女の住む世界では既に実在が完全に証明されている概念なのだという。
それら数多の並行世界の中には、九玲の住む地球と似た世界もあれば、かけ離れた世界もある。
たとえば前者であれば、いくつかの歴史上の出来事が変わっていたりはするものの、大筋では地球とほぼ同様の歴史を辿っているケースがある。
その一方で後者、時に極端な場合、
少女が生まれた「アレフ・ジール」と呼ばれている世界は、ちょうどその中間に当たる。
地球人類とほぼと同様の肉体や精神性を持つ
2000年前に母なる惑星を飛び出して銀河中に移住し、現在は「銀河星間国家大連盟」という緩いくくりに、数多の星間国家が所属しているらしい。
その大連盟の盟主的なポジションにあるのが、少女の故郷である「エル・セタドーン皇国」なのだとか。
無論、九玲とて、最初からこの中二病的な“戯言”を鵜呑みにしたワケではない。
しかし、少女がそのスーツに付属したいくつかの(およそ現代科学では不可能な)機能を実演してみせたことから、半信半疑くらいには信用する気になった。
たとえば、今彼と少女が会話できていること自体、スーツの自動翻訳機能のお蔭だと言うのだ。
実際、彼女の口元をよく見れば、確かに耳に聞こえる音声と、口の形が一致していないように思えた。
そして、そんな彼女が此処にいるワケは……。
「えーと、つまりキミは、監獄のように厳しい学校から逃げ出してきた──ってことなのかな?」
『そ。悪いね、悪の帝国から脱出したお姫様じゃなくて♪』
少女は、ニヤッとからかうような笑みを浮かべる。
「い、いや、さすがにソコまで夢見がちなことは考えてないよ!?」
否定しつつも。ちょっとは図星だったのか、九玲は視線を逸らす。
先程、「SF的な科学技術が高度に発達した世界」と表現したが、正確には、「高度に発達した科学で星々の海にまで進出し、数多の星間国家群による大連盟を築き、さらにその過程で魔法や超能力の類いも解析し、技術として吸収した」世界らしい。
『ボクはね、平民の出だけど、頭が良くて魔力も高かったから、リセンヌ魔導女学院って名門女子校の下等科に入ることができたんだ。でも……』
卒業すれば、国家公認の女性魔導士──俗称“魔女”になることができるその教育機関は、ちょっと魔力が高いだけの平民の小娘が、安易に憧れで入学してよい場所ではなかったらしい。
少女は具体的な明言は避けたが、一日12時間にも及ぶ授業と、とても辛く厳しい訓練が、まだ幼い(おそらく中学生相当の)彼女たちに課され、食事と風呂と睡眠の時間以外は、何かする気力も湧かない地獄のような日々なのだとか。
『それで学院から脱走しようとしたんだけど……同じ世界内なら逃げても簡単に居場所をつきとめられて、連れ戻されちゃうんだ。だから──思い切って、並行世界に“跳んだ”んだよ♪』
本来“次元跳躍”は上等科(高校相当?)の後半で習得できる魔法らしいが、少女は“偶然”それが可能な使い捨てのアイテムを手に入れ、逃げる機会を窺っていたところ──学校側にバレて、いわゆる“懲罰室”のような場所に監禁され、先程のような格好で拘束されていたのだという。
『幸い、その使い捨てアイテムは隠し持っていたのがバレなかったからね』
隙を見て“次元跳躍”を発動し、この地球のあの公園に現れた──ということなのだろう。
「なるほど」
九玲も少女と同年代の少年であり、「大人に対する反発心」が分からぬ年頃でもないので、ある程度の共感はあった。
「ところで……」
改めてこれからどうするつもりなのか──と九玲が聞こうとしたところで、少女が先手をうって質問してきた。
『あのぅ、この家にシャワーかバスルームはある? できたら貸してほしいんだけど』
確かに、少女もスーツもだいぶ汗や地面の土で汚れているようだし、年頃の女の子なら、気にはなるだろう。
「うん、もちろんいいよ──でも、そのスーツ脱いだら。会話が通じなくなるんじゃ……」
『それは大丈夫。ちょっとこっちに顔近づけて』
指示されるままに九玲は(内心ドキドキしながら)少女と向かい合うような形で、顔を寄せる。
(も、もしかしてキスしたら魔法で言葉が通じるようになるとか!?)
この種の
もっとも、その予想は半分当たりで半分外れだった。
『ね、名前を教えて』
「ぼ、僕の? く、九玲──安和九玲(あんな・くれい)。安和が苗字で、九玲が名前だよ」
『! やっぱり。ボクの名前もね、アンナ・クレーって言うんだ。ボクの場合は、アンナがパーソナルネームで、クレーがファミリーネームだけど』
「えぇっ!? それはいったいどうして……?」
さすがに驚いて立ち上がろうとした九玲だったが、アンナがその肩をしっかり握って離さない。
『その前に──えいっ♪』
「ゴチン」と「コツン」の中間くらいの強さでふたりの
『イタッ! いきなり何すんのさ──あれっ?』
抗議しようとした九玲は、自分の口から日本語とは異なる未知の言語が飛び出したのを感じてハッとする。
「ふふっ、よかった。成功したみたいだね♪」
対するアンナは、キチンと(口の形も一致した状態で)日本語をしゃべっているようだ。
『これは一体……う、うんッ。これは一体どういうこと?」
幸い、意識して日本語をしゃべろうとすれば、問題ないようだ。
「“
その名称から推測すると、九玲が異世界語を、アンナが日本語をお互いに習得できる魔法なのだろう。
「何それ、便利! って、それはわかったけど──僕と君の名前が同じことの説明もしてくれるかな?」
「いいよー。でも、ちょっと長くなるから、できたら先にお風呂場に案内してくれない? シャワー浴びながらでよければ説明するから」
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