第17話「キマイラ(牝山羊)」

 第十七話「キマイラ(牝山羊)」


「魔王様、ついにアレが完成しましたぞ!」


「今度は大丈夫なんだろうな」


「はい、勿論!」


 自信満々に語るのは片目にモノクルをハメているゴブリン博士だ。

 魔物や魔導具の開発や捜索を主な任務としており、魔王軍の参謀である。

 ゴブリンの中では一番の頭脳の持ち主で、頭脳で彼に右に出る者は魔王以外いないとか。

 一方でその魔王は美少女で、床まで届く長い赤髪を揺らしながらゴブリン博士に怪訝な顔をして詰め寄った。

 以前のオーク量産プロジェクトを実験最中に中断して帰って来たからだ。

 ゴブリン博士は恐れながらもその件を報告する。


「あの緑色の巨大オーク、従来のオークの数十倍ものパワーを持っている様で……突然変異ですな」


 緑色の巨大オークとは酒場のウエイター、アレックスが変身してなる巨大な緑色の怪物である。

 前回傑作である灰色のオークが惨敗し逃げ帰った事もあって、魔王からの信頼も落ちていた。


「まあ所詮はオーク、知能は猿以下だ。奴等の仲間になる前に自滅を、運良ければ仲間割れしてくれるだろう」


 余裕の笑みを浮かべる魔王。

 実際通常のオークは魔王の魔術やゴブリン博士の魔導具により操られており制御されている。

 それがなければただの制御の効かない爆弾も同然だ。

 しかし彼らは知らない、オークになったアレックスが人間の理性をある程度残している事を。


「して、今回の実験体の調子はどうだ?」


「はい、古代遺跡から採取しました古代の怪物の一部を掛け合わせ作りました逸品です」


「ほう、それは楽しみだ」


 その元になった怪物はテューポーンとエキドナ、いずれも現代のギリシャ神話に登場する怪物である。

 何故異世界であるこの世界に現代の神話の生物がいるのか、古代の遺跡と現代は繋がっているのか?それともたまたま同じ神話が存在していたのか?真実は異世界の女神、メナスだけが知っている。

 ともあれこの二匹の怪物はいずれも蛇の体を持っており相性は抜群だった。

 産まれた怪物は 頭はライオン、尾は蛇、胴は山羊で胴から山羊の頭が生えており、獅子の口からは炎を吐くという。

 その獰猛な姿を見て魔王は興奮した。


「素晴らしい!じゃあこの魔王が名付け親になってやろう。牝山羊という意味のキマイラはどうだ?」


「ははぁ、ありがたき幸せ!」


 ゴブリン博士はノリノリの魔王に深々と頭を下げて敬服した。

 とは言ってもいつもの事なので形式的な物である。


「では早速キマイラの実験に行ってまいります」


「うむ、頼んだぞ」


 こうしてゴブリン博士は連れのオークに命じると手元の輝くクリスタルらしき物をキマイラに向け、首輪に繋がれたキマイラを城外に連れ出した。


 ―ルシファーズハンマー


 真昼間のルシファーズハンマー、リィンは妹分のエルフの少女から報告を受け神妙な顔をしていた。


「何?肉や野菜が届かないだと?」


「そうなのリィン姉、どうやら仕入れ先の牛車が道で襲われてるらしくって」


「成程、あそこは山賊も出て来るからな。分かった、私とフォルスで行こう」


 リィンがジャガイモの皮むきをしているフォルスを見て声を掛ける。

 今一番の人気商品であるポテトチップスとやらの材料となる食材だ。

 ルシファーが考案した料理らしく、じゃがいもを薄切りにして揚げた物でお酒のおつまみとして大人気なのだとか。

 そのジャガイモももう在庫が尽きかけようとしていた。


「私が行くのは構わないがルシファーは連れて行かなくていいのか?」


「オーナーはアレックスのアレを制御する方法に執着してるからな。邪魔しない方がいい」


 アレとはアレックスが巨大なスーパーオークになる事だ。

 体内で大量のアドレナリンが放出された時に、いわゆる興奮した時にそうなるらしいが、人間の体はそれをコントロールできるようには出来ていない。

 それを黒魔術も兼ねた薬物の力で興奮させたり沈めたりを制御しようという考えの様である。

 いたずらに物や人を傷つけたくないアレックスとしてもルシファーの試みは渡りに舟だった。


 それと本気かどうかは知らないが、魔王を倒せば元に戻す薬も見つかると吹き込んでいる事がルシファーへ協力している理由でもある。

 そんな薬はあるかどうか不明だし、そもそもミカエル打倒の駒にしようとしているルシファーとしては彼にはそのままでいて貰いたいだろう。

 要は治す気等さらさらないという事だ。

 無論アレックスはその真意は知るよしもない。


「じゃあ牛車が襲われた街道まで飛ぶぞ」


「ああ、頼む」


 リィンはフォルスの手を繋ぐと翼のはばたく音共に消えた。



 ―牛車が襲われた街道


 牛車が襲われた現場には片付けられていない牛車の残骸が散乱していた。

 リィンがかがんで瓦礫の山に注目する。

 その壊れ方は巨大な何かに荒らされた様だった。

 最初はオークの仕業かと思ったが、リィンが周辺から獣の足跡を見つける。

 それは巨大な獅子と山羊らしき物だった。


「犯人は獣の様だな。しかも二匹いる、山賊や魔物の心配はなさそうだ」


「それはどうかな……」


 フォルスは少し離れた所で奇妙な獣と対峙していた。

 ライオンの頭と山羊の胴体とそこから生えた山羊の頭、そして蛇の尻尾という巨大で異形な化物であった。


 ガルルルル!!!


