第20話「怪鳥」

 第二十話「怪鳥」


 ―とある日の昼間のルシファーズハンマー


「さて、陸・海と来たら次は空だな」


 陸の戦力はスーパーオークのアレックスに、ゴブリン100体分のパワーを持つ(今後益々吸収予定)ゴブ子、そして天使のフォルスに強化人狼達、そして崇拝者達の人間達がいる。

 海の戦力は先日助けたリヴァイアサンの親子が恩義を感じているのでいざという時には頼りになる筈だ。

 少なくとも敵になる事は無いだろう。

 こうなると心配するのは空の戦力である。

 現代では戦闘機やドローン等の空からの攻撃手段は簡単に手に入った(配下の悪魔がパイロットや指揮官を乗っ取るだけでいい)が、この中世レベルの科学技術の世界では当然そんなものは無い。

 だから空飛ぶ魔物を引き入れる事が急務だった。


「で、何にするんだ?ドラゴンか?ワイバーンか?」


 リィンが興味ありげに聞いてくる。

 魔王討伐の話ともなればエルフに関わる問題でもあるからだ。


「そんな木偶の坊はいらないよ。僕が欲しいのはハーピーさ」


「ハーピーってあの頭が女の鳥みたいな奴か?弱そうだぞ?」


 ハーピーは人間の女性の頭を持った鳥の姿の魔物で、現代の伝承では女性の顔、禿鷲の羽根、鷲の爪を持つとされる。

 また食糧を見ると意地汚く貪り食う、この上なく不潔で下品な生き物であるとされた。

 つまり知性が低く御しやすいという事だ。


「数が多いからね。戦いは数だよリィン。後は単純に魔王よりも多い報酬を出せばいい。それだけの事さ」


「餌付けする訳か」


「そう言う事。じゃあ行くぞ、人狼のクラウス。そこに隠れてるのは分かってるんだ」


 バーカウンターの下をルシファーが指さすと、そこからひょっこりとクラウスが出て来た。


「ル、ルシファーの旦那ぁ、今日は満月でもないし昼間だし、俺なんか連れて行っても足手まといですよ」


「いや、君には立派な役割がある」


「(なんだか猛烈に嫌な予感がするぜ……)」


 ―ハーピーの巣の近くの谷


 ここはハーピーの巣の近くの谷。

 その木の枝に簀巻きにされ吊るされたクラウスがいた。

 ぎゃーぎゃーと何か叫んでいるが遠くにいるルシファー達の耳には届いていない。


「ちくしょう!こんな目に遭うんじゃないかと思ったぜ!!!」


 大声で愚痴るクラウス。

 その声を聞きつけたのか一匹の若い少女の顔のハーピーが現れた。

 青いショートヘアに青い瞳をしている。

 少し小奇麗にすればクラブで働くこともできそうだ。

 そう考えたが今回の目的はあくまで捕獲、ルシファーは現状に集中した。

 ハーピーがクラウスを掴んだその瞬間ルシファーが紐を引くと地面から網が現れ、クラウスごとハーピーを包み捕獲した。

 クラウスが抗議の言葉を発していたが、ルシファーが黙れと一言言うと、文字通りクラウスは沈黙した。


「ニンゲン!ハナセ!」


 ハーピーはルシファーを汚く罵った。


「まあまあ、話を聞いてくれ。僕は争いに来たんじゃない。取引に来たのさ」


「トリヒキ?」


「今のお前の主人は魔王だろ?僕が主人になれば肉も野菜も上質なものをたらふく食わせてやろう。どうせ碌な物食わせて貰ってないんだろう?」


 じゅるり……


 よだれを垂らしながら舌なめずりをするハーピー。

 しかしすぐに我に返るとぶんぶんと反対の意を示すように首を振った。


「マオウウラギル、アイツユルサナイ。オマエノシモベナレナイ」


「そのあいつっていうのが余程怖い様だな。じゃあ僕がそいつを殺したら部下になるか?」


 ハーピーは半信半疑の目でルシファーを見たが、劣悪な環境でこれ以上すごしたくないという気持ちもあり、ルシファーにすがる事にしたようだ。

 一方でクラウスはこのままハーピーの餌になるんじゃないかとヒヤヒヤしていた。


 ―ハーピーの本拠地


 そこにはハーピー達の食べ残しである腐肉がその辺に散らばっていた。

 人間からエルフ、ゴブリンまで様々である。

 あまりの悪臭にクラウスとリィンは鼻をつまんだ。


「さあて、親玉はどこだ?」


 上空を見るルシファー。

 空には無数のハーピーが飛んでいてその足には獲物らしき残骸の肉が鷲掴みされている。

 クラウスはこの後自分がこうなるかもと感じ、今でも逃げ出したい気持ちだった。


