第26クエスト ファーストライジング

 モンスターを倒してから二時間ほど経つ。



「なんだ、この霧……全然見えないな。って、アルマ⁉」



 突然、キバッグが後ろに大きく下がって驚愕している。すると、アクリアは彼に驚いたのか、同じような反応をする。



「な、なによキバッグ! アルマさんが一体――って。どうしてアルマさんが大きくなってるの⁉」



 後ろにいたアルマを確認するため、サンは一度振り返る。そこで見たのは、サンたちと同じぐらいの身長に大きくなっていたアルマ。アクロ以外の全員が呆然とする。



「へえ、そういうことね」



 アクロは何か分かったように言うと、サンが思わず近寄った。



「どういうことだ? アクロ先生は、アルマがでかくなったこと分かったのか?」


「まあ、詳しくは彼女に聞いたほうがいいだろ」



 アルマは歩きながら、こう説明した。



「私たちの村は客人や怪しい者が来た時に、その人の体格をフェアリー族と同じように縮ませる霧の結界を張っているんです。そうすれば、何かあった時に同じ体格で戦えるし、語り合えるという、古くから伝わる結界魔法です」


「なるほどなー。それにしてもすごいな! そんな魔法があるなんて、アルマがでかくなった時びっくりしたぞ!」



 サンが納得すると、アルマがこちらに向けて一礼する。



「さ、最初に言うべきでしたね。あ、そろそろ着きます!」



 サン達はしばらく歩いて、ついに目的地へとたどり着く。



 やって来たのはモンスター達に襲われたのか、民家などを半壊されているオリーブ村だった。各地の地面に植えられて育てていただろう花は枯れており、なにやら異臭を感じる。村人の姿はなく、あまりに壊された状況にサンは目を疑う。



