第3クエスト シャンウィンの過去

 シャンウィンが山賊達を撃退してから時間が経つ。


 あれからシャンウィンの勝利を祝うための宴がアパロ村で開かれた。村人たちはたくさん喜び、盛り上がりは数時間も続く。


 村長は大した怪我はないが、レーナに介抱されている。周りが食事を楽しんで大人たちが酒を飲んでいる中、サンはシャンウィンの側にいた。


「みんな、すごい盛り上がりだなぁ。これもじーちゃんが山賊たちを追い払ってくれたおかげだ!」

「私は村のみんなが困ってたから助けただけさ。宴を開くほど、大したことはしていないよ」

「相変わらず遠慮しちゃってー。みんなに感謝されて、あんなに照れてたじゃん!」


 シャンウィンはまた照れくさそうに笑みを浮かべて頭の後ろを掻く。


「あはは。だけど、あれほど盛大にお礼を言われたら嬉しいことだが……一番良かったのは、村のみんなが死なずにすんだことだ。こんな私のために慕ってくれる者たちが、これほどにいてくれる。私も先ほどの勇気があれば、彼を守れたのだろうか……」


 宴の様子を眺めて、シャンウィンはポツリと呟いた。彼のどこか寂しそうな横顔に、サンはある事を思い出す。


「なあ、じーちゃん」

「どうしたんだい?」

「村長から聞いたんだ。じーちゃんが昔、勇者様の仲間だったってこと。どうして今まで教えてくれなかったんだ?」


 サンは真面目な顔で尋ねる。シャンウィンは俯きがちに言った。


「そうか……ついに知ってしまったか」


 シャンウィンはこれまで育ててくれた大切な存在だ。血の繋がりはなくても、共に暮らしてきた家族だからこそ隠し事はされたくなかった。サンはぐいっと詰め寄って、シャンウィンを問い詰める。


「世界を救ったのに、どうして臆病者なんだ? じーちゃん、あんなに強いじゃん!」

「サン……私は臆病者なんだ」

「どうして?」


 シャンウィンはしばらく黙っていたが、やがて重々しく口を開いた。


「この歳になっても、未だに考えるんだ。あの時、なぜ勇気が出なかったのか。もし、一緒に戦っていたら世界を救ったまま……彼は死なずに済んだのではないか。あの人は親友でもあり勇者だった。そんな彼を救えなかったことを……今でも後悔している私は馬鹿なのかもしれないね」

「じーちゃん……」


 サンは今の話を聞いて、ただ育ての祖父を見つめるしかなかった。どう言葉をかけたらいいのかわからない。まだ事情をよく知らないサンにとって、どう励ましたらいいのか。そんな事を考えていると、シャンウィンはいつもの柔らかい笑み浮かべる。


「年寄りの話はこれくらいにして……宴も最高に盛り上がっている。今日はとことん楽しもう」

「お、おう」


 サンは元気ない返事をする。シャンウィンの気持ちが心配でたまらないからだ。本当にこのままでいいのか、心の奥に葛藤があった。ぼーっと宴の様子を眺めるしかできなかった。


「……あっ」


 すると突然、シャンウィンは思い出したかのように目を大きく開いた。

 それに釣られてサンも同じような表情をして、顔を覗き込む。


「どうしたんだ⁉ じーちゃん!」

「……サンが倒したシッコクグマ、どうしたかな?」

「……オイラも忘れてたーっ! そうだった、どうしよ⁉ オイラ、せっかくレーナに作ってもらおうと思ってたのに!」


 日中、サンが倒したシッコクグマを自宅の前で置き去りにしたままだった。サンは思わず頭を両手で抱えて、しゃがみこむ。対して、シャンウィンはおかしそうに軽く笑っている。


「さて。自宅が壊されていると心配だから、今日は帰ろうか」

「そうだな! 待ってろ、オイラたちの家ー!」


 サンはすぐ立ち上がり、森の入り口へと向かう。急がないとシッコクグマに家が半壊されているかもしれない。先ほどの悲しい話はさっぱり忘れて、無我夢中に走るのだった。



 ・・・



 翌日の早朝、今日はシャンウィンの誕生日だ。


 昨日は帰ってきた時に、シッコクグマの姿はなかった。家は無事だったが、レーナも村長の面倒を見ていて泊まりに来ず、手料理も食べられなかった。


 今回はもう一度、シッコクグマの捕獲をするために森へとやって来た。辺りは相変わらず、危険なモンスターはなかなか見られず小動物たちが走っているだけだった。枯草を踏みしめながら、サンは視界を左右に動かすのだった。


「昨日は逃したけど、今回こそ食材になってもらうぞー。今日はじーちゃんの誕生日なんだ、レーナも呼んで美味しい料理を作ってもらおう!」


 サンは立ち止まって遠くを眺める。しかし、シッコクグマの姿さえ見えない。どうしたものかと、両腕を組んで考え始める。


「それにしても、なかなか出てこないなぁ。もしかして、オイラの強さに恐れて隠れてるのか⁉ へへーん、大丈夫だ! あまり痛くないように気絶させて、食材にするから! だから、出てこーい!」


