第20クエスト ライメイタイガー

 アクロの話を、サンは真剣に聞いていた。話し終えた頃には、驚愕の連続があるばかり。彼の過去にそんな事があったとは思わず、黙ってしまう。


 当の本人は辛い顔も見せずにいた。


「……とまあ、これが俺の過ちだ。ん、どうしたんだ? そんな顔して」


 一体、どれだけ辛かったのだろう。きっと過去に囚われたままのはずだ。サンは思わず、涙がこぼれそうになって顔が僅かに歪んだ。


「アクロ先生……! とっても辛かったんだな……!」


 涙を堪えながらも叫ぶサン。その気持ちは、痛いほどに分かっていた。そんな様子を見たアクロはおかしそうに笑っている。


「ははっ、なんだお前さん。もしかして、こういう話されると泣いちゃうタイプか?」


 確かにそうかもしれない。そんな話を聞かされて泣きそうになるのは、昔から自覚していた。しかし、サンは目元の涙を指で拭う。


「それで、手伝いっていうのはそのモンスターを倒せばいいのか?」


 サンの問いに、アクロは軽く頷いた。


「今の話を聞いて分かったか。そうだ、今もライメイタイガーの被害が及んでしまう人間がいてもおかしくはない。二度とエリナのような被害者を出さないよう、一緒に倒してほしいんだ」


 そう言ったアクロの表情は真面目だった。気だるげそうな彼とは裏腹に、サンは少々驚いていた。もちろん、答えは決まっていた。思わず強く頷く。


「もちろんだ! けど、どうしてオイラを選んだんだ?」


 サンが眉をひそめて首を傾げる。すると、アクロはこちらの身につけていた物を指さした。


「お前の鉢巻だよ」


 意外だった。サンは思わず声を漏らす。自分で鉢巻を思わず触ってしまう。


「オイラの鉢巻がどうかしたのか?」


 サンは分からずじまいだった。アクロは懐かしそうな顔をしながらこう告げた。


「俺は赤ん坊だった頃のお前に会ったことがある。まさか、こんな立派に成長するなんてなぁ。あ、俺もその時ガキだったな……」


 衝撃の事実に、しばらく思考が停止する。一体どういうことだろうか。サンは我に返ると、後ろへ仰け反った。


「えーっ! 先生とオイラ、会ったことあるのか?」


 サンが動きを固めて驚くと、アクロは軽く笑っている。そして、彼から語られたのは、もう一つの大きな衝撃だった。


「俺の親父が、シャンウィン様の弟子でな。ガキの頃、親父に連れられて会ってるんだよ。親父は、シャンウィン様が小さな子供を拾った事に驚いてたが……まさかあの時のガキだったなんてな。その鉢巻も、シャンウィン様の物だろ?」


 にわかに信じられない話だが、彼の言う事に目を輝かせてしまう。サンは強く動揺しながらも、何回も頷いた。


「お、おう! そうだったのか、オイラたち……既に会ってたんだな!」


 自分たちは前から会っていた。どこか感激した気持ちになっていると、アクロはまた笑う。


「はははっ。まだお互い、ガキ同士だったけどな。今度、俺の親父に言っとくからな。お前さんもいつかシャンウィン様に会ったら、よろしく言っといてくれ」


 その頼みに、サンは強く承諾した。


「じーちゃん、きっと喜ぶぞ!」


 サンは嬉しさのあまり、ぐっと親指を立てる。まさかこんなところで、シャンウィンの話をするとは思わなかった。しかし、これでアクロとの絆が深まった気がする。サンは嬉しく満面の笑みを浮かべるのだった。


 その時、近くの草茂みから何かが動く。僅かに電気が放たれている。障害物を飛び越え、ゆっくりと歩いてきたのは、サンも気迫押されるようなモンスターだった。


「まさか、あのモンスターが……!」


 咄嗟に両拳を構える。あれが、アクロの生徒を殺した敵。サンは相手を睨んでいると、アクロは背中の矛を手に持って構えている。


「どうやら、鬼ごっこは終幕のようだ。やっと捕まえたぜ、ライメイタイガーさんよ」


 アクロの真剣な目つきが、相手を睨みつける。そして、ライメイタイガーもこちらを威嚇するように遠吠えを吐く。


「グルルルルアアア!」


 次の瞬間、再び体内から青光りする電気を放出している。勢いは凄まじく、周囲に突風を巻き起こしていた。


「今から闘いは厳しいものになるぞ。お前さん、名前は?」


 アクロに聞かれ、サンは自信満々に答えた。


「サンだ!」


 目の前の相手と対峙しながら、アクロは矛を振り回している。次の瞬間、地面へと突き刺した。


「サン、戦いついでに実力も見させてもらうぞ。頼りにしてるからな、新入生くん」


 その期待を裏切らないよう、サンは拳を構えた。笑顔を見せながら、相手と対峙する。


「絶対、パーティに入れるからな! だから、オイラの強さ……見ててくれ!」

「グルアアアアアアッ!」


 相手は大きな雄叫びを上げる。次の瞬間、地面を強く蹴り上げて跳び上がった。


 攻撃が――来る。サンは右拳を強く握って見上げた。相手は口を大きく開けた。喉奥からは、激しい火花を散らすように、電気が溜まっている。ライメイタイガーの口内からは、甲高い音を立てる雷の球。その大きさは、サンを飲み込もうとしている。自分が標的にされている事を知ったサンは、その場から大きく離れた。


