第19クエスト あの日の悲劇

 次の日。


 サンはニュートビアを出て、広い荒野の先にあるブルームの森にある湖へと向かう。目的地で、アクロが来ていることを信じながらひたすらに走って行く。


 昨日、ゼシロスが言っていたことを思い出しながらサンは思う。あの話が本当ならば、アクロはしばらくの間、生徒を殺した敵を探し続けているという訳だ。ならば、彼の苦しみを解放してあげたい。過去の呪縛から解き放ってあげたい。


 そう考えているとついに、湖へとたどり着く。


 正面を向くと、昨日の山積みにされたモンスターはいなかった。もしかして、アクロが処理したのだろうか? そう思って、隣にあった木陰で休んでいる人物を発見する。アクロはこちらに気づき、サンに笑顔を向けている。こちらに手を振ると、ゆっくり立ち上がった。


「よっ、 約束通り来てくれたな。昨日のモンスターの後始末、大変だったんだぞ。思わず、肩が凝りそうになったよ。まあそんな話はどうでもいいか。お前さんには色々と説明をしなきゃな」


 お気楽なアクロの調子に、サンは元気なく頷いた。果たして彼は大丈夫なのだろうか? 生徒を失ってから落ち込んだりしていないだろうか。


「お、おう。なあ、アクロ先生――」


 昨日の話について、サンは彼に聞くか迷っていた。真剣な眼差しを向け、彼に何があったのか聞きたくてしょうがない。


「そんなしかめっ面な顔してどうしたんだ? お前さんらしくない」


 アクロの明るい表情に、サンは決心した。やっぱり聞くしかないと。


「オイラ、アクロ先生に聞きたいことがあるんだ。2週間前、先生を慕ってた女の子がクエスト中に死んだって聞いたけど、何があったんだ?」


 そう聞くと、アクロはため息をつきながら頭の後ろを掻いていた。


「ゼシロス……面倒くさいことしやがって。聞いてもいいが、いい話じゃないぞ」


 アクロの真剣な表情に、サンは強く頷いた。別に構わない。少しでも、彼の気が楽になってほしくて、役に立ちたかった。


「それでもいい! アクロ先生に何かあったなら、オイラもモンスター退治を手伝う!」


 こちらの覚悟は決まっていた。その強い瞳を見た途端、アクロは諦めたのか、フッと笑う。


「お前さんって奴は……さて、どこから話すべきか。そうだな、あいつは――エリナは優秀な生徒だった」


 アクロは語り出す。一ヶ月前の事件で、何が起きたのか。なぜ、どのような経緯でクエスト中に生徒が死亡したのか。サンは息を呑んで聞くしかない。



 ・・・



 アクロはブレイブ学園で1年1組の担任をしていた。


 時期ということもあって、卒業する生徒はそれぞれの進路を決めている。そんな彼らの担当をしていたアクロも、別れるのは寂しいなと感じていた。しかし、彼らは勇者への道を突き進むだけ。人の少ない職員室で自分の机に向き合い、椅子に座って書類に目を通していた。


「おお。こりゃまた、丁寧に書いちゃって。どうして俺の生徒たちは、真面目な奴らが多いんだろうな」


 アクロは相変わらず感心していた。成績のいい卒業生徒の進路希望書に目を通し、思わず口を開けてしまう。


 何枚のプリントに書かれていたのは、丁寧な志望動機と希望進路の文字。これは思わず、担当している生徒たちの真面目っぷりに笑うしかなかった。すると、隣にいた軍時代からの親友も同じ作業をしている。彼は、こちらに視線を移して言った。


「お前の指導がいい証だ。それに真面目な生徒のほうが、お前にとってもやりやすいだろう」


 同期のゼシロスは褒めてくれるが、アクロはどうしても納得出来なかった。それには、自分なりの理由があるからだ。思わず小さくため息をつく。


「でもなぁ。堅苦しいし、俺も調子狂うんだよな。慕ってくれるのはいいが、もっとハジケてほしいねぇ」


 アクロの担当しているクラスは、どれも真面目な生徒ばかりだ。別に自分が丁寧に教えているわけでもないのに、座学テストでクラス順位トップを取り続けている。本当に不思議でしょうがなかった。そして、ゼシロスは書類をまとめ始めて続ける。


