第44クエスト ビースト族の青年

 その頃、シルフィ達はカルディアの塔を登っていた。



 周りを見ると、暗い装飾の壁に松明。至る所に牢獄の部屋があった。そしてその中に、鎖で繋がれた囚人やモンスターがあちこちで見かける。そんな牢屋だらけの塔を進みつつ、目の前のモンスター達を倒していた。



「コリザード!」



 氷の散弾がクライスの下っ端モンスターに直撃する。倒れ込むと、黒いモヤを吐きながら消えていった。



「ふう、階を上がるごとにモンスターも増えていきますね」


「シルフィの言う通りだけど、奴らの強さも微妙に上がってきてるわ。慎重に進みましょ」



 アクリアが言うように、階を進むごとにモンスターの能力が上がってきている。今はまだ楽に勝てる範囲内だが油断はできない。シルフィは唾を奥に飲み込んだ。



「2人の頑張りは無駄ではないみたいだ。どうやら近くにアクロさん達の反応があるよ」



 マイヤがそう言うと、シルフィは喜ぶ。



「占いの反応ですか? もうすぐですよ、アクリアさん!」



 アクリアは近くの階段を見上げて言った。



「いよいよアクロ先生やゼシロス先生、ソンゴウさんに会えるのね……!」



 アクリアは急ぎ足で階段を登っていく。続くようにシルフィも小さい体で進む。胸を高鳴らせながら一歩ずつ踏みしめる。階段の先にあったのは、先ほどの牢屋だらけのエリアではなく何もない拾い空間だった。



 シルフィは思わず辺りを見渡す。



「なんでしょう? この場所、ただ広くて何もないみたいですけど……」


「この反応……胸騒ぎ……! 2人共、あそこを見るんだ!」



 マイヤが視線を移した先、そこは天井だった。何かが見えた瞬間、シルフィは後ろに半歩下がった。



「あれって、アクロ先生達……ですか!?」



 天井に存在する魔力でできてるであろう緑の透明な球体。その中に、びくとも動かず目を閉じたアクロやゼシロス、そしてソンゴウが閉じ込められている。彼らの姿を見つけた瞬間、シルフィは思わず手を伸ばす。



「どうやらあの球体の中に閉じ込められてるみたいね。早く助けてあげないと!」



 アクリアが叫んで、杖を前に出して球体を撃ち落とそうとする。しかし、マイヤが右手で制止する。



「あの球体、恐らくアクロ達の魔力を吸い込んでいる。下手に撃ち落とせば爆発するだろう」



「でも、このまま放っておけばアクロ先生達が……!」



 シルフィが弱々しく言うと、マイヤは軽く微笑んだ。



「安心してくれ、あの球体から逃れる方法は私が解決する。あれは魔力でできた牢獄。対象の魔力を吸いつくし、最後は死へ追い詰める。この部屋の中にいる牢獄を作った本人……私達の敵を倒せば消える――そうだろう? そこの誰かさん」



「ほう。オレの存在に気づくとは、なかなかのやり手と見た。気配を消していたつもりが見つかるとは……戦いがいがありそうだ」



 男性の声がしてふと振り返る。



 薄暗い場所でよく見えなかったが、誰かがこちらに近づいて歩いてくる。その姿を見た瞬間、驚愕してしまう。そして、隣りにいたアクリアも同じような表情をしていた。



「あ、あなたは……!?」



 アクリアの問いかけに青年は手に持っていた大剣を振り下ろす。その瞬間、重い風圧と一緒に黒い魔力の斬撃がギリギリのところで飛んでくる。斬撃が通り過ぎると、後ろの壁へ激突して瓦礫が崩れ落ちた。



