運命の邂逅編
第22クエスト スペシャル授業
アクロをパーティに引き入れてから翌日。サンは授業終わりの放課後に、アクロを中庭へ引き連れていた。もちろん、アクリアやキバッグへ紹介するためだ。
サンはにこやかに笑うが、アクロは疲れているのか息を大きく吐いていた。
「はぁ……教職員の復帰早々、忙しいってのに。こっちはプリントが溜まってるのになぁ」
「いいじゃん、そんなの後回しだ!」
「俺はな、こう見えて忙しいんだー。休職してたからやることいっぱいあるんだー。頼むから早く終わらせてくれー」
棒読み気味にアクロは駄々をこねている。それを眺めていたアクリアキバッグは、苦笑いを浮かべていた。
「昨日のかっこいい姿はどこにいったのかしら……?」
「ホントはこんな気だるそうな兄ちゃんだったとはよ。教師の仕事、溜めにためこんでこうなったんだろうなぁ」
サンが人差し指で、アクロの腕を突く。自己紹介しろというサインに気付くと、彼は咳払いをしている。
「わかった、やればいいんでしょうが。えー……改めて教師へ復帰することになったアクロだ。今日からお前たちのパーティの面倒を見るわけだが、そこら辺は適当にうまくいくでしょ」
アクリアはがっくりと肩を落とし、顔が少し引きつっていた。
「ほ、本当にこの先生で大丈夫かしら……」
「というのは冗談で……俺がいる限り、お前さんたちの命は預けさせてもらう。まあ、期待をしながら信じてくれ」
アクロがまともな発言をすると、キバッグが前へ乗り出す。
「アクロ先生! あんた、かっけーよ……オレの命、いくらでも預けるから守ってくれ!」
「いや。あなたの命、1つしかないし」
アクリアが的確なツッコミを入れると、和やかな雰囲気の中で笑い合う。
このパーティでこれから実践授業を受けていく。サンはこれからどうなっていくのか、胸が高鳴る。
「パーティが完成したのはいいけど、クエストがないときって何すればいいんだ?」
「具体的には、パーティ内での模擬戦や組み手……ミーティングだ。お前たちはこれから1年間、クエストを受けながら成長してもらう」
「質問いいかしら。クエストは各地から依頼されるけど、アタシたちが選ぶことも可能なの?」
アクリアが手を挙げて問いかけると、アクロはこくりと頷く。
「それも可能だが、基本はそのパーティに合わせたクエストが受注される。まだクエストを受けた事ないお前らの意見は反対されると思え」
「オレも質問! 今日はこのパーティで何するか考えてるのかよ?」
キバッグが質問すると、アクロは悩む様子で頭を掻いている。
「今は忙しいからなぁ……とりあえず、明日の事を今日の夜までに考えとくわ」
「オイラ、楽しみに待ってるぞ! だって、初めてのパーティだからな!」
サンは前へのめり込んでワクワクする。対してアクロは、その様子に笑みを浮かべていた。
「おう、楽しみに待っとけ。アクロ先生特製のスペシャル授業を考えてきてやるからな」
「やったー! 約束だからな!」
サンは親指をぐっと立て、アクロに見せつけた。
それを見ていたアクリアが、ため息を吐いている。
「変な授業じゃなければいいけど……」
「今日の授業は全部終わったことだし、お前たちも自由時間でゆっくり過ごせ。そうだな……明日の午後、ブルームの森にある湖へ集合しろ。そこでスペシャル授業を行うから、ちゃんと来るように。それじゃ、解散!」
・・・
翌日の午後。サンはアクリア、キバッグとブルームの森を訪れて湖へと向かう。サンは通い慣れてるが、他の二人は周囲を見渡していた。
「こんな場所まで来させるなんて、アクロ先生は何を企んでるのかしら?」
「さあな。でも、最初からこの4人で戦いたかったぜ。途中参戦なんてしなかったら、オレの活躍をもっと目に焼き付けたのによ」
キバッグは後悔した様子で、肩を僅かに落としていた。そんな後ろで話している二人に、サンは歩きながら後ろを振り返る。
「あはは! 昨日はオイラ達の実力を見てもらったんだ。アクロ先生もきっと分かってるぞ! 今日ここで、誰にも負けないパワー自慢をもっと見せつけたらいいんだ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。サンのおかげで、オレも暴れがいがあるってもんだぜ!」
