第45クエスト 解放の身
あれから数分後。
シルフィは怪我の回復をアクリアに任せてもらっている。地面に叩きつけられた際に膝を擦りむいてしまったが、少しずつ治ってきている。
キバッグと似た容姿を持つビースト族。彼が何者なのかは知らないが、あの強さは本物の強者とも言える。3人がかりでも勝てなかった、今回は相手が悪すぎたとでも言うのだろうか。シルフィがじっとしていると、すぐに怪我の治療は終わるのだった。
「これで大丈夫よ。擦りむいたところは完全に治ったはず」
アクリアに治療されると、シルフィは軽く一礼した。
「ありがとうございます。それよりも……ソンゴウさん達、大丈夫でしょうか?」
遠くにはマイヤが倒れたアクロ達の様子を見に行っている。アクリアは立ち上がると、倒れた本人たちの元へと向かう。
「心配ね……私もできる限りの治療はするわ。行きましょうか」
「はい!」
シルフィも後をついていき、気絶しているアクロ達に近寄る。たどり着くと、思わず驚愕してしまう。ソンゴウは顔色は悪くないが、アクロとゼシロスは顔が青ざめている。それを見たアクリアは咄嗟にアクロから治療にかかる。彼の胸に手を当てると緑の光が発生していた。
「アクリア、君も分かったかい? この2人は自身が持っていた魔力をほぼ吸い取られてる。治療を急がないと目覚めない可能性もある」
「分かってるわ……! アクロ先生にゼシロス先生、今元気にしてあげるから!」
アクリアは必死な様子で治療に専念している。アクロの顔を見ると徐々に元気を取り戻しているようで、額にかいていた汗も収まってきていた。
シルフィが見守りながら、ふと視線を変えた先――ソンゴウの姿が目にうつる。そういえば、なぜソンゴウは魔力を吸い取られたのに平気なのだろう。表情を見ると、具合が悪そうな感じもしない。シルフィはもっと近くに寄ってみる。
「ソンゴウさん、あれだけ魔力を吸い取られたのにすごいですね……まるで気持ちよく眠ってるみたい」
「ああ、君の言う通りだよ。シルフィ」
マイヤの言葉にシルフィは声を漏らす。
「え、え?」
「そろそろ起きてくれないか! こんな大変な時にいつまで寝ている!」
ソンゴウの体を揺すりながらマイヤは大きな声で叫ぶ。そんな簡単に起きるはずがない、とシルフィが期待しないでいると――。
「……あー、いい快眠だ! はっはっは、まるで1週間分の眠りについたようだ!」
ソンゴウが背伸びをしながら立ち上がった。愉快に笑いながら目覚めた彼に、シルフィは思わず驚いた。
「本当に眠ってたんですか!?」
「ん? そういえばお主たちは……誰だ?」
ソンゴウがこちらを見ながら言う。そういえば、まだ自己紹介をしていない。初対面なのだから当然かもしれないが。シルフィはぺこり、と頭を深く下げる。
「初めまして、ブレイブ学園の生徒のシルフィと言います!」
「前に会ったことあるけど、アタシはアクリアよ」
ソンゴウは分かったかのように、すぐに笑顔を見せた。
「おお! ブレイブ学園の生徒か。そして、もちろん覚えてるぞ……アクリル!」
「ア、ク、リ、ア!」
アクリアの鋭いツッコミが返ってくるが、ボケた本人であるソンゴウは大笑いする。
「はっはっは! 冗談だ、ババロア!」
「なんでこんなおっさんにイジられなきゃならないのよ……」
アクリアは肩を落としがっくりうなだれる。その様子にシルフィは思わず彼女の腰をさすってあげた。
「そ、それは気に入られてる証拠ですから大丈夫ですよ、アクリアさん」
「初めまして、私はマイヤ。一週間ほど前から行方不明になったあなた達を助けにここまで来たんだ」
「おお、そうであったか! いやぁ、あのとき捕まってしまうとはさすがの俺でもびっくりしたな!」
続いてゼシロスの治療をしているアクリアが疑うような目をしていた。
「……あなた達ほどの実力者が捕まるなんて、一体なにがあったのよ?」
「ふむ……それは奥にいるソウギから聞いたほうがいいだろう。奴のほうが簡単に説明ができる」
「カルディアの総帥はあの奥にある部屋に捕まってるのかい?」
マイヤが尋ねるとソンゴウは大きく頷いた。