「だらけたお前でも尊敬の眼差しを受けてるんだ。優秀な生徒たちがいて、お前も鼻が高いはずだろう」


 軽く微笑むゼシロスに、少し納得してしまう。彼の言う通り、一年以内で卒業する生徒が多くいてアクロは嬉しい気持ちもあった。まだ赴任して一年目なのに、快挙を成し遂げた気分だった。


「まあ。そりゃ、そうだけどな」


 そんな他愛ない話を二人でしていると、職員室の扉がゆっくりと開かれる。そこには、アクロが担当しているクラスの教え子がいた。


「失礼します。アクロ先生、今回のクエストの件についてお訪ねに来ました」


 中に入ってきたのは、一組でトップクラスの優秀生徒――エリナだった。


 真面目さが際立つ黒のメガネをかけており、茶髪のそこそこ長い髪。腰には、短刀を装着するためのホルダーが装着されていた。


「お、エリナじゃないの。わざわざ会いに来てくれて嬉しいこった。ほら、早く入ってこい」


 アクロは笑顔を向け、彼女に手招きする。エリナはゼシロスにも一礼すると、こちらへ歩いてくる。手に持っていたのは、いつもの一枚の紙だった。


「ありがとうございます。アクロ先生、クラスの活動報告書を提出しに来ました」


 そう言って、紙を差し出してくるエリナ。アクロはそれを手に取ると、じっくり眺める。相変わらずの丁寧な文字に、アクロは微笑む。


「ありがとさん。いつも嬉しいねぇ」

「これくらいお安い御用です。報告書に問題はありませんか?」


 エリナが真面目な顔で問いかけると、アクロは軽く頷く。


「全然大丈夫だ。ありがとな、わざわざ持ってきてくれて」


 アクロは優しく言葉をかけると、エリナは頬を少し紅潮させている。彼女がなぜ照れているのか、自分には分からなかった。


「い、いえ。私も今日中にお渡しできて良かったです。明日のクエスト、よろしくお願いします」


 そう言い残して、エリナは足早に立ち去っていく。職員室を出ると、アクロは思わず笑ってしまう。なぜ彼女があんな反応をしたか知る由もないが、今の反応が可愛く感じてしまったのだ。すると、アクロは別の視線に気付くことになる。


「ん? どうしたんだ、そんなじっと見て」


 視線の正体は、ゼシロスだった。彼はいつもより真剣な瞳でこう聞いてくる。


「明日のクエストの事だが、本当に大丈夫か?」


 アクロはその言葉の真意が分からず黙っていたが、やがて軽く笑みをこぼす。


「何が言いたいんだ?」


 ゼシロスは自分の作業を止めて、体をこっちに向けていた。


「今回、お前たちが受けるクエストは得体のしれないモンスター討伐だ。噂ではライメイタイガーの個体と言われてるが油断はできない。もし、お前の生徒たちに何かあれば――」

「ははっ。安心しろ、そのために俺が同行するんだ。あいつらが危険な目に遭えば……俺が命がけで守ってやるさ」


 アクロの答えはいつもそうだった。生徒に何かあれば、自分が守ってやる。そのおかげで、軍時代から死者をあまり出さなかったことはおろか、生徒を死なせたこともない。アクロは決意に満ちた笑顔を向けると、ゼシロスも同じ表情を見せる。


「ふっ、お前らしいな。明日の帰りは待ってるぞ、そこの机の用紙が溜まっているだろうからな」


 ゼシロスに言われた通り、自分の机を見る。そこには、大量に散らばった用紙。まだ作業中だった事を忘れて、アクロは大きく肩を落とす。


「やれやれ……明日ばかりは帰ってきたくねえなぁ」


 明日はエリナを含めた生徒と一緒に行く、最後のクエスト。彼女たちの卒業記念である活躍をアクロは楽しみでしょうがなかった。


 この時は、アクロも知らなかった。まさか、あんな悲劇が起こるなんて――。


 ・・・


 翌日の昼頃。


 アクロは、エリナと生徒二人を連れて、街の外にあるブルームの森へと来ていた。今回、討伐するのはとあるモンスター。最深部の湖にいるらしい。今日は、彼女たちにとって最後のクエストなのだ。ここは、自分も頑張らなくては、と思った矢先。アクロは生徒たちの様子を見て笑う。


