第18話「航海」

 第十八話「航海」


「さあ、ちょっと食料の買い出しに隣の大陸まで航海するぞ!」


 ルシファーがバンダナを頭に巻き、カトラス(大航海時代のサーベル)を手に骸骨の書かれた黒い半袖のTシャツを着て騒いでいる。

 リィンもゴブ子もフォルスもうんざりした様子だ。


「移動なら私の翼で十分なんじゃないか?」


 フォルスは天使で天使の翼で瞬間移動できるのだ。

 わざわざ時間を掛けて海路で行く必要はない。


「分かってないなぁ。豪華客船でもない、最新型のクルーザーでもない、貿易船で行くのがいいんじゃないか。快適過ぎてはロマンが無い」


 その言葉に難色を示したのはリィンだった。

 彼女は山育ちで海とは縁がない。

 得体のしれない存在に体が拒否反応を起こしていた。

 それを見てルシファーはほくそ笑んだ。

 リィンの苦しむ姿を見てみたいと。


「じゃあ今回の航海にはリィンが来てもらおうか。他は店番を頼む」


「……お前、わざとやってるだろう」


「当たり前じゃないか」


 契約がある以上、どんな嫌な命令も断れないリィンはルシファーについていくしかなかった。


 ―貿易船の上


 輝く太陽、涼しい磯の香りのする風、青く波打つオーシャンブルーの美しい海……今日はいずれも揃ってまさに航海日和という奴だった。

 が、しかし海を経験した事のないリィンにとっては地獄だった。

 リィンは今にも吐き出しそうな顔をして船尾に腰かけている。


「おやおや、エルフの山育ちのお嬢さんには厳しかったかな?」


 リィンをからかうルシファー。

 そもそもこんな所に連れて来たのはお前だろうという目で睨みつけ抗議するリィン。

 しかし吐き気を止めるのに手一杯で言葉にする事などできなかった。


「黙れ……うぇっぷ!」


「おいおい、吐くなら海にしてくれよ。船を汚されたら清掃員が可哀想だ」


「言われなくても、うえっぷ、分かっている、うえっ!」


「おいおい、本当に大丈夫か?」


 ルシファーが本気で心配してリィンの背中をさすりだしたその時である。

 ドカン!と強烈な一撃がルシファー達の乗る貿易船を襲った。

 海賊船の船首が貿易船の横っ腹に突撃したのだ。

 海賊船は貿易船と並行に向きを合わせると板の橋を架けて乗り込んできた、白兵戦である。

 ルシファーは待ってましたと言わんばかりにカトラスを手にすると、海賊船に乗り込み応戦した。

 まるで遊園地のアトラクションに乗り込む子供である。


「そらそら海賊君、そんなんじゃ海におっこちるぞ!」


 ルシファーが海賊の青年とサーベルの突き合いをしている。

 ルシファーは海上での剣での白兵戦の経験はかなり昔の時やったきりでかなりのブランクがある。

 今回の白兵戦も海賊に後れを取り、見事ルシファーの胴体にカトラスが刺さってしまった。


「やったぜ!調子に乗るからだ!」


 ルシファーは首をかしげ胴体に刺さったカトラスを抜き海に投げ捨てた。

 そして海賊に向けて手をかざす。

 海賊は宙を浮くと、海の上まで吹っ飛ばされた。

 無論助ける者などいないので彼は海の藻屑である。

 ルシファーは何事も無かったかのようにシャツをはたくと海賊船の海賊達を皆殺しにしようとした。

 その時である、海に巨大な影が現れた!

