入学式編

第7クエスト 再会

 アパロ村を旅立ってから、二日が過ぎた。


 今回の目的地は、学園のある街。サンの足取りは軽く、一度も歩いたことのない大地が彼の心を踊らせていた。


 ワクワクした感情を保ちながら着いた場所。人気の欠片さえ感じられない、緑の木々が溢れる森。夕日の光は葉を通して地面に斑点を描いていた。


「じーちゃんが言うには、街はこの森を抜けた先だな! よーし、行くぞー!」


 サンは、この未知の場所で何に出会えるのかを想像しながら歩を進めた。


 ゆっくりと周囲を見渡し、耳を澄ませる。


 森の中では、小さな小動物たちが忙しく動き回っている音が聞こえてきた。鳥たちは上空を飛び交い、時折、サンの頭上で美しい旋律を奏でていく。


「小動物はいるけど、モンスターが見当たらないなぁ。オイラ、そろそろ腹減ってきたから食材になりそうな奴、いないかなー。どんな奴でもいいから出てこーい!」


 サンがそう叫ぶと、遠くから地響きが足を介して僅かに伝わってくる。


「な、なんだ!?」


 サンが右横にある草むらへ視線を移すと、衝撃的な光景を目の当たりにした。なんと、もう息絶えている一匹の小さなモンスターを咥え、ヨダレを垂らしているワニが睨みをきかせていた。その大きさに、サンは口を開き唖然とした。


「で……でけえええええ!」


 サンの叫びが森の中に響き渡り、一瞬、全ての音が止んだ。ワニのモンスターは、半年前に戦ったシッコクグマの母親ほどの大きさ。最初は言葉も出なかったサンだが、新しい獲物を見つけてすぐ笑顔になる。


 「とても美味そうな奴だな……! ちょうど腹減ってたんだ! 今晩は食わせろおおお!」

「グオオオオオ!」


 咥えていたモンスターをその場へ放り投げ、巨大なワニが叫びを響かせ突進してくる。お互いの距離はもう、ぶつかりそうなほどに近くなっていた。


 「今こそ、じーちゃんと築き上げた修行の成果を見せるときだ!」


 自身の魔力を込め、オレンジ色に光り渦巻くオーラを左拳に纏う。拳を包むオーラの回転は徐々に激しくなり、ドリルのようだ。サンはその場から高く跳び、落下すると共に左腕を大きく振り下ろした。これが、シャンウィンが教えてくれた必殺技。


「これがオイラの――タイヨー拳だあああああ!」


 口を大きく開け、ワニは噛みつこうと上を向いている。しかし、サンは空中で前転しながら回避。ワニの頭部へ狙いを定めて拳を強く叩きつけた。


「グルァ……!?」


 相手の動きが固まった後、サンは綺麗に着地。息を飲みながら、相手の様子を伺う。次の瞬間、ついにその巨体は静かに地へ伏せた。強い相手にやりきった――そう思ったと同時、喜びの感情を爆発させた。


「やったあああああああ! 初めてのタイヨー拳、ついにやったぞ!」


 倒した証拠に、ワニの頭部には螺旋の傷。それを見ただけでサンの感情が高ぶるばかりだった。


「オイラ、強いモンスターを倒したぞ! へへっ、嬉しいなぁ。あ、そうだ! リュックから剥ぎ取りナイフを出して、今日の食材にするぞー!」


 背負っていたリュックを下ろし、サンは中から一本のナイフを手に取る。ニヤニヤが止まらず、サンは再びワニのいる方へ振り向いた。


「今日はご馳走だなぁ、あれ?」


 目を疑った。まさか、先程倒したはずのワニが起き上がって興奮状態に陥っている。鋭利な歯をむき出しにして、明らかに怒り狂っていた。


「そんな! ちゃんと倒したはずなのに――」


 目の前の現実を認めないのもつかの間、ワニはこちらへ飛びかかって喰らい尽くそうとした。間に合わない、このままでは――そんな時だ。サンの前へ駆けつけ、戦闘態勢に入っていた人物がおり、こう叫ぶ。


「タイヨー拳!」

 ワニの重たそうな体は一瞬で向こう側の木まで激突した。突然の出来事に、サンは思考がしばらく停止する。動かなくなったワニ。完全に折れている大きめの木。すると、助けてくれた人物はこちらへ振り返って笑みを見せていた。