「お、今日はいつになくやる気じゃないの。お前ら、どうしたんだ? そんな今から大事な決戦に行く時みたいな顔してよ」


 生徒たちは、明らかに緊張していた。得体の知れないモンスターが相手だからか、リラックスさえしてない。すると、エリナは眼鏡を掛け直している。


「す、すいません。今日の討伐対象は、危険なモンスターと聞いたので……」


 そして、隣にいたおっとりしたエルフ族の女子生徒は呟く。


「わ、私たち。本当に倒せるのかな……?」

「お、俺も不安になってきた。先にトイレへ行ってきたほうがいいかな……」


 逆立つ髪型をしている黒髪のビースト族も緊張している様子だ。今にでも、ここから逃げ出そうとしていた。そんな生徒たちの様子を見ると、アクロは持っていた矛を地面に強く突き刺す。


「心配すんな。怖くなったら俺に背中を預けろ。この矛でお前らの命、死ぬ気で守ってやるからな」


 それは、彼女たちを安心させるためでもあった。最初は驚いていた生徒たちだったが、やがて安心したような顔を浮かべる。


「ありがとうございます、先生! 今日もご指導、お願いします!」


 エリナが深く頭を下げると、続いて他の二人も同じ動作をする。そんな彼らの表情に、アクロも釣られて笑うのだった。


「やっぱりお前らの笑顔はいいな。俺も一段と、やる気がみなぎってきたよ。さて……そろそろ出発するぞ。ここから進んだ先にモンスターが出現しているらしい。気をつけて行くぞ」


 真剣な表情を見せて、アクロは湖がある最深部へと足を進める。続いて、エリナたちも後ろをついて行きながら、周囲を見渡していた。


「先生、今回のモンスターの特徴を教えてください」


 エリナがそう聞くと、アクロはありのままに伝えようとした。


「そうだなぁ。ライメイタイガーの個体が湖で暴れまわってるらしい……が、どうも違うらしい」


 エリナは意味が分かっていないようで、再び質問する。


「違うって、どういう事ですか?」

「依頼主によるとなんかこう……どうも雰囲気が違うらしい。まあ、ちらっと見た程度で、本当か嘘かは分からないらしいがな」


 アクロも実際のところ、分からなかった。それがライメイタイガーなのかは定かではない。ただ言えるのは、今回は危険なクエストだということ。すると、後ろの男子生徒が肩を震わせて歩いていた。


「え。じゃあ、もしかしたら危険なモンスターかもしれないってことなのか?」


 また緊張を見せる男子生徒に、アクロは笑い飛ばす。


「はははっ、言っただろ? 怖くなったら俺に背中を預けろってな。もし、危ない時は全員で死ぬ気で生き延びるぞ」


 自分なりの言葉をかけると、エリナは普段とは違う笑顔を見せた。


「先生はやっぱり優しいですね。いつもクエストに行くと安心できます。頼りにしてますね」


 アクロは思わず嬉しくなった。そうだ、自分が守らないと生徒が危ない目に遭ってしまう。矛を強く握って、もう一度誓うのだった。必ず、守ってみせると。


「その言葉を聞くと、俺も自信を持って守りきれるな。さて……ここを抜けたら湖だ」


 いつの間にか、正面には木々に囲まれ光が差し込んでいた。草木の障害物を避けながら、眩しい光に手をかざす。ついに、やって来た。何の変哲もない、綺麗な湖。水中には、魚が泳いでいる。しかし、小動物やモンスターは見つからなかった。


