2.ハイペルボリアで夕食を

 半日後、報告手続きのあり、未だ遺跡の最寄りの町に留まっていたアンナは、遺跡から帰還したルリエリと、旧交を温めるべく町の(少しお高めの)レストランで夕飯を共にしていた。


 「それにしても、今をときめく「電撃の魔女」サマに助けて貰えるとは、思ってもみなかったわ」


 遺跡活動用の野暮ったい防護ローブを脱いで、フェミニンな青のワンピースに着替えたルリエリは、その長身と硬質な美貌、流れるようなシルバーブロンドが相まって、グラビアモデルのように見栄えがよい。

 とても、いい歳(20代半ば過ぎ)して、あの古代寺院で半ベソかいていた女性とは思えなかった。


 「ちょっとルリエリ先輩! その呼び名は止めてくださいよ~。新聞とかに書かれるのはもう諦めましたけど、学院時代の知り合いからそう呼ばれると、背筋がゾクゾクするんですから」


 アンナは、恥ずかしそうに抗議する。こちらも、仕事着たる魔導戦対応服ではなく、私服──クリーム色のブラウスと臙脂色のベスト&タイトスカート姿になっており、年齢も相まって民間企業の新人OLのように見えた。


 「ゴメンごめん。でも、異名持ちって、普通は自慢したがるモノだと思うのだけれど?」

 「勘弁してください。とっくに成人してるのに中二病から卒業できないのはイタイです」


 耳慣れぬ言葉に、ルリエリはふと首を傾げる。


 「チューニ……? 確かそれって、アナタの“故郷”の概念(ことば)だっけ」

 「あぁ、先輩には昔ちょこっと話したことがありましたね。「思春期──主に14歳前後の少年少女が“罹る”、全能感に満ちた空想・妄想を垂れ流す状態」のことですよ」


 アンナが苦笑しつつ説明すると、ルリエリも「あ~、何となくだけど理解したわ」と、こちらも微妙に生温い微笑を頬に浮かべた。


 そんな会話を端緒として、食前酒アペリティフを楽しみながら学生時代の思い出話に花を咲かせる。

 「先輩」と呼んでいる通り、アンナから見てルリエリは魔導女学院在籍時は3学年上の先輩だったが、とある事情から頻繁に指導や助力サポートを受け、同学年以上に密接に交流していた時期があるのだ。


 アンナが学院を卒業し、汎銀河魔女協会ベナンダンティという多忙な職場に所属してから1年余が経つ。

 今でもプライベートで連絡する同期の友人がいないワケではないが、アンナにとって、恩師と親友1名を除けば、やはり彼女──ルリエリとその相方の女性ふたりこそが「学生時代の一番思い入れのある知己」だと言えるだろう。


 「そう言えば、ビヤンカ先輩の現状はご存じですか?」

 「ええ、勿論。そうそう、あの子、職場で彼氏ができたらしくて、来年あたり結婚するかもってメールで惚気てたわよ。羨ましい」


 ガサツなあの子にだって春が来たってのに、どうしてわたしには……と、ちょっと機嫌が悪くなるルリエリ。


 空気が読める後輩たるアンナは、如才なく「ルリエリ先輩くらい美人さんだと、釣り合う男性を見つけるのが大変そうですね」と、完全に嘘ではない程度のヨイシヨをしてお茶を濁す。

 ──無論、自分にも最近、友人以上恋人未満の男性がいることは、賢明にも口に出さなかった。


 ともあれ、思いがけない学生時代の先輩との再開&晩餐は、基本的には和やかな雰囲気で進み、料理がとても美味しかったことも相まって、楽しいひと時を過ごすことができた。


 レストランを出てルリエリと別れ、ホテルに帰ってきたアンナは、部屋に入るや否や、ドレスコードのために着ていたベストとスカートをポイポイ脱ぎ捨てる。

 ブラウスのボタンも上から3つ開けた楽な状態にしてから、綺麗に整えられたベッドにボフンと飛び込んだ。


 「ふぅ~、辺境への出張はいろいろ大変だけど、今回みたいに知人と会えるなら、悪くない気分だよね」


 ひとりごちながら、ルリエリとの会話を反芻し、学生時代──さらにはルリエリとその相棒に初めて会った時のことを思い出す。


 「──あの時は、いろいろカオスだったなぁ」


 単に“混沌カオス”の一言で済ませるには、少々ヘビィな事情が彼女アンナには有ったし、さらにその一因を担っていたのはルリエリたちなのだが、8年近く経った今となっては、いい笑い話だ。


 「そう言えば、“あの子”は今、どうしてるのかな?」


 その“事情”と関連する──というか、むしろ“主犯”と言ってよい存在のことも、連鎖的に思い出した。


 「年齢的には大学生かなぁ。元気で親孝行してくれてる、といい…けど……」


 言い終わらぬうちに睡魔に負けて、アンナはそのまま眠りに落ちる。


 その夜見た夢の内容は──案の定というべきか、8年前の“あの日”の出来事だった。

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