第7話「刺客」

 第七話「刺客」


 ―ある日の晩


「やめてくれ!」


 男の悲鳴が路地裏に響き渡る。

 悲鳴の主は腕が折られ体中をナイフで刺されている。

 そしてその路地裏にもう一人いた男の姿が雷鳴で照らされる。

 その男は黒い短髪に顎髭の黒いオーバーコートの黒服の青年、ルシファーだった。


「きゃああああああああ!!!」


 路地裏の惨劇と二人を見た女性が声を上げる。

 当然ルシファーも見ただろう。

 女性の悲鳴を聞いたルシファーは一目散にその場を去った。


 ―ルシファーズハンマー(悪魔の鉄槌)


 ルシファーは残された標的の酒場「魔女の館」への対策を考えていた。


「魔術なら私も使える。今直ぐ乗り込もう」


「彼女達は君達みたいにドンパチはしない。ここを使うんだよ」


 ルシファーは指で自分のこめかみをつんつんと指した。

 調べた所この魔女達は冒険者達の言う魔術師とは異なり、

 黒魔術や呪いを得意とする厄介な存在だ。

 迂闊にその本拠地に乗り込んだら大量の罠にはめられる事になるだろう。

 ルシファーが魔女対策を思案していると酒場の扉が大きな音を立てて開いた。

 それは4、5人の屈強な警官隊だった。


「貴様、ルシ・ファーだな!逮捕する!」


「だから変な所で区切るなって。それに逮捕だって?」


「罪状は5件の殺人及び殺人未遂だ!もう逃げられんぞ!そして昨晩の殺人で1件追加だ!」


「まってくれ人間、事件のあった昨晩は、彼はずっと私と店にいたぞ」


 リィンがルシファーを弁護する。

 このままルシファーが逮捕されようものなら抵抗して警官隊が虐殺されるのは目に見えているからだ。

 しかしその予想に反しルシファーはあっさりと手錠を掛けられ逮捕されてしまった。

 抵抗する様子もなく完全に無条件降伏である。


「オーナー!」


「店の開店準備は進めておくんだぞ、カース」


「はい、ルシファー様」


 悪魔のカースは動揺ひとつしていない。

 この行動がルシファーの考えによるものだと理解しているからだ。

 彼の知略、計画性は悪魔の中でも群を抜いているのだ。


「じゃあいくぞ、さっさと歩け!」


 警官隊を率いる男に小突かれるルシファー。

 ルシファーは状況に反し愉快そうに笑みを浮かべていた。


 ―地下牢


「ははっ、ようネズミ君達」


 ルシファーのぶちこまれた地下牢にはネズミ達が這いまわっていた。

 傍らには白骨化した死骸も放置されている。

 とんだ同居人だ。


「ネズミに挨拶とは余裕だな。だがあれだけの事をしたんだ、首つりの刑確定だな」


「そんなもので死ねればいいんだがね」


「冗談を言えるのもこれまでだぞ。死ぬ前に貴様はこれまでの事を悔いて拷問を受けるんだ。途中で死ぬなよ?」


「安心してくれ、僕は死なない」


「そうあって欲しいね。貴様は衆人の前で裁きを受けるんだ」


 これは実際強がりでも誇張でもなんでもなく、ルシファーは基本不死の存在なので死ぬことはない。

 ミカエルの様な大天使級の一撃でもないと殺すことはできないのだ。

 人間の拷問など地獄のソレに比べたら文字通り児戯に等しく、ルシファーにとっては蚊にさされるレベルの物だった。


 ―地下牢・拷問部屋


 幾つもの刃物と鈍器の入った袋をじゃらじゃらと音をさせながら一人の大男と老人が入って来る。

 老人は大男から拷問器具の入った袋を受け取るとさっそく拷問の準備に入った。

 年季の入った皮の手袋をはめながら老人はルシファーに話しかけた。


「さて囚人8号、お前さんはどこからやられたい?目か?耳か?鼻か?」


「うーん、さっきから背中が痒くてね。背中から頼むよ」


 ルシファーが拷問の雰囲気に怯えもせず言う。

 一方老人も不気味な笑いを浮かべルシファーの態度に臆さない。

 老人は大男に命じると大男は袋から鋼の鞭を取り出した。


「背中が痒いんだろう?こいつでかいてやろう」


 大男は鋼の鞭をルシファーに向けて振り下ろす。

 常人であれば、いや屈強な男性であってもその気絶寸前の激痛に声もでないだろう。

 着ていたシャツは裂け背中に大きな赤い傷が残る。

 そこからは血が滴り落ちていた。

 しかしルシファーにはなんの痛みもないし、傷も瞬時に治ってしまう。

 むしろ鼻歌を歌って余裕まで見せていた。


「そ、そんな馬鹿な!じゃあこれでどうじゃ!」


 信じられない光景を見て正気を失った老人は傍にあった数本の短剣を次々とルシファーに刺していく。

 しかしルシファーはまたもや余裕の表情を浮かべている。


「おお、黒髭危機一髪か、懐かしい」


「お前さん人間か!?どうなっておる!」


「人間な訳ないだろう。僕は魔王ルシ―」


 ルシファーが名乗りを上げようとしたその時である、突然矢が飛んできて老人の腕をかすめた。

 矢には麻痺薬が塗ってあり、老人は動けなくなった。


「助けにきたぞ!ルシファー!」


「おお、リィン。来てくれたか」


 矢を放った主はエルフの少女リィンだった。

 地下牢に連れて行かれたルシファーの後をつけ助けに来たのだ。


「再会のハグでもしたい所だが、まずはこのデカブツを何とかしないとな」


 うがあああああ!!!!


