第12クエスト ビースト族のキバッグ

「よお、さっきの新入生! 先生との戦い、オレも見させてもらったぜ!」



 背後を振り返ると、そこにいたのは――獣耳と尻尾の生えた新入生。また新たな出会いに、サンは思わず笑顔を見せた。



 茶髪に虎の耳が生え、お尻の尻尾を僅かに動かしている。白い半袖の上着からは、鍛えられた肌色の筋肉が見え隠れしている。身長はサンよりも少し背が高いように見える。背中には重たそうな大剣を背負っていた。どことなくやんちゃそうな印象を受ける生徒だ。



「オイラの活躍見てくれてありがとな! サンっていうんだ! よろしくな!」


「ふっ……ははは!」



 こちらの元気な挨拶に、少年は大笑いしている。思わずサンは、キョトンとしてしまう。



「どうしたんだ?」


「悪ぃな。まさか、教師にタイマン挑む新入生がいるとは思わなかったんでな。つい笑っちまったぜ」



 そう言うと、少年は右手を差し出してきた。握手を求めているらしい。



「オレはビースト族のキバッグだぜ! おめぇ達も、オレの実力に溺れること間違いなしだ!」



 自己紹介を受けて、サンもすぐに右手を差し出す。二人は固く握手を交わした。

 ビースト族は動物の耳と尻尾を持つ半獣人。まさに野生と力に満ち溢れた種族と言っていいだろう。



「こっちこそよろしくな、キバッグ! あ、こっちはアクリアだ! いつもため息ついてる奴だぞ!」



 そう紹介すると、アクリア本人はツッコむ。



「あなたのせいでため息が出るのよ! まったく……エルフ族のアクリアよ。よろしくね」



 アクリアも自己紹介すると、キバッグはまたおかしそうに笑う。



「ははっ! おもしれぇ奴らだな。おめぇらも勇者に憧れて、この学園に入学したんだろ! ちなみにオレは、世界を救った勇者レジェッドみてーに誰よりもかっこいい勇者を目指すぜ!」



「そうなんだな! オイラは誰よりも強い勇者だ! キバッグ、学園では負けないからな!」



 そう張り合うと、キバッグが顔を近づけてくる。



「ならオレは、おめぇの何百倍も強くなってやる!」


「だったらオイラは何千倍だ!」



 二人の様子を見ていたアクリアは、やれやれと言った困り顔をしている。



「そんなに強くなるなら苦労しないわよ。このキバッグも、サンと同じ馬鹿タイプなのかしら……」



 そんなやり取りの中、アクリアに視線を移すサン。彼女に聞きそびれた事があり、問いかける。



「そういえば、アクリアはどんな勇者を目指してるんだ? 教えてくれよ!」


「えっ、アタシ?」


「いいじゃねえか! オレにも教えろよ!」



 キバッグにも聞かれると、アクリアの表情が曇る。顔を俯かせて、こう呟いた。



「……みんなを守れるような勇者よ」


「いいじゃねえか! って、どうしたんだよ? 顔つきが暗いぜ」



 キバッグが声をかけると、アクリアは我に返ったようにハッとする。慌てた様子の後、笑顔を見せた。



「な、なんでもないわよ。そろそろ入学式が終わるみたいね。ゼシロス先生がステージ台に立っているわよ」



 アクリアが視線を移した先に、サンも同じ方向を見る。確かにゼシロスが立っていた。拡声器を通して、彼は言った。



「諸君。先程の戦い、盛り上がってくれて私も嬉しいよ。そしてサン、久しぶりに勝負というモノを楽しめた。君には、感謝しなければいけないな」


「オイラも、ゼシロス先生と戦えて楽しかったぞ! またいつか勝負しような!」



 サンが笑顔を見せ、手を大きく振る。ゼシロスはこちらに頷くと、新入生に向けてこう告げた。



「さて、話は変わるが……先程も言ったように。このブレイブ学園では、ただ強くなるだけでは卒業の道は遠いままだ。個人の実力だけで勝ち進むのは難しいだろう。本当に大切なものは何か、君たちに分かるか?」



 その場の新入生たちが緊張の面持ち、ゼシロスは続ける。



「それは……本当に迷ったとき、誰かを頼る勇気だ。私は、君たちがこの学園を通じて強くなることを信じている。迷ったときは、私たち教員を頼れ。そして、絆を深めた友を作れ。誰も孤独にしないと、我々が約束しよう。私は信じているよ――君たちのような未来ある若者達が成長し続ければ必ずや成し遂げられるとね。だからどうか、挫けずに頑張って欲しい」



 彼の言葉を聞いた生徒達は拍手をする。その中で、サンは両拳を静かに握りしめる。それだけ彼の言葉に聞き入ってしまった。彼の優しさが伝わってくるようだったからだ。



「オイラも頑張ろう……!」



 始まる学園生活に気合を入れ、強く決意する。こうして、入学式は幕を閉じた――。



 ・・・



 入学式が終わり、サンはブレイブ学園に隣接する学生寮へとやって来た。外観はシンプルかつ綺麗な建物だった。中へ入ると上へ続く階段があるようだ。入学式の終わり際、ゼシロスから言われた言葉を思い出す。