「間に合いましたね。お久しぶりです、サン君! あなたもついに、タイヨー拳をマスターしたようだ!」


 半年前、村へやって来たブレイブ学園のリュウショク学園長だ。彼の姿を見て、サンは喜んでしまう。


「学園長! 助けてくれてありがとう! って、どうしてここにいるんだ?」

「あなたも長い旅路でお疲れでしょう。詳しい話は、そこのモンスターを調理してからお話します」


 サンは口を半開きにして理解できていなかったが、リュウショクの言葉を聞いて、動かなくなったワニの元へと走っていくのだった。


・・・


リュウショクの手柄により、サンは仕留めた獲物を焚き火に炙って食べている。あまりの美味しさに頬張りながら、幸せの一時を感じてしまう。


「うまい! オイラ、こんなおいしい肉を食べたの初めてだ」

「ははは、そうですか! オオガミワニの肉は、高級な飲食店にも出るくらいですから。それを食べたサン君は、とても運がいいですよ」


 ガッツリ食らいつくし、肉汁が口から溢れる。その極上のうまさに、サンは思わず満面の笑みになってしまう。


 そういえば、と思いサンは気になることがあった。それは、リュウショクがどうやってシャンウィンと出会い、弟子になったのかということだ。サンは思わず気になってしまう。


「あのさ! 前から気になってたんだけど……学園長はどうして、じーちゃんの弟子なんだ? 色々教えてくれよ!」

「そういえば、あなたにはまだ話していませんでしたね。 サン君はフレム寺という場所をご存知ですか?」


 そんな寺、聞いたこともなくサンは思わず首を振った。


「知らないなあ。どこかに、そんな場所があるのか?」


 リュウショクも肉をかぶりつきながら、こう答えた。


「フレム寺。はるか昔から、己とタイヨー拳を極める場所であり、かつて私も子供の頃に在籍していた時代がありましてね。マスターはそこの長を務めていました」

「だから、オイラと同じタイヨー拳が使えるんだな! それにじーちゃんって、やっぱりすごかったんだな! タイヨー拳を学ぶ場所があるなんて!」

「マスターが引退されてから、彼と会う機会は少なくなりました。ですが十三年前に、マスターが山奥に捨てられたあなたを拾ったと聞いた時はびっくりしましたよ。赤ん坊の頃や今も、これほど笑顔の似合う子に成長したなんて……私は、私は感激です! うおおおおお!」


 雄叫びを上げながら、リュウショクは空を向いて涙を拭う。


「おーい、がくえんちょー」


 リュウショクの仕草に、サンは棒読み気味で呼ぶ。


「はっ! 失礼しました……半年前にマスターから、サン君をブレイブ学園に入学させてほしいと手紙が届き、入学を決意してくれた姿を見たときに、いてもたってもいられなくなりましてね。サン君がそろそろ来ると思って迎えに来たわけです」

「そうだったのかー! なあなあ、ブレイブ学園ってどんなところなんだ? 勉強とか戦ったりするのか?」

「そうですね……様々な種族の子供達が入学し、数十年の歴史を持つ伝統ある学園。これまで、数多くの有名な者たちを排出してきました。学園が選んだ最高の教師たちが、サン君をもっと成長させるでしょう」

「それ聞いたら、もっとワクワクしてきたぞ! オイラ、魔法とか使ったことないから勉強してみたい!」


 サンがずいっと前へのめり込むと、リュウショクは嬉しそうに笑う。


「楽しみにしてくれて、私も嬉しいですよ。今日は夜になりましたし、朝まで休みましょう。その時が来たら、学園がある街までご案内します!」


 気がつけば日は落ち、夜になっていた。このまま行きたい気持ちもあった。だが、サンは気持ちを抑えて同意する。


「分かった! 起きたら気合入れて行くぞー!」


 腕を上げ、サンは次の朝まで待つのだった。


 リュウショクの話を聞いて、サンは胸に秘めた高鳴りを大きくしている。一体、どんな種族と友達になれるのか。教師たちの前で何を学ぶのか、サンは妄想が止まらなかった。

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