第18クエスト ゼシロスとステーキ

 ブルームの森から抜け出してサンはニュートビアへと戻ってきた。周囲を見渡すがアクロが街に戻ってきた様子はない。


 相変わらず様々な種族が行き交っている。街の入口で、サンは考えて立ち尽くす。


「街に帰ってきたぞー! アクロ先生すごかったけど、どこか悩んでる感じだったなぁ。んー……」


 アクロの事が気になって仕方ないサン。しかし、すぐに気持ちを切り替えて前を向く。


「とりあえず! 明日の頼み事を聞いてから、絶対にパーティへ引き入れる! やると決めたらやるんだ! でもその前に、なんかお腹空いたなぁ。よし、先に腹ごしらえだ!」


 もう夕方。お腹が鳴っている。


サンは自分自身に言い聞かせるように、次の行動を決めた。彼の足取りは軽やかで、街を歩こうとした瞬間。


「その様子だと、アクロとは会えたようだな」


 こちらへ向かってくる人物に気づき、サンは口を大きく開けて喜ぶ。


「ゼシロス先生! さっきぶりだな、どうしてここにいるんだ?」

「君がアクロと会えたか心配でね。そろそろ帰ってくる頃だと思って、迎えに来たんだ」


 ゼシロスの温かい笑みに、サンはもっと嬉しくなる。まさか迎えに来るとは思わなかった。サンは大げさに泣くフリをしてみせた。


「そうだったのか! オイラの為に待ってくれるなんて、ゼシロス先生は優しいな! 涙が出そうなほど感激だ!」

「ふっ、大げさだな。それより、サン。君は大事な事を忘れてないか? ここに来たのもそれが理由なのだが」


 ゼシロスが真面目な表情に変え、そんな事に言われる。一体、彼に何をしたのかと思わず脳内の記憶を絞り出す。両腕を組みながら、


「ん? なにか忘れてる事あったっけ……あーっ!?」

「思い出したか?」


 サンが大声を出すと、ゼシロスはまた軽く微笑む。サンは両手を合わせ、深く頭を下げる。


「ごめん! ゼシロス先生がオイラに頼み事をしてたの忘れてた……オイラ、パーティを結成することしか頭になかったぞ、あはは!」


 笑いながら、頭を掻くサン。ゼシロスは首を振ると、こちらの肩に右手を置いた。


「いいんだ。今はパーティを決める大事な時期だからな。それで、静かな場所で話がしたいのだが構わないか?」

「じゃあ、そこのステーキ店に行こう! オイラ、ちょうど腹減ってたんだ! ゼシロス先生、奢ってくれるか!?」


 サンが指をさした方向、近くにあるレンガの外装で作られたステーキ店だ。ゼシロスもその方向を見ると、苦笑いを浮かべて動揺している。


「あ、ああ。仕方ない。ただし、食べるのは一品までだ。値段の高すぎるメニューもダメだからな」

「よーし! それならさっそく行くぞ!」


 サンはステーキ店へ走っていく。既にお腹が減って、料理が食べたくてしょうがない。


「待て、そんなに慌てるな。ふっ……元気のある子だ」


 ゼシロスが止めようとするが遅い。彼も嬉しそうに、店の中へと入っていくのだった。


 ・・・


 店内に一歩足を踏み入れると、目の前に広がるのは落ち着いた照明と木の温もりを感じさせるインテリア。壁にはワインボトルが並び、古き良き時代を思わせる装飾が施されている。


厨房からは、シェフが鉄板の上でステーキを丁寧に焼き上げる音が聞こえ、その音は食欲をそそる。肉の焼ける香ばしい匂いが店内に満ち、待ちきれない気持ちが高まってしまう。


 サンとゼシロスは入口近くのテーブルに座る。壁に掛けられていたメニュー表を手に取ると、美味しそうな料理の数々にサンはよだれがでそうになってしまう。


「どのメニューもおいしそうだなー! どれにしよー!」

「好きな料理を選ぶといい。君には頼みを聞いてもらわないといけないが……もうその必要はないらしい」


 サンは目を開いて驚く。まさか、ゼシロスの口からそう言われるとは思わなかったからだ。


「えっ、なんでだ? あ、もしかしてゼシロス先生の頼み事って……アクロ先生のことか?」

 サンの勘が当たったのか、ゼシロスは頷く。


「察しが良いな。その通り、あいつが抱えている過去を断ち切るため、ぜひ協力してほしいと思ってね。どうか、重たい責任を負っているアクロを楽にしてくれないか」


 ゼシロスがこちらに向けて深く頭を下げている。サンはニヤッと笑い、持っていたメニュー表をテーブルに置く。


「頭を下げる必要はないぞ! 何があったかは知らないけど、アクロ先生を助けたい気持ちは同じだ! でも、どうしてオイラに頼んだのか教えてくれ!」


 頭を上げるとゼシロスは、


「入学式に、君の元気な姿と何も臆することなく私に立ち向かう勇気が、心を打ち付けた。君の力があればきっと……アクロを救えんじゃないかと、そう思ったんだ。前から学園長に君の噂を聞いていたが、想像以上の明るさと前向きさを持つ子だ」