「このオレに名乗らせるとは身の程を知るがいい。ここに来たということは奴らを助けにきつもりだろうが、貴様たちも同じ運命を辿らせてやろう」


「なによこいつ……! いきなり攻撃するし、上から目線だし滅茶苦茶じゃない……それにあの顔……キバッグに似てる?」



 青年はビースト族。まるでキバッグを成長させたような外見をしていた。虎を彷彿とさせる大剣。黒いローブを羽織って、頭を隠している。



「ほう、奴を知っているとは……まあいい。久しぶりの戦いだ、女だけとはいえ存分に腕を振るってやる」



 青年は大剣を構えると、シルフィ達も咄嗟に身構える。



「誰か知らないが、強敵であることは確かだ。気をつけて戦おう……!」



 マイヤの体中に複数のカードが回り始める。アクリアは杖の先を相手に向け、シルフィは両手を前に出し、サポートの準備をする。



「さあ、派手な戦いの始まりだ……!」



 先手をとったのは青年だ。歯を食いしばり、こちらを睨みながら襲いかかる。大剣を振りかざした瞬間、またもや黒い魔力の斬撃を飛びかかってくる。

 シルフィ達はその場から離れて回避する。そして、こちらから仕掛けたのはマイヤだった。


 彼女はカードを手に取ると、それを前に出した。



「こちらも行かせてもらう、いかづちの死神!」



 マイヤが唱えると鎌を持った死神が頭上に現れる。武器を振りかざした瞬間、青年の頭めがけて雷が降り注ぐ。



「これしきの攻撃、何とでもない」



 青年は大剣を上に掲げると、雷からダメージを負わずに守っている。攻撃が不発に終わると、マイヤはふっと笑っている。



「やはり簡単にはいかないか……シルフィ!」



 名前を呼ばれると、シルフィは小さく頷いた。合図はもちろん、アクリアとマイヤのサポートだ。両手を前に出し魔力を集中させると魔法を唱えた。



「オフェンサー!」



 両手が光った瞬間、アクリアとマイヤの体が赤く光る。これで攻撃力の増加はできた。後は、彼女達に任せるしかない。そう願い、シルフィは後ろに下がった。



「ありがとう、シルフィ! アタシもやってやるわ、チェーンプリズン!」


 アクリアの魔法で、地面から鉄の鎖が4本飛び出してくる。捕まえる対象はもちろん敵である青年だ。相手はその場から動かぬまま、手足が捕まってしまう。



「やったわ! これで大人しくなるわね、観念しなさい」



 アクリアが勝利を確信した時。

 


 青年はなぜか抵抗もせぬまま高笑いをし始める。その様子にシルフィ達は呆然と見るしかなかった。



「ははははは! これで捕まえただと? こんなちんけな鎖で戯言を言うとは片腹痛い!」



「あなたのほうこそ何を言っているの? それは強固な鉄の鎖。抜け出そうとすれば、それは無理な話よ」



 アクリアの忠告に青年は笑みを浮かべたままだ。この余裕は一体、シルフィはただ理解ができなかった。ただ、あの表情を見れば胸の奥が騒いでいるのは確実だ。思わず両拳をぐっと握る。



「くくく……オレを誰だと思っている? オレは最高の力を持ち、誇り高き……ビースト族だああああ!」


「っ! まさか……2人とも、まだ油断しちゃだめだ!」



 マイヤがこちらを振り返って叫ぶ。次の瞬間、青年は右足を地面に強く叩きつけて歯を食いしばっている。鎖を切ろうと、体を前に持っていく。あのままでは体を傷つけるだけだ。そう思ったシルフィの予想はすぐに崩れ去った。



「ふうんっ!」



 鎖にヒビが入った瞬間、青年はすぐに自由になる。ゆっくりと体を動かすと、鎖は切れてボロボロに崩れ去った。



「私の束縛魔法を……!? あいつ、化け物なの?」



 アクリアが驚愕した表情を見せていると、青年が首をポキポキと鳴らす。



「化け物か……違うな。オレは最強のビースト族にして至高の存在。少しは骨のある戦いができると思ったが見当違いだ。一気に終わらせてもらう!」



 青年は大剣を上に構えて後ろに半歩下がる。そして、大剣から黒い光が小さな玉として集まってきている。青年の体から尋常じゃないほどの魔力を感じたシルフィは思わず身震いしてしまう。



 マイヤは危険を察知したのか、声を響かせた。



「まずい……伏せるんだ!」



 全員しゃがみ込んだ瞬間、青年は目をかっと開いて大剣を振り下ろす。



「無駄な悪あがきを! 黒虎剣技――ガコルイク!」



 大剣全体から黒いオーラを纏ったエネルギーが飛び出す。先ほどよりも巨大な斬撃はこちらに向かって襲いかかる。

 まずい、避けないと。危険を察知したシルフィは思わず魔法を唱えた。



「シールドン!」



 全員に防御魔法をかけ避難する準備を整える。黒い斬撃がシールドにぶつかった瞬間、シルフィは安心する。このままかき消されたら――そんな思いはすぐに潰される。シールドに亀裂がはいった瞬間、シルフィ達の体は遠くへと吹き飛んだ。



「きゃあああ!」



 体が地面に強く叩きつけられ、その場で丸まってしまう。アクリアも同様にうつ伏せで倒れ込んでいる。マイヤは幸い、自身の魔法で逃れたのか無傷のようだった。黒い斬撃の直撃はすんだが、体が痛い。思わず目の前の青年を見上げてしまう。



「……つまらん。このオレを楽しませられないとは実に残念だ。まあいい」



 2本の指を交錯させてパチンと鳴らす青年。その瞬間、天井にあった緑の球体は消える。中にいたアクロ達はそのまま地面へと落ちていく。

 青年をじっと見ながらマイヤは言った。



「どういうつもりだい? 君はここの監視を任されたはずでは?」


「こいつらのエネルギーは充分に貰った。目的は果たせたし、用済みだ」



 そう言って青年は近くの壁へ歩いていく。するとアクリアがよろめきながら立ち上がり言った。



「待って……! あなた、キバッグと顔が似てるわね……あいつとどういう関係なの!?」


「……それをオレが答える必要があるのか? 知りたければ、奴に聞いてみるんだな」



 壁を強く叩き殴ると、大きな音を立てて穴が空く。そこから青年は飛び降りてしまう。姿が見えなくなると、シルフィは顔を下に向けてしまう。

 そして、その場にいた全員が黙り込んでしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る