 残された大男がルシファー目掛けて突撃してくる。

 ルシファーは目を赤く光らせ縛られていた縄を解き、自身に刺さっていた大量のナイフを抜くとそれを大男に放り投げた。

 まるでサーカスのナイフ投げの様に大男の体の周囲にナイフが刺さる。

 自身に刺さらなかった事に安堵した大男は再びルシファーに襲い掛かって来た。

 その瞬間、大男にリィンが金的をくらわした。

 あまりの痛みに大男は倒れ込んでしまった。


「さあ、早く逃げよう!ルシファー!」


「あ、ああ……」


 リィンはルシファーの手を取ると二人で地下牢から抜け出した。

 そして……


 ―街の宿屋


 いきなりルシファーズハンマーに帰ってもまだ警官隊が残っているだろうとリィンが言い、今夜は宿屋に泊まる事にした。

 部屋は節約も兼ねてリィンと同部屋である。

 そしてなんと部屋に着くなりリィンがおもむろに来ていたコートをや衣服を脱ぎだした。


「は、恥ずかしいから脱ぎ終わるまで後ろを向いていてくれる?」


「あ、ああ……」


 プレイボーイのルシファーにとっては慣れっこの状況だがリィンはそうではない。

 純粋無垢なリィンは頬を赤らめながらカーテンを自分に巻き姿を隠した。

 ルシファーは大人しく後ろを向いた。

 衣がこすれ床に落ちる音が夜の静寂に響いた。


「も、もういいぞ」


 背中からリィンの声がする。

 ルシファーが振り向くとそこにいたのはリィンではなくリィンの服を着たルシファーだった。

 それはルシファーの眼前に迫っていて体にナイフを突きつけている。


「うーんさすがのハンサム顔だ。今度は僕の姿に化けたのか。これがシェイプシフターって奴か」


 シェイプシフターとは姿形を自由に変え、声まで変えられるという魔物である。

 骨格の大きく違う大男や子供でも、女だろうが老人だろうが自由に姿を変えられるのだ。


「お前にはここで死んで貰う。そして俺が新しいルシファーになるのさ」


「ところで聞いていいか、玩具のナイフで何を殺すつもりだ?」


「なに!?」


 偽ルシファーがルシファーにナイフを突き刺すとその刃は柄に収納され引っ込んだ。

 驚愕し思わず何度も刃を出したり閉まったりしてる偽ルシファー。

 それを見てルシファーはいつもの高笑いをした。


「はははっ、すり替えておいたのさ!」


「貴様、いつから気付いていた!」


「牢獄に君が来てくれた時からかな。彼女は僕の事をオーナーって呼ぶんだよ。リサーチ不足だったね」


「くそっ……」


「更に言えばリィンは僕を嫌っているからこんな事はしない」


 ルシファーの声が笑い声が消え冷徹な物に戻っていく。

 これが本来の魔王の声だ。


「じゃあなぜここまで生かしておいた!」


「確かにいつでも殺せたさ。でも君が僕に化けるまで待とうと思ってね。まあ化けないのなら無理矢理にでもやらせたが」


「俺にお前に化けさせる為だって!?」


「今後僕はこの世界のお尋ね者になる予定でね。表向きには死んでた方が便利なのさ」


 ルシファーは目を赤く光らせ偽ルシファーの顔を鷲掴みすると、偽ルシファーは目や口から大量の光が放たれ、目から血を流して焼け焦げて死んだ。

 それに今着ているルシファーの服を着せてルシファーの死体の完成である。

 そしてルシファーは偽リィンの服を着るのだ。

 さすがに裸でいる訳にはいかない。


「こいつが単独で僕を殺そうとする理由がない。裏で指示した奴がいるな」


 ルシファーが偽ルシファーの体をまさぐると背中に刻印の様な物が彫られていた。

 それは魔女が黒魔術や呪いに用いる魔法の文字である。

 魔物を隷属化する呪文の様な高等な物は使える魔女は限られていた。

 そんな魔女達が集うのが酒場、魔女の館である。

 このシェイプシフターが魔女の館の刺客である事は間違いないだろう。


「よし、この仕返しはたっぷりしてやらないとな」


 ルシファーは自分に手を出した魔女達を心底後悔させてやろうと心に決めた。



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