 リュウショクがそれだけ褒めてくれたのかと思うと、サンは心満たされる。


「すごく嬉しいな、ありがとう!」

「礼などいい。君を初めて見た時、面白い子だと思っていた。あの戦いを通じて感じたが、実力もなかなかだ。今日のおごりは私からの入学祝いだと思ってくれ」


 サンは嬉しくて頭を搔くのだった。


「へへっ。ゼシロス先生って頑固そうだと思ったけどやっぱり優しいんだな!」


 そう褒めるとゼシロスはため息を吐く。


「口数が少ないからそう見えるだけだ。だが、私は教育に対して真剣に取り組んでいる。軍を退役して、学園にスカウトされた瞬間からそうだ」


 そういえば、と思いサンは聞きたいことがあった。思わず前のめりになって目の前の人物を見つめる。


「そういえばゼシロス先生ってさ! 前は軍隊にいたとか聞いたけど本当なのか?」


 ゼシロスは少し黙り込んだ後、静かに頷いている。


「10代の頃からとある帝国の軍に所属していた。1年前ほど前からアクロと共に大佐まで上り詰め退役し、リュウショク学園長からブレイブ学園の教師をやらないかとスカウトしてくださったんだ」


 なるほど、とサンは納得する。そこまで彼はすごい人物だったのかと改めて認識してしまう。


「そうだったのかー。ゼシロス先生って最近、学校の先生に……え? 今の話。アクロ先生も同じ軍に所属してたのか!?」


 アクロも同じ軍にいたという話に、サンは目を丸くした。するとゼシロスは何か思い出したように続けた。


「そういえば言ってなかったな。私とアクロは小さい頃からの幼馴染でね。共に張り合い、カルディア軍で色々なことを誓いあったものだ。そしていつしかアクロは……カルディアの矛。私はカルディアの盾など呼ばれるようになった。そう呼ばれるのは嫌いじゃないがね。しかし……2週間前の事件でアクロも変わってしまった……よほどショックだったのだろう」


 ゼシロスは顔を上に向け、遠くを見つめるような表情をしていた。サンは思わず体を前にのめり込む。聞きたいことは山ほどあった。


「アクロ先生何があったんだ? あんな真剣な顔を見た時に忘れられなかったんだ。教えてくれ、ゼシロス先生!」


 サンはテーブルに両手をついて椅子から立ち上がった。彼をじっと見つめていると、ゼシロスは小さく口を開く。


「……当時、アクロの担当していた生徒がクエスト中に死亡した」


 そんな衝撃の言葉に唖然とする。


「え……?」


 ゼシロスから告げられた事実に、サンは声を漏らす。何も考えられないサンに、ゼシロスは当時の事件を語る。


「その生徒はアクロを慕っていてな。彼女はいつも彼と共にクエストを受けていた。アクロ本人も実力を認める優秀な生徒だったよ。その成績から一年目で卒業が確定した頃。あの事件は起きた……」


 ゼシロスが深刻そうに語る。

 サンは視線を一点に集中させていた。その話を息を呑んで見守ることしか出来ない。


「アクロは、彼女を含めた四人パーティでモンスターの討伐クエストを受けた。凶暴なモンスターが相手で難易度は高いものだ。私も危険なクエストに心配だったが、あの二人がいるなら大丈夫だと信じて……だが胸騒ぎは起きた」


 サンは話の続きが気になってしょうがなかった。


「何があったんだ?」


 ゼシロスはレンガの壁から見える窓を眺めながら、


「アクロたちがクエストから帰ってきた時、彼女の姿だけなかった。私は聞いたんだ……だがあいつはこう言ったんだ。『今日限りで教師をやめる……俺にはその資格がない』とな。一緒にクエストへ同行した生徒の話によると、彼女はモンスターによって殺された。そして今もアクロは……彼女を殺したモンスターを探し続けている」


 そこまで聞いてある疑問が浮かぶ。


「どうしてアクロ先生は今もそのモンスターを探し続けるんだ?」


 そう聞くとゼシロスは両手を組んで俯く。


「恐らく自分の生徒を殺した仇を取ろうとしている。あいつはああ見えて誰よりも仲間思いだ。一人で行うのも人一倍責任を感じているかもしれないな」


 ゼシロスの話を聞いてサンはますます不安になる。いくら強いといえども、やられたら元も子もないからだ。


「そうだったのか……アクロ先生、大丈夫なのかな?」


 サンが下を向いて椅子に座るとゼシロスは首を振る。


「心配ない。あいつの実力は私が誰よりも知っている……話が長くなったな。聞いてくれたお礼に好きなものを食べるといい」


 ゼシロスの僅かな笑みにサンは思い出す。既に腹の虫が鳴っている。サンは大きく目を開いた。


「そうだった! じゃあゼシロス先生、頼んでいい!?」


 そう言うとゼシロスは頷いてくれる。


「ああ構わない。ゆっくり味わって食べるようにな」


 かすかに微笑みながらゼシロスはこちらに視線を向けている。彼の優しさに思わず嬉しくなってしまう。と、そこで――サンは何かをまた忘れていた。


「あれ、もう一つ忘れてるような……」

「どうした?」


 ゼシロスが聞くと、サンはしばらく考える。そして、ついに思い出した。


「あーっ! グラウンドの整備っ!?」

「なにがあった?」


 ゼシロスが困り顔で笑っていると、サンは勢いよく立ち上がる。


「ステーキなんて食べてる場合じゃないぞ! ごめん、ゼシロス先生! オイラ、用事思い出しから行ってくる!」

「ああ、気を付けてな?」


 サンは頭を下げると、店の中を走る。入口まで着くと、こう呟く。


「キバッグ、オイラを許してくれ……!」



 ・・・



 その頃、ブレイブ学園のグラウンド。


「……くっそー。サンの奴、どこにいんだよおおおおお!」


 グラウンドを綺麗にしながら、空に叫ぶキバッグであった。

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