第42クエスト 地獄の門番

 サン達が本部に乗り込み、シルフィは目の前の敵に思わず身構える。白い煙がなくなると、門番たちはこちらを睨んでいた。



「貴様ら……! よくも卑怯な手を使いやがったな!」



 細身の門番が叫ぶとマイヤは言った。



「お前たちの正体は分かってるんだ。そろそろ本当の姿を現したらどうだい?」



「むむむ……! 侵入を許したと知ったら、あの方に示しがつかない! ゴン、今こそ我ら兄弟の恐ろしさを見せるとき!」



 細身の門番が視線を移すと、大柄な門番が叫ぶ。



「うおおお! 兄者の言う通り、貴様らを地獄の狭間まで送ってやるわ!」



 2人の門番の周りにそれぞれ黒いオーラが巻き起こり、姿が見えなくなるほど激しく吹き出す。何が起こるのか分からず、シルフィは1歩だけ足を下がらせた。

 黒いオーラは球体となり、門番たちを包む。ヒビ割れを起こすと、飛び散るように剥がれてその姿を現した。



「それがあいつらの正体ってわけね……」



 姿を現したのは先ほどのカルディア兵ではなく、モンスターだ。兄者と呼ばれた男は赤い体色に太った体格をしている。ゴンと呼ばれた男は兄と同じ姿だが青い体を持つ。二人の共通することは鋭い牙と爪。二足歩行でそれぞれの手には棘のついた棍棒を持っていたことだ。

 シルフィは思わず驚愕し手をあたふたさせる。



「あわわ……人間がモンスターに!」



 兄者と呼ばれた男は右足を地面に叩きつけて棍棒を振り回す。



「わが名はゲン! 赤き門番なり!」


「わが名はゴン! 青き門番なり!」



 ゴンも左足で地面を力強く踏む。棍棒をこちらに向けて突き出した。

 その力強い迫力にシルフィは不安になってしまう。



 見たことのないモンスター、人の言葉を喋っている――それだけでも珍しい。凶悪な外見に圧倒され、思わず胸が締めつけられる。



 すると、アクリアがこちらの手を握って微笑んでいる。



「大丈夫よ、シルフィ。怖い気持ちはアタシも一緒だけど、3人で戦えば勝てるわ。いざという時はアタシ達がついてるわよ」



 アクリアはマイヤに視線を移す。



「そうだね。シルフィ、この戦いは君の力が必要だ。足りない部分は私たちがサポートするから、君は自分のやるべき事をやってくれ」


「は、はい! お役に立てるよう、がんばります!」



 震えが止まった。そうだ、自分がここで怯えてはいけない。2人のためにも戦わなくては。シルフィは心の中で気合を入れた。



「2人とも、さっそくだけど敵さんが先手を仕掛けて来るようだよ」



 ゲンとゴンはドスドスと足音を立てながら、こちらへ全力疾走してくる。スピードこそ遅いものの、勢いがあり迫力があった。隣にいたアクリアが手に持っている杖を前に出し、魔法を唱える。



「コリザード!」



 杖の先から飛び出した氷のツブテが、ゴンに襲いかかる。直撃する眼前で、相手はニヤッと笑いながら棍棒で撃ち落とす。



「そんな魔法、かすりもせんわ!」


「やっぱり駄目ね……これならどう!? フレスティーム!」



 風と炎を合体させた竜巻がゴンとゲンに向かっていく。相手は驚きながら動けずにいた。



「あ、兄者! 巨大な炎の竜巻がこっちに向かっていくぞ!」


「落ち着くのだ、ゴン! こんなもの気合さえあれば通り抜けられる!」



 ゲンはそのまま炎の渦へと入っていき、弟であるゴンも同じ行動をする。2人とも、その暑さに苦しみながらのたうち回っていた。



「うおおお! 何という熱さだ! 兄者、このままでは火傷してしまう!」


「ゴン! 棍棒を振り回すのだ!」


「分かったぞ、兄者!」



 ゲンとゴンは自身の体ごと回転させ、棍棒を振り回す。その瞬間、相手の体から竜巻が発生してフレスティームを打ち消した。



「アタシの魔法を打ち消した!?」


「我らにちんけな魔法は効かぬ! 大人しく潰されるがいい!」



 ゲンがアクリアに近づき睨んだ表情を見せる。距離を詰め寄ると、太い棍棒が彼女の頭へと振り下ろされた。



 ここでシルフィは動く。アクリアを守るため、得意な防御魔法を唱えるのだった。



「シールドン!」



 アクリアを包むような透明なシールドが出現する。その強度に相手の攻撃は弾き返されて、体勢は少し崩れてしまう。

 やった、守ることができた。アクリアの無事に安心しながら、シルフィは次の魔法を唱える。



「オフェンサー!」



 続いて唱えたのは、対象の攻撃力を高める補助魔法だ。アクリアとマイヤにかけ、完全なサポートに回る。



「力が高ぶってくる……これなら楽に倒せそうだ」



 マイヤの周囲には十二枚ほどのカードが現れる。彼女の眼前でぐるぐる回転すると、一枚のカードを手に取った。描かれていたのは、死神と雷の絵がうつしだされていた。



「お、今日はラッキーだね。いいカードに巡り会えたよ……いかづちの死神!」



 マイヤの頭上に、巨大な鎌を持った骸骨の死神が登場する。自身の武器を振り回した瞬間、ゲンとゴンの体を襲うような雷が落ちてくる。



「ぐおおお! どこから攻撃が来た!?」



 ゴンが混乱した様子で叫ぶ。まだ攻撃は終わっていなかった。マイヤはもう1枚のカードに手にする。



「次でトドメをさしたかったけど、まあいいか。アクリア、君にこの魔法をかけてあげよう。豪腕ごうわん閻魔えんま!」



 アクリアにカードを向けると、彼女の体から魔力が漏れ出す。恐らく、魔力が増大し彼女の体に入りきらずに溢れ出しているのだろう。そうれなれば、シルフィは次の手を考える。



