第5クエスト 決意

 あの戦いから時間が経った頃。サンとシャンウィンは家に帰るため、アパロ村の最深部まで歩いていた。


 囚われたレーナを無事に助け、カイルと同伴で無事に送り届けることができた。村長がすぐに駆けつけると、レーナを見て心配そうに涙を溜めていた。対して帰ってきたレーナも、ごめんねと言いながら、村長の過保護っぷりに苦笑いを浮かべていた。


 そして、山賊たちとシッコクグマの親子はどうしたかと言うと――。


「いやー、じーちゃんが兵士を呼んでくれたおかげで、山賊たちを捕まえることができたな!」


 そう。シャンウィンは向かう途中、別の地から訪れ、知り合いの護衛をしていた兵士たちに、山賊を捕まえるようお願いしたらしい。シャンウィンがあの大柄な山賊を倒すと、すぐに兵士たちは駆けつけた。


「そうだね。しかも、あの山賊たちは同様の手口で他の場所でも強奪を繰り返していたらしい。この辺りはもう、あのような者たちが来ることはないだろう」

「うん! シッコクグマの子供も母ちゃんに会えたし、誰も死なずに済んでよかった! じーちゃんが来なかったら、今頃どうなってたか……」


 シッコクグマの親子はあの岩山で暮らしているらしい。そしてあの子供は、興味本位でアパロ村の森に到着した直後にサンが襲いかかってきたので、びっくりして戦ったそうだ。


 もし、シャンウィンが来なかったら誰かが殺されていただろう。そう思うだけでサンは不安から解放された。


「私も最初、村長から聞いた時は必死で駆けつけたよ。レーナや、あのシッコクグマ親子もそうだが……なによりサンが生きててくれて私は――」


 シャンウィンは立ち止まって、その目はどこか悲しそうで口元は笑みを浮かべている。サンを見ながら、その両手は強く握られていた。


 そうだ、今日はシャンウィンの誕生日。村長から聞いた話について、サンは思わず伝えたいことがあった。


「じーちゃん。オイラ、村長から聞いたんだ。じーちゃんが昔、勇者様を助けられなかったこと。そして、今もずっと後悔して生きてるってことを」

「サン……私は――」


 彼の言葉を遮り、サンは続けるように言う。


「辛かったな、じーちゃん。でも、その後悔の裏に何か幸せな人生を見つけたんだよな? 何かあれば吐き出せばいい、誰もじーちゃんを責めたりしない。オイラさ、じーちゃんが育ててくれて、一緒に暮らせていつも幸せだ!」


 サンが太陽のような笑顔を見せると、シャンウィンの目から一粒の涙。その場で倒れ込んで全てを吐き出すように、静かに泣いていた。


「ああ、そうだった。何も後悔だけの人生じゃない……サン、お前さんがいてくれたから。私は今まで幸せで楽しい人生を見つけることができたんだ。苦しかった……彼だけを行かせて、死なせてしまった罪をどうすればいいのか。悩みを抱え込んでいたんだ」


 サンは育ての祖父に近づいて、しゃがみこんだ。


「じーちゃん、オイラ知ってるぞ。最近、オイラの為に何かしてくれている事を。あの時、シッコクグマの子供を倒して運んできた時もそうだった。どこか寂しそうな顔で……じーちゃん、言いかけたから」


 それは前日。サンがシッコクグマの子供を倒した事をシャンウィンに報告した時だ。あの時、今まで見せなかった表情でシャンウィンは何か話があると言っていた。その後、カイルがやって来て、聞けなかったが今なら話してくれるかもしれない。


「……サン、この世界は広い。前から考えていたんだ。サンがこれから成長するには、もっと多くの出会いが必要なんじゃないか。そして昨日のモンスターを倒したとき、思ったんだ……サンを学園に入学させるべきじゃないかってね」


「学園……? それって、魔法や戦いの勉強をして勇者を目指すための学園!?」


 この世界のどこかに勇者を養成する、伝統ある学園がある事をサンは噂程度に知っていた。


 サンは前から学園生活に憧れており、思わずシャンウィンに詰め寄る。


「ああ。だが、学園に通うということは……しばらくは離れ離れになるということさ」

「あ、そっか……」


 サンは寂しくなり顔を下に向けた。


「私も寂しい気持ちは同じだ。けど、その学園に通えばきっと……サンにとって、いい経験になるんじゃないかと……そう思ったんだ」


 サンは学園生活に通いたい気持ちは前からあった。だが、シャンウィンの元を離れたくない寂しさもある。サンは心の奥で考えた。自身の中である決意をすると、シャンウィンの右手を握る。