「ひどい……ここがオリーブ村なのか?」



 はい、とアルマは答える。



「数日前に謎のモンスター達に襲われました。村の皆さんはきっと、敵のリーダーに捕まっているはずです」


「で、その敵たちはどこにいるのかしら?」


「恐らく村長である、おじいちゃんの家でしょう。ここから真っ直ぐに見える家がそうです」



 遠くを眺めると向かい側に赤い屋根の民家が見えた。あそこに村人達が捕まっているとなると、サンは立ち止まるわけにはいかない。



「だったら行こう! 村のみんなが心配だ」



 サンは村長の家へ走り出すと、キバッグが静止するように手を伸ばす。



「おい、サン! アクロ先生、オレたちも行こうぜ」


「ああ……あの家から強大な魔力を感じる。油断はできないな」



 アクロが独り言を呟いているが、サンは気にしない。民家の扉まで到着すると足を止める。



「ここに敵のモンスター達が……!」


「いいか、ここから先は後戻りできない。最悪の場合、何があってもおかしくはないぞ」



 アクロの忠告に、サンは聞くまでもなく答える。



「オイラ、覚悟は決まってる!」



 振り返りもせず、扉を見つめるサン。アクロは周りを見ながら――。



「ま、聞くまでもなかったか。じゃあそろそろ――っ! そこから離れろ!」



 アクロの言葉で、サンは咄嗟に大きく民家から離れる。その瞬間、静かだった村長の家は大きな爆発と共に全壊した。木の破片が頭上に散らばる中、全員が呆然としていた。



 サンは爆発した民家の煙を眺める。



「あ、あのモンスターは!」



 アルマの驚きぶりに確信する。しばらくして現れてきたのは、敵のリーダーであるモンスターだった。



「なんじゃ、ハエがうろちょろしよって! 思わずこっちから仕掛けてやったわ!」


「も、モンスターが喋った……?」



 アクリアが驚きの声を上げると、モンスターは大笑いする。



「がはは! 嬢ちゃんは喋るモンスターが珍しいか! まあ、驚くのも無理はない。他の奴らも驚いて……?」



 言葉を話すモンスターを見たあまりに、サンは目を輝かせる。



「すげー! モンスターが喋ったの久しぶりに見たぞ! おっちゃんすげえんだな」



 モンスターは口を開けてぽかんとしていた。



「お、おう……? 坊主も喋るモンスターは珍しいんかのう?」


「なんかかっこいいと思う!」


「か、かっこいい……分かっとるやないか、坊主! よし、今日は宴じゃ!」


「おーい、敵同士で宴してどうすんの」



 アクロのツッコミにモンスターは我に返ったようだ。



「そうじゃった……お前らの目的は分かっちょる。村人達を解放しにきたんじゃろ」


「その通り。痛い目に合いたくなければ、村の皆さんを解放してもらおうか」



 モンスターの瞳がぎらりと睨む。



「ほう、このワシとやる気か?」


「なに、俺たち全員で戦うわけじゃない。今回はお前と俺だけの真剣勝負だ」


「はぁ!? アクロ先生、オレたちは戦わないのかよ?」



 キバッグが詰め寄ると、アクロは言った。



「前回の戦いで、俺はあんまり手伝ってやれなかったからな。今回は休憩していてくれ」


「でも、アタシたちにチームプレイを教えてくれたじゃない! あんな強そうなのと一人で戦うなんて――」


 アクリアの不安げな表情とは別に、サンは考えた。アクロを一人で戦わせるべきか。相手の実力は未知数だ。もし、アクロに勝つ自信があるのなら、サンの答えは決まる。



「ここはアクロ先生に任せよう!」


「ほ、本気ですか? あのモンスターの強さは私が一番知ってます。もし、アクロさんに何かあれば……」



 アルマが心配そうな顔をして言うが、サンの決意は揺るがない。



「アクロ先生の強さはオイラが一番知ってるから大丈夫だ! だからアルマ……オイラ達の先生を信じてくれ」


「サンがそこまで言うならアタシも信じるしかないわね」


「オレも賛成するぜ! アクロ先生、負けたら承知しないからな!」



 アクロは笑みを浮かべて言った。



「あーあ、こんなに期待されて……俺もうれしくなるねえ。あんた、名前はなんて言うんだ?」


「我が名はハシュラ。そういう貴様はカルディアの矛……アクロじゃろう?」


「モンスターにも名を知られてるとは光栄だな。嬉しい限りだけど……手加減はしない!」



 アクロが矛を手に持ち、ハシュラと名乗るモンスターへと突撃していく。



「いきなり突撃か……ワシも全力で相手するけえのう!」



 ハシュラは太い両腕を振り上げると、雄叫びで威嚇する。アクロは矛を振り抜き、相手の腹辺りを狙う。ハシュラが両腕を振り下ろしたと同時、矛の攻撃を完全に受け止める。矛で重たい攻撃を受けたアクロは余裕の笑みを浮かべていた。