「暴れるって言っても、戦いの授業以外かもしれないじゃない。もしかして、鬼ごっこやろうとか言うんじゃないでしょうね?」
アクリアの面白い予想に、サンはおかしく笑う。
「へへっ。鬼ごっこなら小さい頃からやってるし、負けないぞ!」
「別にあなたの自慢は聞いてないわよ」
「オレだって鬼ごっこはチャンピオン級の強さだぜ!」
「あなたまで張り合ってどうするのよ! お願いだからこれ以上ボケないで……ツッコむのも疲れるのよ」
ため息をつきながら、アクリアは顔を手で覆っていた。疲れ切っている彼女に、キバッグが親指を立てていた。
「アクリア……お前がツッコミチャンピオンだ」
「そんな称号いらないわよ!」
アクリアが立ち止まり、息を切らしている。そんな漫才コントのような会話を聞きながら、サンは目的地が目の前だと言うことに気付く。
「二人共、ここだ! ここを抜けた先にアクロ先生がいるぞ!」
「そうと決まればさっさと行こうぜ! おーい、アクロ先生!」
キバッグが湖へ走り出したのを、サンも同じ行動をする。アクリアは首を左右に振りながら、顔を手で覆っていた。
森林を抜けると、湖には岩の上で寝転がっているアクロの姿が。呼びかけると、こちらへ気づき、ゆっくりと起き上がっている。
「お、いらっしゃい。全員そろったみたいだが、アクリア……どうしたんだ? そんな死にかけみたいな顔してよ!」
アクロは大笑いし、アクリアの頭を優しく叩いている。彼女は口を尖らせ、頭を触られた手を払い除けた。
「誰が死にかけよ! どうしてこのパーティには、ほとんどボケしかいないのかしら……」
「アクリア、いじられるのはな。こいつらがお前と打ち解けてるって証拠だ。だから、そんな可哀想な顔するな。それにお前、可愛いからな」
「なっ!?」
アクロの褒め言葉に、アクリアは目を丸くして頬を赤く染めている。顔を下に向け、彼女は落ち着きのない様子だった。
「教師が生徒を口説いてんぞー!」
キバッグのからかいに、アクロは彼の頭を手刀で叩く。
「ほらそこ。大人をからかうもんじゃないぞー。なあ、アクリア――」
「べ、別に可愛いって言われても嬉しくないんだから! えへへへへ!」
アクリアは否定するも、明らかに嬉しさ満載の反応を見せている。あまりの分かりやすい反応に、サン以外の男たちが顔を引きつらせる。
「アクリア……お前も意外とアホなのかもな」
ぼそっとアクロが呟くが、当の本人には聞こえていなかった。サンはそんな空気を無視して質問する。
「なあなあ。話が変わるけど、今日はなにをするんだ?」
「ん、そうだったな。今日、お前たちにここへ来させのはある事を実践するためだ」
キバッグが手を挙げ、前へと乗り出す。
「ある事ってなんだよ? 昨日言ってたアクロ先生特製のスペシャル授業か!?」
「宣言通り、考えてきたぞ。今回の授業は……鬼ごっこだ」
「さっきアタシが言ってたこと当たってた!?」
目を丸くしてアクリアは、後ろへのけぞりながら驚いていた。
「ルールは簡単。お前たち三人で力を合わせて、俺の胸にある魔法陣へ攻撃を当てたらクリア。どうだ、すごく簡単だろ」
アクロが自身の胸に手をかざし、黒い魔法陣を出現させる。サンは初めての実践授業に、急ぐように顔を近づける。
「オイラ早く鬼ごっこしたい! アクロ先生、始めよう!」
「やる気が満ち溢れていいねぇ。お前らの準備が良ければ、さっそくやるか?」
「ええ、構わないわ。鬼ごっこついでに、あなたの実力を見させてもらうわ。アクロ先生」
「オレも問題ないぜ! あのアクロ先生とやり合えるんだ、体や心も燃えてきたぜ!」
三人のやる気溢れた雰囲気に、アクロは嬉しそうに微笑んでいる。
「決まりだな。じゃあ、さっそくやる気のようだし……始めますか!」
アクロは背中から矛を取り出す。こちらが動く前に、湖の奥にある道へ逃走していた。サンは手を伸ばし、アクリアは両手杖を強く握っている。
「あ、ずるいぞ! みんな、追いかけよう!」
「さっそく引っかかったわね! これも戦術のうちってわけ!?」
三人は徐々に距離を離し、奥の道へと走っていく。奥の森へ侵入すると、サンはアクロの姿を探し出す。
「アクロ先生、どこに消えたんだ?」
周囲を駆けながら、捜索するが姿は見えない。すると突然、後ろから足音がかすかに聞こえた。
「そんな必死に走ってきて、俺は側にいるよ」
「アクロ先生、見つけた!」