「相手を一気に片付ける方法……そうだ!」



 アクリアに近づき、シルフィは彼女の背中に両手を置く。そしてすぐに、自身の魔力をアクリアに分け与える。



「シルフィ、何を!?」


「私の魔力を分け与えます! アクリアさんの魔法で、一気にやっつけてください!」


「ありがとう。あなたは最高の仲間よ、シルフィ!」



 アクリアがこちらを振り向いて微笑む。危険を察知したのか、ゲンは棍棒をこちらへ薙ぎ払っていた。



「何を考えているか知らないが、我らに勝つことはできない!」



 アクリアは攻撃を避けると、杖を前に出す。そのまま、力を込めて魔法を唱えようとしていた。



「勝つことはできないですって? はっきり確信してから言いなさい! シルフィ、マイヤさん! アタシが魔法を唱える間に時間を稼いで!」


「お安いご用さ。さあ、私たちの腕の見せどころだよ! 百獣炎ひゃくじゅうえんの獅子!」


 マイヤはカードを手に持って前に出す。次は炎と獅子が描かれたカードだ。彼女の頭上から黄色い獅子が現れて、口から火球を何発も吐き出す。



 ゲンとゴンは攻撃を見切ったのか、前に進みながら避けていく。そして、マイヤの前まで来ると一斉に棍棒を振り下ろした。



 そうはさせまいとシルフィはもう一度、魔法を唱える。



「シールドン!」



 マイヤの前に透明なシールドが再度出現する。攻撃が弾き返されると、ゴンは舌打ちをしている。



「おのれ! こざかしい真似を!」



 ゲンが右拳を握り、マイヤへ殴りかかる。シルフィは彼女に向けて、次の魔法をかける。



「スピーサー!」



 マイヤに唱えた魔法は、対象の身体能力を軽くさせるものだ。攻撃が当たる直前、マイヤは常人では考えられないほどの大きなジャンプをした。



「体が軽い……素晴らしい補助魔法だよ、シルフィ」


「あ、ありがとうございます!」



 上空にいるマイヤに頭を下げると、彼女は次のカードを持つ。風と鳥が描かれたカードを前に突き出した。



「突風のグリフォン!」



 マイヤの前には大きな羽を持つ四足歩行の鳥が現れる。甲高い声で吠えると同時、吹き飛ばされそうな突風がゴンとゲンを襲う。



「これしきの突風……こんなもの! 兄者、飛ばされそうだ!」


「こらえろ、ゴン! 人間に負けるなど、我ら魔族の敗北にあってはならぬのだ!」



 シルフィはもう一度アクリアに視線を移す。すると準備ができたのか、彼女は真剣な顔で目の前の敵を見つめていた。



「待たせたわね。これがアタシのとっておきの魔法――アイス・ヘル!」



 アクリアが杖を前に出した瞬間――地面が勢いよく凍りつく。ゴンとゲンに向かっていくと、氷の針が大きく飛び出している。相手は逃げようとするが、凍る速さについていけず、足ごと捕まってしまう。



「ま、まさか我らが負けるのか!? 兄者!」


「あってたまるか……! そんなことがあってたまるかああああ!」


 その言葉を最後にゴンとゲンは逃げられず、無数の氷の針ごと串刺しになる。黒い血液が飛び散り、鮮やかな凍った地面を濡らす。



 相手はうめき声をあげると、刺さったまま動かなくなる。最後は黒いオーラが体中から漏れ出し、息絶えていた。



 勝った。そう確信したシルフィは、アクリアの元へと近寄っていく。



「アクリアさん、私たち勝ったんですね!」



 アクリアは一息吐くと、こちらを見て微笑む。



「ええ。今回、アタシの力だけじゃ勝てなかった。あなたのおかげよ、シルフィ。マイヤさんもいい戦いぶりだったわ」



 マイヤもこちらに近づくと、周りにあったカードが消えてなくなる。



「褒めてくれて光栄だよ。今回はシルフィのサポート、アクリアの高度な魔法がなければ勝てなかった。今は今回の勝利を祝おう……と言いたいところだけど、早く急がないとね」



 今回の勝利を喜びたいが、塔にいるアクロ達を探しに行かなくては。シルフィはちゃんと分かっていた。



「はい。急がないと、アクロ先生たちが危ないですもんね。これから何があっても、絶対に助けましょう!」


「もちろんよ。さあ、ブレイブクリスタルはサン達に任せてアタシ達のやるべきことをやりましょう」



 全員で塔の頂上を見上げる。この先、どんな敵が待ち受けようが、全員でいれば怖くない。シルフィの怯えはなくなり、塔の中へと向かうのだった。

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