「うむ。奴も今頃、鎖で繋がれて退屈しているはずだ。今すぐ助けに行ってくれないか」
「分かった。二人とも、ここで待っていてくれ。今すぐ私が助けに行くよ」
マイヤはこの拾い部屋にある奥の扉へと向かう。慎重に様子を伺っていると、ゆっくりと扉を開けて中へ入るのだった。
「……それにしてもあなた、よく魔力を吸い取られて平気だったわね。なにか魔法でも使ったの?」
するとソンゴウはニヤッと笑って言った。
「眠ることで魔力を補給して逃れていた……といえば分かるか?」
「何よそれ……めちゃくちゃじゃない」
「あの球体に捕まっていた時、俺は魔力を吸い取られるどころか少しずつ蓄えていた。同時にアクロとゼシロスのなくなった魔力も分け与えていた。全ては奴らを守るために俺も捕まっていたのだ」
だから1週間も経っているのにアクロとゼシロスは死なずにすんだ。なるほど、とシルフィは納得する。
「アクロ先生とゼシロス先生が生きているのは、ソンゴウさんのおかげなんですね……よかったぁ」
「はっはっは! あれを見ろ。どうやら、奴も解放されたようだ」
ソンゴウが視線を移した先――そこにはマイヤともう1人、見覚えのある女性が立っていた。シルフィはその姿を見た途端、アクリアと共に近寄るのだった。
マイヤが肩を貸して現れた人物――本物であろうソウギだった。彼女は少し弱った様子で、こちらに視線を移していた。
「肩を貸してもらって悪いわね……あんな臭い牢屋に閉じ込められて気分が良くないわ」
「言いたいことは分かるよ。ロクに食べ物も与えられなかったんだ、今はゆっくり休んだほうがいい」
ソウギはふっと笑いながら、シルフィ達の元へ連れてこられる。
「お気遣い感謝するわ。さて、ここまで運んでくれてありがとう。もう大丈夫よ」
肩を振り放してソウギは自分の足で立つと、マイヤは少し心配そうだった。
「大丈夫かい? 長い期間、牢屋に入ってたんだろう」
「こんな理由で弱ってちゃ総帥の名が廃るからね。それよりまずは、自己紹介しないとね……初めましてって言っても、私の偽物に会ったのよね? 1つだけ言わせてもらうと、私が本物のソウギ。よろしくね」
姿は偽物と見た時と同じ美女だ。笑みを浮かべるソウギに、シルフィは深く頭を下げる。
「ブレイブ学園に通っているシルフィと言います。ゼシロス先生のパーティに入ってご指導を受けています!」
「同じくアクリアよ。アタシはアクロ先生のパーティに入って、いろんな事を教えてもらっているわ」
「そう、アクロとゼシロスの……」
ソウギは倒れ込んでいるアクロとゼシロスを懐かしむような表情で見ている。その瞳はどこか、優しい感情を感じてしまう。
彼女は視線をこちらに戻してアクリアとシルフィの頭に手を置く。
「ねえ、2人とも。アクロとゼシロスはいい先生? ちゃんと頼りにされてる?」
「いつもだるげな先生だけど、クエストの時はいつも頼りにしてるわ。アタシ達が喧嘩したら、いつもフォローしてくれるしアタシ達のことを第一に守ってくれるし、立派な先生よ」
シルフィも自信に満ちあふれて答えることができる。彼女は視線を上に向けて、誇らしく笑みを見せる。
「ゼシロス先生は真面目な先生ですけど、私たちが困った時は相談に乗ってくれるんです。心の支えって言うのかな……ゼシロス先生がいなければ、ブレイブ学園に楽しく通えなかったと思います!」
するとソウギは2人の頭を撫でながらしゃがみ込む。
「ありがとう、そんな風に言ってくれて。正直、あの二人がブレイブ学園で教師に赴任する時は不安だったのよ。でも、今回はあなた達から聞けてよかった。これからもあいつらの生徒でいてあげてね。そして、いい先生を持ったわね」
シルフィはアクリアと顔を見合わせる。ソウギに褒められ、ゼシロスが教師で本当に良かった。改めてそう思うシルフィだった。
そして、後ろにいたソンゴウが突然笑い始める。一歩前に出ると、ソウギに向かって手を振り始める。
「はっはっは! お互い捕まって災難だったな、ソウギよ! だからあの時、反撃しておけばよかったではないか」