 その異形な化物の近くには小柄なモノクルをハメたゴブリンがいた。

 リィンとフォルスはそいつに見覚えがあった。

 かつてのオーク騒動の時にオーク達を引き連れていた魔物である。


「おお、お前達か。しかし残念だな、今日はゴブリーナ様がいないようだ」


「安心しろ、お前の死体はあいつに届けてやる。直ぐに会えるぞ」


 フォルスがゴブリン博士を挑発する。


「ほう、軽口を叩く。どうやらお前は見た目は人間だが、中身は違う様だな」


「当然だ、私は天使だからな」


「テ、テンシ、だと!?これは至急捕獲せねば!おい、キマイラ!こいつは殺すなよ!」


 天使と言う言葉に反応したゴブリン博士はキマイラにクリスタルを向け命令する。

 キマイラはその獰猛な獅子の爪でフォルスを切り裂こうとした。

 フォルスは難なく避けたがその巨大な爪痕は深々と大地を抉った。


「図体はでかいが、攻撃の動作は大きい。落ち着いてやれば大したことはないぞ」


 フォルスが余裕の言葉を吐き、銀の短剣を握る。


「油断するなよ、フォルス。あの山羊の頭がなにをするのか分からない」


 リィンの予想は正しかった。

 山羊の頭は怪しく光ると口を動かし呪文を唱えた。

 すると山羊の頭が再び光り出し魔術の雷をフォルスとリィンに向けて放った。

 警戒していた為間一髪で避けられたがその瞬間獅子の口から炎が吐かれた。

 慌ててリィンの手を繋ぎキマイラの背後に瞬間移動するフォルス。

 しかし常に相手の背後を取るという戦士の習性が今回は裏目に出た。

 キマイラは尻尾の蛇を操るとリィンの体を噛んだ。

 噛み傷自体は致命傷ではないが毒が体に回ってしまった。

 このままでは毒死してしまうだろう。

 幸いフォルスには治癒能力があり解毒もできるがそれには時間と集中力を要した。

 瞬間移動もこの状況では長距離の物は使えない為、逃げ出す事もできない。

 万事休すとフォルスが思ったその時である。

 ドスン!という大きな足音が地面に響いた。


「苦戦しているようだね、力を貸そう」


 そこに現れたのは三つ首が復活したケルベロスに乗ったルシファーだった。


「君達の様子がおかしかったんでね。こんな面白そうな事どうして誘ってくれないんだ?」


「お前にはこれが面白そうに見えるのか?まあいい、とにかく彼女を治癒しないと」


 フォルスが指先をリィンの額に当てると、耳鳴りの様な音が響き、噛み傷が癒え、毒が引いていく。

 真っ青だった顔色も戻った。

 力を連続して疲れたのかフォルスが膝を付く。

 それを見てルシファーは悪趣味な笑みを浮かべ、ケルベロスに命じた。


「そのライオンのごちゃまぜモンスターをやっつけろ。負けたらまた一つ首にしてやるからな」


 グルルル……


 ケルベロスはルシファーに敬服の姿勢を見せると、キマイラの方に向き直りその獰猛な三つ首の牙でそれぞれ山羊の頭に噛みつき喰いちぎった。

 一方でキマイラは負けじとケルベロスの首一つに噛みつき戦闘不能にする。

 その直後今度はケルベロスがキマイラの蛇の尻尾を喰いちぎった。

 キマイラは尾と山羊の頭を失い激痛に耐えながらもケルベロスの二つ目の首に獅子の頭で噛みついた。

 残る頭は一つと一つ、しかし先に仕掛けている分ケルベロスが有利だった。

 当然ケルベロスは残った首でキマイラの獅子の首を噛みちぎる。

 しかしそこは丈夫で何度も噛みちぎらなくてはいけなかった。

 その間キマイラの獅子の牙の猛攻を受け、ケルベロスは致命傷を負ってしまった。

 絶命し倒れ込むキマイラのに横たわるケルベロス。

 そこに満ちたりた顔でルシファーが近寄って来た。


「地獄の番犬の名に恥じない素晴らしいショーだったよ!感動した!褒美にその体を治してやろう!」


 ルシファーがケルベロスの頭を撫でるとその首は元気になり、傷も癒えた。

 千切られた首は自然治癒に任せるしかないが、一つでも首が残っていればケルベロスはいつか完全復活するのである。


「ええい、役立たずめ!撤退するぞ!」


 ゴブリン博士は煙幕をばらまくとそそくさと連れのオークと共にその場から消えた。


 ―魔王城


「で、そそくさと逃げ帰って来た訳か。この愚か者めが!」


 バチン!


 魔王スカーレットが魔力の鞭でゴブリン博士の目の前の床を叩く。

 その床は焼け焦げ大きく抉れていた。

 それを見たゴブリン博士は恐れおののきながら魔王に報告した。


「しかし朗報もございます!奴等の中に天使がいました!」


「天使だと?あの古代遺跡で化石になっているあの羽根つきどもか!」


「奴等は強大な力を秘めています。あの力さえ操れれば……」


「オークの軍勢など不要になるな。分かった、その天使とやらを連れて来い。生け捕りにするのだぞ」


「分かりました、魔王様……」


 キマイラの惨敗などもう忘れ、赤い玉座で笑みを浮かべる魔王であった。


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