第10クエスト 期待の入学式

 ついに入学式の日がやって来た。学園までの道を歩いていると、朝から様々な種族が行き交っている。その光景に心が躍ってしまうサンであった。


「いよいよ今日が来たんだなー! これからの生活が楽しみだ!」


 胸を弾ませていると、後ろで頭を抱えている人物がいる。


「なんで入学式の日に、あなたと行かなくちゃいけないのよ……」

「たまたま出会ったから!」


 サンが後ろを振り返り、笑顔を見せた先はアクリア。宿屋を出てしばらくすると、偶然アクリアと居合わせ、今に至る。ため息をつきながら歩いているアクリアに声をかけるサン。


「あはは! そんなため息つくと楽しくないぞ! これから学園生活が始まるし、リラックスしないとな!」


 サンがもう一度前を向いて歩く。アクリアは少し黙った後、彼の後ろをついて鼻で笑う。


「ええ、そうね。あなたが一緒だと学園生活も退屈しそうにないわ。分かってると思うけど、入学式が始まったらちゃんと静かにしなさいよ。まあ、元気過ぎるあなたでも、それくらいは分かってると思うけど」

「大丈夫だって! さすがのオイラでも、大事な行事は大人しくしてるぞ!」

「それならいいけど。着いたわよ、ここがブレイブ学園」


 二人はニュートビアの街並みを眺めながら歩き続けているうちに、学園の入り口前まで辿り着いた。門の前には大きな看板が設置されており、『ブレイブ学園』と書かれている。


 その看板の前で立ち止まり、改めて学園の外観を眺めることにした。入口に入ってすぐ、広がる土のフィールド。あそこがグラウンドのようだ。


 敷地の奥には巨大な校舎らしき建物が見えた。まさに、王城の造り。荘厳な雰囲気を漂わせる佇まいだ。

 入口近くで見上げながら、サンは宝石のように目を輝かせる。


「これがブレイブ学園かぁ! もうオイラ、ワクワクばっかしてるぞ!」

「はいはい。やはり、色んな種族が入学するみたいね。どの新入生も、みんな強そうだわ」

「ほんとだな! オイラ、早く色んな奴と戦いたいぞ!」

「あなた……学園に通う目的忘れてない? とりあえず、あそこに受付があるから手続きするわよ」


 二人が向かう先には、小さな小屋があった。その前に机が置かれていて、何人かの生徒が列を作っている。どうやらあれが受付らしい。サンたちも最後尾に並ぶことにするのだった。

 そして数分後――ようやく自分たちの番がやってきた。受付にはエルフ族の女性が立っている。桃色の長い髪に整った顔立ちで、二十代後半くらいだろうか。白と黒を基調とした服を着こなしていた。


 胸元にあるネームプレートには『レイミー』と記されている。彼女の名前のようだ。もう1つ、ネームプレートの上あたりに金色のエンブレムが付けられている。


 サンはさっそく話しかけることにした。


「あのー! オイラたち、今日からここに入学することになったんだ! よろしくなっ!」


 元気よく挨拶をすると、受付の女性レイミーはニッコリと笑ってくれる。


「あら、元気な子ですね。この度は、入学おめでとうございます。それでは、入学の証を見せていただけますか?」


 それを聞き、サンは思い出した。アパロ村を旅立つ前、シャンウィンから受け取ったものがある。


 ズボンのポケットから取り出すと、それは一枚のメダルだった。銀色の表面には赤い紋様が施されている。裏面には自分の名前が彫られている。


 アクリアも同じものを取り出すと、お互いにレイミーへ手渡した。


「ありがとうございます。入学式はもう少しで始まります。グラウンドへ行き、しばらくの間お待ちくださいな」

「ありがとな、受付のねーちゃん!」


 サンが笑顔を向けると、レイミーも同じ表情で返してくれる。


「これから楽しい学園生活を送ってくださいね――サン君」


 なぜか、サンの名前を知っている事にアクリアだけが驚いていた。


「えっ、なんでこの子の事を――」

「あなたも頑張ってくださいな、アクリアさん」

「えっ、ええ……?」


 アクリアは困惑しながらも、軽く頭を下げる。サンは後ろを向いて、小屋を出ていこうとする。


「アクリア、行くぞー!」

「って、待ちなさい! ほんとに落ち着きないんだから!」


 二人が出ていき、レイミーは呟いた。


「……元気に成長しましたね。ありがとうございます」



 ・・・



 グラウンドの奥には、新入生たちが集まっている。百人ほどはいるだろう。それぞれが緊張した面持ちで待機していた。


 前を見ると、職員らしき大人たちが話し合っている。その中にはリュウショクがおり、思わず話しかけたいが、今は我慢しよう。そう思いながら、サンは隣のアクリアに声かける。