「・・・・・・クル!」


 案内したハーピーの少女が叫ぶと上空からハーピーが、いやハーピーらしき何かが現れた。

 上半身は金髪ロングヘアの美しい女性で胸辺りは羽毛で隠れている、そして翼と足と尾と鉤爪が一回りも二回りも巨大で、まさにハーピーの究極進化系とも言うべき存在だった。


「魔王軍お手製の人造魔獣と言う奴か」


 いつぞやのキマイラ同様に魔王軍が品種改良して作り出した魔物だろうとルシファーは推測した。

 その予想は当たっていて、この個体はハーピー統率の為にゴブリン博士が作り出した魔物だった。

 知能向上の為、人間とハーピーを掛け合わせた上で様々な強化魔術を施した結果この様な姿となった。

 このハーピーのボス、ボスハーピーとでも言うべき存在は、その巨体を震わせるとルシファーに向けて微笑んだ。

 これは決して友好の笑みではなく、獲物を見つけた食の悦びの笑みである。


「美味そうな人間だナ!よく連れて来タ!」


「人間じゃなくて悪魔なんだけどな」


「アクマ?食えれば何でもイイ!」


 ボスハーピーがその獰猛な爪をルシファーに向けて振るう。

 その巨大な爪をルシファーは片手で止めた。

 そして瞳を赤く光らせボスハーピーを睨みつける。

 ボスハーピーは人間の知能を残しており、ルシファーのその瞳の意味する感情、つまりは恐怖を理性的にも理解してしまった。

 動きが止まるボスハーピー、その隙を狙ってリィンが飛び掛かりボスハーピーの首筋に愛用の短剣を突き刺した。

 人間部分の脆い部分だった事もありボスハーピーには致命傷だった。

 そしてルシファーがボスハーピーを見つめながら命令した。


「その傷を治してやってもいい。肉も新鮮でいい奴をやろう。その代わり僕に忠誠を誓え、他のハーピーにもそうさせろ」


「・・・・・・グギギギ、ワ、ワカッタ!」


 ルシファーはボスハーピーの額を指さすと耳鳴りの様な音が鳴りボスハーピーの傷が癒えていった。

 そしてボスハーピーのルシファーを見る目が獲物を見る目から雄を見る目に変わっていた。

 ボスハーピーは魔王以上に強いと感じたルシファーにときめいてしまったのだ。


「るしふぁー、しゅきィ……❤」


「おいおい、勘弁してくれよ。僕に異種族交配の趣味はないって」


 とにかくボスハーピーのおかげで魔王軍のハーピー軍団を根こそぎ奪う事に成功したルシファーであった。



 ―街の路地裏


「おい人狼、その情報は本当だろうな!」


 魔王の配下のダークエルフが人狼の男に怒鳴る。

 あまりの内容に相当ショックを受けている様だ。


「声がでけぇよ!ハーピー連中とその親玉をルシファーが手に入れちまったんだよ!」


 なんとその密談の相手の正体は人狼のクラウスであった。


「だとしたらゆゆしき事態に……」


「全くその通りだ」


「「誰だ!」」


 魔王の配下のダークエルフとクラウスが後ろの人影に振り向く。

 その正体はルシファーであった。

 ルシファーはダークエルフの頭を掴むと、ダークエルフは目と口から強烈な光を放ち焼け焦げてしまった。

 その光景を見てクラウスが腰を抜かす。


「ち、違うんだ旦那!これには訳が―」


「薄々勘づいてはいたさ。まあ泳がせてただけだがね」


 ルシファーは人外の集まるこの街に疑念を抱いていた。

 吸血鬼に人狼に、そして人外ではないが人を超越している魔女達。

 いずれも魔王の配下であり、そうでない野良の存在がこれだけ集まるなど不自然極まりない。

 となれば彼ら彼女らは魔王の手先と考えるのが自然である。

 いずれも目的は魔物の水面下での勢力拡大、そして人間サイドの情報収集だろう。

 ルシファーはそれが分かっていてあえてクラウスを見逃していたのである。

 自分達が勢力を増し、魔王軍の勢力を削いでいるという情報を伝える為に。


「これからはお前にダブルスパイになって貰うぞ。さもないと……」


「わ、わかりました!」


 ルシファーは念の為クラウスの額に指先をやりマインドコントロールすると、ルシファーの情報を限定的に魔王軍に伝えつつ、魔王軍の情報を得て来るように命じた。

 いつの時代もどの世界も情報を制する者が勝つのである。

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