3.あの日、あの時、あの場所で君に会わなかったら

 四月の終わり、今日からゴールデンウィークが始まるという、大概の日本人にとって嬉しい時期──しかし、中学二年生に進級したばかりの少年・安和九玲(あんな・くれい)は、降って湧いた“厄介事”に、非常に困惑していた。

 その厄介事とは「買い物帰りに、パッと見、同年代くらいの怪しい風体の少女を“拾って”しまった」ことだ。


 順を追って話そう。


 九玲少年の両親が懸賞に当たって、今年のゴールデンウィークは二泊三日の温泉旅行に出かけることになったのだが、その際、彼は「両親について行かずに自宅に残る」ことを選んだ。

 彼いわく、「冬場ならともかく、この季節に山奥の秘湯に行く人の気が知れない」。それは嘘ではないが、同時に「親がいないひとり暮らし気分を味わってみたい」という男子中学生らしい稚気も多分にあった。


 まだ13歳の少年をひとり家に残すことに、母親は多少ためらったものの、父親は(かつての悪ガキとして)我が子のそんな心理を理解し、「きちんと掃除洗濯すること、ご飯も極力家で食べること、自堕落な生活はしないこと」を条件に、彼の留守居を認めた。


 そして4月29日の朝、両親がマイカーで飛騨の隠れ湯宿に出かけるのを見送ったのち、九玲は「これから3日間、親がいない状態を満喫できるという」解放感に、しばし浸っていた。

 自室ではなく居間リビングの大型テレビでゲームしたり、行儀悪く寝そべってオヤツを食べながら借りてきたBDを見たり、親が「食事代に」と渡してくれた万札を使って、ピザの出前を頼んでみたり……。


 割と躾に厳しい感のある母親がいると出来ない、そういう行動を色々とってみたものの、逆にそういう躾を受けて育ったせいか妙に落ち着かず、結局、初日の、しかも半日だけで「親がいるとやれないこと」はやり尽くし──だいぶ満足してしまった。

 そうなると、戻ってくるのは「いつもの退屈な日常」である。

 しかも、今は主婦たる母親が不在のため、何らかの手段で食事の用意はしなければならない。外食にせよ、コンビニ飯を買うにせよ、上げ膳据え膳のいつもより手間はかかるのだ。


 「あ~、これなら、まだ温泉旅行について行ったほうがよかったかもなぁ」


 ボヤきつつ、19時頃、駅前のスーパーまで、夕飯の買い出しに出かける九玲。

 タイムセールもあって、いくつかの惣菜&弁当を安価に購入できたのだが、その帰り道、近道になるからと自宅近くの公園を突っ切ろう……として、前述の通り、“厄介事”に出くわしたのだ。


 厄介事──ベンチの後ろに倒れていた人物は、オレンジ色のレオタードというかツナギというか、身体にぴったりフィットしたラバー製の全身タイツのようなものをまとっていた。

 パッと見た感じは、九玲とあまり変わらぬ年齢で、未だ体の凹凸には乏しいものの、僅かに膨らんだ胸元と、逆に膨らみのまったくない股間のおかげで、少年ではなく少女だとわかった。


 腕部は肘までの白い長手袋、脚部は膝上までの白いロングブーツに覆われ、頭頂部にはメカニカルな意匠の髪飾り(?)を付けている。

 全体に、某人型決戦兵器アニメのパイロットを連想させるような格好だった。


 それだけなら、コスプレか「年若いのに(性的に)ニッチなシュミの持ち主」で済ませられたかもしれないが……。


 問題は、その少女、スーツ(?)のハイネック部分が顔の下半分まで伸びて、口と鼻がマスクのように覆われており、かつ両手を後ろ手に金属の枷のようなもので拘束されていたのだ。

 マスク(?)のせいかしゃべれないが、意識はあるようで、九玲の方を見て、しきりに「助けて!」とアイコンタクトしてくる。


 (これ、見捨てて帰る方が賢いんだろうけど……)


 常識的な判断をするなら、すぐさまケータイで110に電話して、警察にこの子を引き取ってもらうのがベストだろう。

 実際、普段の(中一の割に良識的な)九玲なら、そうした。


 しかし、今の九玲は親が家にいないこともあって少々開放的で気が大きくなっているのと、まるでラノベかアニメのような“展開”に、ワクワクしてしまったこともあり……。

 明らかに厄介事だと承知しつつ、少女を助け起こしてしまったのだ。


 「大丈夫? 立てるかな?」


 そのままだと目立つので、着ていたウィンドブレーカーを羽織らせる。


 「歩ける? なら、僕の家は、すぐソコだから……」


 少女を支えるようにして10メートルほど離れた自宅へと連れて帰る。

 途中、人に見られないか心臓バクバク物だったが、人通りがなかったのは幸いだろう。

 ──いや、後々のことを考えれば、ソコで誰かに目撃されていた方が良かったのかもしれない。


  * * *


 とりあえず自宅のリビングまで少女を連れてきたものの、このあとどうするべきか。

 そんな風に考えていた九玲だが、少女の視線に促されて“手枷”を観察すると、赤青ふたつのボタンがついているのがわかった。


 「えーと、これを押せばいいの? どっち?」


 座り込んだ少女が自由になる足の爪先で、青いクッションを指す。


 「あ、青の方ね。了解」


 手枷の青いボタンを押すために、少女の後ろから近づくと、彼女から僅かな汗臭さと共に思春期の女の子らしい匂いが漂っているのを嗅ぎとり、九玲はちょっとドキドキした。


 ボタンを押すと同時に、「カシャン!」という金属音がして、手枷はあっさりとその鋼の口を開いていた。


 両手が自由になった途端、少女は口元に手をやり、マスクの如く覆っているスーツの一部を、強引に引きずり下ろす。


 『ぷはーっ……はぁ、やっとしゃべれるようになった。手枷外してくれて、ありがとね!』


 九玲と同年代、おそらく13、4歳の女の子にしては、割と落ち着いた声音で、少女がお礼を言う。


 「あ、うん、さすがに見過ごせなかったからね……って、えっ!?」


 改めて露わになった少女の顔を見て、九玲は目を見開いた。

 似ているのだ、自分と。

 九玲の外国人の祖母譲りの金に近い茶髪に比べて、若干髪色が濃いようなのと、僅かに瞳が青みがかっているようだが、それを除くと、毎日鏡の中で見る顔とうりふたつの容貌が、すぐ間近から彼を見返していた。


 少女の方も自分達の相似に気付いたらしく「ウソ……」と呟く。


 『え、もしかしてこの子、ボクの“魂の双子ソウルツイン”!? やった、それなら……』


 小声で何か言いながら考え込んでいるようだ。


 「えーと、とりあえず、君の事情を諸々説明してくれないかな?」


 さすがに放置しておくわけにもいかず、九玲は少し強い口調で促した。


 『あ~、まぁ、そうね。仕方ないか』

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