「なあ、アクリア! 先生たちもすごく強そうな人たちだな! 特にあそこの――銀髪の兄ちゃん!」


 サンが印象に強かったのは、新入生たちの前にあるステージ台。その上に立っているある男性教師の事だ。


 年齢は20代前半。長めの銀髪を後ろで一つ結びにしている。目の色は同じく銀色。白いコートを羽織り、その下には黒い服と黒のスラックスを身に着けていた。彼は真面目な表情で生徒たちを眺めているようだ。


「まあ、ブレイブ学園が選んだ教師だからね……って、カルディアの盾――ゼシロスじゃない。あの人が司会進行するのね」


 アクリアの真面目な雰囲気と対照的に、サンは首を傾げたままである。


「んー? あのなんとかの剣って呼ばれてる、にーちゃんがどうかしたのか?」

「剣じゃなくて、盾よ! ああもうっ……本当に何も知らないんだから」


 呆れた様子のアクリアだったが、すぐ真面目な顔でこう説明した。


「ゼシロス。かつて在籍した帝国の軍隊、若くしてその名を轟かせた大佐よ。人々や仲間たちを鉄壁の守りで活躍したことから、カルディアの盾と呼ばれているわ」


 彼女の話を聞き、サンは思わず飛び跳ねてニヤケてしまう。


「あのにーちゃん、そんなにすごかったんだな!」

「あれだけの人材がここにいるという事は、ブレイブ学園は生徒の育成に力を入れているのかもね」


 2人が話している内にも時間は過ぎていくようで、ついにゼシロスが動く。右手を上げ、二本の指を交錯させ鳴らす。彼の口元には、白い筒状の拡声器が現れ、宙に浮いていた。


「おお! なんだ、今の魔法!?」


 サンが驚くのも束の間。ゼシロスは拡声器を通し、第一声が放たれる。


「新入生の諸君、入学おめでとう。君たちが新たな人生を歩むことを、我々職員は歓迎する。早速だが、自己紹介をさせてもらう。私はゼシロス。ブレイブ学園で一年五組の担任をしている」


 そんな前置きの後、ゼシロスは話し続ける。


「最初に言っておく。ブレイブ学園は、優秀な成績を残せば最短1年で卒業することができる。しかし、成績を残さなければいつまでも留年することになる。もし、この中の誰かが3年以内に卒業できない場合、強制的に退学させてもらう」


 サンは頭の後ろに両手を組みながら、彼の話に聞き入っている。


「ほえー……けっこう厳しいところもあるんだな」

「基本的に、午前中は座学。午後は実技を受けてもらう。詳しいことは、担当となった教師の話を聞くといい。ここで質問を受け付ける。何か聞きたい事があれば、私が答えよう」


 それを聞いて、サンは思いきり手を上げる。


「はいはーい! オイラ、サンっていうんだ! ゼシロス先生、これからよろしくな!」

「ちょっと……この馬鹿ったら」


 アクリアが頭を抱えていると、周りの新入生たちの様々な反応。目を丸くする者、笑っている者と様々だ。そんな中、ゼシロスは表情を変えずに淡々と話を続ける。


「君は……サンといったな。それは質問ではなく、自己紹介ではないのか?」

「うーん……じゃあさ! ゼシロス先生は強いのか? 勝負したいんだけど!」


 それを聞いた瞬間、周囲から笑い声が起こった。そんなやり取りを見ていたアクリアは呆れ顔になりつつも、サンの頭を手で叩く。


「あんたね……もうちょっと遠慮というものを知りなさいよ! ごめんなさい、先生。この子、入学式だからといって調子に乗ってしまって――」


 すると、ゼシロスはフッと軽く笑う。たったそれだけで周囲のざわめきが消え去った。


「君は面白いな。入学早々、私に戦いを挑む新入生がいるとは思わなかったよ……なぜ、私と戦いたいのか教えてもらおうか」

「オイラさ、誰よりも強い勇者を目指してるんだ! 今、自分の実力がどこまで有り余ってるのか、強そうなゼシロス先生を相手に手合わせしたい! それに、故郷のじーちゃんと約束したからな。卒業して強くなった姿を、この目で見てもらうって! だから頼む! オイラと戦ってくれ!」


 サンが真剣に頭を深く下げる。


 近くにいたリュウショクに視線を送っているゼシロス。我らが学園長は何かを察したのか、笑みを見せて頷く。


「いいでしょう。せっかく、これだけの新入生が集まったのです。サン君! 入学式を盛り上げる為、これからゼシロス君との手合わせを許可します!」


 サンに向かって叫び、親指を立てるリュウショク。次の瞬間、新入生たちの驚きの声が上がっていく。


 一方、サン本人は目を丸くしていた。まさか、許可が出るとは思っていなかったからだ。しかし、次第に表情が明るくなっていく。


「よし! それなら、オイラの全身全霊を見せてやる!」

「まさかこんなことになるなんて……何が起こるか分からないものね」


 一方のアクリアは頭を抱えつつため息をついていた。

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