 広い森の中で大声を上げる。だがやはり、それらしきものは存在しない。背後を振り返る時だった。そこには見慣れた人物が立っていた。


「お前……こんなところで何をしておるんじゃ?」


 村長がわけのわからない顔をしてサンを見ていた。彼の姿を確認して、サンは元気な笑顔を見せる。


「おーっす! 村長、おはよう! なあなあ、ここでシッコクグマとか見なかった?」

「見ておらんが……そいつがどうかしたのか?」

「実は昨日、そいつをオイラが倒して晩ごはんの食材にしようとしたんだけど、あの事件があってから夜に帰ってきた時にいなくなってて。もう一度捕まえて、じーちゃんと豪華な食事にしようと思ってたんだ!」


 村長は鼻で笑うと、首を左右に振る。


「なんじゃ、そういうことだったのか。お前さんに負けて見つからないということは、この森から消えて別の場所へ逃げたんじゃないかの?」

「んー、そうなのか?」

「昨日、シャンウィン様から聞いたぞ。お前がシッコクグマを倒して豪華料理にするつもりだったとな」

「オイラ、今まで育ててくれたお礼をじーちゃんにしようと思ってさ。だから、自分で強そうなモンスター倒して実力を示そうと思ってんだ。だけど、ここにはいないのかー。仕方ないけど、別のモンスター倒すしかないかぁ」


 肩を落としてサンは僅かに落ち込む。すると村長はとある方向を指さして、歩き始める。目指した先は、二つの平らな四角形の石が置かれた場所だ。


「ほれ、お前さんもこっちに来い」


 サンも彼の後ろを歩いて、一緒にその石へ座る。村長は空を見上げて、サンも同じような動作をしていた。


「へへっ、こうやってぼーっとするのも悪くないな。そういえば、村長はどうしてここに?」

「なに、朝の散歩にと思ってな。昨日の事を考えながら、気分転換したかったのじゃ」

「そうだったんだな。昨日のじーちゃん、強かったな……いつかオイラもあんな風に強くなりたい」


 顔を下に向けて、サンは左拳をグッと握る。山賊を倒した時のシャンウィンは英雄そのものだった。自分も彼みたいに強くなりたい。胸の奥に誓いながら、サンは微笑む。


 村長は温かい目でこちらに視線を移している。彼を見ていると、応援している気持ちの表れを感じてしまう。


「ふっ……そうじゃの。昨日はシャンウィン様に大きく助けられた。やはり謙虚だが、偉大な方だ」

「村長。じーちゃんはどうして自分の事を臆病者と思うようになってしまったんだ? 昨日、一緒に話したけどなんか……悲しい顔してた」


 村長は言いにくそうに目を逸らすが、何か隠しているのは間違いない。すると彼はこんなことを呟いた。


「……やはりあの話を悔やんでおられるのか」


 その言葉を聞いた途端――サンはすぐ立ち上がって村長の顔付近までぐいっと近づいた。


「村長は何か知ってるの⁉ じーちゃんに何があったのか!」


 サンの勢いに村長は両手で静止しながら後ろへ仰け反る。


「ち、近い! 鼻の先まで顔を持ってくるな! わかったから、大人しく座れ!」

「あ、うん」


 言われた通り、サンは静かに四角形の石へ座る。村長はふう、とため息をつくとやがて語りかける。


「……あれは五十年前のことじゃった。かつて世界は魔界軍の侵攻が激しく、様々な種族たちは絶望の危機に晒されていた。魔族と呼ばれる者たちがそこら中にいる毎日……次々と死んでいく者たちを見て、ワシらはもう駄目だと思った。そんな時だった、あの方たちが現れるまでは――」

「それが勇者様やじーちゃん、二人の仲間たちだっけ?」

「ああ。当時のワシ達にとって、彼らは希望そのものじゃった。結果的に勇者様たちが現れて、魔界軍は滅んで平和になった。彼が命を犠牲に守った世界は、今でも大きな影響を残している。もちろんシャンウィン様も立派な英雄じゃ」


 サンが呼んだ本によると、勇者の名前は書かれていたが仲間たちの事は詳しく書かれていなかった。だからシャンウィンが彼の仲間だということを知らなかったのだ。そして、村長は暗い表情を見せながら言った。


「あれは、ワシが村長になって浅い日のことじゃった。シャンウィン様が、この村に住み始めたばかりのある日……あの方はワシにある事を打ち明けた」

「じーちゃん、何て言ったんだ?」

「ワシと二人で酒を飲んでいた時じゃ。あの方の瞳はどこか寂しそうに、小さく呟いていた」


(村長、僕はね――勇者を見捨てたんだ。あの時、魔界軍の本部に乗り込む際に遠くからでもわかっていた。親玉の強大な存在に全身は震え、冷や汗を垂らしていた。もう今すぐに逃げ出そうとした瞬間、彼は言ってくれたんだ)

