第19話「悪魔崇拝」

 第十九話「悪魔崇拝」


 ルシファーは考えていた、この異世界の死神に余命五年と告げられた事を。

 不死の自分が死ぬと言う事はミカエルに殺されるか他の自分と同等かそれ以上の存在に消されるかだ。

 しかし他の現代の大天使はミカエルを除きルシファーに殺されているし、この世界に天使はいないとメナスも言っていた。

 つまり異世界の大天使と言う可能性も無い訳だ。

 ルシファーは余命を伸ばす為に異世界の大天使の力を手に入れたいのだが……

 しかしこのメナスと言う女神の言う事が本当ならである。

 彼女は酒飲みのあばずれでいい加減な女である。

 あんな駄女神の言う事を真に受けてもいいのだろうか?


 そして唯一の懸念とすればこの世界の魔王だが、ルシファーにはここの魔王の力が今一分からない。

 こんなレベルの人間世界を未だ征服できてない所を見ると余程弱いのだろうか。

 ルシファーはこの異世界の魔王が到底自分よりも強いとは思わなかった。



 ルシファーがバーカウンターでモヒートを飲みながら考え事をしているとカウンターに古びたベージュのコートを着た中年の男が座ってくる。


「モヒートを一杯くれ」


「今は品切れ中でね」


「嘘つけ、女神から力を授かってるのは知ってるんだぞ。それに、この世界の大天使の情報を探してるんだって?」


「君は何者だ?」


「私か?ただの神の書記だよ。異世界に左遷されたね」


「神の書記……メタトロンか」


 メタトロン、神の書記として活躍した天使である。

 常に神の最も近くにいる存在として敬われていた。

 神がいなくなり用済みになるまでだが。


「私はそもそも末席のただの天使だ。たまたま神の目に留まったから書記を命じられただけ」


「神が去った後の君は行方不明だったな。この世界にいたのか」


「この世界では神の書記から解放されて自由奔放に生きていたよ。スローライフって奴さ」


「君の事はどうでもいい。大天使はどこにいるんだ」


「この世界には遺跡があってね。この世界には昔天使がいたんだよ」


「じゃあ今はどうなってるんだ?」


「化石になって大人しくしているよ」


「石か……メデューサの血清が効くかもしれないな」


「行くなら早くした方がいい。この世界の魔王も天使に目を付け始めている」


「じゃあその遺跡の場所を教えろ」


「申し訳ないが遺跡の場所は魔王軍のトップシークレットでね、私にも分からん」


「そうか……ところで天使のお前が何で私に協力してくれるんだ?」


「神は私の人生を滅茶苦茶にしてくれた。その復讐をしたい。異世界も現代も滅茶苦茶にして欲しい、特に彼が愛した人間と私を蔑んだ天使どもを」


「構わないさ、丁度予定していた所だ」


 今ここに他のメンバー達が残っていたら何を言っただろうか?

 運よく?ここには今ルシファーとメタトロンしかいなかった。


 ―ルシファーズハンマー、閉店後


 メタトロンが去り、他のスタッフ達が帰った頃ルシファーは店のど真ん中にいた。

 黒猫の鳴き声が夜の静寂に響く。


「さて、探してみるかね、その遺跡とやらを」


 ルシファーは千里眼を使い大天使の化石のある遺跡を探した。

 しかし黒い靄の様な物が周囲を覆っていた。

 その周辺一帯は魔王城と魔王の領域だった。

 メタトロンが魔王も大天使を探していると言っていた。

 つまり魔王が大天使を見つけるのも時間の問題という事である。


「早いとこ見つけないとな」


 ルシファーは早い内に魔王軍に攻め込もうと心に決めた。


 ―それから数日後の夜


 とある廃墟の一室で魔方陣が描かれその上で山羊の頭の皮を被った男女が呪文を唱えている。

 そしてその魔方陣の中心にはルシファーがいた。

 山羊頭の男女は金色のゴブレットに黒い血をなみなみと注いでいる。

 それはルシファーの腕の血だった。


「さあ下僕達よ、その血を飲むと良い。超人的な力を得られるよ」


 山羊頭の男女はルシファーの血を次々と飲んだ。


「ルシファー様万歳!」


「ああ、なんて清々しい気分なの!」


「なんか無性に何かを破壊したくなってきた!」


 男女は破壊衝動に駆られ街に繰り出した。

 ルシファーの血は人間を隷属化し肉体を強化する事ができる。

 それも麻薬の様な強い中毒性があり、無性に飲みたくなるのだ。

 その血の渇きは吸血鬼のソレと似ており、止むことが無い。

 しかも飲まないと死ぬという……まさに堕天使の呪いである。

 悪魔の魔王ルシファーはこうやって徐々にだが人間の僕を増やしていった。

 まさに悪魔崇拝である。

 魔王に対抗するには魔物を僕にするだけでは足りない。

 人間を配下にしなくては間に合わないのだ。


 ―魔王城


「魔王様、ルシファーに例の情報を吹き込んで参りました」


 中年のくたびれたコートの男が魔王スカーレットに報告する。

 彼は神の元書記、メタトロンであった。


「これで奴の仲間の天使とやらも付いて来るな」


 魔王スカーレットはその美しい長い赤髪を揺らしながら玉座で笑った。

 それを見て横でニヤついていたのはメタトロンだった。

 彼はルシファーが堕天使である事も悪魔である事も元大天使である事も何も伝えて無いのだ。

 これがルシファーの為なのか自身の策略の為なのか、真実はメタトロンのみが知っていた。

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