ソウギは首を横に振る。
「捕まっているカルディア兵たちを危険におかしてまで、反撃なんてできないわ。それに私は信じてたのよ……いずれ誰かが助けに来ることをね」
「聞きたいことは山程あるんだけど、どうしてあなた達は捕まってたの?」
アクリアが尋ねると、ソウギは答えた。
「二週間前のことよ。私たち上層部が秘密で持っていたブレイブクリスタルの塊を何者かが盗み出そうとしたの。幸い、警備の者が通報して盗むまでには至らなかったけど……犯人の特徴だけは分かったわ」
「ど、どんな人だったんですか?」
シルフィが恐る恐る聞いてみると、ソウギは真剣な眼差しを向けていた。
「顔はローブでよく見えなかったけど……虎を彷彿とさせる大剣を持ったビースト族よ」
その特徴から思い当たる節が1人だけいた。アクリアと顔をもう一度だけ顔を合わせると、マイヤは穴のあいた壁を指さした。
「それなら多分、私たちが戦ったビースト族だね。彼ならさっき、そこの壁に穴を開けてどこかへ行ったよ」
「そうだったの。なら、どこかへ行ったとなると、場所は1つしかないわね」
「もちろん、ブレイブクリスタルのある場所かい?」
マイヤが答えを当てると、ソウギは小さく頷いた。
「今回は全力で警備を強化するためにアクロとゼシロス、ソンゴウを呼び出したんだけど……まさか捕まるとは思わなかったわ」
「先ほど言っていたカルディア兵さん達と関係があるんですか?」
「私たち四人は全力でブレイブクリスタルの警戒をしていた。ある時、私と同じ姿をした偽物が現れてね。偽物のカルディア兵たちに囲まれて逃げ場をなくした。そのまま反撃して追い返しても良かったんだけど……手を出したら捕まえたカルディア兵たちを殺して、帝国を焼け野原にするって言われてね。たくさんの大切な部下たちを死なせるわけには行かない。そして後は……分かるわね?」
ソウギの言いたいことは分かる。恐らく、カルディア兵や帝国の人々を守るために自らが捕まったのだろう。彼女がどれだけ総帥として値する人物かが、その優しさが目に見えた。
「これからどうするんだい? 今、別チームがブレイブクリスタルを守るために向かっているんだ」
マイヤの言葉を聞くと、突然ソウギは穴の空いた壁へと歩きだす。隣にいたアクリアが驚いた顔をしながら手を伸ばしている。
「あなた、ずっと捕まってたんでしょう? そんな体で助けにいくつもり?」
「今回、こんな事になってしまったのは私の責任よ。ならば、今向かっている別チームを助けにブレイブクリスタルも手を出させないわ」
「でも……」
シルフィも彼女を止めてあげたいが、どうすればいいか分からない。そこまで弱っている様子はないが、長い間に閉じ込めらていたのは事実。そんな体力の衰えたソウギを行かせてあげるべきか迷っていた。
そんな時、ソンゴウも動き出す。彼はニヤッと口角をあげながら、ソウギの元へと向かう。
「お前は相変わらず責任感の強い奴だ! 一人だけで行かせるのは心苦しい、俺も連れて行ってもらうぞ!」
「いいのかしら。私のせいで、大変な目に遭ってしまった。それなのに、付いてくるというの?」
ソウギの曇った表情にソンゴウは親指をぐっと立てる。
「シャンウィンのじーさんの言葉を思い出してみろ。修行時代に言ってくれてたではないか。本当に大切な仲間なら最後まで見捨てたりするな。じゃないと私のようになる……とな」
ソウギはおかしそうに笑う。
「ふふっ、懐かしいわね。シャンウィン様の元で修行した日々……今でも忘れてないわよ?」
「ああ。お前とリュウショク、いつの間にか三拳豪と呼ばれるようになったこと、今でも誇りに思う……お前たち! 捕まったカルディア兵はこの上の階にいる! 奴らを解放し、今すぐにアクロとゼシロスも連れてここへ逃げ――」
「おいおい。せっかく捕らえてやったっていうのに、このまま逃がすわけねえよな。三拳豪のお二人さんよぉ」
ドスの聞いた男の声。そのエリアを閉ざすように、緑の結界が全員を囲う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます