第16話「超人」

 第十六話「超人」


 ―魔王城


「魔王様、ついにアレが完成しました」


「おお、よくやった、ゴブリン博士」


「はい、これで少数精鋭だったオーク達の量産にこぎつけられるというもの」


 片目にモノクルをハメた小柄なゴブリンが、赤い毛皮の付いた真紅のローブを纏い、床まで伸びた長い赤髪の女性に敬服し、報告する。

 その女性こそこの異世界の魔王、スカーレット。

 あらゆる魔を司り、数多のモンスターを束ねる魔の女王である。

 そんな彼女にゴブリン博士から朗報とは別に好ましくない報告がなされた。


「それとは別にですが魔王様、ゴブリーナ様が復活なさいました」


「あの魔神がか!?」


 驚愕する魔王。

 ゴブリーナとはルシファーが最近復活させた魔神のゴブ子の事である。

 ゴブリンを吸収する事が出来る彼女は本来の力を取り戻せば魔王を凌駕するほどの脅威であった。


「それだけではございません、ルシファーなる異世界の者がゴブリーナ様と一緒にいる模様です」


「異世界人は女神メナスに力を貰い我に歯向かって来るからな。これは厄介だ」


「なので今回は開発したばかりのアレを投入いたしました」


「うむ、期待しているぞ」


 魔王はその美しい赤髪を揺らしながら玉座に付いた。


 ―ルシファーズハンマー、昼間


「じゃあ君をウエイターとして採用するよ」


「ありがとうございます!」


 そう元気よく答えたのは黒髪でぼさぼさ頭の青年だった。

 青年の名はアレックス、普段は学者を目指して勉学に励んでおり、夜はナイトクラブで学費を稼ごうという考えの様である。

 ルシファーは前回のセイレーン事件の事もあり青年の身辺調査もしたが特に問題はなかった。


「僕、がんばります!」


「ああ、期待しているよ、バイト君」


 ―ルシファーズハンマー、夜


 今日から働くことになったウエイターの青年アレックスは制服に着替えるとナイトクラブに入った。

 中では煌びやかに輝き光を放つミラーボールと聞き慣れない現代の音楽、そしてダンスと会話に興じる男女の姿があった。

 最初は緊張したアレックスだったが、優しいエルフの少女達や面倒見の良い悪魔のカースの助言もあり、初日ながらトラブルも少なくなんとかやれていた。

 しかしその時異常事態は起こった。


 アレックスはゴミ捨てをしようと店の裏のゴミ捨て場に出ていた。

 その時怪しい小さな人影を見かけた。

 子供かと思い注意しようと駆け寄ったその時である。

 アレックスは背後から現れた巨大な人影に掴まれ身動きが取れないでいた。


「は、放せ!」


「ふふふ、君はこのオーク変身薬の実験台になってもらう」


「うわあああああ!!!」


 青年の声が店の裏にこだまする。

 丁度煙草を吸いに店の裏に来ていたルシファーが現場に駆け付けた。

 そこには緑色の巨体な化物、オークがいた。

 オークはルシファーを見るや否や雄たけびを上げながら突撃してきた。

 それを紙一重でかわすルシファーだったが、突撃先にあった岩の塊は粉々に砕け散っていた。


「申し訳ないが今用心棒は募集してなくてね。バーテンなら空いてるけど?」


 飄々と冗談を言うルシファーに激怒したのかは分からないが、狂暴化したオークはまたもやルシファーに襲い掛かった。


 ウガアアアアアアアア!!!


「やれやれ、暴れん坊には退散して頂こう」


 ルシファーが手をかざすとその緑の巨体は吹っ飛ばされ瓦礫の山に激突した。

 しかしオークは大したダメージも無くむくりと起き上がって来る。

 ルシファーは再びオークが襲ってくるかと身構えたが、その予想は外れ、オークは夜の闇へと消えて行った。


「あのモンスターの着ていた服は、もしかして……」


 ルシファーはあの巨大なオークに思いたる節があったのか頭を悩ませていた。


「オーナー、モヒートの材料が切れそうです」


「ああ、今行くよ!」


 その思考はエルフの少女の一言で中断した。


 ―数分後


 ルシファーズハンマーの入り口周辺が騒がしい事になっている。

 用心棒の二人の巨漢の悪魔が床に倒れ込み、クラウスやエルフの少女達が怯えている。

 異常を知らされたルシファーは現場に急いだ。


「おい、僕の店で何をしている、モンスター君」


「おおこれは申し遅れました。私の名はゴブリン博士、魔王様の部下です」


「魔王だって?」


「今日はそちらにいる不完全なゴブリーナ様を始末しにきました。さあジューダス、やってしまえ!」


 ウガアアアアアアアアア!!!


 ジューダスと呼ばれた灰色の巨大なオークがゴブリーナことゴブ子に向かって突撃して来る。

 それを遮る様に何かが割り込んだ。

 店の裏でルシファーを襲った緑色の巨大オークである。


「オレ、コイツ守ル!」


「あら、勇ましいボディガードだこと」


「ええい、どこのオークかは知らんが裏切者め!やれ、ジューダス!!!」


 緑色のオークは灰色のオークと組合力比べを始めた。

 その勝負にはあっさり緑色のオークが勝ち、灰色のオークを壁に投げ飛ばした。

 勝ち目がないと悟ったのかゴブリン博士とその取り巻き、そして灰色の巨大オークは一目散に逃げだした。

 その直後であった、緊張が解け興奮が止んだせいなのか、緑の巨大オークの体がみるみると小さくなり肌は緑から肌色になっていった。

 その姿は新人ウエイターのアレックスであった。

 倒れ込むアレックスにルシファーが手を差し出す。


「オークの時の君の服がウチの制服だったからね。薄々分かってはいたよ」


「すいません、オーナー。あの小さなゴブリンに変な薬を打たれてから興奮するとあの姿になっちゃって……迷惑ですよね、僕今日で辞めます」


 当然辞めさせられるだろうと覚悟していたアレックスは自分からその話題を切り出した。

 しかしルシファーの答えは予想を裏切る物だった。


「とんでもない、むしろ歓迎するよ!その力を使って共に魔王を退治しようじゃないか!」


「え、魔王をですか!?」


 そんな勇者みたいな真似自分に出来るのか?

 いや、今の自分にならできるかもしれない、アレックスには希望と自信が湧いていた。

 その正義感が異世界の魔王に利用されているとも知らずに……

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