「モンスターの姿がない……? 目撃された場所は確かここだったはず――」

「先生、危ない!」


 エリナが大きく叫んだ時、ついにやって来た。モンスターは、アクロを噛み砕こうと鋭い牙で飛びかかってきた。しかし、アクロは矛で防御して回避する。


「ちっ、いきなりご登場か!」


 矛を薙ぎ払うと、モンスターの体は後ろへ吹き飛んでいく。地面に着地すると、相手は怒り狂ったように雄叫びをあげていた。


「グルルルルアアアア!」


 紺色の体に、白のしましま模様。一メートル半ほどの体格。相手を引き裂く鋭利な爪。情報通り、モンスターはライメイタイガーだった。だが、アクロの知る姿とは違和感がある。それが何なのか、うまく見出だせなかった。


「先生、大丈夫ですか!?」


 エリナがこちらへ近づくと、アクロは武器を構え直す。


「この通り、ぴんぴんしてるさ。それにしても……ライメイタイガーだったのは本当だったらしい。けど、俺の知る姿とはどこか違うな」

「え、どういうことですか?」


 エリナがライメイタイガーを見ながら首を傾げている。しかし、やはりどう言えばいいのか分からない。


「それが上手く言えないんだな、これが。まあ、戦ってみると徐々に分かっていくさ。お前ら、無理だけはするなよ。間違っても死に急ぐようなことはするな」


 男子生徒が腰から細長い剣を取り出して構える。その表情を闘志を燃え上がらせていた。


「大丈夫だ、先生! 俺たちが協力すれば、絶対に倒せるよ!」


 対して、女子生徒も小さな魔法杖を片手に意気込んでいる。


「わ、私も援護するよ。傷ついたら回復するからね」


 そして、エリナも短刀を取り出して、ライメイタイガーに向けて刃を向けている。


「私たちの卒業はもうすぐです。今まで大切に育ててくれた先生へ、今日のクエストを成功させて……恩返しをします!」


 そんな嬉しくなるような生徒たちの言葉と覚悟。アクロは振り回して、軽く笑う。


「お前ら……ふっ。命令は一つだけ! 全員の力を合わせて、こいつを倒すぞ!」


 そんな自分の言葉に、ついに全員がその場から分散していく。対し、ライメイタイガーは口を大きく開けて戦闘態勢に入っていた。


「グルオオオオオオッ!」


 口内から、相手を痺れさせるような青い電球を放つライメイタイガー。標的にされていた男子生徒は軽々と避けると、大きく驚いていた。


「口から電気を吐き出した!?」


 アクロは全員に注意を呼びかけようと、大きな声で言った。


「ライメイタイガーは体内に電気を蓄積して放出する! 怪我したらただじゃ済まないぞ!」


 今度は、アクロが標的にされていた。ライメイタイガーの鋭い爪を持つ前足が振り下ろしてくる。アクロは矛を縦に持って防御した後、そのまま振り下ろす。しかし、これは相手が高く飛び跳ねて避けられてしまう。眩しい日差しを背に落下してくる相手。アクロは思わず、目を細めるのだった。


「グルウウウッ!」


 大きく吠えて、再び爪で攻撃する相手。アクロも矛を激しく振り回しながら応戦する。


「こりゃあ、骨の折れる相手だ。ここまで強いライメイタイガーも珍しいもんだな」


 アクロの強い振り上げに、ライメイタイガーの胴体にかすり傷がつく。少量の血飛沫。相手が僅かに顔を歪めると、エリナが魔法を唱える。


「先生、私たちも援護します! メガ・ウインディ!」


 風の上級魔法、メガ・ウインディ。彼女の放った巨大なかまいたちが空を切り、ライメイタイガーに直撃する。再び血液を吹き出して、後ろへ倒れ込む相手。しかし、まだ生きておりすぐに立ち上がった。


「俺も負けられない! うおおおおお!」


 男子生徒の剣に、燃え盛る炎が纏う。勢いよく突撃すると、そのまま振り下ろした。しかし、やはり相手にかすった程度でギリギリで避けられてしまう。続いて、女子生徒が魔法を放つ。