 その影は海賊船を薙ぎ倒し海賊船は崩壊していく。

 ルシファーは間一髪のところで倒れた海賊船のマストを伝って貿易船に乗り移った。


「ふぅ、間一髪だったな」


 ルシファーが一息入れている所に海賊の男が現れた。

 リィンも一緒の様である。


「おい、そこのお前!大人しくしろ!この女がどうなってもいいのか!」


「おい、その女は今はやめておいた方がいい。危険だ」


「そんなコケ脅しに屈する俺様じゃ―」


「そ、そんなに腹を圧迫したら―」


 リィンは全てを吐き出した。

 船上には一面今朝の朝食だった物がぶちまけられている。

 海賊の男はあまりの出来事に狼狽していた。

 ルシファーはその隙を見逃さずに手を海賊にかざすと海賊を海に放り投げた。

 ルシファーのありえない力を目の当たりにした残りの海賊達は急いで海に飛び込み逃げ出した。

 残った者は投降し、忠誠を誓った。

 海に逃げ出した連中は大海に逃げ場なし、海賊船の瓦礫にしがみつく位しかない。

 そんな連中をどうするかの前にルシファーには考える事があった。

 この状況の元凶である巨大な影である。


「おい船長、あの怪物に見覚えあるか?」


 ルシファーは海に精通しているという貿易船の船長に話を聞いた。

 船長は神妙な顔をしてこういった。


「あれは大海竜リヴァイアサン、この海に巣くう魔物ですじゃ、この時期には子育てしててこの海域にはいないはずなんじゃが……」


「でも実際いるじゃないか。どうすればいい?」


 すると今度は砲主のリーダーが割り込んで来てルシファーに進言した。


「大砲で攻撃しましょう!今の向きなら先制攻撃が出来ます!」


 海賊船だけでなく怪獣バトルも楽しめるとはルシファーのワクワクは止まらなかった。


「よし、君に任せよう」


「はい!大砲用意!撃てぇー!!」


 側面に配置された大砲が発射される。

 この貿易船は戦闘用の船を改造したもので、貿易船ながら大砲を搭載しているのだ。

 高速で飛んだ鉄球がリヴァイアサンにいくつも突撃する。

 リヴァイアサンはそれに耐えかねたのか大口を開け暴れ出した。

 それを大砲の一撃によるものだけではない事を察したルシファーは意を決してリヴァイアサンの大口から体内に入り込んだ。


「何をやってるんだ、あいつ!?」


 とてもルシファーを追う事などできやしない。

 ただ茫然と見ている事しかできないリィンであった。


 ―リアヴァイアサンの体内


 ここはリヴァイアサンの体内、そこにはこれまで飲み込んだであろう数多の船や白骨化した船員達の姿があった。

 ルシファーはそれを見て恐怖するどころか楽しんでいた。

 そして目当ての品を発見する。

 内部に飲み込まれた船が苦し紛れに発射したのだろう。

 鯨用の巨大な銛が臓器に深く刺さっていた。

 恐らく先程の大砲の衝撃で深く刺さって苦しみだしたのだろう。

 ルシファーはその怪力で銛を引き抜くとリヴァイアサンの体内が大きく揺れた。

 ルシファーが傷ついた臓器に手をやり癒すと体内での振動は止んだ。


「おーい、傷を治してやったんだ!出してくれてもいいだろー!」


 ゴオオオオオオオオオオ!!!


 ルシファーがリヴァイアサンの口元まで来て叫ぶとその大口が空いた。

 そして長い舌をつたって貿易船まで戻った。


「おお、よくぞ御無事で!」


 船長が喜びのハグをしてくるがそれをするりとかわすルシファー。

 そして続いて第二の砲撃を始めようとしている砲主のリーダーを睨みつけてこう言った。


「彼女に悪意は無い。いたずらに傷つけるのはやめるんだ!」


「わ、わかりました(攻撃を命じたのはあんたなんだが……)」


 ルシファーはリヴァイアサンが大人しくなったのを見るとそっとその体に触れた。

 すると今度は砲撃で傷ついた体がみるみると癒えていった。

 その様子を見ていた船員達はルシファーを女神の使いだと褒め称えていたが、先程まで魔王の手先だなんだと恐れていた癖に、人間とは心変わりの早い生き物だとリィンは思った。


「なるほど、子供とはぐれたのか。探してやろう」


 ルシファーは親のリヴァイアサンが子の育成期であるにもかかわらず子供が近くにいない事から、子供とはぐれたのだと察した。

 さしずめ迷子を捜していたお母さんといった所だろう。

 それに加えあの体内の傷だ、暴れるのも無理はない。

 ルシファーは親に捨てられる気持ちが痛いほど分かっている。

 このままはぐれていては親に捨てられたと勘違いしたまま一生を過ごすことになるだろう。

 それを哀れに感じたルシファーは千里眼でリヴァイアサンの子を見つけてやった。

 同情でも良心でもない、単に自分と似た境遇に何かを感じただけだった。


「さて、子供も見つかったようだな。達者に暮らせよ」


 貿易船から離れて行くリヴァイアサン親子に手を振り見送るルシファー。

 その光景を見てルシファーにも良心があるのだなぁと見直したリィンであった。


「お前にも優しい所があるんだな」


「ん?そんな事よりこれ運ぶの手伝ってくれるか」


 それはリヴァイアサンの体内の難破船から持ち出した宝箱であった。

 リィンは「ああ、こういう奴だったな」と思い直した。



 ―???


 女神メナスが髭の痩せ男と紅茶を飲んでいる。

 そこはいつもの机と椅子以外何もない空間であった。


「彼結構家族思いな所もあるじゃない。見直したわ」


「それは父親である僕への当てつけかい、メナス」


「そんなんじゃないわよ。それより彼の事、もう許してあげたら?」


「正直な所彼を追放したのが正しかったのか今は悩んでいる所だ」


「悩みなさい、大いにね。家族がいない私には贅沢な悩みだわ」


「それはそうだよ、煩わしいと思って作ってないからね」


「私にとってあなたはパパになるんじゃないの?」


「創造主を家族とは呼ばないよ」


「それもそうか」


 ルシファーの父、すなわち神と談話する異世界の女神メナス。

 メナスは神の事を知らないと言っていたのにこれはどういう事だろう?

 真実が明かされるのはまだ先のお話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る