(お前が怖がる必要はない。無理してまで、命を無駄にすんな。大丈夫だって、オレ一人で世界救ってくるからよ。だからシャンウィン――平和になったらお前なりの生き方を見つけろ)


 村長の話を聞いて、サンは俯いてしまう。


「……かつて勇者様はシャンウィン様にそう言ったそうだ」

「じーちゃん……とても怖くて後悔してたんだ」


 サンはシャンウィンが数十年生きていて、どれだけ苦しかったか。辛さを抱えていたか、胸に染みてしまう。


「人とは、必ず人生のどこかで後悔をするものじゃ。シャンウィン様が大きな後悔を抱き、苦しんでいること。サン……お前には分かるか?」

「オイラ……じーちゃんと話をしてくる! 今すぐ伝えないといけない事いっぱいあるから!」


 椅子から立ち上がり、サンは急いで自宅へ戻ろうとする。


「やはりお前は太陽のように優しい子じゃな、サンよ」

「だって、じーちゃんの孫だから!」


 サンはにっこり笑い、村長へと振り返る。


「そ、村長……!」


 背後から聴きなれた声が村長を呼ぶ。そこには、昨日の事件を伝えてくれた青年カイルがいた。彼は両手を後ろに組んで強張った表情をしている。

 椅子から立ち上がった村長はため息を吐きながら首を横に振る。


「なんじゃカイル、こんなところまで来て。またあの山賊共がやって来たと言うんじゃないだろうな?」

「村長……今すぐここで死んでくれ!」


 カイルが両手を前に出して現したもの――それはサバイバルナイフだった。彼は両足を引きずるように一歩ずつ近づいてくる。サンは思わずびっくりして、村長の前へと出た。後ろにいた村長は腰を抜かしたのか、その場でお尻を地面についた。


「か、カイル! なんの真似じゃ、なぜワシを殺そうとする!」


 カイルは息を乱しながらこう言った。


「今すぐここでアンタを殺さないと……俺の家族がめちゃくちゃになるんだよ!」

「なに? それはどういう意味じゃ!」

「今ここで聞いても、アンタはどのみち死ぬんだ……俺がやるんだ!」


 このままでは村長の身が危ない。サンは両腕を広げて、カイルに笑顔で語りかける。


「どうしたんだ、カイル。話ならオイラが聞くぞ!」

「サン、お前も邪魔するなら八つ裂きにしてやる!」


 カイルは全身を震わせて、両目に涙を溜めている。もしや、と思いサンはある事を聞きだしたかった。


「カイル……もしかして、昨日の山賊たちに脅されたのか? だからこんなことを――」

「頼むから俺に殺させてくれ! やらないと村のみんなや家族が消えちまう!」

「……山賊に何か言われたなら、オイラに任せてくれ。絶対にカイルや村のみんなを殺させたりしないから!」


 それでもカイルの接近は止まらない。彼の手に持っているナイフはすぐそこまで来ている。


「まだ子供のお前に何ができるんだ! 本当は俺だって……こんなことしたくないんだよ!」

「カイル! もし、お前を脅した奴がいるならオイラが懲らしめてやる! だから……一人で抱え込まないでよ」


 サンの訴えかける悲しい表情をカイルへと見せる。そしてしばらくして、カイルの動きは止まり――瞳は大粒の涙を流していた。ナイフを地面に落とす音。膝から崩れ落ち、表情は下に向けていて見る事さえできない。枯れ草がたくさん散らばる森の中で右手を強く叩いた。


「さっき、山賊たちがやって来て……レーナちゃんを誘拐したんだ。強そうなモンスターを引き連れていたし、俺たち何もできなかった」

「なんじゃと! レーナがあの山賊どもに……!」

「返してほしかったら、村長の首と金目の物を差し出せ。そうすれば、昨日の出来事は水に流してやる……奴らはそう言ってた」


 村長は両手を強く握っており、怒りをあらわにしていた。


「おのれ! あの山賊たち、我が孫娘に何かあれば許さんぞ!」

「カイル、レーナを連れ去った山賊たちはどこに行ったんだ?」


 サンが尋ねると、カイルは落ち着きを取り戻して答えた。


「アパロ村の近くにある岩山の洞窟。奴らはそこにいると言っていた。ただ、行くなら気をつけろ。お前が昨日倒した、シッコクグマを引き連れていた。しかも……もっとでかい奴をな」

「昨日よりでかいシッコクグマ……すごく気になるけど、今は急がないと。村長、じーちゃんにもこの事を伝えてくれ!」


 サンは洞窟を目指して森を抜けるため、方角を変える。近くにいた村長は立ち上がると、こちらに手を伸ばしていた。


「おい、一人で行くつもりか!」


 村長の言葉を無視して、サンは全速力で向かう。


「レーナが危ないんだ……! オイラが助けにいかないと!」


 そう呟いて、サンは枯れ葉や木の枝を踏みながら進んでいく。目指すはアパロ村を出た、近くにある岩山の洞窟。


 今はレーナを助けるため行くしかない。彼女が無事に生きていることを望むのだった。

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