「おー、すごい力だねぇ。腕が痺れそうになるよ」


「がはは、もっと痺れさせるけぇ!」



 ハシュラの体から紫色の炎が放たれる。対してアクロも指先から電撃を出す。互いの攻撃は相殺され、跡形もなく消え去った。



「こりゃ、火傷しそうな炎だ。骨の折れる戦いになりそうだよ」



 アクロの熟練された矛さばきがハシュラを襲う。



 だが、相手も負けじと素手で応戦していた。遠くから観戦しているサンは、思わず笑みがこぼれた。



「アクロ先生、すげぇ……!」



 アクロが距離を取り、頭上を指さす。



「サンダース!」



 指先を相手に向けた瞬間、一筋の雷がハシュラを襲う。直撃を受けたハシュラだが余裕の表情を見せていた。



「そんなちっこい雷でワシを倒せるか!」


「やっぱ駄目か。仕方ない……死なない程度で済んでくれよ」


「アクロ先生、何を……?」



 サンが呟くと、アクロは矛を地面に突き刺した。



「全てを滅ぼす雷神よ。今こそ稲妻の力を分け与えろ……ファーストライジング!」



 その手で掴む瞬間――矛が大量の電気を浴びて、激しい音を立てる。まさに雷神が宿ったような雰囲気だった。



 キバッグが驚いた表情で言った。



「アクロ先生の矛に激しい雷が宿ってるぜ……!」



 対して、ハシュラは身構えながらも鼻で笑う。



「いくら小細工をしようが、このワシを倒すことは――」


「できるさ」



 余裕の言葉を残したアクロの姿が消える。一瞬にしてハシュラの背後を回り込んだアクロ。相手が気づく頃には、電気を纏った矛で振りかざしていた。



「ぬう……!?」



 ハシュラの腹部に小さな傷がつけられる。サンが喜んでいると、アクロは次の動作に入っていた。



「アクロ先生、見えないスピードで動いてるぞ!」


「それだけじゃないわ。あれだけの動きをして、的確に相手を傷つけてる!」



 アクリアの言うとおり、アクロは高速に動きながら相手を攻撃している。それを意味するのは、アクロが長年積んできた実践経験による強さだ。



「おのれ……ワシをなめるな!」


「いーや、油断した時点であんたの負けだ」



 アクロは相手の懐に潜り込んでいた。



「はっ……!?」


「ま、久しぶりの実戦も悪くないな」



 ハシュラが驚くのもつかの間、アクロの縦に斬る矛のひと振り。それが決まった瞬間、 相手はうめき声を上げながら倒れ込んだ。地響きを鳴らして動かなくなったモンスターを確認したとき、サン達はアクロの元へ駆け寄った。



「アクロ先生、大丈夫か!?」


「おう、サン。俺はこの通りピンピンしてる。いやー、久しぶりに歯ごたえのある相手だったから奥の手使っちゃったよ」


「まあ、とりあえず良かったぜ。で、このモンスターどうするんだ? まだ生きてるみたいだし――」



 キバッグに対してアクロは答えた。



「そりゃ、生かしておくだろ」



 その言葉に一同、目が丸くなる。



「はぁ!? このモンスターはアルマさんの村を襲ったのよ? それなのに見逃すって……」


「アクリア、お前の言いたいことも分かる。でも、中途半端な悪人を殺すわけにもいないんでね。なあ、あんたも理由があってこんなことしたんだろ?」



 問いかけた先はハシュラだ。彼はゆっくりと顔を上げ、アクロを睨んでいた。



「くっ……」



 何も言わないハシュラ。その時、目の前に何者かが上空から着地して現れる。



「ハシュラ、ご苦労だった。我々の目的が果たせた以上、お前は解放の身だ」



 サン達の前に現れた仮面の少年。彼の姿を見た瞬間、サンは不思議な感覚に陥っていた。



「お前、誰なんだ?」



 サンが問いかけると、仮面の少年は答えた。



「僕はルナーク。秘密組織――クライスの一人だ」


「クライス……最近、噂になってる謎の組織のことか?」



 アクロは何か知っているようだった。



「我々の事を知っているとは流石だな、カルディアの矛。あなた達はこの村を解放しに来たようだが……僕たちの目的が果たせた以上、ここに用はない」


「なるほどな。つまりこのモンスターは、その目的を果たすための雇われ兵士ってわけか」


「……もし、どこかで我々の邪魔をするなら容赦はしない。帰ろう、ハシュラ」



 その時、爆発音と共にルナーク達が白煙と一緒に隠れる。晴れた瞬間には、もう彼らの姿はどこにもなかった。



「消えた……? 何だったんだ、あいつ?」



 キバッグが首を傾げると、アクリアは続けるように言う。



「アタシたちの敵という事は間違いないでしょうね……只者じゃない気がするわ」



「あいつ、何なんだ……オイラの気のせいかな?」



 サンは違和感に気づいていた。ルナークと初めて出会ったはずなのに、モヤモヤした気持ちが広がっている。



 それはまるで――運命の出会いを果たしたかのような感覚だった。

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