(君たちにはこの後、学生寮へと入ってもらう。部屋は各自、好きな場所を選ぶといい。扉の開け方は、自身の魔力をドアノブにかざすだけだ。ただし、一度でも魔力を込めれば二度と部屋を変えることはできない。注意してくれ)



 その言葉を思い出していると、一緒に階段を上がっていたキバッグが言う。



「しかし、部屋も好きに選べるなんてな。ブレイブ学園って自由なところもあって嬉しいぜ」



 三階まで上がると、一方通行の廊下を歩いていく。遠くの床を見つめても、赤い絨毯が続いている。窓から差し込む光が廊下を照らし、壁に飾られている絵画の数々を映し出す。



「そうだな! アクリアも一緒に来てくれたら嬉しかったけど、男女で寮が分かれてるのかー」



 サンが、窓から見える女子寮を見つめながら歩いていく。キバッグも同じ方向を見つめながら、



「しょうがねえぜ。さすがに男女が同じ建物っていうのもまずいしな。とりあえず、オレはこの部屋にするぜ。サンはどうする?」



 キバッグが309号室と札に書かれた扉の前で立ち止まる。サンは、その隣にある310号室と書かれた部屋を選ぶ。



「オイラはここにするぞ! ドアノブ部分に自分の魔力を込めたら開くって言ってたな。さっそくやるぞ!」



 ドアノブに左手で掴み、サンは意識を集中させる。すると――鍵が解除されて扉が自動的に開いた。その光景を見たサンは思わず興奮してしまう。



「うおっ!? すごいなこれ! なんで勝手に扉が開くんだ!?」


「すげえな! どういう仕組みなんだ? オレもやってみようっと」



キバッグも扉の前に立ち、右手でノブを掴むと集中し始めた。しばらくすると、彼も同じように扉が開いたのである。二人は感動して目を輝かせながら互いを見つめ合った。



「まさに最先端だな! 初めて体験したぞ!」



 サンがはしゃぐと、キバッグはこちらに視線を移してこう言った。



「さっそくオレは、今日からこの部屋で休ませてもらうか。サン、これから仲良くしようぜ」


「おう! キバッグ、今日はお前みたいな友達ができて嬉しかった! またな!」


「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。また会おうぜ」



 一旦のお別れ。サンは部屋に入ると、そのまま扉を閉める。自室には、広い光景。サンは目を輝かせた。



「すげー! なんだこの部屋!?」



 サンの自室は、まるでホテルのスイートルームのようだった。豪華な家具が置かれており高級感漂う室内。ベッドは大きくふかふかな素材で作られたシングルベッドで天蓋付きとなっている。窓側にカーテンが付いているため外からは見えないようになっていた。ソファなど、いい素材が使われていることが分かる。サンは脚に力を溜めると、その場でジャンプした。着地すると、走ってベッドへ飛び込んだ。



「ふかふかのベッドだー! 自宅のベッドより、もふもふしてるぞ!」



 ベッドでゴロゴロしながら、天井を見上げるとサンは呟く。



「オイラ、ここで生活するんだな……絶対に卒業して、じーちゃんに強い姿を見てもらうんだ!」



 その時だった。部屋の扉を軽く叩いている音が聞こえる。一体誰だろう? そう思いながら、サンは扉へ駆けつけて開く。その正体は、ゼシロスだった。



「ゼシロス先生! さっきぶりだな! というか、どうしてオイラの部屋が分かったんだ?」


「三階の部屋に眩しいくらいに輝き、真っ直ぐな芯のある魔力を発見したものでね。君だと思ってこの部屋を訪れたんだが、私の勘は当たっていたようだ」



 それを聞いて、サンは思わず笑う。



「なんか嬉しいな! ところで、オイラに用があるのか? わざわざ遊びにここまで来るはずないもんな!」


「実は、君に頼み事があってな。そうだな……明日の授業が終わったら、放課後に教師たちのいる職員室に来てくれないか?」


「いいぞ! なんの頼みか分からないけど、約束は守るぞ!」



 ゼシロスはフッと笑い、軽く頭を下げる。



「ありがとう。私は職員室の左端の机で作業しているから、時間の空いた時に来てくれ。それでは」


「おう! またな!」



 そう言って、ゼシロスは廊下を歩いていく。その姿を見届けた後、部屋の扉を閉める。



「オイラに頼み事かー。もしかして、オイラの実力を見込んで期待されてるのか!? あ、頼み事の内容を聞くべきだったかなぁ。まあ、いいか! 明日は授業を頑張って、ゼシロス先生のところに行くぞー!」



 サンは左腕を高く掲げ、明日を待つのだった。

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