第37クエスト 驚愕の強さ
広がる海の上で黒い船は進む。
吹いてくる風が心地よく、サンは背伸びをした。
サン達の他にも船に乗っている一般人が多くいて、同じく目的地は一緒なのだろう。
目指すはカルディア軍の本拠地であるカルディア帝国。あれから1時間が経つが、大陸は遠くにありぼやけて見える。
初めての乗船にサンは思わず興奮してしまう。
「すげー! オイラ、船の上に乗ったのって初めてだ!」
デッキの上ではしゃぐと、アクリアに頭を軽く叩かれる。
「他の人が見てるからやめなさい」
「別にいいじゃねえか。オレもサンと同じように船の上は好きだぜ。故郷からニュートビアにやって来た時も船だったしな」
「そういえばキバッグの故郷ってどういうとこなんだ? 教えてよ!」
「森の中に集落があって、そこにオレの村がある。ビースト族だけしかいないから、力自慢の村人が多くてな。毎日、腕相撲とかの力比べで楽しんでいたもんだ」
キバッグは楽しそうに話していたが、次第に曇った顔を見せていく。
「どうしたの? 元気のない顔なんてあなたらしくないわよ」
アクリアが顔を覗くように言うと、キバッグは首を振る。
「いや、故郷の事を考えたら寂しくなっただけだ」
キバッグには兄がいると言っていた。恐らく、彼の事で落ち込んだのだろう。キバッグの気持ちを考えると、サンは少しだけ心配になってしまう。
「分かるわ。私もふと考えると、つい心が苦しくなるのよね……」
アクリアがぽつり、と呟く。
「なんだよ、おめぇこそ寂しそうな顔してんじゃねえか」
「あなただってそんな顔してたじゃない。まあでも……珍しく気が合ったわね」
「……ああ、そうだな」
お互いに笑い合う二人を見て、サンは安心する。確かに故郷を離れると、家族の事を考えてしまう。サンもその1人だった。しかし、シャンウィンと約束したのだから、まだ帰るわけには行かなかった。
するとキバッグは興味津々そうに、
「サンの故郷はどんなところなんだ? おめぇの事も教えてくれよ!」
「オイラの村は太陽を神様と信じてるんだ! だから、雨なんか降った時は不幸の証でもあるんだ」
「それにあの、シャンウィン様に育てられたしね。サンって名前も彼から名付けられたの?」
アクリアがそう尋ねてくると、サンは強く頷く。
「雨の日にオイラが笑って晴れたから、太陽にちなんでサンって名付けたらしいぞ!」
キバッグは納得した様子で言った。
「そうだったのか。偉大な人から名前をもらったな、サン!」
「じーちゃんってそんなに偉大なのか? 確かに強くて優しいしすごいと思うけど、あんまり実感したことないな」
「世界を救った1人なんだし、実力も本物よ。そして、あの勇者レジェッドの1番の親友でもあるんだから」
アクリアがそんな事を口にする。そういえばシャンウィンと勇者のエピソードなど聞いたことがなかった。サンは腕を組んで、彼らの事について考え込む。
「じーちゃんが勇者様の仲間だって言うのは、つい最近知ったことだしな……仲のいい話なんて聞いたことないぞ?」
「本で読んだ程度だけど、まだフレア寺の門下生だったシャンウィン様は偶然立ち寄った勇者様と出会ったらしいわ。そして勇者様のように強くなりたくて、シャンウィン様は旅を共にしたようね」
アクリアの説明に、サンは微笑む。
「じーちゃんと勇者様か……村に帰る時、聞いてみようかな!」
サンが空を見上げた時、船が大きく揺れる。
乗っていた人々は突然の出来事に悲鳴を上げていた。
「な、なんだ!?」
サンが足元をふらつかせて驚くと、キバッグが船の先端を指さす。
「あれ見ろよ!」
のっそりと海中から頭を出してくる謎の物体。少しずつ姿を現したそれに、サンは1歩後ずさりする。
「で……でけー!」
白い体に船を飲み込みそうな巨体。8本ある腕を激しく振り回し、口周りには黒い墨がベタついていた。
今にもこちらへ襲いかかりそうなモンスターは、荒い気性で吠えていた。
「コオオオオ!」
「皆さん、大丈夫ですか!?」
どこからかシルフィの声。
別の場所で語り合っていたシルフィとレイミーがやって来る。
「シルフィにレイミー先生! それより、あのでかいモンスター。早く倒さないと船が沈んじゃうぞ!」
モンスターをじっと眺めていると、レイミーが1番前に出る。それを見た全員が目を見開いた。
「レイミー先生、何やってんだ! そんな近くにいたら危ないぜ!」
キバッグが呼び止めるも、彼女は振り向いて笑顔を見せる。
「安心してくださいな。私がすぐ終わらせます」
レイミーは前に手を伸ばし、両目をゆっくりと閉じている。そして、空いた左手で伸ばした右腕を掴んだ。
「レベルワン――エクスドラグーン」
そう唱えた瞬間――彼女の右手には白い光の粒子が集う。段々と形を整えていくと、その光は正体を現した――。
「あの武器、一体どこから――」
キバッグが驚いて言う。
レイミーが握りしめ、突如どこからか現れた武器。白い鮮やかさを持つ刃。黒い柄には龍を模した巻きがあり、どこか聖剣のような美しさを感じるものだ。
サンが唾を飲み込むと、レイミーは剣を上に持ちあげていつもの笑みを浮かべる。そして、ぐっと剣を握りしめ大きく振りかざした瞬間――。
「えいっ」
刃から放たれた白い閃光。眩しいほどに輝きを放ち、思わず目を瞑る。同時に何か斬られたような音が耳に残った。
「な、何が起こった――!?」
サンが瞳を開いて言いかけた時、衝撃の光景がうつる。
モンスターの胴体には深い傷がつけられ、黒い液体が血しぶきとなって吹き出す。白目をむきながら仰向けに倒れるモンスターは深い海の底へと沈んでいく。何もいなくなった周りには、飛び散った黒い血液が海水に残っていた。
「皆さん、もう大丈夫ですよ。モンスターは海の底へと還りました」
「レイミー先生、とても強いんだな! オイラ、びっくりしたぞ!」
すると、アクリアが真面目な顔をして言った。
「レイミー先生、聞きたいことがあるわ」
「どうしたのかしら、アクリアさん?」
「先生の実力は分かったわ。でも今のは見たことない魔法。使うことさえ難しそうな武器を召喚して扱うなんてレイミー先生――あなたは何者なの?」
レイミーはフフッと笑いながら口元に人差し指を当てた。
「何者かどうか……それはいずれ分かるかもしれませんよ?」
彼女の言葉にアクリアは黙り込んでいた。いたずらっぽく言葉を濁したレイミーに、サンはじっと見つめるのだった。
全員が黙り込んでいると、船はまた動き出し目的地へと向かう。
「船、動きましたね。皆さん、無事で本当に良かったです!」
シルフィが一息ついている。周りを見渡すと、一般人達はレイミーに対して拍手を送っていた。
「良かったな、レイミー先生!」
サンも拍手して喜ぶと、
「ありがたき祝福ですね。さあ、目的地はまだまだです。着いたら、アクロ先生達を助けに行きましょう」
レイミーの言葉にサンは、声出しで気合を入れる。
目指すはカルディア帝国。まだまだ着くには早い頃だった。
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