「嫌なら辞めてもいい。サンが寂しいなら――」

「じーちゃん、オイラ……学園に通う!」


 シャンウィンは驚いた表情をしていた。


「ほ、本当にいいのかい? しばらくは会えないんだよ……ああ、そうか。サン、お前さんは自分の気持ちに応えたんだね」

「確かにじーちゃんと離れるのは寂しい。でもやっぱり、自分の気持ちに正直になりたい。学園を通ってどんな出会いがあるのか、これからの事を考えたらワクワクしたんだ! だからじーちゃん。オイラが卒業したら……成長した姿をその目で見てくれると約束してほしい!」


 サンは決意の眼差しを向ける。対してシャンウィンは、こちらの頭を撫でた後に体ごと抱きしめてくれた。


「わかった、約束しよう。サン、半年後には入学式だ。それまでの間……共に暮らそう」

「うん。それまでの間……もっともっと強くなるから」


 魔法や戦いを学ぶため、勇者を目指す人間が集うと言われる有名な学園。サンは入学の日まで更に高みを目指すことを決意する。


「どうやら、彼は学園入学を決意してくれたようですね。お二人の絆、感動いたしました!」


 謎の男の容姿を見た初印象は、がっちりと鍛えられた大柄な体格。頭はスキンヘッドで。胸に金のエンブレムが付いた緑のコートを着ていた。


「んん? じーちゃん、このおっちゃん誰だ?」

 シャンウィンに視線を移すと、彼は少し驚いていた。

「リュウショク。もう来ていたのかい? さっきは君の護衛をしていた兵士を使わせてしまってすまなかったね」

「いいんです。それより、マスターが育てられた子を一目見たく、いてもたってもいられなくなりましてね。予定より早く到着しました」


 右手の親指をグッと立て、白い歯を輝かせて微笑むリュウショクと呼ばれた男。対して、シャンウィンも嬉しそうに笑みを見せた。


「そうだったのかい。わざわざ遠い所から来てくれてありがとう。この子はサン。赤ん坊だった頃より、もっと元気な子に育っただろう?」


シャンウィンとリュウショクを交互に見ながら、サンは眉間にシワを寄せる。


「なー、じーちゃん。この人、じーちゃんの知り合いなのか?」

「ああ、言い忘れていたね。彼はリュウショク。かつての弟子さ」

「申し遅れました。私はブレイブ学園で学園長を勤めているリュウショクと申します! サン君! 来年の入学式、お待ちしていますよ!」

「じーちゃんの弟子で……がくえんちょおおお!?」


 衝撃の事実に、サンは驚くしかなかった。シャンウィンは少しおかしそうに、こちらを見つめている。


「ははっ。サンはすっかり驚いてるようだね。ところでリュウショク。近くにもう一つの魔力を感じるのだが……そこの木の後ろかな? どうだい、誰かは知らないがこっちに来ないかい?」


 シャンウィンが遠くの木陰に視線を移している。しかし、そこには誰もいない。サンは凝視するが、気配さえ感じ取れなかった。すると、リュウショクがそこに呼びかけた。


「だそうですよ。アクリアさん、せっかく勇者の仲間であるマスターに出会えたのです。バレた以上、姿を隠す必要はないでしょう」

「……分かったわよ。アタシの気配をすぐに見抜くなんて、さすがね」


 ようやく、何かが姿を現していく。半透明の物体は正体を見せ、一人の少女がこちらへと歩いてくる。


「君はエルフ族かい? リュウショク、彼女も来年の新入生かな?」


 シャンウィンが首を傾げると、少女は何も反応しない。

 背中まである緑色のポニーテール。黒のローブを羽織り、ピンクの宝石が首飾りとして飾られていた。


 中でも尖った耳が特徴的で、彼女が噂に聞くエルフ族なのだろうか。生命力と回復力に長けた種族と言われている。サンやシャンウィンのような人間――ヒューマン族に次いで2番目に人口が多い。


