第8話「ウィッチ・ホール(魔女の館)」

 第八話「ウィッチ・ホール(魔女の館)」


「うーん、今日もモヒートが美味いな」


 ルシファーは自身の酒場のカウンター席でカクテルを楽しんでいた。

 勿論好物のモヒートである。


「おいオーナー、こんな悠長なことしていていいのか。魔女の館を潰すんじゃないのか?」


「それに対しては対策を考えている所だ。奴等は手強いからね」


「でもお前は不死なんだろう?怯える必要なんてないだろうに」


「確かに僕は最強だが、世の中には最強の存在をなんとかする方法というのが存在するのさ」


 ルシファーが顔をしかめながら言う。

 過去に何かあったのだろう。

 しかしルシファーはそれを語ろうとしない。


「まあこうしていても始まらない。早速行くか。それとリィン、君はこなくていいぞ」


「何故だ?人数は多い方がいいだろう」


「僕に何かあった時のバックアップをして欲しい。念の為にね」


「わかった、ここでお前の帰りを待つとしよう」


 リィンは渋々ルシファーズハンマーに残る事にした。

 椅子や机などの配置、ミラーボールの作成など酒場の準備の為にやる事はたくさんある。


 ―魔女の館(ウィッチ・ホール)


 ルシファーは魔女の館の中に足を踏み入れた。

 そこにはとんがり帽子を被った老女ではなく、妖艶なドレス姿の若い女性達がいた。


「おお、これは良いサービスが期待できそうだ」


 ルシファーがカウンターに座ると

 その横に紫髪のロングヘアの女性が座った。


「さあ、お近づきの印にどうぞ」


「ありがとう、頂くよ」


 ルシファーは出されたグラスに入った酒をぐいっと一気飲みした。

 周囲から拍手が起こる。


「どうやら歓迎してくれるようだね。殺し合いの前の食前酒か?」


「やーねー、そんな物騒な事言わないでよ。これは私達の正直な気持ち」


「ふーん、じゃあこの街から立ち退いてくれるかい?」


「それはお断り」


「じゃあこの街から消えて貰……」


「ふふっ、おやすみなさいハンサムさん」


 ルシファーはふらつきそのまま眠ってしまった。


 ―ルシファーの???


「ここは、どこだ?」


 ルシファーが目覚めたのはアメリカの平凡な民家のベッドの上。

 そこにはルシファーだけじゃない、傲慢で堅苦しいラファエル、お調子者で陽気なガブリエル、父親に絶対服従だが野心も満々なミカエル達兄弟もいた。

 皆楽しそうに兄弟仲睦まじく遊んでいた。

 元の世界の天界では父たる神がいなくなってからはすこぶる仲の悪かった大天使の兄弟がである。

 そして庭には犬と戯れている痩せた髭の男が一人いた。


「もしかして、父さん?」


 ルシファーが恐る恐る声を掛ける。

 男が振り向くとそこには顔の無い男がいた。


「父……じゃないな。何者だ!」


 キシャアアアアアア!!!


 ルシファーの父だったその男に裂けた口が現れルシファーをその大口で呑み込もうとした。

 ルシファーは手をかざすと反撃しようとする。

 しかしいつもの様な力は発動しなかった。

 相手が”神”相手だからなのか、それとも別の理由からなのか、ルシファーは戸惑ったが逃げた。


「おい、メナス!ここは異世界で僕の世界の神はいないんじゃないのか!」


 ルシファーが虚空に向かって異世界の女神の名を叫ぶ、が返事はない。

 そもそも現代にいるか死んでるか宇宙のどこかにいる兄弟や父が急に現れた時点でおかしい。

 まるで夢の様な状況だった。


「まさかこれは夢の中か……?」


「ご名答♪」


 そこにはルシファーに酒を勧めた魔女がいた。

 妖艶な笑みを浮かべルシファーに近付いて来る。

 その手にはナイフが握られていた。

 ルシファーも自分の銀の短剣を取り出す。

 しかしここは夢の中、その超常的な力も発揮できない。


「その短剣で何するつもり?」


「こうするのさ!」


 ルシファーが魔女の心臓を一突きする、が魔女はピンピンしている。

 ルシファーは何度も刺した、何度も何度も。

 しかし魔女は一切ダメージを受けていない様で飄々としている。


「忘れたの?ここは夢の中よ?」


 魔女が手のナイフをルシファーに振り下ろす。

 間一髪で避けたが顔に軽くかすった。

 その傷からヒリヒリした痛みを感じる。

 夢の中で力が使えないルシファーだから傷の回復能力も使えない。

 そして夢の中で死んだ者は現実でも死ぬ。

 それこそが不死身のルシファーを殺す魔女達の攻略方法だった。


「その短剣でどうするつもり?この夢の中では私は無敵なのよ?」


「こうするのさ!」


 ルシファーは短剣で”Dream Help!”と腕に刻んだ、痛みを我慢して。

 それを見た魔女は何も分からず驚愕した


「何やってるの!?教えなさい!」


 魔女がナイフでルシファーを突き刺そうとした瞬間ルシファーは消えた。

 そう、起きたのだ。

 正確には様子を見に来たリィンに起こされた。

 リィンが自分の後を尾行していたのは分かっていたので、これは博打でも何でもなかった。


「全く、世話の焼けるオーナーだ」


「さすがは優秀な従業員だ」


「くそ、殺してやる!」


 紫髪の魔女が合図をすると魔女達が手をルシファーにかざす。

 手から氷、風、炎、雷、あらゆるものが放たれようとしていた。

 しかしルシファーはそれより早く手を握る。

 その瞬間ルシファーの瞳が赤く光り、魔女達の首が弾け飛んだ。


「もうしばらくは夢を見たくないな」


 モヒートを作りグラスを手に飲むルシファーだった。


 ―ルシファーズハンマー


 モヒートのグラスを片手に改装されたバーの内装を確認するルシファー。

 それは現代風のナイトクラブで立って踊り飲む為に一階にはカウンターしかなく、

 二階はVIP席として洋風の黒檀の机と椅子が設置されていた。

 天井には魔術式を内蔵した光るミラーボールや照明が設置されている。


「どうだオーナー、素晴らしいだろう」


「殆どやったのは俺達なんだが…」


 自慢げに誇るリィンの横でカースがぼやく。

 まあ二人ともボーナスをやるとしよう、とルシファーは思った。

 邪魔者は全て消えた、そしてまもなくルシファーズハンマー(悪魔の鉄槌)は開店するのだ。

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