「私もがんばるよ! グランバク!」


 ライメイタイガーの周囲に土が盛り上がる。やがて、相手の手足を捕まえるように土の拳が形成された。身動きがとれない相手に、アクロはチャンスだと悟る。誰よりも速い足で追いつくと、目の前の獲物を捉える。そのまま、思い切って矛を振り下ろした。瞬間、相手の深い傷を作るような切り刻んだ音。多量の血液と共に、ライメイタイガーは弱々しく叫ぶ。


「グルルル……」


 その場で倒れ込み、動かなくなったのを確認する。アクロは一息つくと、エリナは大きく喜んでいた。


「やりましたね、先生! 討伐成功です!」


 しかし、どうも腑に落ちなかった。あまりのモヤモヤ感に、アクロは元気なく返事する。


「……ああ、よくやった」


 どうして自分は喜べないのだろう。倒したはずなのに、感情さえ爆発しない。ライメイタイガーを見つめながら、一人で呟く。


「……この違和感はいったい? ん……?」


 相手のとある箇所に目がつく。その場でしゃがみ込み、そこに手をゆっくり伸ばしていた。


「違和感の正体はこいつだったのか?」


 ライメイタイガーの頭部に、紫色の小さな結晶が埋め込まれていた。戦いの最中で発見できなかったが、アクロは確かにソレを目に焼き付けていた。結晶を自分の右手で取ろうとした瞬間。


「だめっ、先生!」


 エリナの勢いある叫び。同時に、ライメイタイガーは何事もなかったかのように、起き上がってくる。


「なにっ!?」


 予想外だった、明らかに仕留めたはず。ライメイタイガーの体は激しい電気を帯びている。そのせいか、突風を巻き起こし、地面を焼け焦がす。アクロは、その場にいた生徒へ大きな声を上げた。


「お前ら、逃げろっ!」


 ライメイタイガーが吠えると同時、そこにいた者たちに一筋の雷が降り注ぐ。アクロが避けた瞬間、どこからか直撃したような激しい音。同時に、ライメイタイガーは湖から逃げるように遠くへ跳んでいく。アクロは矛を背中に仕舞うと、後ろを振り返る。


「え、エリナ……?」


 目の前には、雷を受けた衝撃で全身に深手を負ったエリナが倒れ込んでいる。地面には着用していたメガネが落ちており、バラバラになっていた。彼女は苦しそうに笑みをこぼしながら、全員に視線を移している。


「せ、先生……みんな、無事で良かった」


 思わず、エリナへ駆け寄ってしゃがみ込む。アクロは突然の事に混乱し、腰のポーチから傷薬を取り出そうとしていた。


「しっかりしろ、エリナ。俺が今から治療するから死なないでくれ……!」


 しかし、エリナはこちらの手を弱く握っている。それはまさに、自分の死を覚悟しているようだ。


「先生、私はもう……だめです。体が動きません」


 諦めている彼女。エリナの焼け焦げた手を、アクロは自身の頬にくっつけた。


「何言ってんだ。お前、もうすぐ卒業じゃないか。卒業して、俺が所属してた軍に入隊したいって言っていたじゃないか」


 声を震わせて叫ぶアクロに、エリナは軽く笑う。


「いいんです……私、先生に憧れて頑張ったけど……いつも一緒にクエストへ行けて嬉しかったです」


 エリナの今までにない笑顔に、アクロは覚悟を決める。ここで喚いても仕方ない。自身の感情を押し殺しながら、顔を下に向けた。


「……ああ、俺もだ。エリナ、お前は優秀な生徒だった。お前のこと、守れなくてすまなかった」


 謝るアクロに対して、エリナの目は閉じかけていた。最後に、彼女はこう告げた。


「先生、お願いがあります。私が死んでも……いつもの先生でいてください。いつも、先生の笑顔……大好き……だったから……」


 そう言い残し、エリナの握っていた手が崩れ落ちる。その時、自身の罪悪感が大きくなった。守れなかった。大事な生徒を殺してしまった。死亡したのを確認した生徒は、呆然と眺めており、アクロは彼らに視線を移す。


「……お前ら、帰るぞ。街へ戻って、応援を要請する」


  ほんの僅か、エリナが死んだことを受けきれず、アクロは元気のない足取りで街へ戻るのだった。

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