「ええ、彼女はアクリアさん。素晴らしい魔法の素質をお持ちです。今回はマスターとサン君を一目見たく、行動を共にしています」


リュウショクの紹介に、シャンウィンは少しの間を置いてこう言った。


「なるほど。それにしても……」

「どうされましたか?」


 リュウショクが不思議そうな顔をすると、シャンウィンは首を振った。


「いや。若かりし頃に出会った女性に似ていてね。まさかと思って……気のせいかな」

「さあ……気のせいじゃないかしら」


 視線を逸らし、アクリアは無表情を変えないままだ。それにシャンウィンは笑顔を見せる。


「ならいいんだ。良かったね、サン。さっそくお友達が……あれ?」


シャンウィンがサンに視線を移すも遅い。瞬間移動の速さでアクリアに迫り、彼女の両手をサンは握った。


「ひゃ!? い、いきなり何よあなた!」

「お前、さっきの魔法すごいな! 気配が消えて全然分からなかったぞ! お前が噂に聞く、魔女ってやつなのか!?」


 興奮しながら目を輝かせるサン。赤面しながら、戸惑っていたアクリア。褒め言葉と思われたのか、分かりやすいドヤ顔へ変わっていた。


「ふふっ、分かってるじゃない! そうよ、アタシが……って誰が魔女よ!」


 アクリアの強烈なツッコミ。しかし、サンは笑顔を絶やさない。


「じゃあ魔女っ子か?」

「魔女っ子でもないわよ!」

「それなら魔法少女だな!」

「あなた絶対バカにしてるでしょ!?」


「あはは! オイラ、サンって言うんだ! よろしくな、アクリア!」


 サンが笑うと、握っていた両手をアクリアから強引に振りほどかれた。彼女は頭を右手を抱え、ため息をついていた。


「何よこの子……」

「さっそく仲良くなることができ、学園長として嬉しいですよ! アクリアさん」


 二回頷くリュウショクに、アクリアは嫌そうな顔を見せている。


「いや、アタシはそんなつもりじゃ……」

「これから切磋琢磨する新入生同士、ここに新たな絆が生まれて私は……私は! うおおおお!」


 天を仰ぎ、号泣しているリュウショク。


「話を聞きなさいよ! ほんと、何かあるとこれなんだから……」


 大声を発したアクリアは、段々と元気を無くしていく。その光景を見ていたシャンウィンは、どこか懐かしそうにしている。


「涙脆いのは、相変わらずだねリュウショク」

「面白い学園長だな!」


 サンが笑うと、リュウショクは我に返ったように驚愕している。


「はっ!? 失礼しました……私の悪い癖が出てしまって申し訳ない。アクリアさん。マスターとサン君は、山賊たちを討伐した帰りでお疲れのはずです。今日は退散するとしましょう」

「ええ、そうさせてもらおうかしら」


 アクリアが同意したのを見て、シャンウィンはこう言った。


「おや、もう行くのかい? せっかくだからお茶の一杯でもどうだい?」

「そうだぞ! オイラも沢山お話したい!」


サンも引き止めようとするが、リュウショクは首を小さく振る。

「いえ。久しぶりにお二方にお会いできましたからね。今日は再会できただけでも充分です」

「そうか、わかったよ。リュウショク、来年からサンの事、よろしく頼むよ」


 シャンウィンが頭を下げると、リュウショクは再び親指を立てる。


「お任せください! 必ず、楽しい学園生活が送れることを保証します。それではサン君、来年お会いしましょう!」

「おう! アクリアも来年よろしくな!」


 サンが笑顔で手を振る。アクリアは背中を向け、小さく呟いた。


「……ええ、よろしく。学園長、転移魔法で行くわよ」

「はい。それでは、ごきげんよう!」


 リュウショクが、アクリアの右肩にそっと触れた瞬間。


「――テレポーション」


 彼女が詠唱すると、来客二人の姿は瞬きもしない内に消えていった。サンは一歩進んで、二人がいた場所を見つめる。


「消えた!? アクリアか……あいつすげーぞ! じーちゃん、来年は絶対に頑張るからな!」


 左拳を握り、サンの気合いは更に注入された。シャンウィンはこちらの頭に、右手を置いてこう言ってくれた。


「ああ。サン、入学までの間、私が修行をつけるからね。それまでにタイヨー拳を身につけてもらうよ」


 これから始まるシャンウィンとの修行。サンのワクワクは止まらない。

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