 雷の球が地面へ直撃した瞬間、小さな爆発を起こす。電気が地を這うように広がると、小さなクレーターができていた。


 それを発見して驚愕するサン。相手の雷を受けたらひとたまりもないだろう。ならば、速攻で仕掛けるしかない。


「今度はオイラの番だ!」


 相手は地面に着地すると、前足の鋭い爪を立て、再びサンに襲いかかる。こちらも負けじと走り出す。勢いをつけた右脚の蹴りをお見舞いしようとする。しかし、相手はそれを軽々と横切って回避する。直後、ライメイタイガーは体を回転させながらサンにぶつかるのだった。


 衝撃で、遠くの木まで飛ばされるサン。その場で倒れ込み、咳き込む。そこへ、相手が容赦なく襲い掛かってきた。


「グアアアアッ!」


 咆哮と共に、牙を突き立てようとしてくる。サンは間一髪で避けるが、完全に避けきれなかった。


 サンは痛みに耐えながらも、立ち上がる。そして、拳を強く握った。


 サンは走り出し、相手に向かっていく。しかし、その途中で横から電撃が放たれる。サンは反応が遅れ、まともに受けてしまった。


 体が痺れて動けない。そんな隙を狙って、ライメイタイガーは突進してくる。まずい、このままでは――。そう思った時だった。目の前までやって来たアクロが、相手の攻撃を防いでくれた。彼はそのまま押し返し、後方へと下がらせる。


「ひたすら攻撃しても相手は倒れない! 動きをよく見るんだ!」


 その後、アクロは再び矛を構えて飛び上がる。そして、勢いよく振り下ろすが、避けられてしまう。アクロの攻撃を避けた敵は、口から雷撃を放つ。


 しかし、彼は分かっていたかのように余裕の表情で回避した。その瞬間、矛を大きく薙ぎ払うと、相手の胴体に傷をつけるのだった。少量の血を撒き散らし、苦痛の声を漏らすライメイタイガー。アクロはそのまま追撃を仕掛けようとするが、敵が素早く距離を取るため叶わなかった。


 アクロは小さく舌打ちをすると、一旦呼吸を整えるためか、後退した。そんな彼の戦いぶりを見て、思わずニヤッとしてしまう。


「すげー……! 本当に動きを見切って攻撃を当てたぞ!」


 一方、サンはまだ動けずにいた。全身が麻痺しており、思うように動かないのだ。

 その時だった。突然、背後から気配を感じたのか、アクロは振り返る。そこには、もう一匹のライメイタイガーがいた。仲間がやられて怒り狂ったのか、アクロを睨みつけて唸っている。


「ライメイタイガーが……もう1匹!?」


 サンは驚くしかなかった。なぜ、ライメイタイガーがもう一匹いるのか。分かっていたのは、同じく頭部に小さな結晶が埋め込まれていたこと、胴体に古傷が残っていたことだ。


「まさかとは思っていたが、ようやくお出ましか。仲間のために駆けつけたか? でもなぁ、俺だって……生徒を殺されて怒り狂ってるんだよ」


 アクロの強い眼光が、もう一匹のライメイタイガーを睨む。まるで、復讐の対象を見ているかのようだ。意味が分からず、サンは叫んだ。


「どういう事なんだ!? なんで、ライメイタイガーが二匹――」


「こっちが聞きたいぐらいだ。まあ、言えるのは……こっちのほうがエリナを殺した敵ってことだ」


 衝撃の事実に、サンはもう考えることさえ忘れていた。しかし、やられることなど微塵にも思っていなかった。なぜなら、頼りになる仲間がいるのだから。


 サンは思わず、自分の思い通りに動いてニヤリと笑う。


「そっか……じゃあ、作戦は成功ってことだな」


 彼がそう呟くと、アクロは声を漏らす。


「お前さん、何を言って……?」


 その時だ。草の茂みから何者かが飛び出してくる。


「おーい! わりいな、そっちまでおびき寄せるのに手間取っちまったぜ!」

「どうやらうまくいったみたいね。二匹もいるんだから、時間がかかってしまったわ」


 聞いたことのある男女の声。視線を移すとそこには、


「キバッグ! アクリア! 待ってたぞ! 作戦通り、ライメイタイガーをおびき出してくれたんだな!」


 サンが2人の姿を見て喜ぶと、アクロは状況を飲み込めずにいないようだった。


「このおふたりさんも、ブレイブ学園の生徒か? もしかして、お前さんの知り合い?」

「知り合いも何も……オイラとパーティを組む、大切な友達だ!」


 サンは自信満々に言うと、ライメイタイガー2匹に視線を移す。ついに全員揃った。サンはこのパーティ結成に、心から嬉しくなるのだった。

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