彼を発見すると、サンはすぐさま飛びかかる。自身の握りしめた拳が、アクロの胸へと殴りかかっていく。しかし、攻撃は紙一重で回避され相手は余裕の笑みを浮かべていた。
「おっと。そう簡単に、俺の体は触れさせないぞ」
「これならどうだ!」
後ろを振り返り、サンはキックを連続で繰り出していく。パンチを練り混ぜるも、こちらの動きが分かっているのか、アクロに直撃させることができない。むしろ、自分の距離が徐々に詰められていた。
「なんで、オイラのほうだけ追い込まれてるんだ……!?」
渾身のパンチを繰り出すも避けられ、アクロのチョップがこちらの頭を叩いた。
「いてっ!」
「俺が言ったこと、もう忘れちゃったの? 悲しいなぁ」
「サン、大丈夫か!? オレたちも来たぜ!」
頭の痛みに手でおさえていると、アクロの背後からキバッグとアクリアが駆けつける。
「アタシたちで協力して捕まえるわよ! フレスティーム!」
風を練り合わせた炎の竜巻がアクロへと襲いかかる。攻撃を受ければ大怪我は確実だろう。しかし彼は、魔法から生み出された炎の渦を眺め微動だにしない。
「よし、決まったぜ!」
キバッグが勝利を確信していると、期待はすぐに裏切られる。
「前も言ったが、若いのに高度な魔法を使うなんてな。もっと鍛えれば素質があるよ。けど――」
アクロの矛が雷を纏う。高々と竜巻めがけて振り下ろすと、綺麗なほどに真っ二つにされてしまい、アクリアは驚愕している。
「うそっ、あの魔法を切り裂くなんて!?」
「俺にとっちゃ、まだまだ威力は不十分だなぁ」
「オレを忘れてもらっちゃ困るぜ……先生よぉ!」
キバッグは大剣を担ぐ。アクロの目の前まで来ると、容赦なく薙ぎ払っていた。
アクロは矛で防御し、傷さえ残らない。キバッグも負けじと大剣を振り回し、なんとか応戦している様子だ。
「キバッグ、オイラもやるぞ!」
サンも跳び上がり、アクロにかかと落としで攻撃する。だが、これも回避されなんとか着地を決める。キバッグと二人がかりで戦うが、攻撃は一度も当たらない。攻撃の手数をやりすぎ、サンの呼吸は早くなっていた。
「まずいわね……コリザード!」
アクリアの繰り出した降り注ぐ氷が、相手を襲う。これなら避けられない、サンが確信していた瞬間――。
「ぐあっ!」
アクロが身軽な動きでかわすと、氷のツブテはキバッグの背中へと直撃した。
「えっ!? ご、ごめんなさい!」
アクリアが一礼して謝ると、キバッグの体は転げ落ちていた。かなり痛かったのか、背中をさすって顔をしかめている。
「いってー……今のは仕方ねえよ。しかし、オレたちの攻撃を一斉に避けるなんてよ……やっぱすげえぜ」
アクロは首を鳴らしながら、息さえ乱れていない。サンたちなどまるで、赤子扱いのようだった。
「ん、もう動けないならやめてもいいけどなぁ。って、言っても後1人だけ張り切ってる奴がいるけどな」
サンは負けたくない思いが強く、アクロを闘志を燃やして睨みつける。
「オイラは最後まで諦めないぞ! 食らえ、タイヨー拳――」
螺旋のオーラを拳に纏い、アクロの胸元へと攻撃する直前だった。
「残念だが、そう簡単にはいかないんだよ」
アクロがサンの右腕を掴んで地面へ叩きつける。重い衝撃に全身へ痛みが走ってしまい、手足さえ動かすこともできなかった。
「うっ……」
「よーし、今日はここまで。お前らの実力はよーく分かった。ま、そのうち続けていけば、うまくいくだろ」
アクロがどこか立ち去ろうとすると、キバッグがゆっくりと立ち上がる。
「待てよ……もう終わりかよ? オレたち、まだ攻撃も当ててねえぞ」
キバッグの睨む顔に対し、アクロは後ろを振り向いて微笑んでいる。
「最初はそんなもんだろ。まあ、今のお前たちは連携プレイさえ掴めばいける。それを考えれば、俺とも戦えるようになるさ」
「連携プレイ……」
アクリアが気付いた表情を見せると、アクロが静かに頷く。
「まあ、次までに3人で考えときな。ちゃんとミーティングでもしてるんだぞ。じゃあな」
矛を背負い、アクロは手を振って立ち去った。その光景をただ、サンたちは呆然と見ることしかできない。
「オイラたちのチームワーク……か」
サンはそのことを考え、しばらく地面を眺めるのだった。
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