幼馴染だった彼と、私のはじまり
金平糖二式
幼馴染だった彼と、私のはじまり
電車を降り、駅を足早に出て――ただ走りだす。
駅前の商店街に出ると、この町を出たあのときから更にいくつかの店舗が入れ替わっていたことに気付いた。
久方振りの帰郷だが、それを懐かしんでいるような余裕なんて今の私にはなかった。
体が重い。一歩足を踏み出すたびに体が悲鳴を上げているのが分かる。
明らかな運動不足。古傷も疼く。
日頃の不摂生もあるのだろう。
商売柄、外面だけは綺麗に取り繕ってはいるが、中身は確実に衰えている。
今更何をしても無駄だと、どの面下げてアイツと会うつもりだと、私の心の冷静な部分は告げている。
今、目指している場所に居るのかもわからない――いや、いない可能性の方が高い。
それでも、走る。何かをせずにはいられない。
やはり息が苦しい。ばくばくと動悸が酷くなっていく。
今更ながら――まだ二十代前半だというのに、随分と体力が衰えたものだと思う。
高校時代ならこのくらいの走ったところで、なんてことはなかったのに。
あの頃は、まだ部活にも熱心に打ち込んでいたということもあるけれど。
水泳部。
本気で全国を目指していた事だってあった――なのに。
そのたった数年で、自分は随分と変わってしまった。
きっかけは……事故による怪我だった。
一生後を引くようなものでもなかったけど――それでも、打ち込んでいた
きっと世の中では有り触れた出来事なのかもしれない。
けれど私は自棄になって、降って湧いてきたような■■■■に身を任せた挙句――何もかもを台無しにしてしまった。
今
まともな人生を送れていない事だけは確かだろうけど……いや、それは私も同じか。
子供の頃から、ずっと一緒に居たアイツはそんな馬鹿な私を見捨てなかった。
なのに、なのに私は、さっきのさっきまで、それがどれだけ掛け替えのないものであるのか気付けなかった。
だから――ようやく、見限られたのだ。
それに文句が言えた義理ではない。
あれほどの献身に、私は何も返せなかったのだし当然の事だと思う。
どれほど優しくも思いやりのある人間であろうとも、限界はある。
永遠に続くものではない。
もう手遅れだ、何もかもが手遅れなんだ。
それは判っている、けれど――
「あ……」
ようやくたどり着いたのは、子供の頃にアイツとよく遊んだ空き地。
最後に訪れてから数年経っていた。
にもかかわらず、
「
もう、こっちには帰ってこないもんだと思ってたんだが」
アイツが、いた。
空き地の真ん中に立っていて……ぜいぜいと息を切らしているこちらに気付くと、振り返って声をかけてくる。
その表情には、驚きと困惑が滲んでいる。
私の都合のいい妄想なんじゃないかって、疑ったけど……本当に?
「最後に、ここを見てから今の住いに帰ろうかと思ったんだ――」
アイツは――
そして、暫しの静寂。
何か言わなければ――とも思うけれど、何を口にすればいいのか分からない。
太一と言葉を交わす機会なんて、今までいくらでもあった筈だ。
なのにそれを無下にし続けた私がどの口で、と今更怖気づいている。
「……わざわざ
何か用事があるんじゃないのか、俺に」
押し黙ったままの私に、
呆れたように――いや、それ流石に被害妄想が過ぎるか。
けれど……何と答えればいいというのか。何を言えばいいのか。
何かを言わなければと、無理やりに絞り出そうと、声を出した。
「わた、わたし――私!あなたのことが――」
好きでした、そう言い切るのが精いっぱいだった。
言葉に出してから、後悔する。
こんなことを今更伝えたところでどうなるというのか。
……みっともない。
もう私は
どうでもいい相手へなら、いくらでもおべっかを使えるというのに、肝心なときにこれだ。
この数年は
「――ああ、そうか」
はあ、と太一は額に手を当てて再びため息をつく。
何を考えているのか、その表情からは伺い知れない。
「よりによって、今か」
倦怠感の滲み出る――疲れ切った、声。
「……どうすりゃいいんだろうな。
心の整理はとっくにつけたつもりだったんだが」
やっぱり、太一を困らせてしまった。
そんなつもりじゃなかったのに。
「あ、あの、太一は今誰かと――」
「実は結婚の約束をした人がいる、って言ったら信じるか?」
え、と告げられた言葉に顔が強張る。
ああ、いや……でも確かに。
私なんかより、ずっと素敵な人と出会えていても可笑しくは、
「……嘘だよ。居たら、何年もお前の世話なんて焼いてない」
再び、ため息とともに……ったく、しゃあねえな、とガシガシと乱暴に自分の頭を掻きむしる太一。
「まあ……こっちからも、いろいろと言いたい事もないでもないがな。
この数年――どれだけ心配かけたと思ってるんだ、馬鹿が」
で、たっぷり叱られてこい――と、私に向けて告げる。
「ふたりとも……え、わたしのこと、ゆる、して」
「許してねえよ。
悲劇のヒロイン気取ってる暇があったら、お前が今すぐやらなきゃいけないことをやれ」
ほら、と促された。
太一は動かない。一人で歩いて行けと――ケジメをつけてこいと、そう言っている。
もう私はあのころのような
下を向くのを止めて、いい加減前に進めと。
この数年、何度も何度も背中を押してくれて、一度は匙を投げさせた愚か者に、もう一度だけ。
――行かないと。
私は踵を返して、実家へと向かう為に歩き始めた。
「じゃあ……またな」
「……うん」
背中にかけてくれた声に、振り返らずに答えた。
これ以上は甘えられない。
私も、止めていた時間を動かさなければと――そう、思った。
胸を張って、また太一と向き合えるように。
或いは……見送れるように。
本当に、次があるかは……わからないけれど。
それでも。また、と言ってくれたのだから。
幼馴染だった彼と、私のはじまり 金平糖二式 @konpeitou2
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